表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/43

 02



 王都を出て、草原を西へと進む。

 街道は舗装されていないので、風が吹くと土埃が舞い上がった。


「メロちゃん、大丈夫?」


 ハルは馬車の荷台を覗きこんだ。

 西の砦町まで、馬車で一週間かかるのだが、二日目にしてメロラインが馬車酔いでダウンしてしまった。


「だ、大丈夫です……うええ」


 駄目っぽい。

 ハルは苦笑いをした。

 回復役である神官は体力温存が大事だと、荷馬車の荷台に待機することになったが、メロラインはとにかく酔いやすいらしい。


「大神殿から王都に行く時は大丈夫だったのに」

「あの時は、ゆっくり進んで、魔物を退治する訓練も兼ねていましたので……」

「そうだったっけ?」


 言われてみると、素材や核の回収方法の練習をしていた気もする。馬車を停めて作業していたのが、メロラインにはちょうど良かったらしい。


「すみませんが、ヨハネス様。私は歩きます」

「ああ、そうした方が良さそうだな」


 メロラインの有様を見て、ヨハネスは頷いた。体力温存のためとはいえ、馬車酔いで体力を消耗していては意味がない。

 ヨハネスは右手を大きく挙げた。


「ヤンソンさん、少し休憩しましょう」

「ええ、そうしましょう」


 ヤンソンにも否やは無かった。

 馬車が止まると、メロラインはよろよろと降りてきた。

 ハルは広い所に、夢幻鞄から出した敷物を広げ、木製の背もたれのないベンチを置くと、メロラインを座らせた。


「はいはい、少し休んでなよ、メロちゃん」

「ううう、申し訳ありません、ハル様。私は補佐でついてきたのに」

「メロちゃんが一緒なだけで心強いから気にしないで」


 水筒を押し付けたところで、ハルは足元のユヅルを見下ろす。


「ユヅル」

「ニャア!」


 ユヅルがパッと弓の姿に変わる。ハルは左手で受け取った。


「え、ハル様?」

「あっちに魔物がいるみたいだからやっつけてくる。メロちゃんの休憩の邪魔はさせないからね。ヨハネスさん、ちょっと行ってきます!」

「おう、頼んだぜ、ハルちゃん」


 草原を駆けていくハルを、ヨハネスが見送る。


「いやあ、ハルちゃんが一緒だと楽だな。斥候(せっこう)が気付かないような魔物も見つけてくれる」

「あれってどうやって分かるんでしょうかねえ」


 傍にいた戦士が不思議そうにハルの背中を見ている。

 やがてハルの前に、巨大なムカデに似た魔物ギーカーが身を起こした。隠密に長けた魔物だ。雑魚であるが、毒を持つため、等級は五と上の方だ。

 ギーカーは口から毒液を飛ばす。それをひらりと避けて、ハルは魔法の矢を三発頭へとお見舞いする。

 ギーカーの頭が弾け飛び、緑色の体液が飛び散った。

 周りを見回して他にいないことを確認すると、ハルはギーカーの首の根元についている核だけ取り、死骸を火の魔法で燃やしてから戻ってきた。


「ヨハネスさん、この辺にはもういないみたい」

「そうか、報告ありがとう。だがギーカーなんてよく見つけたな。熟練者でもたまに見逃す魔物だ」

「なんとなくそこにいるなあって分かるんです。ねえ、ユヅル」

「ニャア」


 猫の姿に戻ったユヅルは鳴いて、ハルの足に体をすり寄らせた。

 ギーカーの核は親指大で、巨体のわりに小さい。ハルが倒した魔物なので、核はハルのものだ。夢幻鞄に放り込む。

 ハルは街道の先をじっと見つめた。


「やっぱり他にもいるのか?」


 ヨハネスの問いに、ハルは首を横に振る。


「ううん、なんか気になるの。あれが女神スポットかなあ。あの大岩」


 かなり前方、森の手前にぽつんとある大岩をハルは指差す。カサリカがあらと声を上げる。


「あの岩には、()水晶(ずいしょう)がついてるわよ」

「浮き水晶?」

「そう。岩の上に水晶が浮いているの。あちこちで見かけるんだけど、浮き水晶には誰も触れないのよ、手がすり抜けちゃうの。でも浮き水晶の周囲は比較的安全だから、今日はあそこで野宿予定よ」


 カサリカの説明を聞きながら、本当にセーブポイントっぽいとハルは面白く思った。




「本当に水晶が浮いてる……」


 ハルは大岩の上を見つめて、ぽかんと口を開けた。

 水晶といっても、小さな子どもくらいの大きさはある。周囲に土星のリングみたいに光る文字が浮かんでいた。

 ハルは思わず両手で四角を作り、フォトの魔法で撮影した。

 幻想的で綺麗なオブジェクトである。

 すぐに夢幻フォルダを呼び出して、写真を女神に送信した。神様達が何を良いと思うのか分からないので、少しでもいいなと思ったら送っている。


「えいっと」


 ハルは後ろに下がると、助走をつけて大岩の上へ跳び上がる。身軽に着地すると、下から戦士達が拍手した。

 馬車酔いから立ち直ったメロラインが、興味深そうにハルを見上げている。


「たぶんここだよねえ。えーと、女神様? ハルですけど」


 浮き水晶に声をかけてみるが、何の反応もない。

 ハルは恐る恐る水晶に触れてみた。その瞬間、水晶からパッと光が溢れだした。

 そしてふと気付くと、ハルは花畑に立っていた。


「あれ?」


 驚いて回りを見渡すと、すぐ傍の丘の上に白大理石で出来たガセボを見つけた。

 そちらに歩いていくと、女神リスティアがガセボの前でくるくると回って踊っていた。


「め、女神ちゃん?」


 ハルは恐る恐る声をかける。

 女神は満面の笑みで喜んでいた。


「ハル、やったわ!」


 女神はハルの腰にタックルした。ハルはよろめきつつも支える。


「どうしたの?」

「これをご覧なさい! イイネが二つ付きましたのよ!」


 女神は宙に左手を向けた。大きな画面が浮かびあがる。

 先程、ハルが撮ったばかりの大岩と浮き水晶の写真だった。その下にある、イイネのところに二と表示されている。


「ええ!? 嬉しいけど、なんか納得いかない!」


 ハルは頭を抱える。

 最高の出来栄えの写真には「ありきたり」評価で、なにげなく撮った浮き水晶は「イイネ」とはどういうことだ。


「でも、お父様以外にイイネをくれたのは初めてよ。うふふ、あなたのお陰だわ。ありがとう!」

「いえ、女神様、一つ増えた程度で満足しちゃ駄目です。もっと頑張りましょう! 目指すはイイネ一万です!」


 女神はハルから離れると、驚いた顔をしてよろめいた。


「わたくしとしたことが……あまりのイイネの付かなさぶりに諦めていたわ。そうね、わたくしの世界にはまだまだ良いところがあるはずよ。ハル、共にイイネの高見を目指して頑張りましょう!」


 女神の差し出した右手を、ハルはしっかりと握り返した。


「でも、この一歩は大きなものだわ。神々の世界全体で見れば小さな一歩だけれど、世界リスティアとしては大きな一歩よ。それにふさわしいご褒美をあげる」


 握った手から、ふわりとハルは光に包みこまれた。


「えっ、何をしたんですか?」

「ふふ、そのうち分かるわ。お楽しみにね! きっと喜ぶわ」


 女神は嬉しそうに微笑んで、ハルの手を離す。


「ではね、ハル。ありがとう。引き続きよろしくね!」


 可愛らしいウィンクを最後に、ハルは光の洪水に押し流された。




 はっと気づくと、メロラインがハルの肩を揺さぶっていた。


「ハル様、ハル様!」

「え、メロちゃん? 何?」

「何、ではありません。何度呼びかけても気付かないんですもの」


 心配そうに見つめるメロラインに、ハルは歓声を上げて抱き着いた。


「きゃーっ、メロちゃん! やった、やったわ! やっとイイネが一つ増えたのっ」

「ハル様、ちょっ、こわっ。怖いです! ひいい」


 メロラインの腰を掴んで持ち上げて、子どもにするみたいにぐるぐる回る。大岩の上でこんなことをしたので、メロラインが恐怖に青ざめた。

 メロラインを下ろし、ハルはにっこり笑う。


「女神ちゃんも大喜びだったよ」

「はあはあ、そ、そうですか。女神様とお会いになっていたのですね。めめ女神様がお喜びになられて嬉しいですぅ」


 大岩にへたりこんだメロラインは、胸に手を当てて、ぶるぶる震えて言った。


「ごめんごめん」


 あははと笑い、ハルはなにげなく周りを見て、ぱちくりと目を瞬いた。

 青々とした草原だったはずなのに、色とりどりの花が咲き乱れているではないか。

 下を見ると、ヨハネス達が呆然と奇跡の光景を眺めている。そしてハルと目が合うや、全員そろって地面に膝を着いた。


「女神様の使いに、礼!」

「ははーっ」


 急に平伏して拝まれ始めたハルは、顔を引きつらせた。


「なんなのこの変わりよう。怖いからやめて!」


 やめさせるのに結構時間がかかり、ハルは精神的にものすごく疲れた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ