02
王都を出て、草原を西へと進む。
街道は舗装されていないので、風が吹くと土埃が舞い上がった。
「メロちゃん、大丈夫?」
ハルは馬車の荷台を覗きこんだ。
西の砦町まで、馬車で一週間かかるのだが、二日目にしてメロラインが馬車酔いでダウンしてしまった。
「だ、大丈夫です……うええ」
駄目っぽい。
ハルは苦笑いをした。
回復役である神官は体力温存が大事だと、荷馬車の荷台に待機することになったが、メロラインはとにかく酔いやすいらしい。
「大神殿から王都に行く時は大丈夫だったのに」
「あの時は、ゆっくり進んで、魔物を退治する訓練も兼ねていましたので……」
「そうだったっけ?」
言われてみると、素材や核の回収方法の練習をしていた気もする。馬車を停めて作業していたのが、メロラインにはちょうど良かったらしい。
「すみませんが、ヨハネス様。私は歩きます」
「ああ、そうした方が良さそうだな」
メロラインの有様を見て、ヨハネスは頷いた。体力温存のためとはいえ、馬車酔いで体力を消耗していては意味がない。
ヨハネスは右手を大きく挙げた。
「ヤンソンさん、少し休憩しましょう」
「ええ、そうしましょう」
ヤンソンにも否やは無かった。
馬車が止まると、メロラインはよろよろと降りてきた。
ハルは広い所に、夢幻鞄から出した敷物を広げ、木製の背もたれのないベンチを置くと、メロラインを座らせた。
「はいはい、少し休んでなよ、メロちゃん」
「ううう、申し訳ありません、ハル様。私は補佐でついてきたのに」
「メロちゃんが一緒なだけで心強いから気にしないで」
水筒を押し付けたところで、ハルは足元のユヅルを見下ろす。
「ユヅル」
「ニャア!」
ユヅルがパッと弓の姿に変わる。ハルは左手で受け取った。
「え、ハル様?」
「あっちに魔物がいるみたいだからやっつけてくる。メロちゃんの休憩の邪魔はさせないからね。ヨハネスさん、ちょっと行ってきます!」
「おう、頼んだぜ、ハルちゃん」
草原を駆けていくハルを、ヨハネスが見送る。
「いやあ、ハルちゃんが一緒だと楽だな。斥候が気付かないような魔物も見つけてくれる」
「あれってどうやって分かるんでしょうかねえ」
傍にいた戦士が不思議そうにハルの背中を見ている。
やがてハルの前に、巨大なムカデに似た魔物ギーカーが身を起こした。隠密に長けた魔物だ。雑魚であるが、毒を持つため、等級は五と上の方だ。
ギーカーは口から毒液を飛ばす。それをひらりと避けて、ハルは魔法の矢を三発頭へとお見舞いする。
ギーカーの頭が弾け飛び、緑色の体液が飛び散った。
周りを見回して他にいないことを確認すると、ハルはギーカーの首の根元についている核だけ取り、死骸を火の魔法で燃やしてから戻ってきた。
「ヨハネスさん、この辺にはもういないみたい」
「そうか、報告ありがとう。だがギーカーなんてよく見つけたな。熟練者でもたまに見逃す魔物だ」
「なんとなくそこにいるなあって分かるんです。ねえ、ユヅル」
「ニャア」
猫の姿に戻ったユヅルは鳴いて、ハルの足に体をすり寄らせた。
ギーカーの核は親指大で、巨体のわりに小さい。ハルが倒した魔物なので、核はハルのものだ。夢幻鞄に放り込む。
ハルは街道の先をじっと見つめた。
「やっぱり他にもいるのか?」
ヨハネスの問いに、ハルは首を横に振る。
「ううん、なんか気になるの。あれが女神スポットかなあ。あの大岩」
かなり前方、森の手前にぽつんとある大岩をハルは指差す。カサリカがあらと声を上げる。
「あの岩には、浮き水晶がついてるわよ」
「浮き水晶?」
「そう。岩の上に水晶が浮いているの。あちこちで見かけるんだけど、浮き水晶には誰も触れないのよ、手がすり抜けちゃうの。でも浮き水晶の周囲は比較的安全だから、今日はあそこで野宿予定よ」
カサリカの説明を聞きながら、本当にセーブポイントっぽいとハルは面白く思った。
「本当に水晶が浮いてる……」
ハルは大岩の上を見つめて、ぽかんと口を開けた。
水晶といっても、小さな子どもくらいの大きさはある。周囲に土星のリングみたいに光る文字が浮かんでいた。
ハルは思わず両手で四角を作り、フォトの魔法で撮影した。
幻想的で綺麗なオブジェクトである。
すぐに夢幻フォルダを呼び出して、写真を女神に送信した。神様達が何を良いと思うのか分からないので、少しでもいいなと思ったら送っている。
「えいっと」
ハルは後ろに下がると、助走をつけて大岩の上へ跳び上がる。身軽に着地すると、下から戦士達が拍手した。
馬車酔いから立ち直ったメロラインが、興味深そうにハルを見上げている。
「たぶんここだよねえ。えーと、女神様? ハルですけど」
浮き水晶に声をかけてみるが、何の反応もない。
ハルは恐る恐る水晶に触れてみた。その瞬間、水晶からパッと光が溢れだした。
そしてふと気付くと、ハルは花畑に立っていた。
「あれ?」
驚いて回りを見渡すと、すぐ傍の丘の上に白大理石で出来たガセボを見つけた。
そちらに歩いていくと、女神リスティアがガセボの前でくるくると回って踊っていた。
「め、女神ちゃん?」
ハルは恐る恐る声をかける。
女神は満面の笑みで喜んでいた。
「ハル、やったわ!」
女神はハルの腰にタックルした。ハルはよろめきつつも支える。
「どうしたの?」
「これをご覧なさい! イイネが二つ付きましたのよ!」
女神は宙に左手を向けた。大きな画面が浮かびあがる。
先程、ハルが撮ったばかりの大岩と浮き水晶の写真だった。その下にある、イイネのところに二と表示されている。
「ええ!? 嬉しいけど、なんか納得いかない!」
ハルは頭を抱える。
最高の出来栄えの写真には「ありきたり」評価で、なにげなく撮った浮き水晶は「イイネ」とはどういうことだ。
「でも、お父様以外にイイネをくれたのは初めてよ。うふふ、あなたのお陰だわ。ありがとう!」
「いえ、女神様、一つ増えた程度で満足しちゃ駄目です。もっと頑張りましょう! 目指すはイイネ一万です!」
女神はハルから離れると、驚いた顔をしてよろめいた。
「わたくしとしたことが……あまりのイイネの付かなさぶりに諦めていたわ。そうね、わたくしの世界にはまだまだ良いところがあるはずよ。ハル、共にイイネの高見を目指して頑張りましょう!」
女神の差し出した右手を、ハルはしっかりと握り返した。
「でも、この一歩は大きなものだわ。神々の世界全体で見れば小さな一歩だけれど、世界リスティアとしては大きな一歩よ。それにふさわしいご褒美をあげる」
握った手から、ふわりとハルは光に包みこまれた。
「えっ、何をしたんですか?」
「ふふ、そのうち分かるわ。お楽しみにね! きっと喜ぶわ」
女神は嬉しそうに微笑んで、ハルの手を離す。
「ではね、ハル。ありがとう。引き続きよろしくね!」
可愛らしいウィンクを最後に、ハルは光の洪水に押し流された。
はっと気づくと、メロラインがハルの肩を揺さぶっていた。
「ハル様、ハル様!」
「え、メロちゃん? 何?」
「何、ではありません。何度呼びかけても気付かないんですもの」
心配そうに見つめるメロラインに、ハルは歓声を上げて抱き着いた。
「きゃーっ、メロちゃん! やった、やったわ! やっとイイネが一つ増えたのっ」
「ハル様、ちょっ、こわっ。怖いです! ひいい」
メロラインの腰を掴んで持ち上げて、子どもにするみたいにぐるぐる回る。大岩の上でこんなことをしたので、メロラインが恐怖に青ざめた。
メロラインを下ろし、ハルはにっこり笑う。
「女神ちゃんも大喜びだったよ」
「はあはあ、そ、そうですか。女神様とお会いになっていたのですね。めめ女神様がお喜びになられて嬉しいですぅ」
大岩にへたりこんだメロラインは、胸に手を当てて、ぶるぶる震えて言った。
「ごめんごめん」
あははと笑い、ハルはなにげなく周りを見て、ぱちくりと目を瞬いた。
青々とした草原だったはずなのに、色とりどりの花が咲き乱れているではないか。
下を見ると、ヨハネス達が呆然と奇跡の光景を眺めている。そしてハルと目が合うや、全員そろって地面に膝を着いた。
「女神様の使いに、礼!」
「ははーっ」
急に平伏して拝まれ始めたハルは、顔を引きつらせた。
「なんなのこの変わりよう。怖いからやめて!」
やめさせるのに結構時間がかかり、ハルは精神的にものすごく疲れた。