Photo2 浮き水晶と奇岩地帯 01
「ええー、山賊ですかぁー?」
王都を出る前に、近隣の情報を集めておこうと立ち寄った討連の会館で、ハルは驚きの声を上げた。
「そうなんだよ、ハルちゃん。珍しいことに山賊が集落を作っちまってなあ」
まるで親戚のおじさんみたいに親しげに返したこの中年男は、エルドア中央支部の支部長ヨハネスだ。
日に焼けて浅黒い肌をした彼は、ホワイトグレーの髪を刈り込んでいて精悍な見た目をしているのだが、着ている服がよれたシャツで、無精ヒゲを生やしているので、ちょっと残念である。というのも男やもめで帰宅を面倒がり、会館に泊まり込んだりするせいだ。明るいオレンジ色の目をしているので、強い戦士だと分かる。
「盗賊なんて絶滅危惧種よ。魔物の餌食になっちゃうからねえ」
茶色い髪をきちんと結い上げたカサリカ女史が、受付の仕事をしながら口を挟んだ。その間も手は動いており、事務仕事をそつなくこなしている。髪は茶色いが、金の目をしたカサリカもまた、この会館では強者である。
「それがやっこさん、結界を維持する方法を見つけたようでね。今のところは無事なんだが……ただでさえ魔物に困ってるってぇのに、商人が襲われるんで、王都の商工ギルドが立ち上がったというわけだね」
そう言って、ヨハネスは紙を一枚差し出した。
「どう? 受けてみない? 護衛依頼」
「いやいや、私、人を守るってよく分かんないし……。お断りします」
「猛獣使いがいるから大丈夫だろ?」
「メロちゃんとは昨日お別れしたんです。卒業だって。本を読みたいだけよねえ、あれって絶対。まあいいけど」
やれやれと呟くを、ヨハネスとカサリカが顔を見合わせた。何やらカサリカが指でびしっとハルを差し、ヨハネスに指示を出した。ヨハネスは眉を片方上げて、どこか嫌そうにしたが、カサリカににらまれて渋々ハルを見る。
「え、なに今のやりとり」
「気にすんな。俺はカサリカ女史には敵わないんだ」
「ヨハネスさんの方がトップでしょ?」
「そうだが、時に裏の権力には敵わないことも」
ヨハネスはその時、さっと飛びのいた。カサリカが彼の足を蹴ろうとしたようだ。カサリカはじろりとヨハネスを見る。
「余計なこと言わない」
「はい、すみません」
ヨハネスは謝って、カサリカが座り直すのを見届けてから、元の位置に戻った。
「それならハルちゃん、俺らと三人でパーティ組んで、この依頼を受けないか?」
「三人って?」
「俺と、カサリカと、ハルちゃん」
ヨハネスがそう言った時、会館の受付部屋にいた戦士達がどよめいた。強豪三人の黄金パーティだすげえ、なんて声が聞こえてくる。
「いや、私は依頼とか興味ないんですよ。写真を撮って回りたいだけなので」
「前に言ってた、女神様を喜ばせる絵ってやつ?」
「絵じゃないですけど、まあそんなものです。女神スポットにも行こうと思って探しに行くつもりで……」
女神と会えるというポイントのことを、ハルは「女神スポット」と呼ぶことにした。ゲームのセーブ地点みたいで面白い。
「前にメロラインさんから聞いてはいたけど、大神殿のお客人ってのは変わってるなあ。おっさんには理解が難しい」
よく分からないとヨハネスは首をひねった。ハルはじっとりとした目でヨハネスを見る。
「なんでメロちゃんはさん付けで、私はちゃん付け?」
「神官様をちゃん付けは出来ないよ。あとは、ハルちゃんはハルちゃんって感じだな」
「いや、意味分かんないです」
ハルはきっぱり返し、両手を合わせて謝る仕草をする。
「私、人間とは戦えない決まりなんで、申し訳ないですけど他を当たって下さい。魔物だけなら良いんですけどね」
「それでも構わないわよ、ハルちゃん! 山賊の相手をしている間、魔物の心配をしなくていいんなら助かるから」
カサリカがずいっと身を乗り出して言った。
「山賊の集落がある場所は、奇岩地帯だから絵を描くにも良いわよ」
「奇岩地帯? 見たい! 行く!」
ハルは意見を翻した。
ヨハネスが嬉しそうに肩を揺すって笑う。
「そうか? 良かった、助かるよ。若い子が一緒だとやる気も上がるしな」
「お世辞なんていいですよ。でもヨハネスさん、そんなおっさんって見た目じゃないでしょ。胸張ってくださいよ~」
「え? そうか。はっはっは。俺もまだいけるか? どうよ、俺と付きあ……」
ヨハネスが何か言いかけた時、ゴッというすさまじい音がした。カサリカが踵を落として、床の木板に大穴を開けていた。
何事かと驚くハルには構わず、カサリカはにこりと笑っていない目でヨハネスを見つめる。
「支部長? 勤務中に浮ついた発言はしないで下さい。こちらのレベルも下がります」
「……スミマセン」
顔を引きつらせ、ヨハネスがすぐに謝った。
冷たい怒りを漂わせるカサリカを見ていて、ハルは思った。この人を敵に回したらやばい、と。
◆
依頼を受けた三日後。
留守中の仕事の采配をしたヨハネスとカサリカとともに、ハルは王都の広場にいた。討連の支部や役所、聖堂の前に、幌のついた荷馬車が三台並んでいる。茶色の有角馬に、御者が桶で水をあげていた。
「護衛を引き受けて頂いてありがとうございます。強豪がついているので安心ですよ!」
「はは、どういたしまして、ヤンソンさん」
長剣を携えた鎧姿のヨハネスが、隊商の長ヤンソンに挨拶を返した。ヨハネスの傍には、真紅の旅装束に身を包んだカサリカが立っている。彼女はトップに赤い宝石がついた黒い柄の杖を持っている。
商工ギルドから十人の商人が集まって、荷物を西の砦町に運ぶ隊を作ったが、運ぶのは代表で選ばれたヤンソンとその配下の六人である。西の砦町に帰るために引き受けたらしい。
(私達三人以外にも、護衛を受けた人が十人いるのね)
ハルは護衛を数えてみた。馬車一台につき四人が警護に付き、残り一人は斥候の役割をすると聞いている。
ヤンソンはほくほく顔だったが、ハルを見つけると眉をひそめた。
「どうして黒いのが紛れているんです?」
「彼女はいいんです。黒の御使いですから」
その問いには、護衛の中から一人が進みでて答えた。驚いたことに、別れたはずのメロラインだった。
神官の白い衣を見て、ヤンソンは態度を変える。
「おお、そうですか。よく分かりませんが、神官様がおっしゃるのなら構いません。よろしくお願いします」
ヤンソンは会釈をした。
あからさまな差別にハルは鼻白んだが、この一ヶ月で慣れていたのですぐに不快感は消えた。
メロラインはヤンソンに挨拶すると、ハルの方へやって来た。
「メロちゃん、どうしてここにいるの? 大神殿に戻ったんじゃ」
「王都の神殿が討連の協力要請をうけたのです。出立前にそちらからハル様がこの依頼に参加されると聞いたので、戻るのをやめたんです。山賊相手の護衛依頼では心配ですから」
「メロちゃん~! ありがと~!」
ハルは喜びのあまり、メロラインに抱き着いた。メロラインはされるがままで溜息を吐く。
「早く終わらせて帰りますよ、ハル様。仕方がないので本をたくさん持ってきましたが、図書室が私を呼んでいるのです」
「分かった、メロちゃんが本を読める時間がとれるように頑張るね!」
「ええ、そうして下さい」
メロラインはそっけないが、照れているのか頬が赤い。
素直ではないメロラインを見ていて、ハルは初めてツンデレの良さが分かった気がした。
「可愛い! メロちゃん、可愛い!」
「もう、うるさいですよ、ハル様。私は可愛くありません」
連呼するハルに顔をしかめたメロラインは、ふいっとそっぽを向いてしまった。