05 (18.1/30 前半を加筆)
18.1/30 このページの前半を加筆しました。
王都は南門から、北にある城へ向けて、メインストリートが伸びている。
その途中、広場には役場やギルドが集まっており、にぎやかな区画になっていた。
「この建物が、魔物討伐連盟――略して、討連と呼ばれているギルドです」
三階建ての堂々とした石造りの建物を前にして、メロラインは説明する。
「ギルドって、ここでも組合のこと?」
「その通りです。職人のギルドのほうは、親方の紹介がなければ入れませんし、入るかどうかは自由に決められます。しかし、討連だけは、戦士や兵士は必ず入ります」
「そういう法律ってこと?」
「違います。都合が悪いのですよ」
メロラインの説明に、ハルは首を傾げる。メロラインはハルをじっと見つめ、質問する。
「人間の住む土地は狭いとお話ししましたよね。危機があると、他国に救援を求めることがあるのです。しかし、それぞれの国で兵士の育てかたは違います。ここで困ることがあるんです。なんだと思いますか?」
「えっ、困ること?」
ハルは顎に手を当てて、空を仰ぐ。
「うーん、兵士の育てかたが違うってことは、一緒に戦いにくいとか?」
「ふふっ、それも正解です。もう少し深く踏み込んで答えますと、強さの基準が国ごとに違うと、戦いでの人の配置に困るんですね」
「なるほど! それで、基準の統一の為に、同じ組織に入るのね?」
「ご名答」
メロラインはにこりと微笑んだ。
「この仕組みのおかげで、小隊で派遣しても、相手はすんなり助力を上手く使えるというわけですわ。基本的に、隊ごとに行動しますが、遂行できる命令の難易度を判断しやすいでしょう?」
「なるほどねえ」
まさに先人の知恵である。
「例えば、魔物には強さで等級が決められていますが、どの等級を倒す能力があるかで、戦士にはランクが割り振られているんですよ。ではハル様、魔物の等級を教えてください。復習です」
メロラインはキラリと目を光らせた。
教師の目をしている彼女を前に、ハルは背筋を正す。
「上から順に、等級一はドラゴン種、二はナーガ種で、三は死人種。四はゴースト種ね。五から七までは雑魚で、五は毒を持っていて、六は簡単な魔法を使える。七は毒は無いし魔法も使えないけど、一般人には脅威なのよね」
「その通りです」
メロラインは満足げに頷いて、説明を続ける。
「討連でのランクは、色位と呼ばれています。等級一を倒せるかたは、金。等級二は銀。三と四は銅。五は灰で、六と七は黒となります。ちなみに、金の色位は、現在は誰もおりません」
「いないの?」
「ドラゴンですよ、ハル様。大災厄級の魔物です! 魔物の王ですもの。幸い、西にある山からは滅多と下りてきませんから、何事もないのですわ」
想像したのか、メロラインは恐ろしそうに身震いした。
「じゃあ、銀はいるの?」
好奇心からのハルの問いに、メロラインは頷く。
「それこそ昨日お会いになったユリウス王子ですわ」
「でも、倒してないじゃない? 追い払っただけでしょ?」
「それでも充分すごいんです! 銀にふさわしいですわ」
メロラインに強く力説され、ハルは素直に謝った。
「……ごめん」
「分かっていただければ結構です。さ、中に入ってください。更に説明します」
メロラインに促され、ハルは討連の会館へと踏み込んだ。
スイングドアを通り抜けると、中は食堂のような雰囲気があった。
奥にはカウンターがあり、テーブルや椅子があちこちに置かれて、そこで戦士達が話し合いをしている。壁には紙がいくつも貼られていた。
物珍しく思って眺めていると、ひそひそと話して笑う声がした。能無しの黒と聞こえて、カチンとする。
「気にしないでください。ではハル様、続けますね。討連では、魔物を狩る戦士の育成や補助活動もしています。核や素材の買い取りの他、宿舎を提供しています。兵士になると、所属先に核の提出が義務づけられますが、流れの戦士は、自分で倒した魔物の核は、自分のものにできますからね」
メロラインはカウンターまで歩いていき、ハルを振り返る。
「買い取りはこちらで行います」
「素材は分かるんだけど、核って買い取ってどうするの?」
「素材よりも核が大事なんですよ、ハル様。魔物の核は、魔力の塊ですから。核は魔力の回復に使ったり、動力源にしたりします。武具や防具に使うと、魔法の効果を持たせることもできます。そして中のエネルギーを使い切ると、消えてなくなります」
ハルは頷いた。
核は魔物の命の源であり、女神リスティアの溢れだした力の欠片だ。
「最も重要なのは、結界の動力源です。ダルトガで見たでしょう? 人の力で結界を維持し続けるのは体力がもちませんが、核があれば簡単です」
「でもそうなると、量が必要ね?」
「その為の討連でもあります。ここでは、買い取ったものの三割を、その支部のある組織に提出する決まりです。ダルトガでしたら、大神殿へ。この討連でしたら、城へ」
「町、村、そういう感じ?」
「ええ」
メロラインが肯定するのを眺め、よくできた仕組みだなとハルは感心した。
「では、実際に売ってみましょうか。ここに来るまでに狩った魔物の核と素材を、こちらに置いてください」
「はーい」
買い取り用の窓口は、台が広々としている。そこに夢幻鞄から次々に核や素材を取り出して山積みにすると、世間知らずなハルをこそこそと笑っていた人々が静まり返った。
討連の職員も顔を引きつらせている。
「ええと、こちらで全部ですか?」
「はい。あ、でも、メロちゃんが狩った分は別にあるよね」
思い出して、ハルはメロラインの横顔を見る。
「私のものは神殿に提出しますので」
「だそうなので、全部です」
「ええと、まさかあなたが狩ったんですか?」
恐る恐る問う職員の女に、ハルは頷く。
「ええ。修業を兼ねて、目についたものを狩りました」
彼女は信じられないという様子で、目を白黒させているが、メロラインがせっつく。
「交換をお願いします。それから、ハル様の登録をしたいので、よろしくお願いしますね」
「畏まりました。では試験の準備が済みましたら、お呼びします」
女は同僚に声をかけ、準備を頼む。
「試験があるの?」
ハルが問うと、メロラインは頷いた。
「もちろん。魔物の討伐は危険ですから。先程説明したと戦士のランク、色位ですが、これは魔物の討伐数、どういった等級の魔物は倒せたか、魔法や武術の力量、場馴れしているかどうか……それらを明らかにしておくためのものです。ただ、経験は必ずしも基準にはなりませんので、入りたてのルーキーでも、試験結果次第では、高ランクになることもあります」
「なるほどね!」
「ハル様なら楽勝ですわ。頑張ってください」
「うん!」
その後、体力テストと、的を壊すといった武芸のテストをハルが受けると、能無しの黒を笑いに来たらしき意地悪な戦士達が、ものの見事に黙り込んだ。それを見て、ハルはすかっと胸がすく思いだった。
◆
それからハルは、王都で一ヶ月を過ごした。
王都周辺で魔物を狩り、日常生活を送りながら学んでいくうちに、めきめきと実力をつけていった。
討連に入って最初の頃は、ハルに能無しの黒と正面から馬鹿にする者もいたのだが、ハルが黒髪黒目であるのに、魔法を使える逸脱した存在だと広まるにつれ、そんな反応は消えていった。
百発百中の弓の腕に、驚異的な身体能力。岩人形すら蹴り砕くのを見ていれば、誰でもびびって喧嘩を売ろうなんて思わないだろう。
パーティを組みたいと望む戦士の誘いを今日も断り、ハルは写真映えするポイントを探して、王都をさまよっていた。
――が。
「メロちゃん、聞いてよ。今日も駄目だったー!」
王都を散策している間、神殿の中庭で本を読んでいるメロラインに、ハルは後ろから抱きついた。
すっかり気を許して、メロラインと姉妹のような友情関係を築いたハルは、遠慮なくスキンシップをとっている。慣れるとくっつきに行きたくなるタイプなので、日本の友人には猫みたいだと言われたこともあった。
「はいはい、大変でしたねえ、ハル様。あと一ページ読んでいいですか?」
「……メロちゃん、最近、私の扱いが雑になってきたよねえ」
メロラインは本から一瞬も目をそむけず、ハルの頭を左手で軽く撫でながらあしらった。こんなやりとりを見た戦士達から、メロラインは猛獣使いと影で呼ばれている。この場合、猛獣はハルのことらしい。失礼な話だ。
「まあいいけど。“女神のジンスタグラム”」
メロラインの隣に座ると、ハルは呪文を呟いた。
目の前の空間に、電子画面が浮かび上がり、女神リスティアのジンスタグラムのページが表示される。
「マジックアワーも狙ったのに、地球の神様以外、誰もイイネを押してくれない」
ハルはむすりと頬を膨らませてうなる。
マジックアワーというのは、日の出の直前と日没直後の時間帯のことを指す写真用語だ。どんな被写体も美しく撮影出来る時間である。初心者でも綺麗に撮りやすい。
正直、ハルは甘く見ていた。イイネをもらうくらい簡単だと思っていたのだ。しかし王都や近隣の風景を撮りまくったが、結果は惨敗。地球の神からの親心のイイネが一つ付くだけだった。
エルドアの王都を写したもので、一番気に入っている写真は、夕日を背にした神殿の尖塔だ。我ながら雑誌の表紙にもいけそうだと自画自賛している出来である。ハルはメロラインに画面を示して言う。
「これなんて最高なのにーっ。私の史上初の出来だよ! ねえ、見てよ、メロちゃん!」
「ですからハル様、私にはそのジンスタグラムとやらの絵は見えませんと申しています。何度目ですか」
ハルのしつこさに根負けし、渋々顔を上げたメロラインは溜息混じりに言った。真面目でクールなメロラインの目は、「鬱陶しい。邪魔だ」と告げている。読書中のメロラインに話しかけると煙たがられる。ここ一週間は、魔物退治に行く時以外、メロラインは神殿に引きこもって本ばかり読んでいる。むしろ本を読んでいない時間のほうが少ない。注意を引こうと思ったら、どうしても邪魔するしかなかった。
「そうなのよねえ。見せられたら良かったのに」
がっかりして、ハルは息をつく。
「これじゃあ女神ちゃんが怒るのも分かるよ。一ヶ月やっても駄目駄目なんだもん」
「女神様です」
「そこは口を出すのねえ、メロちゃん」
当然というように、メロラインは頷いた。
ハルが女神ちゃん呼びするたび、メロラインは訂正を入れる。だがハルは女神から許可を取っているので、変えるつもりはない。
メロラインは本をパタリと閉じた。ハルと向き直る。
「ハル様、あなたはすっかり常識を身につけました。メロラインが教えることはもうありません。今日で卒業といたしましょう」
「急だね!? そんなこと言って、本当は本に浸りたいだけなんでしょ、メロちゃん」
「……否定はしませんが」
「しようよ!」
間髪入れずにハルはツッコミを入れる。
足元に丸まったユヅルが、「ニャア」と呆れたように鳴いた。メロラインはごほんと咳払いをする。
「ですが、事実ですわ、ハル様。私は教えられることは全て教えました。お金の使い方、店で売り買いする方法。討連の利用法に、野宿や旅に必要なこと、結界の張りかたに至るまで全てです。魔物については、各地の討連でお金を払って情報を買って下さい。それで解決です」
メロラインは眼鏡のブリッジを指先でくいっと持ち上げる。
「しかし、夢幻鞄のようなものは一般にも出回っていますが、野宿にベッドや竃を持ち歩こうとした方を見たのは初めてでした。いかに快適に過ごすかを心がける点、大変勉強になりました」
「あ、それね! お金を貯めて、家を買ったらいいんじゃないかと思いついたのよ。家具や竃、お風呂場もそろってるから居心地が最高でしょ?」
「目から鱗ですわ、ハル様。家を持ち歩こうだなんて、誰も考えませんでした。まあ、それができるのは、ハル様の夢幻鞄が規格外だからですが。そのうち、お城を持ち歩きそうで怖いですわ」
「それいいね!」
指をパチンと鳴らすハルに、メロラインは呆れた目を向ける。冗談だったらしい。
「とにかく、私は大神殿ダルトガに戻り、元の図書室ライフを過ごしますわ。どうかお元気で」
メロラインの決意は固いようだ。ハルは引きとめるのを諦めた。インドアな彼女を一ヶ月も連れ回したのだから、もう充分に思えたのだ。
「たまに遊びに行くね」
「ええ、是非。私はもちろん、グレゴール様もお喜びになります」
メロラインはにっこりと微笑んで頭を下げる。ハルはメロラインとハグをかわし、握手をし、十分に礼を言って、なんともあっさりと別れた。
少し寂しく感じたハルだが、旅に別れは付き物だ。神殿の中庭を出て行く。
「そういえば、女神様と会えるポイントだけ行ってないね。探してみよっか、ユヅル」
「ニャア」
人恋しくなったら、女神リスティアに会うか、大神殿ダルドガを訪ねようとこっそり決めた。