04
その日の野営は、街道沿いに陣を築いた。
騎士団の人々が忙しく働く中、ハルは自分の寝床を確保すると、焚火で湯を沸かし始めた。
平坦な草原地帯なので、夢幻鞄から出した小屋を出しただけだ。中にはベッドや布団セットが設置されている。
「小屋だ……」
「そんな野宿ってあり……?」
周りでそんなざわめきが聞こえるが、無視してお茶を淹れる。
今日は豆茶だ。ふんふんと鼻歌を歌っていると、ユリアスがやって来て、小さな木の椅子を影庫から取り出し、焚火の傍に座る。
「悪かったな」
「あーら、なんのことかしらー?」
「くっ。わざと知らないふりを!」
どうやら昼間のことを謝っているらしいが、ハルはつんとそっぽを向いた。
「主語をつけてくれないと分かりませーん」
「お前、絶対に分かってるだろ! ……はあ。まあいい。大勢の前で話すことではなかったことを謝っているんだ」
「どうしたのよ、急に」
「どれだけ無神経かについて、女性団員にこぞって説教された」
ハルがちらっと騎士達のほうを見ると、十代から三十代までの女性騎士達がはらはらとこちらをうかがっていた。
「そう。ユリユリが部下の注意を聞く上司で良かったわぁ。しかたないから、許してあげるわよ。はい、仲直りの握手」
「ハルはそういうところはしっかりしてるよなあ。見習わねば」
心なしかしょんぼりと肩を落としたユリアスは、ハルの差し出した右手を素直に取った。ハルはぶんぶんと勢いよく腕を振り、握手をする。
「いつまでも怒るような内容じゃないしね。ただ、ちょっと気まずいだけ」
「そうか。すまなかった」
重ねて詫びるユリアスに、ハルは豆茶を注いだマグカップを渡す。
「はい、お茶」
「ありがとう。俺も夕食を作るとしよう。お前も包み焼きを食べるか?」
「ユリユリってば、本当に包み焼きが好きよね。栄養バランスは良いと思うけどさ」
包み焼きとは、大きな葉で魚の塩漬けと木の実やハーブ、刻んだ野菜を包んで、焚火に放り込んで焼く料理のことだ。ユリアスはこれが好きで、一日に一度は食べている。
「美味いだろ」
「騎士の人達と食べないの?」
「俺は包み焼きを食べたい」
「はいはい」
豪勢な料理よりも包み焼きを選ぶ王子ってどうなんだろうか。ハルには不思議でならないが、塩気とハーブの絶妙な味わいが癖になるので、ハルも一緒に用意してもらうことにした。
ハルは女神から夢幻鞄をもらった。容量無制限でなんでも入る魔法の鞄だ。時間までは止まらないので、食料を入れすぎると腐らせてしまうが、日持ちのする塩漬けや乾燥させた食品なんかはたくさん入れてあった。
この世界には小さな巾着の中にできる影を利用した空間魔法が使われた、影庫というアイテムがあり、ユリアスはそちらを使っている。中に入れられる個数や大きさの制限があるので、持ち歩くに不便なものや貴重品入れにされているようだった。
「私はスープを作ろうかな。小麦で作ったナンもどきも」
「そろそろやばい干し肉があるから、これをスープに入れてくれ」
「了解」
それぞれ、せっせと料理をこしらえて、簡単な野外料理を作る。
「殿下、本当にお食事はいらないので?」
フェルが心配そうに訊きに来て、ハル達の食卓に目を丸くする。
「おや、すでにできているのですね。お二人とも、パンやハナブタの串焼きはいりませんか?」
「串焼きだけください!」
「俺も」
ハルとユリアスは素早く返事をした。フェルは笑いながら、大きく切られた肉の串焼きを二本ずつ運んできてくれた。
ハナブタとはブチが花柄になっている豚のことで、エルドア王国ではポピュラーな食品だ。あぶらがのっていて、肉厚でおいしい。
「こんな新鮮な肉、よくもちましたね」
「王都でしめたハナブタを、影庫で熟成させながら旅をして、途中で食べ頃という感じにしているんですよ。拠点が落ち着いたら、家畜を増やしたいですね」
フェルが言うには、今回はクロドリを十羽ほど連れてきたそうだ。
クロドリは、七面鳥くらいの大きさがある鳥で、地球でいう鶏みたいなスタンダードな位置にいる。卵も肉も、どちらもおいしい。
ハナブタはなんでも食べるために不浄という理由で、神官はクロドリの肉しか食べないと聞いている。神官として積み上げた徳が落ちるのだそうだ。その徳というのがなんなのか、ハルにはよく分からないが。
騎士団がゆっくりと進んでいるのは、飲料や食品だけでなく、城の修復素材が重い上、家畜も連れているから刺激しないためらしい。
「わ~おいしい~。春祭りで食べた串焼きを思い出すわ」
「普段は、肉の流通は制限されているので、祭りの楽しみですよね。拠点を移すに当たって、食料供給だけ心配ですが……。さすがに陛下もそこまで嫌がらせしないはずです。何かあれば、我らが前線に出ますから」
フェルの表情に、影がさす。
「嫌がらせというのは、どういうことだ」
ユリアスが問うと、フェルは苦笑する。
「いつまでも団長を待つ我らのことを、陛下が好ましく思われます? いろいろとございましたよ。予算を減らされたり、ずさんな食料管理をする料理人をよこされたり……。細かいところは備品不足から、使えない戦士を応援に寄こされる……とか」
「えっ、死活問題じゃん。あの王様って幼稚なことをするのね」
ハルが遠慮なく駄目だしをすると、フェルはふっと噴き出す。
「そうですね。しかし、くだらないことばかりでしたが、実戦ではどれも足を引っ張ってくるので、フラストレーションがたまりまくりでした」
「やばっ。もしかしてここにもいるの? 王様のスパイ」
大きな声で話すべきではなかった。ハルは声を小さくして、フェルに確認する。
「いえ。ここにいるのは、団長が不在にする前からの者ばかりです。何度も魔物につぶされている廃城には、さすがに命が惜しくてついてこなかったようですね」
「そうなの、良かったね。根性無しばっかりで」
あははと、ハルは明るく笑い飛ばす。フェルは困ったように、視線をさまよわせた。
「簡単に言えばそうなんですが……なんでしょうか、ハル様がおっしゃるとそう問題でもない気がしてきますね」
「そうだな。こいつは無駄に楽観的だ」
「無駄って何よ、失礼しちゃうわね。ユリユリがくそ真面目なだけでしょ!」
唇をとがらせて抗議するハルを、ユリアスとフェルは生温かい目で見た。
「味方ばかりなら、王様の愚痴を言っても大丈夫ね。良かった!」
「そういう問題か?」
ユリアスは呆れ顔をして、ゆるやかに首を振った。




