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女神さまだってイイネが欲しいんです。(長編版)  作者: 草野 瀬津璃
第二部 赤の騎士団立て直し編
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Photo1 廃城 01



 翌日、再びグレゴールの執務室に集まると、すでに女神官のメロラインが待っていた。


「ハル様、ユリアス殿下、お待ち申し上げておりました」


 メロラインは楚々とした笑みを浮かべ、すっとお辞儀する。

 灰色の髪を三つ編みにして、丸眼鏡をかけた学級委員長のような雰囲気を持つ彼女は、琥珀(こはく)色の目を持つために戦っても強い。本を読みたくて神殿に入ったくらいの本の虫なのに、身長ほどもある大ぶりのメイスを振り回して魔物を倒すところは、ちょっとしたホラーだ。


「グレゴール様のお申しつけに従い、廃城(はいじょう)ダウンについて調べましたよ。結果、なかなかの不良(ふりょう)物件でございました!」

「いや、そんな笑顔で言うかな?」


 にこにこと嫌なことを告げるメロラインに、ハルは呆れてツッコミを入れる。メロラインはやっぱり楽しそうに本を開く。


「だって、ハル様。歴史書と見比べていたら面白くて! エルドア建国より以前から、なんと三十回は廃城になっているのです!」

「うわー、縁起わるぅー」


 ローテーブルに積まれた分厚い本には、それぞれしおりが挟んである。ユリアスはメロラインの態度よりも、本の山が気になったようだ。


「あまり時間がなかっただろうに、こんな量を調べたのか?」

「はい! 楽しすぎて徹夜してしまいました~」

「それでハイになってんのね」


 ハルは苦笑した。

 普段のメロラインはもう少し控えめなのにおかしいと思ったら、徹夜ハイになっていたらしい。グレゴールも微苦笑を浮かべている。


「メロライン、きちんと睡眠をとりなさい。今回は助かったから構わないが」

「申し訳ありません、グレゴール様。でも、本を読んでいられるなら睡眠不足でも幸せです」

「出た、本の虫」


 ハルは笑った。メロラインときたら、口では謝りつつ、まったく反省していない。


「こちらのお城、あまりに廃城になるので、名前にダウンとつけられたほどです」

「ここまで分かりやすいことをするのか、兄上……」


 ユリアスはため息をつく。


「メロライン、その様子だと、移転のために廃棄したわけではないようだが」


「ええ、そうです、殿下。この廃城とは、人が住まないせいで荒れた城とか、城として使われなくなったという意味のほうですね。数年前に廃城になった時もそうでしたが、魔物の群れに襲われたのですよ」


 メロラインの説明に、グレゴールが眉を寄せて口を挟む。


「まるで何度も魔物に襲撃されているようでは……」


「その通りです、グレゴール様! なぜかこの城は魔物が集まりやすいのです。正確には、魔物が集まりやすい土地のため、(とりで)として城が作られたというほうが正しいかもしれません」


 ハルは首を傾げる。


「なんでそんな危険な所に、砦を作るのよ。放っておけばいいじゃない」


「ハル様のおっしゃる通りですが、近くを街道が通っているのですよ。不便なので、城に魔物退治する専門部署を設けていたというわけです」


 すると、ユリアスがふうんとつぶやいた。


「物流が阻害されるほうが困るのか。おかしいな、あの辺りには、街道はなかったはず」

「ええ、遠回りルートが使われております。地図をごらんください」


 メロラインは地図を広げ、王都から西に遠のいた草原の真ん中を示す。


「この通り、西部寄りの草原地帯中央部にあります。この城が使えるようになれば、奇岩地帯を通らずに、王都と西の砦町が行き来できるのですよ。現況は分かりませんが、廃城になったのをきっかけに、この中央街道も廃棄されているはずです」


 ハルは王都から西の砦町まで旅をしたことを思い出し、奇岩地帯が危険でも通っていたのはそういう理由だったのかと、合点がいった。


「そうか。民のためになるならば、改修せねばならないな。兄上には思うことがあるが、拠点(きょてん)をもらえただけ良しとするしかないか」

「ユリユリってば、良い子ちゃんなんだから。お兄さんと喧嘩しないの?」

「お前な……。そんなことをしたら、内乱(ないらん)になるだろうが」


 ありえないと首を振るユリアスに、ハルはぎょっとする。


「ええっ、そこまで行っちゃうの? 王族って面倒くさいのねえ」

「そうだ。以前の俺なら(うら)んだかもしれないが、今はどうでもいい。きっと兄上の心中(しんちゅう)は穏やかではないだろうから、あまり刺激したくない」

「どういうこと?」


 ハルはムカッ腹が立っているというのに。

 すると、グレゴールがそっと教えてくれた。


「ハル様、ユリアスは呪いを受けるまで、王として最有力視されていたのですよ。議会が議題に上げて、現王を引きずり下ろす可能性もあるのです。あまりユリアスがもてはやされると、陛下が怒って、ユリアスに何をするか分かりません」


「……暗殺とか?」


 ハルが思いついたことを問うと、沈黙が返った。頭を抱える。


「やだー、物騒なんですけどー」

「だから、廃城で大人しくしているか、お前と旅に出ているほうが、兄上にとっては平穏というわけだ」


 ユリアスがまとめるので、ハルは挙手する。


「はいはい! 質問。ユリユリは王様になりたいの?」


「誰もいないなら、しかたがないからするが……。ならなくていいなら、なるつもりはない。王宮から指示をするだけというのは、性に合わんからな。俺は前線で戦っているほうが気楽だ」


「まあ、ユリユリって動き回っているのが好きみたいだもんね」

「そうだな。あんなふうに孤独にさすらうのは二度とごめんだが、旅自体は好きなんだ。お前が仲間に加わってからは楽しかったよ」


 ハルは大きく頷く。


「うんうん。私もユリユリがいなかったら、野宿で気持ちがささくれそうだから助かったよ。やっぱり、見張りを交代しながら休めるって大事だもん」


「ああ、そうだな。だが、お前の場合、一人でいるとすぐに迷子になるから、一人旅はやめておけ」

「ちょっとそれ、今、言うかな!?」


 ハルがすかさずユリアスに言い返すと、メロラインが額に手を当てた。


「はあ。ハル様、あれほど教えましたのに、いまだに方角認識が下手なんですのね」

「方向音痴じゃないよ? 町の中なら迷わないでしょ。夜のほうが方角は分かりやすいよ。星を見ればいいし……」

「言い訳しても、昼間に外で迷うのでしたら、やっぱり方向音痴かと」

「ひどーい」


 メロラインは相変わらず、容赦がない。だが、姉妹のような仲だから、これも親しさのあらわれだ。この世界に来てから、ハルの先生役を担当して、その後も何かと世話を焼いてくれた。


「まあいいや。ユリユリが王様になりたくないってことは分かったよ。危険な場所でも、王宮よりは安全そうだし、いいんじゃない? 国の精鋭騎士団もいるし、何より私がいるんだもん。パパッと魔物を掃除して、お城を修理しよう。それで冬の間はまったり過ごすの。うん、完璧!」


 パチッと手を叩いて、ハルはにこりと笑う。

 さすがに寒い中を旅して回る気はしないので、冬は旅をお休みするつもりなのだ。


「ハルが言うと、簡単な問題に聞こえるから不思議だな。図太いからか?」

「ハル様は能天気ですからねえ」

「ちょっと、ユリユリ、メロちゃん、堂々と悪口を言わない!」


 このやりとりを傍で聞いていたグレゴールは、肩を震わせる。


「ふふ。仲がよろしいですね」

「どこがですか。この二人、変なところで意気投合するんだから」


 ハルがふくれ面をしたところで、やっぱり笑われるだけだった。


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