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女神さまだってイイネが欲しいんです。(長編版)  作者: 草野 瀬津璃
第二部 赤の騎士団立て直し編
35/43

序章

 序章は第一部のおさらいをかねた回です。



 エルドア王国の大神殿ダルトガの執務室では、神殿長のグレゴールが歓喜に震えていた。


「ユリアス! その姿は!」

叔父上(おじうえ)、女神様がご褒美をくださいまして、力を元に戻してくださったんです」


 ユリアスの三年の苦労を知るグレゴールは涙ぐみ、(おい)を抱きしめる。


 そんな二人を、織川(おりかわ)ハルは微笑ましく眺めていた。


 このリスティアという世界では、創造主である女神リスティアの色に近づくほど、強い魔法使いとなる。ユリアスは生まれつき、真っ白な髪と金の目を持ち、次代の王として最有力視されていたほどだった。


 しかし三年前、ユリアスは国を襲った魔物を追い払うも、弱体化と魔を呼び寄せる(のろ)いを受けてしまった。そのため、王都を出て、一人でさすらっていたのだ。


 そこに、異世界からハルがやって来て、一緒に旅をした結果、呪いをかけた魔物を倒すことに成功した。魔を呼び寄せる呪いは消えたものの、弱体化ではなく力を奪われていたせいで、ユリアスは弱体化したままだった。

 それが、女神リスティアのご褒美という形で解決できた。


「女神様が? いったいどういうことだね」

「お茶でもしながら話しましょう、グレゴールさん」


 大神殿ダルトガには良い料理人がいる。ハルはちゃっかりとお菓子とお茶を満喫させてもらい、これまでのことを話した。


「ほう。ユリアスの呪紋(じゅもん)の“絵”が、神々から好評だったのですか。千の神々が褒めたたえたとは!」


 グレゴールが驚くのは当然だ。

 呪いを受けたユリアスは、右目の周りに赤い(つた)のような呪いの紋様が現れていた。呪紋とはこの世界の者にはおぞましいものでしかなく、評価されるものではない。


「そうなの。ジンスタグラムで、千のイイネがついたのよ。女神ちゃんは喜んでたわ」


 この世界は生まれたばかりで、未熟だという。


 女神リスティアからあふれたエネルギーが、魔法や神官が使う信仰心を糧にした祈法(きほう)という形になる一方で、魔物へと姿を変えている。魔物は他の生き物を食べて、エネルギーを取り込むことで強くなるため、人間は危険にさらされている。しかし、黙ってやられているわけではなく、人間は魔物を倒し、エネルギーの塊である「(かく)」を手に入れることで、身を守っていた。


(実際のところは、ユリアスの愛の目が神々の心をわしづかんだみたいなんだけどね)


 ハルが固い顔をしているユリアスに、「好きな人を思い浮かべろ」と言ってから写真を撮ったのが原因だ。その好きな人というのがハルのことだと知っているため、わざわざグレゴールに説明する気はない。


 ハルがちらりとユリアスを見ると、彼もわざわざ藪蛇(やぶへび)になるつもりはないらしく、気まずげに苦笑している。そんな彼の態度に、感心しきりのグレゴールは気づいていない。


「未熟な世界だからこそ、神々の心を震わせるのですね。興味深いものです」

「そうそう。今後は、未熟な世界特有のものをできるだけ探すつもり。冬の間は、休憩しますけどね」


 ハルがこの世界に来たのは、たまたまだ。

 元々、ハルはスナップ写真と旅が好きだった。最近、写真投稿型SNSで、ハッシュタグをつけた場所をめぐる旅が流行っていて、近場のポイントに出かけたら、それが女神リスティアの仕掛けた罠だったのだ。


 まさか#異世界と調べて表示された、どう見てもいたずら画像――妖精のような光が舞うツリーハウスの写真だった――を見て神社に行き、そこでリスティアと出会うとは思わなかった。


 ハルは大学三年生になったばかりで、卒論の題材に悩んでいた。旅を終えたら、元の時間に戻してもらえるし、異世界にいる間は不老というので、時間稼ぎというしょうもない不純な動機で、リスティアの頼みを聞くことにしたのである。


 その頼みというのが、神の世界のインターネットであるゴッズネットで流行っている、ジンスタグラムでイイネを得たいというものだった。神々は自分達の世界を写真に撮って、ジンスタグラムにのせて、お互いに評価しあって楽しんでいるらしい。


 女神リスティアは生まれたばかりなせいで、父神――地球の神からもらえる親心のイイネ以外にもらえなくてすねていた。ハルはこの世界を旅して、女神に写真を送っているというわけだ。


「そういえば、ハル様とユリアスは、クリスタル・ナーガと引き換えに、廃城(はいじょう)と簡易式結界維持機と赤の騎士団をまるごと(ゆず)り受けたのでしたね」

「私っていうか、ユリユリのよね?」


 ケーキを頬張りながら、ハルはグレゴールの隣にいるユリアスを見る。ユリアスは眉を寄せた。


「ユリユリって呼ぶな」

「魔力が元に戻っても、固いわねー」

「お前がゆるすぎるんだ」


 真面目すぎるユリアスをゆるくしようと、ハルはユリユリというあだ名をつけて呼んでいる。この通り、ユリアスには不評だ。


「まだ書類を見ていないが、赤の騎士団はともかく、城は共同名義ではないか? クリスタル・ナーガを討連(とうれん)で売ったのはハルだ」

「ええっ、そうなの? お城の運営なんてできないから、無理なんだけどな。それにずっとこの国にいるわけじゃないし」


 ハルの使命は、女神リスティアに写真を送ることだ。この世界での人間の生活圏は狭く、東と西にある(たて)の山脈で、魔物の生息域から守られているおかげでなんとか生存できている状況だ。


 現在は三つの国がある。北のマジャント、南のナラバ、中のエルドアというように分かれていた。

 ハルがいる国は、真ん中にあるエルドア王国だ。

 エルドア王国でさえ、徒歩の旅だというのに、半年ほどで一周できた。マジャントやナラバも、一年もあれば見て回れるだろう。


 旅がメインのハルが、どうして城を手に入れたいと思ったのか。それはユリアスのためである。命をかけて国を守ったのに、魔を呼び寄せる呪いのせいで、都市の外をさすらわねばならないユリアスの不遇さに同情し、せめて安心して休めるように、魔物が集まっても困らないような、周りに何もない城が欲しかったのだ。

 ユリアスの呪いが解けた今となっては、不要となってしまったが。


(まあ、冷たい家族から距離をとれるんなら、ちょうどいいでしょうけど)


 どうやらユリアスの味方は、第二王子と叔父のグレゴールだけだったようだ。現在の王である長兄と、妹姫や母妃と会ったが、彼らのユリアスへの態度のひどさは、ハルにも不快だった。


 それでもユリアスはくそ真面目なので、王族は民のために尽くすものだと、国のために働くのをやめないのである。そんなユリアスと旅をしているうちに、家族でさえ彼に手を差し伸べないなら、この世界ではほぼ無敵なハルくらいは助けてあげたいと思った。


 ハルはこの世界に来た時に、女神リスティアから加護紋(かごもん)と武器を授けられている。加護紋はこの世界に体を順応させるもので、背中に刻まれていた。この世界の人と違い、ハルには魔力を出し入れする器官(きかん)がない。その代用と、言語と文字の習得、地球の病気をこちらに持ち込まず、こちらの病気はハルにはかからないというのが、おもな作用だ。


 父神の世界という、この世界よりも上位世界から来たのもあって、ハルはこの世界では強い存在だ。加護紋と、ユヅルと名付けた魔法の弓が加われば、ほとんど敵はいない。


「留守中は、副団長のフェルに任せればいいさ」


 ユリアスがさらっと言ったので、ハルは聞き返す。


「……ん? 留守中? ユリユリも不在にするみたいなニュアンスよね」

「マジャントとナラバに行く時は、俺も同行する」

「はい!? やっと第三王子の立場に戻れたんだから、王宮に勤めるんじゃないの?」


「俺は呪いを受けて、三年も厄介払いされていたんだぞ。同じ三年くらい休んだって構わんだろ。黒の御使(みつか)いと旅をすると言えば、誰も邪魔しない。国一番の魔法使いだ。誰が俺よりも適任と言える?」


 ふふんと口端を上げ、ユリアスは不遜に言い切る。ハルはプッと笑った。


「そうだよね! 三年の休暇をとったって、お釣りが出ちゃうわよ。そもそも、ユリアスがいなかったら、国が滅びそうだったんでしょ?」

「そういうことだ」


 どやっとした顔が面白い。

 ハルはけらけらと笑い、グレゴールは真面目に頷いている。


「うむ。それくらい休んでも、誰も文句を言いはしないし、そもそも私が言わせないよ。しかし、陛下は邪魔するかもしれないから、大神殿からユリアスに、黒の御使いのサポートをするようにとお()れを出そうかな」


「ありがとうございます、叔父上。呪いを(おさ)える仮面を用意してくださり、物資支援もしていただいたのに、さらにお手間をかけて申し訳ないくらいです」


「いいや、あれくらいしかできなくて、私こそ情けなかったのだ。お触れを出すくらいは簡単だ。今後も、何か困ったことがあれば……いや、なくてもいいから、顔を出しに来なさい」


 甥をかわいがっているグレゴールは、優しい目をして言った。ユリアスは照れた様子で頬を赤らめ、こくりと頷く。


「はい。約束いたします」

「二人とも、今日は泊まっていきなさい。陛下から譲り受けた廃城について気になることがあるから、メロラインに調べてもらっているんだよ。明日には結果が分かるはずだ」


 グレゴールの言葉に不穏なものを感じとり、ハルは口元を引きつらせる。


「え? どういうこと?」


 この問いには、ユリアスが肩をすくめて答えた。


「俺を嫌っている兄上が、優良物件なんかくれるわけがないってことだ」

「最低だ……」


 廃城とはいえ、どんな所かなあと楽しみにしていたハルの気持ちは、一気に叩き落とされるのだった。

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