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終章 ナイススマイル!



 それから、国中が喜びに沸いていても、ハルはにこりともできず、ひっそりと王都を出た。

 オリハルコン・ナーガにフォトの魔法を使った時、なぜか弱体化していった理由を知りたくて、近場にある女神スポットに向かっている。

 ユヅルと共にとぼとぼと東に向けて街道を歩いていると、後ろから有角馬(うま)の走る音が聞こえてきた。道の脇にずれると、有角馬はハルの傍で止まった。


「ハル、俺を置いていくなんてひどくないか」

「ユリアス……」


 ハルはユリアスを見上げ、ゆるゆると下を向いた。

 ユリアスの弱体化が元に戻らなかったのがつらくて、夜になるたびに泣いてしまい、目が真っ赤だ。


「赤の騎士団に戻るんでしょう?」


 オリハルコン・ナーガの死骸を荷車に乗せ、赤の騎士団は華々しく凱旋(がいせん)した。呪いが解けたユリアスを、兄であるレファリス王が苦々しい顔で見ていたのが、つい昨日のことみたいだ。

 ハルは目立つのを避けるため、民衆にまぎれて彼らを見守っていた。


「今の俺には団長はつとまらないからな。就任しないとフェル――副団長には言ってある。少し旅に出ていれば諦めるだろう」


 ユリアスも何も言わずに出て来たらしい。

 一応、ハルは城をもらう約束だったから、女神スポットで女神と話したら、また王都に戻るつもりだ。


「それでいいの、ユリユリ」

「その呼び方、久しぶりだな。ああ、構わない。俺はもうどこでも暮らせるからな。お前は気に病んでいるようだが、俺の孤独を(いや)したのはお前だぞ、ハル」


 ユリアスはすっきりした顔で、馬上からハルに左手を差し出した。どうやら後ろに乗れと言いたいようだ。二人乗り用の大きな(くら)がついている。


「かなわないなあ、ユリユリには」


 ハルは気まずくてしかたがないが、そんなことはどうでもいいらしい。はねのけてもついてくるようだから、諦めて手を取る。ひょいと引き上げられ、ハルはユリアスの後ろにおさまった。ユヅルもピョンピョンと跳ねて、ハルの肩に飛びついた。


「どこに行くつもりなんだ?」

「浮き水晶だよ。女神ちゃんに聞きたいことがあるの」

「分かった」


 ユリアスは頷くと、軽く有角馬の腹を蹴って、街道を走らせる。ところどころいびつな石畳の道を走り、昼過ぎには街道沿いにある浮き水晶に着いた。




 ハルはさっそく有角馬を降り、浮き水晶に触れる。目の前が真っ白になり、まぶしさに目を閉じる。次に開けると、いつかの花畑にいた。少し先のほうで、リスティアが花冠を作って遊んでいる。


「女神様」


 ハルが声をかけると、リスティアはにっこりした。


「ええ、なんの用か分かっているわよ、ハル。あの蛇が弱体化した理由を知りたいのでしょう?」


 リスティアはハルにも花冠を作るように言う。ハルは隣に座って、リスティアの遊びに付き合うことにした。


「まさか未熟なところが、他の神には魅力に映るなんて思わなかったわ。わたくしの使者がハルで良かった! オパール・ナーガの写真、いいねが百二十もついたでしょう? だからご褒美に、フォトの魔法に効果を付け足したのよ」


 リスティアは色とりどりの花を次々に編んでいく。花冠ではなく、花のロープができていた。


「あなたの世界では、写真を撮ると魂が抜かれるっていう迷信があったでしょう? それをヒントに、核から魔力を奪わせたの。あの蛇は人間を滅ぼしてしまうから、駆除してくれて助かったわ。ありがとう、ハル」

「でも、女神様ぁ」


 ユリアスの弱体化が元に戻らないのだと、ハルはうつむいた。ここ数日で癖になったみたいで、一度目がうるむと涙が止まらない。


「ええ、分かっているわ。ねえ、あの王子の写真を撮ったでしょう? あれね、いいねが千もついたのよ」

「せ……!?」


 びっくりして、涙が引っ込んだ。


「呪紋が珍しいこともあったみたいだけど、神々は愛が強いの。あの王子の温かい愛の目に、胸を射抜かれたみたい。『(とうと)い』とかコメントが付いてたわ」

「はあ……」

「彼、ハルのことが本当に好きなのね。わたくしもうるっときてしまったわ」

「は……?」


 ハルは目を丸くして、自分自身を示す。


「あの、私達、友達……」

「友愛をベースにした愛は長続きするわよ、ハル。良かったわね」

「え? 友愛と愛は違うんじゃ?」

「人間達の愛はさまざまよ。固定観念にしばられる必要はないわ。あなたも好きなんでしょ? そんなにべそべそ泣いてるんだから」


 十三歳の女の子にさとされるのは、なんだか不思議な心地がする。子どもの顔に、老成した空気もにじませて、リスティアはころころと笑う。


「あなたの世界で言う『鳩が豆鉄砲をくらう』って、そういう顔かしら」

「まあ、好きですけど、違う世界の人だし……」

「ハルが元の世界に戻らないって言うなら、あちらの時間を切り捨てて、こっちの時間につなげるわよ。お父様に許しをもらえば簡単だわ。急に言われても困るでしょうから、よーく考えて、この世界の住人になりたいならそう言ってね。ただ、もう戻れないわよ」


 リスティアはあっさりと言った。

 そうか、ここで生きることもできるのか。新たな選択肢に瞳を揺らす。いつか元の世界に戻るのだからと、見ないふりをしていた気持ちに胸がざわめいた。


「……はい。考えてみます。ゆっくり」

「ええ。でも、できるだけ早めにね。この世界の人間達の時間は進んでいくから、のんびりしてると後悔するわよ」

「はい」


 ハルは神妙に頷く。ユリアスのことは好きだが、まだ彼だと決めるには時期尚早な気がする。ユリアスに居場所が戻ったのだ。彼が他に目を向け、ハルがここに残るとなったら悲惨だと思う。

 考え事をしながらも花冠を作り終える。なかなか可愛らしいものができたと思う。自画自賛していると、リスティアが花冠を取り上げて、それにねじねじと花のロープを結わえつけていった。


「はい、できた」


 リスティアにごつい花冠を渡されて、ハルは戸惑う。


「ええと?」

「この花畑もね、わたくしのエネルギーの片鱗なのよ。いいねが千ついたご褒美をあげる。これをあの王子の頭にのせてあげなさい。呪いを受ける前に戻るから」


 リスティアは慈愛を込めて、温かく微笑んだ。


「ハル、一緒にいいね一万の高みを目指しましょうね。あなたには期待しているわ」


 そしてリスティアが手を振ると、ハルは目を覚ました。




「おい、ハル。大丈夫か? 急に倒れるからびっくりした」


 ハルを抱えて、ユリアスがこちらを覗き込んでいる。ハルは我に返ると、すぐに起き上った。


「あのね、ユリアス。これ、女神ちゃんにもらったの!」

「え?」


 面くらっているユリアスの頭に、ハルは左手につかんでいたごつい花冠をのせる。花は明るく輝いて、光がユリアスに溶け込んだ。


「あつっ」


 ユリアスは目を閉じ、身を固くする。それから恐る恐る目を開けて、自分の体を触った。


「え? なんだこれ、まるで以前に戻ったような……」


 灰色だった髪は白く輝き、琥珀の目は金色に変わった。綺麗な顔立ちもあって、人間離れして見える。


「戻ったんだよ、ユリアス。前にユリアスの写真を撮ったでしょ? いいねが千もついたから、ご褒美だって」

「ご褒美……。千の神が評価してくれたのか? あの呪われた姿を?」


 ユリアスは不思議でならないらしい。神様って変わってると言いたげだ。


「それもあるけど、ユリアスの温かい愛の目がお気に召したらしいよ」

「愛の、目……」 


 ユリアスの顔がみるみるうちに朱に染まる。


「だってお前が、好きな人を思い浮かべろとか言うから! そんなに分かりやすかったのか? 怖いな……」


 頭を抱えているユリアスに、ハルはいたずらっぽく笑いかける。これで解決したから、気持ちは晴れやかだ。


「それから、友愛をベースにした愛は長続きしやすいって」

「え!?」


 ユリアスがバッと顔をこちらに向ける。


「ハル、もしかしてやっと俺の言っていた意味を理解したのか?」


 ハルはひょいと立ち上がる。


「さあ、それはどうでしょうね」


 にまっと笑って付け足す。


「でも私も、ユリアスのことは好きだよ」

「……っ。おい、待て。それはどっちの意味だ! 友愛か、愛か!」


 ハルは笑って答えず、有角馬のほうへ行く。

 さんざんハルを心配させたのだから、これくらい困らせたっていいだろう。


「さ、一件落着したし、王都に帰ろうか! グレゴールさんに会ってあげなよ。絶対に心配してるから」

「ああ、それはもちろんだが……。そうじゃなくて、ハル!」


 ハルは構わず、ユヅルを抱っこして有角馬に飛び乗る。


「はいはい。ほら、有角馬の運転をしてよ」

「ったく、しかたないなあ」


 結局、困った顔をして頷き、ユリアスも有角馬に乗った。王都に向けて有角馬を走らせながら、ユリアスは肩越しに振り返る。


「俺もハルのことは好きだ。友としても」


 はにかんで笑う横顔は、今まで見た中で一番優しそうに見えて、ハルはついフォトの魔法を使っていた。

 ――ナイススマイル!



 ……終わり。



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