02
午後、ハルはユリアスとともに王宮にいた。
ユリアスの兄――レファリス王がハルと会いたいらしい。
それで王宮の中を歩いているのだが、ここは実用に向いた堅固な造りをしていて、簡単に敵が入り込めないように迷路のようになっていた。玄関ホールに入ってから、そろそろ三十分くらい経つだろうか。
どこもお城というのは歩くらしい。旅装にブーツだから良いが、ドレスにパンプスだったらすでにブチ切れていたかもしれない。
「ユリユリ、まだ着かないの~?」
疲れたわけではないが、変わり映えしない景色にうんざりして、ハルは隣を歩くユリアスを呼ぶ。廊下、廊下、廊下。庭木の植えられた中庭に面する回廊も通り抜け、また廊下である。
「もうすぐだ」
「それ、さっきも聞いた!」
「今度こそ、すぐそこだ。あの大きな扉だ。ハル、失礼な真似をするなよ」
「それは三回目」
ハルは言い返す。どれだけ信用がないんだか。
「いつもこんなに時間をかけて歩いてくるの?」
「いや、実は裏の通路がある。お前は客だから、そこを使わせるわけにはいかない」
「安全のためか、しかたないね。でも旅装で来て良かったの?」
「ああ。着替えをすると時間がかかるだろう? 兄上は待たされるのがお嫌いだから、よほど汚くなければそのままでいいんだ」
ユリアスは大扉の前に立った。
高い天井のぎりぎりまであり、首が痛くなるほど見上げる大きな扉だ。白く塗られ、金の装飾がほどこされている。両脇を守る扉番が、ユリアスとハルの訪問を告げて扉を開けた。
広々とした謁見の間、一番奥、数段高い位置にある玉座にレファリス王はいた。二十代後半くらいの男で、銀髪をゆるく結んで胸の前に垂らしている。白い衣装の肩には真紅のマントをかけ、鷹のように鋭い琥珀の目でこちらを見ていた。
ユリアスにならってお辞儀をすると、ユリアスが口を開いた。
「陛下、黒の御使いを連れてまいりました」
「そのほうがハルか。女神の使いにしては、貧相な娘だな」
――あ、こいつ、嫌いだわ。
ハルは平静をよそおいながら、心の内で一刀両断する。
「討連から連絡が来た。東側でユリアスとともに鉱龍を退治したそうだな。どうだ、私の配下にならないか」
単刀直入に話を進めるシンプルさは嫌いではないが、第一印象が最悪だ。
「ハル、返事を」
ユリアスが小声でささやくので、ハルもばっさりと返す。
「お断りします」
レファリスの眉がピクッと動いた。気に入らなかったみたいだ。
「望むだけの報酬と待遇を与えよう」
「ご冗談を。お金が欲しいなら、自分で稼ぎます。私は世界を見て回って、女神様にご報告しないといけないので、ずっとここにいることはできません。それに、守るにしたってユリアス王子の専属になるって決めました」
「王よりも、王子を優先すると?」
「ユリアス王子個人を、ですね。誰も助けないなら、私が味方します。お話は以上でしょうか?」
あんなに歩いてきたのに、とんだ時間の無駄だ。早く帰りたい。
レファリスはハルを鋭い目で見据え、短く問う。
「では、ユリアスが死んだら?」
レファリスが右手を挙げると、謁見の間を守っていた騎士達がいっせいに剣を抜いた。ユリアスとハルを取り囲む。
「ちょっとー、ユリユリ、お兄さんに嫌われすぎじゃない?」
「ここまでされるとは俺も予想外だ」
小声で話しかけるハルに、ユリアスが複雑そうに言った。今まで聞いていた話でも充分にひどい兄だが、それでも命を狙うほどではないと思ってたんだろうか。
「ユリユリの人が好いのは長所だと思うけどね。――ユヅル」
肩にのっていたユヅルが、ポンと飛び上がって弓へ姿を変え、ハルの手におさまる。矢を射る動作をすると、手の中に光の矢があらわれた。そのままレファリスへと向けると、騎士達はぎくりと足を止めた。
「そっちがその気なら、私も王様を叩いていいのよね? あ、動かないでね。矢を放つよ?」
ハルが凶悪に笑って言うと、騎士達は険しい顔をする。
「おい、お前、人の相手は……」
ユリアスはそう呟きながら、ハルをかばうようにして、左側に立つ。ハルはレファリスの真上を示す。
「天井や壁は攻撃できるよ。――王様、崩落したらどうなると思う?」
強気に言ってみせたハルだが、内心では冷や汗をかいている。本当は、人に危害を与えたくないのだ。頼むから兵を退けてくれと願った。
レファリスは騎士達に向けて手を振った。
「武器を下げよ」
騎士達はいっせいに剣を鞘に戻す。
「この状況でもひるまないとはな。ユリアスがいないなら、こちらと敵対しても構わないように見える」
ハルはまだ弓を下ろしていないのに、レファリスはふそんに目を細めて指摘した。ハルは警戒したまま返事をする。
「そうですね。エルドア国は見て回ったから、どうせ次に行きますし」
「だが、そのほうは古城が欲しいそうだな」
討連でヨハネスにしか話していないことが、すでに王にまで伝わっていたらしい。
「どうしてそれを?」
「役人の手配をして欲しいと、討連から連絡があってな。城は国が管理している」
それじゃあ、ヨハネスは気を利かせてくれただけだろう。
「冬の間はのんびりしようかと思ってたんです。ユリアス王子がいると魔物を呼ぶから、囲まれても問題ない場所にいればいいかと思ったんですよね。簡易式結界維持機も欲しいです」
「良かろう。お前の強さは討連や神殿から情報が届いている。冬の間だけでも我が国に滞在するなら、それだけで魔物への危険が減るわけだ。それに弟と城が必要というなら、喜んでくれてやる。ちょうどユリアスのことは持て余していたからな」
ハルはちらりとユリアスを見た。苦りきった顔をしている。ハルはユリアスにしか聞こえない程度の声で問う。
「どういうこと?」
ユリアスもひそひそと答える。
「お前を武力で従わせられないから、城という餌で懐柔したいらしい。お前が国にいるだけで魔物が減るから、国にとっては利益になるわけだ」
「でもさっき、ユリユリを殺せって」
「俺がお前の餌になるから、今は手出ししない。弓を下ろしていいぞ」
「信じるからね?」
ハルが確認すると、ユリアスはこくりと頷いた。
ハルは矢のエネルギーを霧散させ、弓から手を放す。弓が白猫に変わり、ハルの足元にすり寄った。
「その猫は使い魔だな?」
「答えなきゃいけません?」
ハルが答えをはぐらかすと、レファリスはふんと鼻で笑った。
「分かった、詮索はしない。クリスタル・ナーガをまるごとと引き換えに、城と簡易式結界維持機をやろう。それから、ついでに赤の騎士団もくれてやる。エルドアの中央部に、魔物の群れで壊滅した廃城がある。そこを与えるから、整備して使うがいい。ユリアス、ハル、今日は城に泊まっていけ」
レファリスは椅子を立ち、謁見の間を出ていく。護衛や文官も付き従い、周りにいた騎士達も静かに元の配置に戻った。
統率が取れているせいで、いっそ不気味だ。
騎士が一人進み出て、丁寧にお辞儀をした。そのまま客室に案内された。
客室に入るなり、ハルはにっこり笑った。
「良かったね、ユリユリ。赤の騎士団ってお友達なんでしょ? まるごとくれるって!」
「馬鹿か。能天気な奴だな」
「なんでよ!」
ハルが言い返すと、ユリアスはテーブルについて、部屋付きの女官に茶の用意を命じた。すぐに茶菓子が用意され、ユリアスが下がるように言ったので、女官は部屋から退室する。
「俺の配下は、ずっと俺の帰りを待っていたんだ。どういうことか分かるか?」
「ユリユリと仲良しで、良い人達!」
「それはそうなんだが、政治的に見て」
「なんか問題があるの?」
「兄上は俺が嫌いなんだぞ」
そう言われてもよく分からない。ユリアスはため息をついた。
「つまり、厄介払いだよ。廃城を与えて整備させておいて、俺のせいで魔物に囲まれて全滅したら、ありがたく城を引き取るっていう心づもりなんだろ」
「そっか。まずはお城に住み着いてる魔物を追い払って、掃除しないといけないんだね。嫌味な感じそのままで、陰湿なお兄さんね。弟いじめなんて恥ずかしくないのかしらね」
「……お前と話していると、問題はさまつに思えるな」
「ユリユリが真面目に考えすぎなんだよ」
あんまり深く考えていないハルは、お城のことに思いをはせる。
「整備するんなら、職人さんを雇わないといけないのかな」
「騎士団付きの職人と使用人がいるから、そいつらもまとめて移動するはずだ」
「先に様子を確認してからのほうが良さそうだね。戦えない人もいるんでしょう?」
「遠征にもついてくるような連中だから、ハルは心配しなくていい。移動中に守ってやればそれでいいよ」
なるほどとハルは頷く。
向かい合ってお茶をしながら、ハルはなんだか違和感を覚えた。
「ねえ、ユリユリ」
机を回り込んで、ユリアスをまじまじと観察する。
「な、なんだ。近い」
のけぞりがちに身を逃がすユリアス。ハルは構わず、その髪を一房取った。
「やっぱり。髪の色が濃くなってる」
ハルと会った頃は灰色だったのに、今はほとんど暗灰色だ。
「え? あ、ああ、なんだ、そのことか。当たり前だ、呪いが進んでるんだぞ」
「でも、真っ白から灰色までで三年でしょ? そう考えると、ちょっと速い気がするよ。その仮面の調子が悪いんじゃない? 今日はここで一泊して、明日、グレゴールさんに会いに行こうよ」
「分かった」
ひとまず予定を話し合うと、ユリアスは自分の部屋があるからと、客室を出て行った。




