Photo5 ユリアスの呪紋 01
いったいどれほどの人が集まっているのだろうか。
久しぶりにやって来たエルドアの王都は、以前に見たよりもにぎわっている。
すれ違う人と肩がぶつかりそうになるほどで、通りにいると暑く感じた。
すでに秋に足を踏み入れ、朝晩は寒さを感じる季節だ。昼の日差しはまだ暑いが、風には冷たさが混じっている。
「ねえ、ユリユリ。どんぐりと黄色いリボンが飾られてるのって、何かのお祭りなの?」
ハルは隣を歩くユリアスの袖をつんつんと引っ張る。ユリアスは懐かしそうに目を細めた。
「収穫祭だ。このにぎわいだ、初日かな? 今日が何日か忘れた。門で聞けば良かったな」
「ミャー!」
そうだねというように、ハルの肩の上にのったユヅルが鳴く。
「ユリユリと一緒だと楽だわ」
「俺は微妙な気分になるがな」
ユリアスはため息を返す。それというのも、ユリアスに気付いた王都の民がさっと避けるので、モーセが海を割ったみたいに人込みが割れていくせいだ。ハルはそぼくな疑問を口にする。
「王子様って、そこまで顔ばれしてるもんなの?」
「赤の騎士団で団長をしていたと言っただろ。魔物討伐遠征の行きと帰りは、パレードをするからな。それに、こんな仮面を付けてる奴は珍しいだろ」
なるほど、たしかに仮面をつけた青年は記憶に残りやすい。民がすぐにユリアスに気付くわけだ。
討連の会館前に着くと、ユリアスはハルに右手を挙げた。
「それじゃあ、俺は城に行って、兄上に魔物の分布について報告してくるよ」
「私は魔物の素材や核を売った後、ここで待ってるからね」
ハルの返事に、ユリアスは予定を話す。
「その後、赤の騎士団にも寄るつもりだ。俺はそっちで昼食をとってくる。ハルはハルで食べておけ」
「分かった。会館の食堂でのんびりしてるから、用事が終わったら顔を出してね」
「ああ」
軽く手を振って、ハルはユリアスと別れた。ユリアスが歩くと人波が割れるのがちょっと面白い。つい眺めてから、討連の会館に入る。
待合室に入ると、受付でけだるげにしていたヨハネスが、ガバッと立ちあがった。
「ハルちゃんじゃねえか!」
「あ、ヨハネスさん、こんにちは~。良かった、ちゃんと無事に戻ってたんですね」
「そりゃあ、行きにダータンのボスをボコボコにしたからよ。あいつら、帰りに俺達だって分かると、怖がってすぐに逃げたぜ」
わはははと大きく笑うヨハネスは、今日は無精ひげが生えていて、服装もゆるい。
「カサリカさんは? ひげぐらいそれって、怒られなかったですか?」
ハルは周りを見回したが、今日の会館は閑散としていて人気がない。ヨハネスはあごをなでて、自分の格好を見下ろした。
「収穫祭だから、休みだよ。収穫祭は三日あるからな、うちは交代で休むんだ。あちこちに出店が増えて楽しいぞ。ハルちゃんも楽しんでくるといい。そういや殿下はどうした? 一緒じゃないのか」
「ユリユリなら、お城に行ってます」
ハルがそう返すと、ヨハネスは変な顔をした。
「ユリユリ?」
「あだ名ですよ。ユリユリって固いから、こうやって呼ぶほうがゆるむかなって」
「ははっ、確かに、聞いてるだけでガクッとくるな」
愉快そうに笑うヨハネスに、ハルは魔物の買い取りをお願いしたいことを告げる。
「おう、いいぞ。今日は暇してるから、俺が対応してやるよ。買い取り部屋のほうに来てくれ」
「はーい」
そちらでクリスタル・ナーガの素材を出すと、ヨハネスは固まった。
「お、おい、こいつはもしかして鉱龍か?」
「そうです! 三日だけですけど、東側を探索したんですよ」
「三日も! 殿下も一緒にか? よく生き延びたなあ、ハルちゃん。さすがは黒の御使いだ」
しげしげと水晶でできている鱗を眺め、ヨハネスはごくりとつばを飲む。
「それで、あのオリハルコン・ナーガは退治できたのか? ほら、殿下を呪った魔物だよ」
「いえ。三日で山まで戻るって約束だったので、見つかる前に時間切れしちゃって。ナーガ種の最上級格でしたっけ。オリハルコン・ナーガっていうんですか?」
オリハルコンといえば、ファンタジー系ゲームによく出てくる伝説の鉱物だ。宝石よりも強そうだ。
「そう。ナーガ種は空を飛べるが、長距離を飛べるのはオリハルコン・ナーガだけなんだ。鉱龍より上位で、翼が生えている。鉱龍も人間の領土に襲撃に来ることはあるが、途中で休憩を挟むんで、俺達も対処しやすいんだ」
それでも、魔力を多く含んだ宝石の鱗は硬く、かなり苦戦するのだとヨハネスは説明した。
「鱗は魔法を弾くだろ? どうやって倒したんだ?」
「え? こう、飲み込もうとしてくるのを弓でつっかえて、体内に魔法を連射しました」
「えっぐ! えぐいぞ、ハルちゃん! 食われるかどうかの倒し方なんて、度胸がないとできねえし……すごいな」
「私は飛翔の魔法を使えますからね。他の人だと、足場から落ちたら終わりなんで、危険ですよ」
ヨハネスは声をひそめ、ハルに確認する。
「なあ、女神様は絵を描くためにハルちゃんを寄越したんだよな? 人間を守るためじゃないのか?」
「写真のためですよ」
「そっか……」
がっくりきたようで、ヨハネスは疲れた顔をして、ホワイトグレーの髪をかき混ぜる。
「まあ、いいや。魔物を倒してくれるんなら、それでな。でも、あんまり周りに言いふらすんじゃねえぞ。王侯貴族に囲われたら面倒だ」
「大丈夫です。その時は、ユリユリの専属って言います。条件は、ユリユリを一緒に保護すること」
「ああ、それなら平気だな。殿下が一か所にとどまられると、魔物が集中するからな……」
ヨハネスはやる瀬なさそうに首を振る。
「殿下の調子が良い時は、英雄と呼んで持ち上げてたってのに、今じゃ厄介者扱いだ。王侯貴族には仲間意識ってのがないもんかねえ、ったく」
その嘆きっぷりに、ハルは興味をそそられた。
「ユリユリって、前はそんなにすごかったの?」
「ああ、そりゃもう!」
英雄にあこがれる少年みたいな目をして、ヨハネスは勢いよく頷く。
「白い髪と金の目だけじゃねえ、魔法で魔物を殲滅する様子は神がかっていてな。女神様の申し子だって噂されてたよ。魔を呼び寄せる呪いをくらって、一人でいるのに三年も生き延びてるんだ。どれだけ強いか分かるってもんだろ」
「そうだね」
ハルは同意を示す。今でも魔法は神がかっているのだから、三年前はどれだけすごかったんだろう。
「ヨハネスさん、私、これのお金で、古城と簡易式結界維持機を買いたいの。よろしくね!」
「ああ、構わねえが、うちだけじゃ全部は無理だよ。買い取り価格が国家予算レベルになるからな。王家と大神殿にも話を回して、共同で買い取れるように交渉するから、一週間くらい待っててくれるか」
話しながら、一通りチェックしたヨハネスはそう結論付け、いったん受付に戻ってから、書類にさらさらと書き足した。最後にヨハネスは支部長の印鑑を押す。
「書類を読んだら、ここにサインと拇印を頼むぜ」
「はい」
しっかり読み込むと、クリスタル・ナーガの売買契約書だと分かった。取引ができたら、討連の銀行に一括で代金が支払われるようだ。ハルは数枚に渡ってサインをし、朱肉に親指を押し付けて、拇印を押した。
「王家と大神殿からも書類が来るからよ、三日後にまた来てくれるか」
「分かりました。よろしくお願いします!」
「はいよ。しっかし、ハルちゃんと王子様がそんな感じになるとはねえ」
ヨハネスは意外そうにつぶやいて、にやにやしている。その声にからかう響きを感じて、ハルは眉を寄せる。
「は? そんな感じって?」
「ハルちゃんがお城を欲しがるのは、殿下のためだろ。簡易式結界維持機は。拠点を守るためのものだろう。いきなり同棲なんてね。どこまで進んだの? おじさんにこっそり教えてくれよ」
「は――!?」
ヨハネスの勘繰りに、ハルは顔を真っ赤にする。
「そんなんじゃないし、セクハラ! ユリユリとは友達だから!」
思わず手に力が入ってしまい、買い取りカウンターを叩く。
――ドギャアッ
すさまじい音がして、カウンターが真っ二つに割れた。
「あ、やっちゃった。ごめんなさい、ヨハネスさん! 弁償しますー!」
「俺も悪かったけど、弁償は頼むぜ。ははは、ハルちゃんをからかうと命にかかわるな、こりゃ……」
ヨハネスが青い顔になったのを、ハルは見なかったことにした。




