Photo4 鉱龍 01
東都エルハイマは、塩湖の傍にある都市だ。
森林地帯を東に抜けると、平原に出て、その真ん中にぽつんとある。
塩湖は王家の財産で、都では国が運営している製塩所もある。塩は生活に欠かせないため、昔から重要な拠点の一つとされていた。
そして何より、なぜか塩湖には魔物が近付かない。王都に次いで安全な都市とされ、貴族や商人が集まり、その裕福さで防備がしっかり固められている。
そんな都市の真ん中には物見台が建ち、すぐ下には王妃や姫が住む離宮がある。
ユリアスが物資を受け取るついでに報告に行くというので、ハルはお城の写真を撮らせてもらおうと思い、一緒についてきた。
離宮を旅装でうろつくのはいけないからと、最初に通された客間でそれぞれ着替える。ユリアスはいかにも王子様が着ていそうな、白い上着と灰色のズボンで、ハルは淡いオレンジ色のドレスを用意してもらった。
おしゃれをしたハルを見て、ユリアスがぽつり。
「なんだっけ、あれ。馬子にも衣装?」
「失礼しちゃうわねー! 『ハルちゃん、可愛い』って言っておけばいいのよ。ユリユリは……普通に王子様ね」
「いや、俺は生まれた時から王子だ」
呆れた目で言い返し、ユリアスは扉のほうを向く。
「それじゃあ、俺は母上と会ってくるから……」
そのタイミングでノックの音が響いた。外から女官がユリアスの妹ルーナシアの来訪を告げる。
客間に通すと、目の覚めるような美少女が入ってきた。
「お兄様、無理をして会いに来られなくても構いませんのに」
ルーナシアは琥珀に澄んだ目を細めて言った。
あいさつもなく、開口一番に放たれた言葉に、のっけからハルはびびった。
(いきなり右ストレートをかましてきたわね。訳をすると、「もう来るなと言ったでしょう?」ってところかな)
前にユリアスが東都エルハイマに来ると母と妹が迷惑がると言っていたが、ここまではっきり拒絶しているとまでは思わなかった。
見ている分には眼福な美少女を眺め、ハルははらはらしている。
白雪のような髪と透き通った肌を持ち、朝露のようなはかなげな容貌。丁寧な言葉遣いできついことを言う様子は、まさに氷の姫君といった感じだ。
(でも、お兄さんは苦労してるんだから、大変だねってくらい言えないもんかしらね)
部外者なので大人しくしているが、ハルはルーナシアの態度に腹が立った。だが当のユリアスは気にしておらず、穏やかな笑みを返す。
「近くまで来たから、会いたかったんだ。大丈夫、ルーナが心配するような無理は、全くしていないよ」
これは分かっていてとぼけているのだろう。なかなかの狸ぶりを発揮するユリアスに、「いいぞ、もっとやれ!」と内心でハルは拍手喝采する。ルーナシアの目に苛立ちが浮かんだ。
「伝わっていないようなのではっきりと申し上げます。お兄様と会われると、お母様が体調を崩されるんです! もう来ないでくださいませ」
「では、母上ではなく妹に会いに来よう」
「お兄様!」
ルーナシアは顔を真っ赤にして怒っている。ユリアスには何を言っても無駄だと悟ったのか、彼女は怒りの矛先をハルに向けた。
「こんな黒なんかをお連れになって。盾くらいにはなるでしょうけれど」
――わーお。言外に「役立たず」をいただきました。
心の中で面白がって実況しているハルだが、顔は殊勝に構えている。
「せいぜい道連れが関の山。後悔する前に離れたほうがよろしくてよ!」
親切めいた注意を言って、ルーナシアは客間を出て行った。あからさまにユリアスへの当てつけだ。廊下で待っていた侍女は強張った顔でお辞儀をして、ルーナシアについていく。
「せっかく土産を用意したのに。年々、猛犬と化すなあ、妹は」
さすがにユリアスでも傷ついただろうと心配したが、当人はけろっとこんな感想をこぼしている。
「猛犬というより、可愛いチワワちゃんって感じ」
「チワワ?」
「愛玩犬よ。悪い子じゃなさそうね。お母さんを心配して、ユリユリを悪者扱いしてるのかな」
ルーナシアは十代後半とユリアスより年齢が離れているし、同性の家族として王妃に寄り添って暮らしているのだろう。彼女が王妃に肩入れするのは自然な話だ。
「優しい子なんだ。あまり来ないようにはしているが、俺には周辺の状況について王妃に報告する義務がある。母上がもう少し図太ければ良かったんだがな」
「なるほど、ユリユリと違って、繊細な方なのね」
「おい、さりげなく俺をけなすな。まあ、そうだな。母上は王家にはあまり向いていない。父上が一目ぼれして、婚約破棄してまで結婚したんだ」
ユリアスは苦笑をすると、彼も扉のほうへ向かう。
「これから王妃と謁見するから、しばらく自由に散策でもしていろ」
「はーい。写真を撮りまくってるね!」
ユリアスに手を振って見送ると、ハルはさっそく写真を撮り始める。客間は西洋画に出てきそうな華やかさだ。長椅子とローテーブルという応接セット、壁には王妃の絵が飾られ、あちこちに花が生けてある。
それから目付役に残された侍女を伴って、庭や建物を撮影すると、あっという間に夢幻フォルダに画像が増えた。
(ドレスとハイヒールで動き回るのはしんどいわねえ)
白猫を肩にのせた女が離宮を歩き回っているので、当然、周りからはじろじろと見られたが、ユリアスの連れだと連絡が伝わっているのか何も話しかけてこない。
しばらく散策して玄関ホールに近い廊下に戻ってくると、きらびやかなドレスに身を包んだ女性とユリアスが歩いてくるところに鉢合わせた。
「母上、そちらの女性が、ご説明したハル・オリカワです」
ユリアスの紹介で、この女性が王妃だと分かった。線が細く青白い顔をしていてはかなげな空気を持つが、なるほどルーナシアと顔立ちがそっくりだ。銀色の髪を結いあげて、薔薇をかたどった青い髪飾りでとめており、淡い水色のドレスに身を包んでいる。彼女は神経質そうな茶色の目を細め、ハルを観察した。
「あなたがハルですか。黒の御使いだとお伺いしておりますわ。ユリアスと友人だそうですね」
ぎこちないお辞儀を返すハルに近付いて、王妃はハルの耳元でささやいた。
「どこでもいいです。息子をエルハイマから遠ざけて」
唖然とするハルから離れ、重々しい口調で釘を刺す。
「頼みましたよ」
そして、ユリアスと別れ、王妃は侍女達とともに宮殿の奥へと消えていった。
「えーと」
ユリアスにも聞こえていただろう。取るべき態度に困るハルに、ユリアスのほうが気遣いの言葉をかける。
「母上は臆病な方なのだ。気にしないでくれ」
「ユリユリって物分かりが良すぎじゃない? 怒ればいいのに」
「父上を亡くしてから、精神的に不安定なんだ。しかたない。あの方が王宮を離れたのは、静養を兼ねている」
ユリアスがなだめるので、ハルは肩をすくめる。
「はいはい、家族間の問題には口を挟まないわよ。用事が済んだなら、お望み通りに出て行きましょ」
なんとも殺伐とした家族関係だが、ユリアスが割り切っているのでハルは怒れない。それならこの場から離れて、気楽な旅に戻るほうがユリアスにとっても良いように思えた。
客間に向けて歩きながら、ユリアスが問う。
「シャシンはどうだった?」
「どれも駄目よ。人工的な建物は評価されないみたいね」
「そうか、残念だな。この都市の建築物はなかなか趣があるのだが」
それから着替えを済ませて旅装束に戻ると、物資を受け取ってから離宮を後にする。
都を出る前に、ハルは商店巡りをした。魔物の核や素材を売って懐が温かい。遠慮なく買い物に走る。
早く都市を出たいのか、落ち着きがないユリアスを引っ張り回して、服屋に入る。
「ねえ、このワンピース、可愛いと思わない?」
「ああ。だが、どこで着るんだ?」
ほとんど旅をしているのだ、ワンピースを着るチャンスはめったとない。ユリアスの言うことはもっともだが、ハルは頬を膨らませる。
「実用にうるさいんだから。可愛いものはね、持ってるだけで幸せになるの! 着なくてもいいのよ」
「ふーん。着ない服に価値があるのか。不思議なことを言う」
「ユリユリはこっちのシャツが似合うんじゃない?」
「安物だから、布の質が悪いぞ」
「し――――っ! お店の人に失礼でしょ! もーっ」
ユリアスの腕を叩いて黙らせ、ハルは試着をしてから、結局、服を買った。小物やアクセサリー、帽子や靴下、下着までまとめ買いだ。その頃にはユリアスは飽きて店の外に出ていた。
「そんなに買ったのか?」
「夢幻鞄に入れておけばいいからね。ユリユリのもあるよ」
「俺のも? 代金は……」
「いいからいいから。この間のツリーハウスの村みたいに、魔物を気にせず泊まれる所に行ったら着ようよ。楽しみが一つ増えたでしょ。楽しいことは自分で作るのよ」
ね! とごり押しするハルを、ユリアスは感心を込めて見つめる。
「その明るさはお前の長所だな。そうだな、楽しみにしておこう」
「あとは買い食いしてから出ようか!」
「まだ買うのか……?」
うんざり気味なユリアスは無視して、ハルは商店や屋台で食べ物を買うと、夢幻鞄に放り込んでいった。
「女の買い物が長いとは聞いたことがあったが、これほどとは」
買い物に付き合わされたユリアスは、魔物と戦うよりも疲れている。
「王子様だから、自分で買い物しないんでしょ?」
「商人を城に呼べばいいだけだ」
「出た、王子様発言!」
「だから俺は王子だと言ってるだろ」
訳が分からんという顔をしつつも、律儀に言い返すユリアスが面白くて、ハルは笑ってしまった。




