表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/43

Photo1 エルドア王都の夕暮れ 01



 青い空に光の線が走った。

 それは巨大な甲虫の目を貫き、緑色の血を周囲にまき散らす。

 魔物が一撃で倒されるさまに、遠くから歓声が上がった。大神殿ダルトガ――女神神殿の総本山にあたる神殿都市、その城壁にいる神官達の声だ。ハルは都市から少し離れた森の入口にいるが、遮るものが何もない草地なせいか声がよく響く。

 ふいに傍の木陰から、女の声がした。


「ハル様、メタリッカが一匹、そちらに行きました!」

「オッケー。行くよ、ユヅル」


 金細工が美しい白い弓に声をかけ、ハルは弦を引く。

 少し離れた先に、カブトムシに似た巨大な甲虫がいた。等級七、最下位の雑魚魔物メタリッカだ。それでも油断していると殺される。

 手元に光の矢があらわれ、ハルの目には、矢が飛ぶだろう軌道が見えた。メタリッカの右目と焦点が合った瞬間、ハルは右手を放した。光の矢がまっすぐに飛び、メタリッカを貫く。


「よし、これで終わりね」


 ハルは慎重に周りを確認してから、弓を下ろした。魔物がいればなんとなく分かるのだが、その感じが無い。弓から手を離すと、弓が白い猫へと姿を変えた。地面へ身軽に着地したユヅルは、ハルの足に体をすり寄せる。


「ニャア」

「お疲れ、ユヅル。ほらほら、離れて。解体するよ、くさいよ~」


 ハルの脅しに、ユヅルは慌てて距離をとった。

 その様子に笑いながら、ハルは夢幻鞄から分厚い皮の手袋とナイフを取り出し、メタリッカの胴体に切り込みを入れていく。乗用車くらいの大きさをしたメタリッカの腹には、幸いなことに、緑の液体は少ししか詰まっていなかった。

 それでも立ち上るくさいにおいに、ハルは顔をしかめる。

 このメタリッカという魔物、ニガミドリの葉を食べるためにくさいのだ。手に付いたら、一週間は悩まされる羽目になる。

 だが、メタリッカの背中の殻は、防具や資材といった素材になるし、核は大事な資源だ。


「よいしょっと」


 二枚の湾曲した殻を外して横に置くと、ハルは頭の付け根に手を伸ばす。魔物の命の源――核を引っ張り外す。金色に輝く丸い玉は、女神の力の欠片でもあった。


「取れた。相変わらず、綺麗だな」


 玉を空にかざすと、淡い光がキラキラと瞬いている。


「お見事でした、ハル様。魔物退治も解体も、どちらも合格です」


 パチパチと拍手の音がして、近くの木陰から女が一人、ゆっくりと出てきた。頭に被ったベールは、三つ編みに結った灰色の髪を覆い隠している。真っ白なワンピースは膝より少し下のラインで、ブーツを履いていた。丸眼鏡が真面目そうで、堅物な学級委員長といった雰囲気だ。だからだろうか、今年で二十一歳という彼女は、同年代のハルよりも大人びて見える。


「合格? 本当に? これで私、ダルトガの外に出ても大丈夫?」

「ええ、このメロラインのお墨付きです」

「やったー! 卒業だー!」


 ハルはガッツポーズして、空を仰いだ。

 メロラインはハルの侍女兼教師をしてくれている。背は高いが体つきは華奢なのに、人の頭くらいある大振りのメイスを振り回す、神殿の女神官ではエリートの一人だ。

 ハルはここ、女神神殿の総本山でもある大神殿ダルトガで、旅をするための準備をしていた。野宿の仕方に、星から見る方角の確認、一般常識や食べられる野草や毒草に至るまで、メロラインにみっちりしごかれる日々だった。

 これまでの一ヶ月を思うと、頑張りに涙が出てくる。

 いくらハルが女神の使いで強かろうと、基礎知識が無ければ危険な世界だ。メロラインは教師として一切手抜きしなかった。お陰で、普通の女子大生だったのに、今では立派な戦士である。

 感慨に浸るハルに、メロラインは声をかける。


「それでは帰りましょうか」

「うん、戻ろう。さっそく旅支度しなきゃっ」


 殻と核を夢幻鞄に仕舞うと、ハルは意気揚々と大神殿ダルトガの門へと戻った。



 ハルはメロラインとともに、門の前で証明書をかざす。

 城門の上にいる神官が、その証明書にメダルを向けると、光が飛び出して証明書と合わさった。すると、今度は証明書から、幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる。そして、大神殿ダルトガを覆う結界に小さな通路が出来た。

 結界と門を通り抜けると、城壁の上から神官達が声をかけてくる。


「お疲れ様です、ハル様」

「お帰りなさい」

「ただいま」


 顔なじみになった彼らに、ハルは右手を振る。

 背後で門と結界が閉じられた。

 大神殿ダルトガは、小さな町くらいの規模がある。石造りの家屋の間、メインストリートを奥へと歩き出した。広場で子ども達が勉強しているところに差し掛かる。


「この世界には今、国が三つあります。なんという名前でしょうか?」

「北のマジャント、南のナラバ、中のエルドア」

「正解! ってハル様、授業の邪魔をしないで下さいっ」

「あはは、ごめんなさーいっ」


 青空教室での質問にハルがつい答えると、教師に怒られた。だが生徒達にはうけたようで、拍手と笑い声が響く。

 ハルは足早に広場を横切る。


「では東西にある山脈の名前は?」


 メロラインが質問してきた。


「盾の山脈。人間を魔物から守ってるんだよね?」

「その通りです。では、東にある山と西にある山の違いは?」

「東は魔の山で、ふもとの湖沼地帯は、蛇の巣になってる。西は竜の山で、等級一の最強の魔物達の巣」

「ええ、その通り。旅をするなら、西は後回しにして下さいね」


 メロラインは心配そうに付け足した。


「うん、もちろんだよ」


 女神のお陰か、精神面が強化されているようだから、魔物退治に罪悪感はない。だが、最初からラスボスの巣に行くほど、ハルは無謀ではない。


「まずは三国から回って、それからだね」


 この異世界リスティアでは、魔物と人間は敵対している。魔物が人間を餌にする、弱肉強食の世界だ。

 大陸の中央部に、縦に長い山脈が二つある。盾の山脈と呼ぶそれらの間の土地でだけ、人間は暮らしている。山脈の外は強い魔物の生息域だ。

 大神殿ダルトガは、中の国エルドアの北部にある。すぐ北の山が国境になっていて、そこから先はマジャント国だ。

 これから本格的に、女神のために、ジンスタグラムでイイネをとる旅に出る。


(はりきったところで、旅の理由がこれじゃあ、格好がつかないわね)


 なんともいえない気分で、ハルは肩をすくめた。




「それじゃあ、グレゴールさん。お世話になりました」


 あくる早朝、ハルは門の前で神官達の見送りを受けていた。


「さびしいですなあ。いつでも戻っていらしてください、ハル様」


 女神神殿のトップ、神殿長グレゴールは残念そうにしている。銀髪と金目を持ったキラキラしい外見をした四十代の男で、目尻の皺がなんとも優しそうだ。


「もし黒い色のことでもめた時は、神殿の名を出して構いませんからな」


 まるで姪にでも言うみたいに、グレゴールは心配している。メロラインが楚々と笑った。


「大丈夫ですわよ、グレゴール様。ハル様は黒の御使いですもの。実力を見せたら、皆、どん引きして道をゆずってくださいます」

「どん引きってひどいなあ」


 ダルトガを南下した所にある、エルドアで一番大きな都――王都に、メロラインも同行することになっている。有角馬のひく馬車で一緒に行く予定だ。

 

 ――黒の御使い。


 この言葉には特別な意味がある。この世界では、女神リスティアの容姿――白い髪と金の目に近付くほど、魔力が多く、優秀で戦闘能力に恵まれるという決まりごとがあった。

 ダルトガは女神神殿の総本山だけあって、神官はエリート揃いだ。銀髪や灰色の髪や、琥珀色や金色に近い目の者がほとんどである。

 目の前にいるグレゴールは、飛び抜けて優秀らしい。というのも彼は前王の弟で、王族の一人なせいだ。

 能力が高い者が王になり、優秀な妃と結婚して、能力の高い子どもが生まれてくる。そのために王侯貴族には自然と強い者が多い。

 反対に、女神と色が遠ざかるほどに、魔力は少なく戦闘能力も低くなる。対極といえる黒髪黒目は、最も能力が低いので、馬鹿にされがちなのだ。

 しかし、他の世界から来た上に、女神の使いであるハルは、決まり事の外にいる。そのため、彼らは敬意をこめて、ハルを黒の御使いと呼んでいた。


「いくら強いとはいえ、女神様よりかけられた制限があることを忘れませんように。町での生活に慣れるまで、メロラインとお過ごしください」


 少々過保護だが、グレゴールの心配になんだかくすぐったい気分になる。ハルは照れ笑いを浮かべた。


「ありがとうございます、グレゴールさん。気を付けます」


 ハルはぺこっと頭を下げた。

 グレゴールの神官としての能力は高く、女神からの言葉を、託宣という形で受け取れるほどだ。そのため、召喚後に、女神からの言葉をハルに教えてくれた。

 ハルには、人間を攻撃できないという制限がある。

 女神の身になって考えてみれば、妥当な心配だ。

 ハルは聖なる武器と加護、上位世界の人間という理由で、この世界ではほぼ無敵。もしかしたら、国を征服することも出来るかもしれない。

 そんな真似はしないが、もしかしたらを考えたら心配にもなるだろう。

 だがハルとしては、旅をして写真を撮って、おいしいものを食べられたらそれでいい。それとおまけで、論文の題材について考える。


「それじゃあ、行ってきます!」


 門の大きな扉が開き、都市を囲む結界に道が出来る。

 皆のあいさつを背に、ハルとメロラインは馬車に乗り込み、ダルトガの町を後にした。


 2017.7/19 大幅に改稿。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ