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 05



 それから気付けば一ヶ月が過ぎたが、結果はかんばしくない。


「なーんーでー! 女神スポット以来、イイネが付かないんですけどー!」


 エルドア王国東部の森林地帯を歩きながら、ハルは空に向けて吠えた。

 各地の観光名所や、ちょっとした不思議な気象現象なども写真を撮って回ったが、全然駄目だ。

 女神スポットに着くとリスティアに会うようにしているが、リスティアも溜息をついている。二人でなんでだろうと話し合ってみたが、答えは出ない。 

 理由が分かるなら、とっくに結果が出ているのだ。


「神々は我が儘……こだわりが強いのだな」

「ユリユリ、本音が隠しきれてないよ」


 ハルがツッコミを入れると、ユリアスは気まずげに横を向いた。


「女神スポットは良くて、なんで風景写真や建物だと反応がないんだろ? わっかんないなー。あああああ」

「落ち着け。まったく、なんでそう落ち着きがないんだ」

「ユリユリがおじいちゃんじみてるだけでしょ」

「うるさい!」


 ユリアスが怒るのも、もう慣れた。ハルはけらけらと笑いながら、周りをきょろりと見回す。

 日本だったらご神木(しんぼく)扱いされているような樹齢百年の木より、ずっと大きな木々が林立している。木々の枝葉が光を遮るので、昼でも薄暗い森だ。淡い緑色の影の中で、(こけ)やシダといったものが地面を覆っている。他の植物が生えるには、光が足りないらしかった。

 西部と違い、東部は豊かな森林地帯だ。

 南部にも行ったが、あちらは川と湖沼(こしょう)地帯があり、穀倉(こくそう)地帯として栄えていた。

 驚くことに、この森の木々は成長が早いので、十年くらいで立派な巨木になるらしい。あまり大きく育ちすぎると切り倒しづらいとかで、生活に使うエリアだけ森番(もりばん)が管理している。

 これが薪や炭の材料になり、建築材や家具、日用品になり、紙代わりの薄板になるらしい。

 今、歩いている辺りは、人の手つかずの自然エリアだ。だから幹は太く、中をくりぬけば家になりそうなものもあちこちに生えている。

 昆虫や獣の魔物も多く住んでいるが、人の集落もある。砦町ではなく、養蜂(ようほう)と狩りで生計を立てている人々だ。木の上にツリーハウスを作って暮らしていた。

 リスティアに来る前に、悪戯画像だと思っていた光景そのままだった。妖精のような光は、ヒカリダマという、ただ光りながら漂うだけの無害な昆虫らしい。

 そこの集落の討連支部で依頼を受けて、ハルとユリアスは森を歩いていた。


「ねえ、(はち)の巣()らいの巣ってこの辺かな?」


 ちょっと噛みそうな名前だが、魔物のことだ。


「討連の情報通りなら、この辺だ。巨木のうろに住む甲虫だという話だ。だが、俺も見たことがないからな」


 ハルが討連でもらってきた魔物の情報を書いた薄板を眺め、ユリアスは思案げに呟く。


「ええと? 金色の硬い(から)をした、メタリッカに似た魔物。だが、メタリッカよりも硬く、三倍の大きさがある」

「金色のでかいカブトムシね!」

「何を言ってるのか全く分からんが、分かったのなら分かった」


 ハルのテンションにも慣れたもので、ユリアスはぞんざいに返す。


「育てていた蜂の巣をくわれて困っているとか。蜂蜜は貴重品だ。退治しなければ!」


 ユリアスは民の生業(なりわい)を邪魔する魔物に対し、怒りに燃えている。

 この森の集落はユリアスを受け入れて、村の端にあるツリーハウスに泊めてくれたのだ。あちこちに魔物避けのくさい塗料に浸したロープを下げていて、簡易式結界維持機もあるので、その辺の砦並の防御力を誇っているらしい。

 しかも彼らは弓と魔法での遠距離攻撃が得意で、むしろユリアスに寄ってくる魔物を仕留めることで、多くの核を手に入れて嬉しそうにしていた。結界維持機も、核が無ければ発動しない。

 ハルには(えさ)扱いされているようにしか見えなかったが、ユリアスが親切を喜んでいたので、まあいっかと横に置いておいた。それに集落ではおいしい料理もたくさん振る舞ってくれたし、余所(よそ)者は珍しいからと、皆、笑顔で話しかけてくるので、気付けば前からの知り合いみたいになっていた。

 気持ちのいい図々しさ。一言であらわすと、そんな感じの人達だ。

 それでも、蜂の巣食らいは彼らには手に余る魔物らしく、せっかく育てた蜂の巣を荒されて困っているからと、討連に依頼を出していた。

 当然、くそ真面目なユリアスがその状況を看過(かんか)できるわけもなく、こうして討伐に来ている。


「金色のカブトムシか~。殻で防具を作ったら、派手だね。おめでたい色だわ」

「レアな魔物だから、高値で売れるらしいぞ。貴族が好むらしい」

「えっ、キンキラ防具?」

「防具以外にも、飾り金具(かなぐ)の代わりにはなるだろ」


 想像してみようと思ったが、ハルには思い浮かばない。そこでハルは魔物の気配を察知して、口をつぐんだ。

 しっと口元に指を当て、ユリアスについてくるように手で合図する。ユリアスは真剣な顔で頷き、杖を持つ手に力を込めた。

 それから森の奥へ歩いていくと、巨木にあいた大きなうろを見つけた。


「あれ? この辺にいるはずなのに、いない」

「上だ!」


 ユリアスの声とともに、ハルも急いでその場を離れた。

 ブゥンと羽音を立て、金色の巨大なカブトムシが上から突撃してくる。蜂の巣食らいだ。

 二人は手近な木の裏へ飛び込んで隠れたが、蜂の巣食らいの角先が木の幹を大きくえぐって通り過ぎた。


「うわ、何あれ!」

「角の先が刃物になっているそうだ。(おの)みたいなものか」

「ちょっと、そういう大事な記述は最初に言って!」


 メモを眺めて、ユリアスが冷静に言うものだから、ハルはツッコミを入れた。ユリアスは適当に返す。


「少し図体がでかくて、飛んで、角が危ないだけだろ」

「危ない魔物が飛んでる時点でやばいでしょ!」

「戻ってくる。目を狙え!」

「もちろん!」


 ハルはユヅルを構え、(つる)を引く動作をした。光の矢が現われ、ハルの目に、蜂の巣食らいへと続く軌道が見える。左目と焦点が合った瞬間、ハルは矢を放った。


「行けぇっ」


 収縮された光のエネルギーが、矢となって飛び出していく。

 だが直前で、蜂の巣食らいは頭を矢のほうへつき出した。まるで鏡に当たる光みたいに、矢が跳ね返される。


「うっそぉ!」

「非常に硬くて防御力が高く、魔法も跳ね返す……か」


 隣でユリアスが呟く。


「だからそういう情報は先に言いなさいってば! ぎゃーっ」


 慌てて地面に伏せた。

 ドォン!

 爆発でも起きたみたいな音が響き、メリメリと音を立てて、木が奥に向けて倒れる。


「……まじですか」

「こっちだ!」


 呆然としているハルの腕を掴み、ユリアスが右のほうへ走り出す。ハルも走りながら、次の木の後ろへ飛び込み、またその隣へとジグザグに駆け回る。

 蜂の巣食らいはその後をひらひらと追いかけてきた。


「機動力もあるのか、厄介だな。魔法を弾くというのは、表面に魔法的な何かがあるのか? それとも単につるっとしてるから流れが逸れるとか?」


 ぶつぶつと呟いて考察しているユリアスに、ハルは走りながら話しかける。


「ユリユリ、(つた)(あみ)みたいなの作れない?」

「やってみる。蜘蛛の巣みたいなもんでいいか」


 ハルの提案を聞いて、ユリアスはしばし沈黙する。杖の宝玉が光った。

 二本の木の間に、蔦の網ができる。そこに蜂の巣食らいが激突して、トランポリンの要領で、ポーンと跳ね飛ばされた。

 ハルとユリアスは立ち止まり、金色の甲虫が放物線をえがいて地面に落ちるのを見届ける。どすっと背中から着地した蜂の巣食らいは、引っくり返ったまま六本の足をじたじたさせている。


「なるほど。ああいう虫は引っくり返せばいいのか」

「こうしてるとちょっとだけ可愛いわね」


 あとは簡単だ。

 背中側の殻は硬いが、腹のほうが比較的やわらかい。ハルは矢でとどめを刺し、ユリアスがその頭を落とした。

 核を取り上げようとしたところ、中から甘い香りがした。


「これって蜂蜜……?」


 蜂の巣食らいの中も、メタリッカと同じく空洞になっていて、そこに金色の液体が詰まっている。


「甘いな」


 ハルが躊躇している間に、ユリアスが指を浸けて、ペロリとなめた。


「大丈夫? お腹痛くならない?」

「普通の蜂蜜だ。メタリッカはニガミドリの葉を食べて、それが消化されることで発酵するからあんなくさい汁ができるわけだが、こいつはまだ発酵はされてないみたいだ。だが、売り物にされるのは嫌だな」

「蜂蜜ハンドクリームにするとかどう? 毛抜きにも使えるって聞いたことあるよ」


 ユリアスが何だそれはという顔をするので、足などに塗って乾かしてから、毛ごとベリッとはがすのだと教えると、ものすごく痛そうに顔をしかめた。


「とりあえず集落の者を呼んでこよう。俺が行ってくる」

「えっ、私が行こうか? 飛べばすぐだよ」

「お前、すぐに迷子になるだろ。時間の無駄だ」

「ぐぬぬ。待ってまーす」


 ハルは大人しく頷いた。

 地図と方角、道を覚えることはハルではあてにならないのだ。旅の間に何度かやらかしたので、その辺はユリアスから全く信用されていない。


「あっちだな」


 太陽の位置を確認して、ユリアスはすぐに走り出す。

 ハルは首を振ってつぶやいた。


「なんであれで方角が分かるの? 意味分かんない」



 こういう世界観とか魔物とか書いてる時が一番楽しい。

 魔物をいろいろ考えて、それの生息情報と、人々の生業に関連させるのが好き。

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