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 03



 女神像が彫られた岩山の上には、ちょっとした平坦な場所があるが、小屋を置くには不安定だ。今日は広々としたテントの中にベンチを置いて、布団を敷いたもので眠ることにした。

 三人で交代して見張りをすることにして、じゃんけんをして、ユリアス、メロライン、ハルの順番に決めた。時計がないので、だいたいの月の傾きで判断するしかない。

 真夜中、メロラインに起こされ、ハルは寝床を抜け出した。

 夜は空気がひんやりしている。マントを羽織ってテントの外に出ると、焚火から離れた場所に、ユリアスが座っていた。夜空を眺めている。


「寝ないの?」


 傍に行って、小声で問う。


「眠れなくてな。いつもは一人だからな、夜はできるだけ起きていて、昼間に休んでいた。そのほうが安全だ」

「ふーん。お茶でも飲む?」


 横になっているだけでも疲れは取れるのだけどなとハルは思ったが、あんまり口うるさくするのも嫌だろうと考えなおし、無難なことを訊いた。


「……頂こう」

「うん」


 ちょうどハルも喉が乾いているので、ユリアスの分はついでだ。

 ハルは魔法で水を出し、やかんでお湯を沸かして、茶こしに入れた茶葉をカップの上に据えてお湯を注いだ。

 ふわりと草の香りが漂う。豆や雑穀を混ぜてある、日本なら健康茶と呼ばれている類のお茶だ。ここでは薬草茶と呼ばれているが、なかなかおいしい。


「昼間にお前が周辺の魔物を退治しまくっていたから、特に問題はない」


 カップを受け取って、焚火の傍に座り、ユリアスが状況を教える。


「良かった。明日はメロちゃんを送りがてら、昼間に倒した魔物の核を拾えばいいかな。そうだ、ここの飲食店って鍋を持っていくと、量り売りしてくれるんだよ。びっくりしちゃった。明日の晩御飯は、鍋パーティーにしよう」

「野宿で鍋を食べて、何がパーティーなんだ?」

「食事は楽しくするものだよ」

「確かに、毎回楽しそうに食べてるよな」


 茶を飲みながら、ユリアスはまた夜空に目を向ける。


「何か面白いものが見えるの?」

「たまに流れ星が落ちるくらいだ」

「ふーん」


 この世界の夜は、星がよく見える。最初は面白がっていたハルだが、流れ星も見慣れた。結構、毎日降っているので、気付けばありふれた日常に変わってしまっていた。


「他には?」

「春の四角星座が出たから、種まきの時期だ。今年は豊作だといいな……とか」

「真面目ー」


 ハルは呆れた。

 まさか夜空を眺めながら、そんなことを考えているとは。


「大事だぞ。食料が足りないと、人々が飢える。そうなると治安が悪化して、弱い者が更に悲惨な目にあう。とはいえ、そんな時は魔物の肉で食いつなぐから、死者が出ることは滅多にないが」

「ねえねえ、畑は町の外にあるじゃない? 作物を魔物に食べられたりしないの?」

「するぞ。だから畑を囲んでいる木の柵に、くさい塗料を塗って追い払ったりする。メタリッカの血とかな」

「えっ、あの魔物……そんなことにも使うの?」


 想像するだけで、うえっとなる。ハルの顔が渋くなったからか、ユリアスも少し笑った。


「ああ。色々と実験されてきたが、あれが一番効果があるんだ。俺達にもそうだが、魔物にも強烈らしいな。だが、あのにおいだろ? 効果があってもあんまり扱いたがらないからな。専門の業者がいるんだ」


 春は彼らの稼ぎ時だと、ユリアスは付け足した。


「私も触りたくない」

「俺だって嫌だ。業者が高額請求しても、誰も文句を言わないくらいだ」

「お金で解決できるなら、そうするわよねえ」


 この世界の人間達は、魔物の脅威におびえながらも、やられっぱなしではいない。なんてたくましいんだろう。

 もしハルになんの力もなかったら、きっとすぐに日本に帰りたがっただろう。ハルの世界が上位世界で、女神に加護をもらえてラッキーだ。


「お前と話していたら眠くなってきた。少しだけ寝てくる」

「うん。おやすみ」


 ユリアスは魔法で水を出してカップを洗ってから、道具をまとめて置いている敷物にカップを置いて、テントに入る。

 彼が立ち去ると、ハルはなんとなく夜空を見上げる。

 焚火がパチッとはぜる音と、時折聞こえる風音くらいで静かだ。


(こんなふうに、一人でさすらう……か)


 ――もし自分だったら?

 他に仲間がいないので、見張りの交代もできなくて、ろくに眠れない日々ばかり。想像するだけで、うんざりする。


(普通に、精神がまいると思うわ。よくやるわね、あの王子様)


 ちらりとテントのほうを見て、ハルはお茶を飲む。夜は静かに更けていった。




 翌日。女神像の岩山を下りて、昨日倒した魔物の核を拾いながら、のんびりと歩いて西の砦町に向かう。

 昼前、ようやく西の砦町を目前にした時、雨が降り始めた。霧のような雫が、乾いた大地を潤していく。


「こういった雨は体を冷やしやすい。二人とも、早く中に入るといい」

「はい、ありがとうございます、殿下」


 メロラインがお辞儀をすると、ユリアスは鷹揚に頷いた。


「帰路も気を付けてな。ダルトガに着いたら、叔父上によろしくと伝えてくれ」

「しっかりお伝えいたします」


 生真面目に答え、メロラインはもう一度お辞儀をする。ハルは中に入る前にと、ユリアスに質問する。


「鍋以外で、何か食べたいものある?」

「チーズと白パンと肉。ハナブタの串焼き」

「あの串焼き、気に入ったんだ? おいしいよねー! 分かった、正午過ぎくらいに戻ってくるね」

「俺はその辺に洞窟でも作って雨宿りしてる。……だが、お前、本当に俺と行動する気なのか? うんざりしたなら、ここで別れればいい」


 ユリアスがそう言うと、メロラインは緊張を込めてハルを見つめる。ハルは首を傾げた。


「特にうんざりすることはなかったけどな。私、好き勝手やってるし~」

「確かにハル様はマイペースですわ。殿下のほうが振り回されて、お疲れにならないか心配です」

「ちょっと、どういう意味よ、メロちゃんってば」


 心外だ。言い返そうかと思ったが、意外にもユリアスが否定した。


「そうか? ハルはマイペースに振る舞ってるようでいて、他人との距離を慎重にはかっているだろう。特に問題はない」


 まさかの指摘に、ハルは驚きを込めてユリアスを凝視する。ほぼ初対面の相手に、ハルの社交術を見抜かれるとは思わなかった。


「よく分かったわね」

「俺は人を見る目があるんでな」

「あははっ、それ、自分で言っちゃうの? ユリユリって面白いよね」

「だからユリユリって呼ぶな!」


 ユリアスは怒ったが、ハルは笑って聞き流す。メロラインは穏やかに頷く。


「大丈夫なら構いません。わたくし、とても安心しました。ハル様を野放しにするのは、実は不安でしたの」

「ちょっと、その野獣みたいな扱いはなんなのよ」


 メロラインの遠慮のない発言に、ハルは眉を寄せる。だが、どうやら彼女は本気で心配しているようだ。


「どうかハル様をよろしくお願いします、殿下」

「ああ。だが、気が合わなかったら無理だ」


 メロラインがけなげに頭を下げているのに、ユリアスはばっさりと返した。この正直さが、ハルのツボを刺激する。


「あははは、そこではっきり言うところが面白すぎる! 気遣いがあるのか無遠慮なのか、どっちなのよ、ユリユリってば!」

「もういいから、行けよ。うるさい」


 面倒くさそうに、しっしっと手で追い払う仕草をすると、ユリアスは門から離れて歩きだす。


「また後でねー!」


 ハルがユリアスの背に声をかけると、返事代わりに手を上げて振ってくれた。ハルは我慢できずに噴き出す。


「ぶっ、ふふふ、あははは。もう駄目、お腹痛いっ。あいつ、ツンデレすぎるわ。めちゃくちゃ面白い」

「つんでれ? なんですか、それ」


 目をキラリと光らせ、メロラインが質問する。


「しまった!」


 うっかりメロラインの好奇心を刺激してしまい、ハルは慌てたがもう遅い。

 門番に合図して町に入ってから、しばらく説明する羽目になった。


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