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 07



 洞窟の入口から外に出ると、ユリアスが自分から少し離れるように言った。ハルは神官の男とともに距離を取りながら、ユリアスの背中に話しかける。


「ねえ、魔法で潰すって言ってたけど、中に山賊がいるのにひどいんじゃない?」

「天井を壊すだけだ。武器庫の辺りで、天井から水滴が落ちてきただろう。あれを利用する」

「どういうこと?」


 再三に渡るハルの質問が面倒になったのか、ユリアスは投げ槍に返す。


「見てれば分かる」

「言い方がいちいちムカつくのよね」

「まあまあ」


 文句を言うハルを、神官がなだめてくるので、ハルは渋々黙った。明るい外に出られたからだろうか、神官はさっきまでのビクビクした様子もなくなり、気が緩んでいる様子だ。

 ユリアスは杖の先を洞窟へと向けた。

 一瞬、その杖の宝石が光り、パッと青い光が飛び散る。

 何かしたようだが、ハルは分からなかった。


「失敗したの?」

「まさか」


 ユリアスが即座に否定した時、洞窟の中から「うわあ」とか「わあ」といった悲鳴が聞こえてきた。


「屋根が落ちてきたはずだ。部分的に壊したから、死にはしないだろう」

「ええー? そんなの、ここからじゃ見ても分からないわよ」


 ハルは抗議したが、ユリアスは冷めた態度で説明するだけだ。


「この奇岩地帯の岩は、石灰石だ。比較的柔らかい石で、風雨で劣化しやすい。俺は岩の隙間を通る水を魔法で凍らせただけだ」


 それでハルはようやくピンときた。


「なっるほどー、つまり、水を凍らせると膨張するから、それを利用して、岩にヒビを入れたってわけね。亀裂が重なれば、あとは自重で岩が落ちる!」

「そういうことだ」


 ユリアスは頷く。感心したようだ。


「なんだ、思ったより賢いな」


 ユリアスがハルを見る目が少し変わった。若干、眼差しが優しくなった気がする。


「はあ、お二人は知見(ちけん)に富んでいらっしゃるのですね」


 神官はぽかんとしている。


「私には難しいお話です」

「私は理科で習ったから、簡単ってだけよ」


 笑って返すハルに、神官は「はあ」と気の無い返事をする。


「隊商の皆が下にいるから、そっちに行きましょ。神官さんと……」

「あ、私はジョゼフといいます」

「ハル・オリカワです。よろしく!」


 ジョゼフが名乗るので、ハルも挨拶した。ジョゼフは岩場の端まで来て、街道を指差す。


「ああ、あそこですね。他の盗賊も返り討ちにされたようです」


 盗賊のうち、何人かは捕縛されたようだ。それ以外は地面に倒れたまま動かない。

 こちらに気付いて、ヨハネスが大きく手を振った。


「本当だ。周りに魔物はいないし、行きましょうか」

「はい!」


 ハルはジョゼフと、岩場の斜面を下りようとしたが、途中で足を止める。ユリアスがついてこないのに気付いたせいだ。


「ジョゼフさん、先に行ってて下さい」

「え? はい、分かりました」


 ジョゼフは察したようで、素直に頷いて隊商の方へ向かう。ハルは斜面を駆けのぼり、洞窟の入口前を通過して、反対方向へ向かうユリアスに追いつく。


「ちょっと、王子様。どこに行くの? 隊商はあっちよ」

「俺は別ルートで行くからいい」

「何で?」

「何でって……」


 ユリアスは足を止めて、呆れたように目をすがめる。


「俺の呪いが何なのか知らないのか? 俺がいるだけで、魔物を呼ぶんだ」

「知ってるわよ。でも私、魔物が来たら分かるから、その時は退治すればいい」

「馬鹿が。そういう問題じゃ……」


 苛立たしげにユリアスが言いかけた時、足元でピシッと嫌な音がした。


「ぴし?」


 何の音だと地面を見下ろしたハルは、ひび割れを見つけた。ユリアスの顔色が変わり、ハルの腕をつかむ。


「悪い、やりすぎた」

「は? はー!?」


 急にユリアスが走り出すので、ハルは訳が分からぬまま引っ張られる。

 そのうち、地面の亀裂が深くなるのに気付いて、ハルの背中に悪寒が走った。

 だが避難するには時間が足りず、岩場が崩落する。


「嘘ぉぉっ」


 ハルの悲鳴に混じり、ジョゼフがハルとユリアスを呼ぶ声が聞こえた。




「ん……」


 最初に気付いたのは温かくて居心地が良いことだった。無意識に暖をとろうと、熱の方にすり寄る。


「おい、起きろ」

「ん?」


 肩を揺さぶられて目を開ける。

 顔の右側に白い仮面をつけた、綺麗な青年に覗きこまれていることに気付き、ハルはぎょっとした。


「うわっ」


 後ろに下がろうとしたが、出来ない。

 背中側にユリアスの左膝があった。慌てて周りを見ると、岩に囲まれた狭い場所にいるのに気付く。

 ユリアスはそんな穴の底で、左膝を立てて、右足を伸ばした格好で、ハルを抱え込んで座っていた。

 ユリアスは不機嫌そうに言う。


「動けるなら、どいてくれ。右足をやった」

「え!?」


 急いで地面の方へとずれたハルは、ユリアスの右足を見た。上から差し込む光でも、白いズボンが裂けて血がにじんでいるのが分かる。


「落ちた時に瓦礫で切った。だが、お前のその弓のお陰で助かった」

「え、どういうこと?」


 ハルがそう聞き返した時、ニャアンと猫の鳴き声がした。ユリアスの左脇から、ユヅルがするりと抜けだして、ハルの傍にちょこんと座る。


「埋まるのを覚悟したんだがな、弓から光が飛び出して、この上の瓦礫を消し飛ばした。すごい武器だな。いや、使い魔か?」

「そっか、ユヅル。ありがとう!」

「ウミャア」


 ハルがユヅルを撫でると、ユヅルは嬉しそうに鳴いた。そして、ハルの肩へと飛び乗る。


「とりあえず、手当て! 手当てしよう!」


 夢幻鞄から治療箱を取り出すと、ユリアスは自分で手当てを始めた。魔法で出した水で傷口を洗い、血止めと傷薬を塗って包帯を巻く。

 その間、ハルは壁際の瓦礫にユリアスの杖が埋まっているのに気付いて掘り出した。


「どんな具合?」

「とりあえず立てるが……」


 ハルに治療箱を返し、ユリアスは壁を支えにして立ち上がる。上を見て溜息をついた。


「これはまた、結構、高いわね」


 いったいどれくらい落ちてきたのか、出口は遠いように見えた。

 ハルは治療箱を夢幻鞄に戻し、さてどうするかと思案する。ここを登るのは骨が折れそうだ。


「お前だけ行け。俺はいい。ここで死ぬ運命なんだろ」


 ユリアスが何でもないことのように言った。


「うわっ、いきなりネガティブはやめてよ」

「冷静な判断だ。俺はこの怪我だ、登るのは無理。それともお前が背負うのか? 出来ると思えん」

「うーん、確かに」


 出来るかどうかは怪しい。

 リスティアに来てから、ハルは常識外れに強くなったが、これは魔力操作での瞬間的なパワーブーストだ。ハル自身の力が上がっているわけではない。


「困ったなあ。空でも飛べたら簡単なんだけど」


 ハルが溜息混じりに穴の出口を見上げた時、何だか体が浮く感じがした。


「お前……飛んでるぞ?」

「へ!? 何これ!」


 ユリアスの指摘で、ようやく本当に浮いているのに気付く。


「羽が生えてる!」


 ちょうど、背中にある加護紋の辺りから、一対の羽が出ている。それはオレンジの光で出来ていて、翼状に文字と紋様が集まり、光っていた。


「どうして驚く。お前の魔法だろう?」

「いや、こんなの初めて見たから……。何で!?」


 訳が分からず叫んだハルは、ふと、昨日の出来事を思い出した。


「もしかして、これが女神ちゃんの言ってたご褒美?」


 それならそうと教えてくれればいいのにと、女神リスティアに文句を言う。


「女神? おい、大丈夫か。頭でも打ったのか?」


 ユリアスは深刻そうに問う。彼の優しさなのだろうが、真剣なだけにハルはいたたまれなくなる。


「えっと、なんか……飛ぶ魔法を使えるようになってたみたい」

「何だそれは」

「もう、いいでしょ。私も分かんないの!」


 呆れるユリアスに、ハルは強引に話を終わらせ、右手を差し出す。


「まあいいじゃない、これなら一緒に脱出出来るわ」

「そうだが、俺は空を飛ぶ魔法なんて初めて聞いた。黒のくせに魔法を使えるし……訳が分からない。お前、いったい何者だ?」


 ユリアスは不審げにじろじろとハルを眺める。ハルは面倒になった。


「後で話すから、外に出ようよ、ユリユリ」

「……ゆりゆり?」

「あだ名。ユリアスだから」

「はあ? 何だ、そのふざけた呼び方は!」


 ユリアスは怒ったが、ハルは話題がそれてほっとする。


「ほら、行こうよ。ユリユリ」

「呼ぶな!」

「で、ユリユリ」

「聞けよ!」


 ハルは無視して問う。


「抱っこするから、しゃがんでくれない?」


 ユリアスは唖然とした。


「何の話だ」

「だって、途中で手が滑って落としたら悪いから……」


 お姫様抱っこをするのだと仕草で説明する。おんぶでもいいのだが、背中に羽の魔法が展開しているので、触れるのは危ないかもしれない。そうなると抱えるしかない。

 ユリアスは穴の上を見て、それから地面へと視線を落とす。高さを測ったのだろうか、しばし黙り込んだ。




 結局、ユリアスが影庫に保管していたロープを結び、ブランコみたいにしてユリアスを運ぶことにした。

 ハルは輪っかにした部分を握った上で、ぐるぐると手に巻き付けて、手を滑らさないように注意する。上まではあっという間だった。


「うわあ、結構、崩れてるね」

「生き残っていた山賊も巻き込まれたかもしれんな……」


 ユリアスの声は少し沈んでいる。ハルも気になったが、この惨状では厳しいように思えた。


「ジョゼフさんは大丈夫だったかな」


 上空から探すと、岩山の傍で泣いているメロラインを見つけた。


「うわああ、ハル様。こんなことになるなんて!」

「神官様、落ち着いて」


 カサリカがなだめ、傍らにいるジョゼフが浮かない顔をしている。


「メロちゃーん!」


 メロライン達のいる方へ飛んでいくと、メロラインはぎょっとこちらを見上げた。


「うええ!? ハル様!?」


 周りからもどよめきが上がる。

 何故か拍手が巻き起こった。

 ゆっくり地面へ下りると、ユリアスがロープから下りた。


「殿下、ハルさん! ご無事で良かった!」


 ジョゼフが涙目で叫んだ。

 ハルも続いて地面に下りると、メロラインも泣きながら飛びついてくる。


「ハル様! お亡くなりになったかと思いました」

「うん、私もやばいと思ったけど、ユヅルのお陰で助かったわ。あと、王子様もね。庇ってくれたみたいで」


 メロラインはハルから離れると、ユリアスを見つけて飛び上がった。


「ゆ、ユリアス殿下!? どうしてこちらにいらっしゃるんです」

「山賊に捕まって、牢屋に入れられてたの」

「ああ、それでちょうど良かったんで、休憩していた。それをこいつに邪魔されたんだ」


 ハルの説明に、ユリアスは憎まれ口を返す。


「またそういうことを言う!」

「事実だ」


 にらみあっていると、メロラインは気が抜けた様子だ。


「何だかよく分かりませんけど、無事で良かったです。殿下、足を怪我されてますのね、治療しますわ」

「ああ、助かる」


 メロラインが祈法を使う傍ら、カサリカがハルの背中を指差す。


「戻ってきてくれて嬉しいわ、ハルちゃん。でも、どういうことか説明してくれない?」

「はい」


 ハルは頷き、そこで困る。


(この羽、どうやったら引っ込むのかしら……)


 説明の前に、魔法の終わらせ方でしばらく四苦八苦することになった。



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