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 06



 それからしばらく進むと、今度は山賊が襲ってきた。


「おお、やってるやってる」


 辺りを偵察して、すでにヨハネスらに注意を出したハルは、隊商から離れた岩山の上に立っていた。

 山賊達が一方向からやって来るのに気付いたので、単身、集落を確認しに行くことにしたのだ。ヨハネスにも許可は取っている。

 隊商を襲うのに躍起になっている彼らを横目に、ハルは身軽に岩山を移動して、とうとう集落まで辿り着いた。


「ここか」


 結界が張ってあるので分かりやすい。

 規模で見ると、とても小さな村といったところだ。

 どうも奇岩地帯の洞窟に住んでいるらしい。結界があるのは、その出入り口のみだった。


「なーるほど、場所を限定することで、省エネで運営してるわけね。エコだわ」


 置いてあるのは、簡易式結界維持機だろうか。

 出入り口には見張りの盗賊がいるようなので、バレないように洞窟の屋根へと移動する。山の谷を跳ぶという、アクロバットな動きも、今のハルなら簡単だ。


(私ってばまるで、忍者みたい)


 屋根の上を歩いて、だいたいの大きさを把握する。そして、そこからの位置も大雑把に見た。太陽が右側に見えることから判断する。


「だいたい奇岩地帯の南西部ってところかな? 街道から近い辺り」


 なるほどと思いながら移動していると、突然、足元の地面が抜け落ちた。


「ひゃ!?」


 背筋がひやりとする。

 落ちて怪我をするのを覚悟したが、痛みは無い。


「ん……?」


 見れば、ユヅルが弓の形のまま、大きく変形してハルのクッションになり浮かんでいた。


「おおお、これが女神ちゃんの言ってた、危ない時は護ってくれる嬉しい機能!?」


 ありがたいが、どうせなら王都で兵士に絡まれた時にも守って欲しかった。猫アタックではなく。


「ありがとう、ユヅル!」


 ハルがユヅルから下りると、弓が白い猫の姿へと変わる。


「ニャア」


 ユヅルが嬉しそうに鳴いて、ハルの足に体を押し付けた。


「か~わいいぞ~」


 わしゃわしゃと白い毛を撫でまくって褒めていると、呆れた声がした。


「能天気だな、お前」

「ん?」


 ユヅルの様子にびっくりしていてせいで、人の気配があるのに今更気付いた。

 慌てて声のする方から距離を取るハルを、壁に背を預けて座っていた青年が見る。灰色の髪と琥珀色の目を持った彼は、白い衣服に身を包んでいた。そして、右目の辺りにだけ、白い仮面を付けている。


「あーっ! あなた、王都で会った失礼な奴!」

「……王都?」


 青年――エルドア国の第三王子ユリアスは眉をひそめた。


「言うだけ言って忘れたわけ! 本気で失礼ね!」


 くってかかるハルをまじまじと眺め、ユリアスは頷いた。


「ああ、兵士相手に盾突いていた、身の程知らずの馬鹿か」

「ぬあんですってぇー!」


 なんという覚え方だ。ハルはこめかみに青筋を立てる。

 だが、ユリアスは冷静に指摘する。


「馬鹿でないなら、無謀だな。黒は弱いんだから、守られていればいい。ちゃんとまともな兵士を探して、頼るべきだろう」


 そう返してから、ユリアスは顎に手を当てて思案気な面持ちになる。


「だが、こんな場所にやって来るのを見ると、お前は強いタイプの黒だったようだな。では失礼だったか、申し訳ない」

「そうよ、本当に失礼なんだから! 謝っても許さな――え? 謝った? 今」


 かっかと怒っていたハルは、肩すかしをくらってきょとんとした。

 ユリアスは不思議そうにする。


「非があれば謝るのが道理だろう」

「う、うん? そうだね」

「それで、お前はどうしてまた屋根から落ちてきた」

「上を歩いてたら落ちただけよ」

「……やはり馬鹿だな」

「うるさーい!」


 隙があれば馬鹿と言ってくるユリアスに、ハルはすぐに言い返す。そして、びしりとユリアスを指差した。


「そういうあんたは、ここで何してんのよ! まさか山賊の仲間?」


 ハルの問いに、ユリアスは平然と返す。


「まさか。旅の途中で山賊に襲われてな、捕まってここに放り込まれたんだ。外で野宿するより安全そうなんで、ちょうどいいから休んでいた」

「はあ!?」


 何を言っているのだ、こいつはとハルは怪訝に思い、そこでようやく周りを見回す。

 洞窟の部屋は狭く、鉄格子のはまった扉がついている。


「何だか牢屋みたいな場所ね」

「ああ、そういう所だ。山賊の仲間になる気になるまで、入れておく場所らしい」

「どうしてそんなことを知ってるの?」


「前にここにいたという奴が教えてくれた。ここは暗いし狭い、息が詰まるだろう? そいつは暗所(あんしょ)恐怖症の神官でな、放り込まれてすぐに諦めて仲間になったらしい。俺の世話を焼いてくれた」


 それは可哀想な話だ。同情したハルは口元に手を当てる。


「それは助けてあげなきゃね」

「お前、やはり馬鹿だろう」

「待って、そういう話はしてなかったでしょ?」


 どうして急に馬鹿にされたのか。ハルはユリアスをにらむ。


「俺が詐欺師で、嘘を言ってたらどうする。素直に話を聞きすぎだ」

「嘘だったの!?」

「真実だ」

「じゃあ、いいじゃないの。なんなの、私をおちょくってるわけ!? 本気で失礼よ、あんた! 王子様だかなんだか知らないけど、私は敬いませんからね」


 いーっと歯を見せてハルが威嚇すると、ユリアスは頷く。


「自分の国の民でもないのに、敬う必要はない」

「ああもう、いいわ。真面目に話してると疲れてくる」


 冗談が通じないタイプらしい。なんというくそ真面目。

 ハルは嫌になって話を切り上げた。


「それじゃあ、私は戻るから」

「いや、腕に覚えがあるなら手伝え。この集落を潰す」

「はあ? 何で私があんたの手伝いをしなきゃいけないのよ」


 ハルは当たり前の問いをしたつもりだったが、ユリアスには通じなかった。彼は迷惑そうに屋根の穴を示す。


「せっかくの休息を邪魔してくれた詫びに、手伝いをしろと言ってる。町の外にいて、周りが壁に囲まれている安全な場所で、ゆっくり眠れることなんて滅多と無いんだぞ。久々に安心して寝られたっていうのに、どうしてくれる」

「私は悪くないわよ。ちょっと乗っただけで崩れる、あのもろい屋根が悪いんでしょ!」


 ハルとユリアスはぎりぎりとにらみあった。

 お互い一歩も譲らないでいると、急に扉が開いた。


「おい、お前。飯の時間だ。……ん?」

「「うるさい!」」


 邪魔な男に、二人揃って怒鳴った。

 その時、ハルは自分がアホな真似をやらかしたことに気付く。


「女、お前、何だ。どこから入って……って、天井に穴があいてるじゃねえかっ! なんてことをしやがる」


 山賊だろうか、男がハルに掴みかかろうとした右手を、ユリアスが掴んだ。そのまま勢いを付けて、男を背中から地面へと叩きつける。


「ぐあっ!」


 あまりに流れるような動作だったので、ハルは驚いてぽかんとしていた。そんなハルの左手を掴むと、ユリアスは開いている扉から廊下へと飛び出した。手を引かれるまま、ハルも走る。ユヅルも足元をついてきた。


「馬鹿女、きりきり走れ」

「くううう、ムカつく! 腹立つ! 嫌味! お礼なんか言わないわよ!」

「奴らは襲撃でほとんど出払ってる、つぶすなら今がチャンスだ。馬鹿女」

「私の名前は、織川ハルだ! 仮面! 天然パーマの馬鹿、バーカ!」


 ハルの罵倒を聞いて、篝火(かがりび)しかない薄暗い廊下でもはっきり分かるくらい、ユリアスの顔が呆れに歪んだ。


「やはり馬鹿だろう、お前。幼児の方がマシな罵倒をする」

「うるっさい! ――ユヅル!」


 狭い通路を走りながら、前方から出てきた男をハルは指差す。猫のユヅルがすぐさま男に飛びかかって、顔をバリバリと爪で引っかいた。


「ぎゃあああ」


 悲鳴が上がる中、ユリアスが左膝を男の腹へと叩きこむ。


「ぐっ、ううっ」


 よろめいて膝を突く男。ユリアスは彼のシャツの胸倉を掴んで問う。


「おい、俺の武器はどこにある。杖だ」

「う……杖? それなら武器庫に……」


 男はすぐ傍の扉を見た。ユリアスは遠慮なく手を離した。


「なるほど、そこか。感謝する」


 どしゃっと地面に倒れる男の首へと手刀を叩きこむ。男は気絶したようだった。ハルは思わず山賊に同情した。


「うわあ、えげつなっ。ひどい奴ね」

「どこが。旅人をさらって閉じ込めて、無理矢理仲間にする奴の方がひどい」

「そりゃそうだけど。でも、山賊はどうして旅人を殺さないの?」


 ハルの問いに、傍の扉を開けようとして、鍵がかかっていることに眉をひそめたユリアスは、溜息混じりに振り返る。


「魔物の脅威におびえるこの世界で、人間という仲間は貴重だ。例え犯罪者でも、簡単に誰かを殺したりはしない。無事に大人になれただけで幸運なんだぞ。それにこんな場所だ、仲間に引き込む方が有利になる」


 そこまで説明すると、ユリアスは思い切り扉を蹴り飛ばした。

 ガッシャンと音を立てて、扉が壊れる。ハルは拍手した。


「すごい! 強い戦士っていうのは本当なのね」

「違う。扉の一部が腐ってた。上を見ろ、雫が落ちてきていたせいだろう。暗くて見えにくいから、手入れが雑なんだ」


 武器庫は、武器だけでなく荷物も収納されていた。


「これはいい。俺の影庫もある」


 荷物を取り返すと、ユリアスは杖を手にして振り返る。


「行くぞ。次は例の神官だ。恐らく一番明かりのある場所にいる」

「そうだね、暗所恐怖症だもん。ねえ、洞窟って最悪じゃない? 可哀想」

「だから助けるんだ。他の奴は元々いた山賊らしいから、放置する」


 再び走り出したユリアスを、ハルは渋々追いかける。

 乗りかかった船だ、こうなったら最後まで付き合うしかない。


「仕方ないわね、手伝うのは構わないけど、私は人間とは戦えない決まりなの。山賊の相手はあんたがしてよね」

「何のための手伝いなんだ」

「そうね、敵の居場所くらいは教えてあげる。次の角、右に一人」

「は?」


 ちょうど曲がろうとしていたユリアスは、唖然と右を見る。待ち構えていた山賊が、棍棒(こんぼう)を振り下ろそうとしていたところだった。


「くっ」


 左へと跳んで、棍棒を避けたユリアスは、廊下を転がってすぐに立ち上がる。


「お前、言うのが遅い!」

「聞こえなーい」


 ユリアスの文句に、ハルは耳を塞いで返す。後ろに数歩下がって、山賊から離れた。

 ユリアスは杖を構え、先端を男へと向ける。一瞬、光が宙を走って見えた。


「ぐああ!」


 男は苦鳴を上げ、その場にばったりと倒れる。


「何したの?」

「痺れさせただけだ、馬鹿女」

「何よ、天パの馬鹿」


 どうやら先程のことを根に持ったらしいユリアスに、ハルもやり返す。無言でにらみあったが、また走り出した。今はそれどころではないので、後でじっくり話しあうことにする。

 そして廊下を通り抜けると、急に広い場所に出た。


「意外と広いわね、この洞窟」

「ああ、そうだな。ここの連中はやってることは賢い。出入り口を制限して、結界を最小限にしたりな。だが、ダータンの群れに襲われたらひとたまりもないだろう」


 広間のような空間を見回して、ランプの傍に座る男を見つけた。白い衣服は見覚えがある。


「神官さん?」

「……え」


 四十代くらいだろうか、神官の男はハルとユリアスを見て、ぽかんと目と口を開けた。


「あ、あなたはユリアス殿下! どうやってここへ」

「この馬鹿が屋根から落ちてきたんで、ここを潰すことにした。共に来い」

「そうなの、この天然パーマの馬鹿が手伝えって言うから、私も仕方なく手を貸してるの。よろしく、神官さん」


 ユリアスの言葉にムカついたハルは、嫌味たっぷりに言った。

 神官は泣きそうな顔をした。


「助けに来てくださるなんて、ありがとうございます! ここの暮らしは心臓に悪くて、神殿に帰りたくて仕方ありませんでした」


 暗所恐怖症の人間にとって、洞窟なんて最悪だろう。明かりが消えれば真っ暗闇だ。しかも家と違い、全て繋がっているので、部屋の外に出れば明るいというわけでもない。


「荷物は?」


 ユリアスの問いに、神官の男はランプ片手にすぐ傍の部屋に入って、すぐに鞄と杖を携えて出てきた。


「仲間になった時に、返してもらったんです。何度か逃げようかと思いましたが、裏切ったらあの牢屋に一週間閉じ込めると言われて、恐ろしくて」

「分かりますよ。もう大丈夫です」


 弱っているのが可哀想で、ハルは男の左手をぎゅっと両手で握りしめた。男はこくこくと頷く。


「行くぞ、この部屋には覚えがある。あとは出入り口にいる山賊を倒せば終わりだ。それからぶっ潰す」


 ユリアスは広間の奥へと歩き始めた。

 ハルは男から手を離し、共にユリアスの後ろに並ぶ。


「ぶっ潰すって……もう皆、倒してきたじゃない?」

「洞窟を使えないように、魔法で破壊するという意味だ」


 ユリアスは淡々と返して、じろりとハルを一瞥する。


「で? 向こうに何人いる?」

「出入り口の裏に、二人」

「俺が倒すから、見計らってその者を連れてこい」

「命令しないでくれます、王子様」


 ハルとユリアスの不穏な空気に、男が恐る恐る問う。


「お二人はどうして仲が悪いんですか?」

「「ムカつくから」」


 二人のきっぱりとした返事に、男は首をすくめた。


「はあ、すみません」



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