04
浮き水晶の岩から進むこと二日、隊商と護衛の協力で、面白い場所のメモがかなりたまった。
ハルは羊皮紙に自分で書いた適当な地図を眺め、西の砦町に着いたら、まずはその周辺を回ろうと考え、ふと疑問が湧いた。
「ねえ、ヤンソンさん。西の砦町で観光本って買えますか?」
荷馬車の横を歩きながら、ハルは御者席にいるヤンソンを見た。
「観光本ですか?」
ヤンソンは怪訝そうにした。
「えっ、観光本ってないんですか?」
エルドア国では、モコメリーという大型の羊の皮を、紙として使っている。地球の羊に比べれば三倍はあるのだが、それでも羊皮紙は高価だ。本は更に上をいく。
だから町よりも王都の方が売っていたかもしれないとハルは考えたのだが、そもそも観光本というジャンルが無いようだ。
本好きなメロラインが興味深そうに口を挟む。
「観光に特化した本ということですか? 初めて聞きますわね」
「そうなの? 町の見どころをメモした冊子とか、役所に置いてない?」
「冊子でも紙は高価なのでほいほいとは出回りませんわよ。ですから私、本を読みたくて、神官になることを選んだんです。神殿の持つ蔵書量は、王家にも匹敵しますから」
メロラインの言葉に、ヤンソンはうんうんと頷いて、考え込む姿勢を見せる。
「そうですなあ。歴史書や風土について纏めた本ならありますが、町の見どころを集めたものというのは聞きません。そういうものが必要な時は、案内人を雇います」
そう言いながら、ヤンソンは顎に手を当てる。
落ち着いた雰囲気のヤンソンは、茶色い髪と目をしている。痩せてはいるものの、引き締まった体躯をしているので、雰囲気に鋭さが混じっていた。
そんな彼が愉快そうに目を輝かせると、ちょっと迫力がある。
「いいですな、一冊作っておけばお客様をおもてなしする際に便利です」
「オススメの店舗特集とかは? 腕が良い職人の店はここだ、みたいな」
ハルが思いついたことを挙げると、ヤンソンは懸念を口にする。
「しかしそんなことをしては、職人同士が喧嘩になるのでは?」
ハルは首を傾げる。
「でも買いたい人の求めるものって、色々でしょう? 高価でも丈夫なものが欲しい人もいれば、手の届く範囲で良い物が欲しい人もいる。使い捨てにするから安いものっていう人もいるかも」
「ははあ、なるほど」
「すごい腕を持った人の店だけを本に集めて発表していたら、いつかこの本に載せてもらうのが夢だっていう目標になるかもしれませんよ」
「おおお、それは素晴らしい! 目指すべき目標が見えていると、努力しやすいですからなあ」
ヤンソンは楽しげにガッツポーズする。
「今度、町のギルドで提案してみます。ありがとうございます、ハル様!」
「はあ、どういたしまして」
熱烈に礼を言われて、ハルはちょっとたじろいだ。
思ったことを言っただけなのだが、ヤンソンの中では革新的なことだったらしい。
「観光本がないんじゃあ、地道に回ってみるしかなさそうね」
「神殿も協力しますから大丈夫ですわよ、ハル様。あの証明書を見せればバッチリです。ダルトガの神殿長の判が押されていますもの」
「あはは、水戸黄門の印籠みたい」
メロラインのアドバイスに、ハルは笑ってしまった。
「ミト?」
「こっちの話。やめてよ、説明しないからね」
質問にあうのはごめんだと牽制し、ハルは少しだけメロラインから距離をとる。
「教えてください、ハル様!」
「ちょっと勘弁してよぉ」
ハルが逃げ出そうとした時、隊商の前方からヨハネスがハルを呼んだ。
「ハルちゃん、ほら、あれが奇岩地帯だ」
「えっ、どれですか!」
これ幸いに、ハルはヨハネスの方に駆けていく。メロラインは残念そうに肩をすくめた。
「あそこ、白い岩が見えるだろ?」
ヨハネスが指差す先には、白い石で出来た低い岩山が、地面からボコボコと突きだしている。奇岩といわれるだけあり、色んな形をしているようだ。遠くからだと岩で出来た森か、家がひしめく町のように見えた。
「すごーい! こんな光景初めて見た!」
ハルは興奮して騒いだが、写真に撮るには距離が遠すぎたので、今は見るだけにした。カサリカがすっとハルの横に来て、説明する。
「あれは石灰質の岩山でね、長い年月の間、風や雨に削られてあんな形になったんですって。結構頑丈よ」
「そんで、あそこが山賊の住処だ。入り組んでいるからな、根城をつぶしにいくにはちょっと面倒でね。今回も隊商を守るのがメインで、通過予定。出来そうなら討伐したいとこだが、無理をするつもりはない。放っておいても、そのうち魔物につぶされるのがオチだろうからな」
「この岩山に棲む、猿型の魔物ダータンが結構厄介なのよ。雑魚のくせに頭が良いから」
カサリカが理由を付け足した。
「どうやって結界を維持してるのかは気になるところだがね」
「ふうん」
あらかじめ魔物の絵を見てきたが、灰色の毛の猿という雰囲気だった。ハルには謎だが、二人が警戒するのを見ていると、面倒な魔物なんだろう。
「ダータンは嫌だよ。あいつらすばしっこい上に、魔法で石を作りだして投げてくるんだ。そんで油断すると首に食いつかれる」
すぐ後ろを歩いていた壮年の戦士がぼやいた。ハルも顔をしかめた。
「投石は確かに面倒ね」
「そうなのよ。ここで活躍するのが、簡易式結界維持機ね」
カサリカは肩から下げている布製のポシェットに手を差し入れた。その手には、明らかにポシェットよりも大きな物が握られている。
「それも夢幻鞄ですか?」
ハルの質問に、カサリカはきょとんとした。
「夢幻? いえ、これは影庫よ。ポシェットの中の影に物を収納する魔法がかけられているの」
「刺繍で魔法陣を書き込んでるんだ。便利だけど、めちゃくちゃ高いんだぞ。一万ティア、金貨一枚だ。重さはないけど、十個までしか入らないから、だいたい貴重品入れに使ってるよ。これを持てたら一人前の戦士だって言われてる」
ハルが女神からもらった鞄とはまた違うらしいと、ハルは腰のベルトに付けている革製の鞄を見下ろす。
(そういえば、似たようなものはあるってメロちゃんが前に言ってたわね。こっちは容量制限があるのか)
ついでに思い出したのは、ハルがベッドや竃を持ち歩くのをメロラインが驚いていたことだ。
「入れられる物の大きさに、制限ってあるんですか?」
「え? そうねえ、試したことはないけど、大型の金庫くらいまでは入るって聞いたことがあるわ」
カサリカは手でだいたいの大きさを示す。一辺二メートルくらいだ。
(だから私が家を持ち歩こうかなって言ったら、メロちゃんが呆れてたのね)
流石は女神様、くれるものも格が高い。
ハルも分別があるので、自分の持つ特別な鞄のことまではわざわざ説明せず、カサリカにお礼を言う。
「へえ、それくらいは入るんですね。参考にします」
知らずに野宿の時にベンチや寝具を出したりしてはいたが、あれは許容範囲だったらしい。
(あんまりペラペラしゃべるのも危ないよね。この間、メロちゃんに注意されたばっかりだし、気を付けよう)
ハルは改めて、自分のうっかりなところに釘を刺した。
その時、ヨハネスがヤンソンに声をかける。
「ヤンソンさん、今日はここらで一泊しよう。奇岩地帯には日があるうちに入って、夕方までに抜けたいんでね」
「ええ、畏まりました」
ヤンソンは頷いて、隊商の面子に指示を出した。




