あの月よりもなお遠く
狭い世界で自分をごまかして生きてきたのに、いきなりその世界を破られて広い外を見せられたら、誰だってまぶしいと思うでしょう?なんて。
助けてと言ったって、望み通りの救いの手が差し伸べられるわけがないと知っていた。誰もが救われる、そんな馬鹿の妄想のような世界なんて考えるだけで時間の無駄だと切り捨てた。
人は誰しも自分を支えるのに精一杯だ。少なくとも、私は。両手を使って自分を支えなければ、私は私としていられなかった。両手でもまだ足りないほどだ。
救いを求めるためには、まず片方の手を差し出さねばならない。両手ですら足りないのに、その一本を全くあてにならないものに使わなければならない。そんなことをして救いを待つ間に、私はぼろぼろと崩れ去ってしまうのに。
救いを求めるものが、本当に救いを必要としているものではないと思っている。
救いを求めて上を見るものは、救いを求められるだけの余裕があるものなのだから。
そう思って生きてきた。今まで、ずっと。
救いの手を求めるなんて非生産的で馬鹿らしい、と。私には必要ない、と。
おそらくそうして自分を奮い立たせなければ、耐えられないと分かっていたのだろう。
私の両親は、私のことを自分の駒の1つ程度にしか認識していなくて。
駒として使われて得た婚約者は、私のことを置物の1つ程度にしか思っていなくて。
まあ、それはどこの家でもだいたい同じなのだと思っていた。多少の差はあれど。だから、悲しむことではない。使い捨ての道具として扱われないだけ私は幸せなのだろうと思っていた。
優秀な成績を収めなければ許されないのはどこの家の子でも同じだ。私は、少し求められていることが多いだけ。それだけ。
出来ない、なんてことは認められない。そんな私は存在させてもらえない。
それが、当たり前だと、思っていた。あの子が来るまで。
彼女の存在は、私にとっては神のようなものだ。私に真実を教える、聖女。
彼女は特異な家庭で育った、駒としての価値がない子だ。
彼女の両親は、彼女に駒であることを求めず、無償の愛でくるんでくれると彼女は言う。
彼女の友人は、何も出来ない彼女を許し、彼女の出来ないことを代わりにやってくれると彼女は言う。
彼女の恋人は、無垢な愛を彼女に注ぎ、彼女が彼女であることを求めるのだと、彼女は言う。
救いの手は求めるのではなく、差し伸べられているものを掴むのだと彼女は言う。
それは一体何のおとぎ話かと思ったのだ。
私の知る世界とは違いすぎて、私は彼女が何を言っているのか理解できなかった。
だって、それって、愛って、何。
彼女の言葉の意味を理解したのは、私の婚約者が彼女を抱きしめるのを見たとき。薔薇が咲き誇る庭園のベンチに並んで座って、薔薇を見て笑う彼女を見て堪らないといった様子で彼女を抱き寄せた彼を見たとき。
いつもの酷い耳鳴りが消えて、ドッと心臓の鼓動が強く響いた。
課題であるハンカチへの刺繍がうまく出来ないと、放課後の教室に残って泣きべそをかく彼女に付き添った友人が、仕方ないなあと笑って彼女の刺繍を手伝ったのを見たとき。
こぼれそうになる悲鳴を、喉を手で強く抑えることで押し殺した。
彼女の両親が、体調不良で倒れた彼女を迎えに来て、彼女を抱きしめながら愛していると呟いたのを聞いたとき。
耳鳴りも、激しく脈打つ鼓動も、自分の悲鳴も、何もかも聞こえなくなった。
知りたくなかった。そんなおとぎ話のような世界があるって。そんな世界が当たり前だって。
知りたくなかった。私の世界が異常だって。私が惨めだって。
知りたくなかった。愛なんてそんなもの。
知らなければ辛くなかった。知らなければ欲しくならなかった。知らなければ、私は私でいられたのに。
羨ましくて、妬ましくて、憧れて、軽蔑して。やるせなかった。
認めたくないすべての思いを認めれば、驚くほど私の視野は広がった。
そして、明るくなった視界は私の目を焼いた。
彼女の存在を消し去ってしまいたかった。
普通の世界を教えた彼女が、憎くてたまらなくて。
一言で言えば、私は彼女に八つ当たりをしたのだ。それもひどく陰湿な。
「ヤヴィーシカ、彼女を虐待したことに対する申し開きはあるか?」
婚約者が、置物である私に対してこんなに感情の籠った目を向けるのは初めてだった。
私も人間だったのだな、と思う。
「いいえ、何も?」
言い訳も謝罪も、何も。私の中には、もう何も残っていない。
ここにいるのはただの使えないガラクタだ。駒にもなりきれず、人にもなれなかった、どこにでもいる普通の少女だ。




