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骨董屋ナナセの(非)日常  作者: &u-X
第弐編-匣憑きの、式神
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肆 螺鈿の匣

夕闇に染まる街の路地、その一角に踏み込むとそこは別世界となっている。

別世界というのは、例えの話ではない、本当に別世界に行く事ができるのだ。


俺の名前は逢沢(あいざわ) 幽樹(ゆうき)、一人暮らしをしながら大学に通っている、そして俺は一昨日からとある骨董屋でアルバイトを始めた、見えてきた、暗くなりつつある街の片隅にひっそりと建つ木造の家屋、表には大きく「伏木骨董店」と書かれた看板が出ていて、表の引き戸には「営業中」の札が下がっている。


引き戸を開けて入ると、見慣れない老婆がいた。


「おやぁ?ナナセちゃん、お客さんだよ、珍しいねぇ人の子なんて」


老婆に呼ばれて店の奥から出てきた女性、この店の店主の伏木(ふしき) 七瀬(ななせ)さんだ。


「あら、早かったのね、イケ婆、この人が一昨日からうちで働いている逢沢くんよ、逢沢くん、この方は池婆、ウツシヨの三上ヶ池(みかみがいけ)の土地神様なの、うちのお得意さんよ」

「土地神様......って、神様なんですか!?それに三上ヶ池ってあの縁切り池の事ですよね!?」


思わず驚く、三上ヶ池は「投げ込んだ物との縁を切れる」と言われる縁切り池として有名だ、しかしその影響か不法投棄が頻発して今では監視カメラだらけの公園となってしまっている。


「縁切り池ねぇ、わたしはそんな事してるつもりないんだけど、噂って怖いものねぇ」

「し、失礼しました、池婆様」


土地神と呼ばれた老婆を目の前にして、思わず身構えてしまう。


「いいのよぉ、それより、その堅苦しいのを止めてちょうだいな、苦手なのよ、池婆でいいわ池婆で」


池婆はカウンターのそばに置いてあった椅子に腰掛けた、失礼な話だがあまり神様には見えない。


「あら、本当に失礼な話ね」


しまった、口に出ていたのだろうか、嫌な汗が背中を伝う。


「池婆はね、人やモノから発せられる思念を読み取る事ができるの、あんまり迂闊な事考えない方がいいわよ」

「思念?」

「そう、例えばナナセちゃんが今持っているハコなんだけどねぇ、アレもわたしの池に投げ込まれたモノなの、でもこのハコ、どうしても持ち主の元に帰りたがってるみたいなの、それに「持ち主を護りたい」という気持ちがひしひしと伝わってきてねぇ、どうしても放っておけなくなって、ナナセちゃんならなんとかしてくれるかなぁって思ってここまで来たのよ」


池婆に言われて伏木さんの方を見ると、彼女の手には綺麗な細工が施された木箱が握られていた。


「螺鈿細工ですか、ずいぶんと凝った模様ですねこれ」

「開けたら何かわかると思ったけど、ずいぶんと固く閉じられているのよ、池婆、これしばらく預かってていいかしら?」

「いいわよぉ、わたしはそろそろ帰るから、何か分かったら教えてね」


そう言って池婆は店を出て行った。


「池婆もう出て行ったのか」


奥から狼頭の妖怪が出てくる、伏木さんの式神の(かい)だ。


「どうも苦手なんだよなぁあの婆さん」

「だからって、仕事放って店の奥に引っ込まないでくれる?私だって忙しいのよ」


伏木さんはそう言って木箱をカウンターに置いて店の奥に引っ込んで行った、置かれた箱をよく眺めてみる、見れば見る程複雑で綺麗な模様だ。

よく見ると蓋と本体の間に不思議な継ぎ目があるのが見える、これはもしかしてパズルを解かないと開かないタイプの箱だろうか、昔親にお土産として似た継ぎ目のある箱を貰った記憶がある。


「伏木さん、これってここのパズルを解けば開くんじゃないんですかね」


伏木さんが奥の方から顔を覗かせる、すごく驚いた表情をしていた。


「うそ、すっかり何かの封印がかかってるかと思ってた」

「結構前に似たようなものを見た事があるんですよ」

「ナナセ、お前何年この店やってんだよ」


カイが茶々を入れる、伏木さんが放り投げた木の板が見事カイに命中した。


「って事は、逢沢くんこれ開けれるの?」

「いや、開けれるかどうかは分かりませんけど......」


箱の正面に切り出されてる正方形の模様、そこに小さな切り込みが入ってるのを見つけた、俺が知っているモノと同じだとするとここを押し込んで90度回転させればストッパーになっていた棒が横から飛び出てくるはずだ。


カシャンと軽快な音を立ててストッパーが飛び出る、このストッパーはこのままじゃ抜き取れない、これをもう一度押し込んで下にずらすと箱を開ける事ができるはずだ、幼い頃の記憶を辿りながら慎重に手順を踏む。

蓋が緩む感覚が伝わってきた、ビンゴだ。


「開けれるみたいですよ、どうしますか?」

「開けない事にはどうしようもできないわ、開けちゃって」


蓋に手をかけ、ゆっくりと取り外す、中身は......

何もなかった、その場にいた3名は気が抜けたかのようにため息をついた。


「なぁんだ、手がかり無しかよ、ナナセこれどうすんだよ」

「どうするも何も、キヨが買い出しから戻ってきたら匂いで追ってもらって、それでもダメならそう池婆に報告するまでよ」


ふと背中に風を感じ、振り向く、するとさっきまで何も居なかったはずの俺の真後ろに顔を仮面で隠した和装の女性が立っている、あまりにも距離が近かったため俺は驚いて思わず飛び退いた。


「おい人間、ここはどこだ」


ずいぶんと高圧的な態度だ、しかし仮面に入った模様といい羽織っている着物の模様といい、やけに記憶に新しい気がする。


「あら、お客さんかと思ったけど違うようね、あなた誰?どこから来たの?」

(あるじ)から貰った名はあるが、見ず知らずの人間に答えてやる義理などない」


仮面の奥の目がカウンターの方へと向く、そしてカウンターに置かれた箱を見つけた彼女は、突然声を荒げだした。


「おい!何故貴様たちがそれを持っている!それは私の主が大切にしていたモノだぞ!」


着物と仮面の模様の既視感の謎が解けた、この箱の模様と異様にそっくりなのだ。

伏木さんもそれに気付いたようである、箱と彼女を交互に眺めて何やら考え込み始めた。


「あなた、ひょっとして誰かの式神だったりする?それもただの式神じゃないようね」


伏木さんは箱の蓋を手に取って店の照明に翳して眺めながら続けた。


「この箱を依り代に一から作られた式神ね、ここまではっきりした意志を持った子は初めて見たわ」


箱に施された螺鈿細工が、伏木さんの手の中で妖しげに煌めいた。

螺鈿細工…貝殻の内側の光沢を利用して装飾にしたた工芸品又はその装飾、角度によっては虹色に光って見える。読み方は「らでんざいく」

式神…陰陽師等が使役している霊的な存在。様々な作品で祓い屋等の補佐役として登場したりしている。

土地神……地主神、土地を守護する神格の存在、工事などの前に地鎮祭をするのはこの土地神に土地に手を加える赦しを得るのが目的だったりする。

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