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骨董屋ナナセの(非)日常  作者: &u-X
第壱編-夕刻に、潜む
3/16

参 退治

もうダメだ、そう感じた。


後ろから迫ってくる異形の存在のスピードが思ったより早かったのだった。

19年という短い人生が走馬灯のように頭に浮かぶ。

足がもつれ、転んでしまった、普段運動をしない生活をしていた事をこれほどまでに後悔した事はなかった。


「初めて会った時と一緒だなぁ、さて、ゆっくりと食わせてもらうぞ」


ひび割れた声が耳元で囁いた、振り向くと異形が大きく開いた口が目の前に見える、いよいよ人生の終わりを悟った時の事だった。

昨日聞いたあの空を切るような音が二回聞こえ、異形が悲鳴を上げながら仰け反った。


「この状況、昨日とよく似てるわね」


聞こえてきたのは伏木さんの声だ、再び空を切るような音が聞こえる、異形の方を見ると奴には複数の鉄の針のようなモノが刺さってた。


「人間め......小賢しい術を......いつか絶対食ってやるからな......」


捨台詞を吐いた異形は地面に潜り消えていった。

辺りには昨日のそれと同じ霧が立ち込めている、呆然と辺りを見回す俺に後ろに立っていた伏木さんが声をかけてきた。


「渡した札、もう破れちゃったの? そんな弱い結界じゃなかったはずだけど......」

「あれ、友人に渡しちゃったんです、友人がアイツに襲われたら大変だと思って......」

「それは良い判断ね、にしても、また巻き込んじゃったみたいね......えーと、お名前、聞いてなかったわね」

「あ、逢沢です、逢沢(あいざわ) 幽樹(ゆうき)です」

「そう、逢沢くん、巻き込みついでにお願いしたいんだけど、アレを退治するのを手伝ってくれない? ちょっと今人手が足りないのよ」


そう言いながら伏木さんは取り出したメモ帳のようなモノのページを一つ破って俺に渡してきた、例の札のようだ。


「大丈夫、その結界さえあれば安全は保障されるから」


* * * * *


奴の正体は長い間人や妖の悪意によって発生する瘴気というモノに充てたれた結果妖が変化を起こしてしまった「悪鬼」と呼ばれる存在らしい、見た目はほとんどそのままらしいが自分以外のモノ全てを襲うバケモノと成り果て、封印または消滅まで追い込まなければ辺り一帯が荒地になるレベルで危険な存在だとか。

昔から定期的に流行した疫病や作物の不作なども悪鬼による影響がほとんどらしい。


バキバキと木の枝をへし折りながら公園の雑木林を這い回るアイツを視認する、アレでまともだった頃とほとんど同じ見た目だというから驚きだ。

霧の立ち込めたこの空間は「境界」と言って、ハザマの揺らぎがウツシヨやヨミに接触した時に発生するハザマとその他の世界の混ざり合った空間だと説明された、境界の消滅と同時にそこにいる人や妖は接触していた両世界のどちらかに飛ばされるらしい、しかし、そこに置き去りになった物は境界と一緒に消滅する、たとえそれが封印の依り代だったとしてもだ。


意を決して悪鬼の前に飛び出る、結界を持たされているとはいえ囮となる事は気分のいいものではない。


「や、やべぇ見つかった!」


我ながら棒な演技だ、しかし悪鬼はそれに構わず腕を振り上げる。

重たい音と地響きにより、周囲に潜んでいた鳥たちが一斉に飛び立った、これは結界無しだったらたまったもんじゃなかったな。


「また結界か......あの小娘のものか......」


こんどは横から攻撃が入ってくる、見えない壁にうっすらと亀裂が入るのが見えた。

まずい、早くあの場所に行かなければ。

俺は回れ右をして一目散に駆け出した、後ろから木々をなぎ倒しながら近付いてくる音が聞こえる、あと十数メートル逃げればこっちの勝ちだ、あと少し、あと少し−−−

背後で何かが壁にぶつかるような鈍い音がした、木に貼られた札に目が留まる、俺が持たされた結界の陣とは別のもののようだ。


「ありがとう、おかげで陣を書く時間が稼げたわ」


伏木さんが見えない何かに足止めを食らっている悪鬼の前に立ちそう言った。

よく見ると悪鬼の足元にも大きな陣が描かれている。


「封じ給え封じ給え、我が陣を荒らす悪しき獣よ......」


そう言って伏木さんがスリングショットを構える、先ほど見せてもらった清めの塩が入った炸裂型のカプセルが手の中に見えた、ここで使うのかとぼんやり思ってた時のことだった。

悪鬼が振りかぶった手が札を貼っていた木のうちの一本をなぎ倒してしまったようだ、悪鬼はそのまま伏木さんを横から殴りつけた。


「し、しまっ......」


伏木さんはそのまま巨大な腕で地面に組み伏せられる、肝心のスリングショットも放り出され、手が届かないようだ。


「小僧、お前はこの小娘の後だ、そこでおとなしくしていろ」


ひび割れた声で悪鬼が言う、二人とも食べてしまうぞ、そういう事か。

ふと見ると、スリングショットが思ったよりも近くに落ちている事に気がついた、塩のカプセルも一緒に転がっている。

食われるのなんてごめんだ、俺はスリングショットを手に取り、カプセルを持って目一杯に引き絞った。


「誰が食われるかよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


震える手を止めるため、自分に喝を入れるかのように声を張り上げってカプセルを撃ち出す、カプセルは悪鬼の目の前で炸裂し、中身を悪鬼の顔面にブチ撒けた。


悪鬼は悲鳴をあげて仰け反り、再び陣の中に押し戻される、伏木さんはチャンスとばかりに他の木に札を貼り直し、近くに用意していた壺を悪鬼の近くへと蹴り転がした。


「封じ給え封じ給え、我が陣を荒らす悪しき獣よ、陣の主の名を以ってこれを命ず、汝、封魔の壺を依り代とせよ」


伏木さんの詠唱が終わると同時に辺りに光が走る、光が主に地面と悪鬼の顔に集中している事から考えると、先ほどの塩がその指標となっているようだ。

悪鬼の断末魔のような悲鳴は一層大きくなり、耳を押さえなければ耐えられないほどのものとなる、しかしそれは一瞬で断たれ、後に残ったのは先ほどの壺のみとなってしまった。


「キヨ!」


伏木さんの声に応じてどこからか狐の顔をした和装の何者かが降り立つ。


「ナナセ様、後はお任せを」


そう言ってキヨと呼ばれた妖は壺に蓋をするように木の板を置き、札で封をした。


「こちらの青年は......?」

「後で話すわ、それより、ちょっと足を挫いたみたいなの」

「なんと、私に掴まってください」

「逢沢くん、ついでだから一緒に来てもらえる?」


狐の妖に肩を貸されて歩きだした伏木さんが言った、どうやら全ては丸く収まったらしい。


* * * * *


「ゴチャゴチャ言っても仕方ないから、単刀直入に言わせてもらうわ、あなたウチで働いてみない?」


伏木骨董店に着いて奥の部屋に通された俺に伏木さんが唐突な提案をしてきた。


「ちょっと意味がわからないんですが……」

「あなた才能があるのよ、あの塩をそこらの人間が使ってもただの塩にしかならないの、そこそこ妖力のある人じゃないと意味がないのよ、それをあなたは見事に使って効果もそこそこのものを出した、もちろん給料も出すし、大切な従業員だから仕事中はしっかりと守るから」


とは言っても、あんな怖い思いなんて2度としたくない、できればずっと人間の世界で暮らしていたいものだ。


「時給は...そうね、5,000円でどうかしら?」


時給5,000円?日給なら安いのもいいとこだが時給で5,000円となるとよく見るアルバイト募集の広告で出てるそれの5倍はいくぞ?


「あの、5,000円って、それ本気ですか?」

「安かったかしら?」

「いや、逆なんですけど......」

「ふーん、時給5,000円って高い方なのね、でもあなたがそれでいいなら時給5,000円で働いてもらうわよ」


なんてこった、とんでもなくオイシイ条件のバイトじゃないか。

あんな目に遭っておいて金に釣られるのは我ながら馬鹿馬鹿しいと思うがちょうどバイトを探してたのもある、これはいい機会かもしれない。


人間、ここぞというときの判断は当てにならないものである、俺はゆっくりと首を縦に振ってしまった。


「あ、でも5,000円はなんか悪いので2,000円でお願いします」

「分かったわ、これからよろしくね」


こうして、俺はこの伏木さんの経営する骨董屋、通称「不思議屋」で働く事になったのだった。

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