拾壱 行方
神隠しというものをご存知だろうか、神域となってる山や森なんかに踏み入った人間や、ちょっと散歩に出ただけの人なんかが忽然と姿を消してしまうあの神隠しだ。
伏木さんが言うには神域や神隠しが多発する地域には境界が発生しやすいらしく、そこに人が迷い込んで戻ってこれなくなった結果が神隠しなんじゃないかということだ。
なぜ伏木さんにこんな話を聞くことになったのか、事の発端は数時間前、俺が大学の学食でいつも通り昼飯を食っていた時にある女性から声をかけられたことから始まる。
* * * * *
「あなたが逢沢くん? あなたあの不思議屋に行ったことがあるそうね?」
突然目の前に立って切り出された話に思わずむせた、隣に座っていた友人の方を睨むと、ゴメンと口の形だけで言って舌を出していた、後でシメておこう。
「ねぇ、聞いてんの?」
彼女は学内でも有名なオカルトオタク、神田さんだ、UFOを見たという話を聞いてはなんとしてでもその学生を見つけ出して質問攻めにしたり隣町にUMAが出たと聞いてはそれを探しに2週間休学したりと熱狂的なオカルトオタクなため俺がオカルトの集合体みたいな場所に通っているなんて知られると質問攻めどころの話じゃ済まないのはなんとなく予想できていたため、なるべく伏木骨董店のことを知られるのは嫌だったのだ。
しかし、俺が伏木さんの店で働くことになる前に伏木さんの店に行ってたのはこの友人に話してしまっていたため、そこから情報が漏れてしまったようだった、というか神田さんの情報網がすごすぎるだけなのだろう。
「まぁ……行ったことはあるけどさ……」
テーブルに両手をついてこちらを凝視する神田さんから目を逸らしながら呟く、嘘をついてもしつこく追及されるだけだろうと思って諦めたのだ。
「本当だったのね! だったら話は早いわ! 実は聞いてほしい話があるの!」
* * * * *
「ふーん、神隠しねぇ……」
テーブルの向かい側に座った神田さんの話を聞き終えた伏木さんは興味深そうに言った。
会話の最中にうっかりここで働いてることを言ってしまったら、神田さんにここに連れて行けとものすごい勢いで頼み込まれたためしかたなく連れてきたのだ、しかも一緒に話を聞いていた友人も一緒だ。
神田さんの話によると、神田さんの昔からの親友、新崎 優香さんが数ヶ月前から神隠しに逢って帰ってこないらしいのだ、確かにちょっと前から大学でも騒ぎになっていたのを覚えている。
「確か神田さんだったわね?あなたここに来る時に周りに霧が出ていたの気付いてた?」
神田さんがそういえばといった感じで頷いた。
「神隠しに会った人はあそこに迷い込んだだけってことが多いのよ、あの辺はあなたたちの住んでいるところとはちょっと違うから」
「道に迷っただけで5日も帰ってこないなんてことあるんですか?」
「うーん難しいわねぇやっぱり」
伏木さんは俺に配慮してなのか境界やハザマの説明をなるべく避けながら神田さんへ説明しようとしていた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
突然、店で色々と見て回ると言って部屋を出て行った友人の悲鳴が響いた、ドタドタとこの部屋に通じる引き戸へと走ってくる足音がする、友人は引き戸を勢い良く開けて青ざめた顔で店の方を指差した。
「ば、化け物が! 狼の顔した化け物が!」
おいおい失礼だなぁとカイが言う声がした、伏木さんが額に手を当ててため息をつく、どうやら伏木さんが思っていたより早くカイが帰ってきたようだった。
* * * * *
「ふーん、こいつがアイザワのお友達のニシジョウくんか、あの時悪鬼に襲われかけたっていってた」
俺の後ろに隠れるように正座している友人をじろじろ眺めながらカイが言った、襲われかけたというか、悪鬼に俺が襲われた時に巻き添えになりそうになったと言った方が正しいが、あえて突っ込まない。
「お、おい、襲われかけたって何の話だよ、俺そんな覚え無いぞ?」
「この前ここについて話してた時に道路が急に吹き飛んだだろ? あれがそうなんだよ」
「嘘だろ、ニュースでもガス管の爆発事故だって言ってたじゃねえか」
「きっと役所から言われてそう報道したのね、そこの狼頭みたいな存在ってね、案外公の機関には広く知られているもんなのよ」
俺と西条の会話に伏木さんが割って入る、アヤカシの存在を知ってる刑事がいた時点で薄々察していたが、やはりそうだったようだ、あの悪鬼が暴れた事件の時もどこの報道でもガス管の爆発と言っていたのがずっと引っかかっていたのだ。
「す、凄いわ! やっぱりUMAは存在したのね!」
ずっと黙ってた神田さんがついに口を開き、カイの方へと詰め寄った。
「ねえあなた何の妖怪? ひょっとして経立の一種なの? 何年生きてるの? 他にもあなたみたいな子っていっぱいいるの?」
神田さんが矢継ぎ早に質問をする、さすがのカイもこれには引いているようだ。
「神田さん、神隠しの話は終わったの?」
カイに対して怯える様子を見せながら西条が言った、早くこの人の言葉を話す狼の側から離れたいのだろう。
「カイ、ちょっとキヨの買い出し手伝ってきて」
「えーせっかくモテ期が来たってのに?」
「池婆呼ぶわよ」
「行ってきます」
見かねた伏木さんがカイを追い払った、興味の対象に去られた神田さんは急に真面目な顔に戻って伏木さんの方に向き直った。
「もしかしてこの辺って、私たちが住んでいる世界とは違うとか、そんな感じの世界なんじゃないんですか? あの霧が出てた道も、ここら辺一帯の変な街並みも全部」
そう言うと神田さんは持っていたカバンから一冊の雑誌を取り出した。
「週刊デルタ……? あぁ、神田さんがいつも読んでるオカルト雑誌か」
横で西条が呟く、カイもどっか行ったんだしそろそろずっと掴んでいる腕を離してほしい。
「何年か前にね、この雑誌のコラムで私たちが住む世界とは別に妖怪たちが住む世界があるって記事を見たのよ、でもその記事を書いた記者はそのすぐ後に行方不明になったみたいでね、この雑誌の読者の間では神隠しに会ったんじゃないかって言われてるの、ユウカが行方不明になった時、この記事を真っ先に思い出してね、ずっと探してたのよ」
そう言って神田さんは先ほどのとは別にまた週刊デルタを取り出す、かなり古いのか結構ヨレヨレになっている。
「こんな詳しく書かれていたのね……よくこれで役所の連中から止められなかったわね」
古い方の雑誌に貼られていた付箋のページを一通り読んだ伏木さんは呆れたように言う、前に俺を式神使いとして登録する手続きをしに行った時に役所の連中は仕事が適当すぎて困るとぼやいていたのを思い出した、実際、俺の元に届いた区役所の異界交流事業部なる部署からの封書に入ってた書類に書かれていた俺の名前も漢字が間違っていたし、式神であるカザミの名前が書かれていなければいけない場所も空白になっていた。
「ここが噂の不思議屋さんなら、私を助けてください、ユウカを探してください!」
勢いよく立ち上がった神田さんは、その場で深々と頭を下げた。
「まぁ境界に人が迷い込んで出てこれないってパターンなら危険かもしれないわね、わかったわ、一緒に探しましょう」
伏木さんの言葉を聞き顔を上げた神田さんは、安堵の表情を浮かべていた。