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骨董屋ナナセの(非)日常  作者: &u-X
第参編-薬屋の、依頼
13/16

拾 くすり

「よーし、そんじゃ登ってくるわ」


カイが準備運動らしき動きをしながら言う。


「まぁアイザワは周りに気を付けながら待っててくれよ」


カイはそう言って崖に掴まってひょいひょいとそれを登り始めた、狼の姿になれば多少は登りやすいのではないのだろうかと思ったがそうしないところを見ると人の姿のままのほうが登りやすいのだろう。


「カイの得意なことってこれか、身軽なのが売りだったんだな……」


カイが崖を登るスピードは順調そのものだが、崖はそれでもまだまだ先があるほど高く切り立っている、しかしこんな崖どこからどこまで続いてるんだろうか、山道を歩いてた時は存在にすら気付かなかった。


「おい! アイザワ!」


上の方からカイの声がした、何やら慌てた様子だ。


「後ろだ! 後ろ!」


カイが注意を促す声とともに背後から地響きがする、おそるおそる振り返ると先ほどの熊が唸り声を上げて立っていた。


「ここは我が領域、ヒトごときが生意気にも立ち入っていい場所ではない」


熊はゆっくりと口をあけて喋り出した、もはや熊が喋ったことにたいしての驚きは無かったが、先ほど少し離れて見た状態とは違い、熊との距離が1メートルほどしかなかったこともありその巨体に気圧されてすっかり足が竦んでしまっていた。


「逃げろ! アイザワ! 薬草採ったら加勢するからそれまで死ぬな!」


カイの声にハッとして慌てて以前伏木さんにもらった結界の護符を取り出して翳す、相手がアヤカシならこれで……

なんともならなかった、空を切る音とともに目の前に振り下ろされた熊の手に思わず飛び退き、手元の札を見ると札は見る影もなく引き裂かれていたのだ。


「そんな紙切れで何をしようというのだ」


そう言って熊は腕を大きく振り上げる、助けを求めるように上を見るが、カイは必死で崖を登っていた。

間一髪で熊の一撃を避ける、しかし次の一発が既に迫っている、避けるには一旦体勢を立て直す必要があるが、どう考えてもそんな時間はない。


「誰か助けて!」


カイは間に合わない、他に誰がいるわけでもない、つまり助けなど望めない状況だが、人間というやつはそんな時こそ誰かに助けを求めるものだ。

次の瞬間俺に襲いかかるはずの一撃は一向に来ない、代わりに目の前に現れていたのは美しい模様の入った着物だった。


「せっかくシキシマ様の墓を建てたというのに周りがやけに騒がしいから様子を見に来たら……獣ごときが私の主に手を出していたとはな」


目の前に立っていたのは言うまでもなくカザミだった、熊の爪はカザミの目の前で見えない壁に阻まれるかの如く止められている、熊はかなり力を入れているようだがビクともしていない。


「しかし、あの狼は何をやっている……」


呆れた声で呟き崖の上を眺めた、カイは崖の頂上に到着したようで、野草を急いでカバンに詰め込んでいる。


「誰だ、そいつもお前も我が領域への侵入者だぞ、我が糧となる覚悟の上だろうな?」

「お前に喰われてやる筋合いはない、それに、この山は誰かのモノなどではない」


カザミが熊へと語りかける、同時に辺りにつむじ風が吹く、カザミの着物がはためき、辺りにチカチカとした不思議な光が明滅した。

その直後、熊が唐突にカザミから離れ辺りを見回し始めた、まるで何かを探しているかのようだ。


「おのれ……何処へ消えた……」


つむじ風はカザミの周囲で渦を巻き、カザミの着物は光の粒子を撒き散らしている、あまりもの綺麗な光景に呆気にとられていると、カザミがこちらを向き、俺を助け起こした。


「シキシマ様を守るために身につけた妖術だ、普段は囮として私の虚像を映し出しているのだが、今回は私とアイザワを周囲に溶け込ませた、しかしこれも長くは保たない、さっさと逃げるぞ」


カザミは俺の手を引き走り出す、しかし俺たちの頭上を軽々と跳んだ熊が目の前に立ちはだかる、どうやらもう妖術が解けたようだ。


「……慣れない事はするものではないな」


カザミが俺を守るかのように前に立つ、情けないことに俺には何もすることができない。

俺たちの頭上を影が飛び、カザミと熊の間に割って入る、本日2度目の援軍、カイだ。


「効くねぇこの薬草」


ヒトの姿から狼の姿に戻りつつカバンをこちらに投げてよこし、そう呟いた、普段見るカイよりさらに獣に近い姿だ。

その勝負は熊が腕を振りかぶるとこから始まった、カイはそれを見るや否や軽快なステップで熊の後ろに回り込み、熊の足へと噛み付く、すぐに熊に振り払われるが、木々の間を走り熊を撹乱、そして再び足に噛み付いた、熊の足から出血が見られる、カイはそのまま追撃をせず一歩後退、熊はそれを追い攻撃に出ようとする、しかし熊は突然動きを止めた。


「かかったな」


カイはニヤリと笑いそう言った、よく見ると熊の足元に陣が完成している、最後の一本の線と思しきそれはカイが野草回収用にと持ってきていた小さなナイフの先へと続いていた。


「獣留めの陣さ、戦いながら書いたんだが、完成しちまうと俺自身も危ないからな、最後に後ずさりしながら完成させたってわけよ」


カイは笑いながら普段の姿に戻る、着物もいつの間にか着ていた、しかし戦いながら陣を完成させるとは、充分に器用ではないか。


「止まれ」


森の奥から声がする、正直もう帰りたいところなのだがと振り向くと、コートを着た中年男性がこちらに歩み寄りながらコートの内側に手を突っ込んであるものを取り出していた、その男が取り出したものを開きこちらに見せる、警察手帳だ。


「警視庁刑事部捜査1.5課、異界事件および異界犯罪捜査係の札葉(さつば)だ、見た所、そこの着物の女はお前の式神のようだが、式神使いとしての登録はしているのか?」


札葉と名乗った男はカザミを指差してそう言った、式神使いとしての登録なんて初耳だ、なんのことやら。


「……まあそれは後でいい、最近ここらのアヤカシが増強作用を持ったあやしい薬草のやりとりをしているらしくてな、お前の式神にはそれほど力があるように見えないが、この熊どうやって捕まえたんだ?」


身動きが取れなくなってる熊を一瞥して言う、どうやらカザミをヤク中か何かと疑っているようだ。


「あ、その熊捕まえたの俺だわ、つーかあの薬草そんなヤバい奴だったのかよ」


刑事の後ろからカイが現れる、やけに刑事に対して馴れ馴れしい。


「……伏木のところの狼か、こいつらもお前の連れか?」

「おうよ、登録云々の話は今度する予定だったんだ、そこの薬草持って帰っていいからさ、危ないお薬がこれ以上出回るのを防いだ手柄の代わりに見逃してやってくれよ」


刑事が大きくため息をついた、心底面倒臭いという感情が顔にもため息にも出ている。


「にしても、なんで急に熊の経立なんか出たんだ?」

「生物濃縮ってやつだろう、薬草を食った草食動物をまとまった量で捕食した普通の熊が薬草の成分に充てられて暴食を繰り返し、薬草の成分を取り込みまくり、結果的に薬草を過剰摂取したことになる、そんでその成分のせいで成長が促進されて短期間で経立になれるレベルまでいった、そんなところだな」


刑事が懐から札を二枚取り出し、熊へと貼り付けた。刑事はその場で手を地面に着き、ボソボソと呟く、熊は突然地面に沈みだす、まるで足元が突然底なし沼になったかのようにゆっくりと地面に沈み始めたのだ。


「まだ半分獣だがこうなってしまった以上は仕方ない、こいつはここに封印する」


刑事は手についた土を払い、そう言ってカイに渡されたカバンを持って木々の間へと歩いていった。


* * * * *


「危険な薬草だったんだ……残念だなぁ」


カイから空っぽのカバンを受け取りながらカラシナさんが言った、まったく残念そうな顔をしていない、むしろ知ってたかのような言いぐさだ。


「おいおっちゃん、もう色々とヤバい案件持ち込むのやめろよな」

「危うくうちの優秀な従業員を3人も失うところだったわ、にしても式神使いの登録ねぇ、完全に忘れてたわ」


代わりにやっておくわね、と言いながら伏木さんは店の奥へと引っ込んでいった。


「じゃあねユウヤくん、今後ともよろしくね」


そう言ってカラシナさんは俺の腰を軽く小突いて店を出て行った。

まったく、相変わらず名前を間違えられたままだ。


「じゃあ俺もそろそろ帰りますね」

「逢沢くん、後ろ」


帰ろうとした俺を伏木さんが呆れた声で引き留めた、振り向こうとした俺からカザミが無言で何かを取った。


「宣伝用の紙のようだな」


カザミが俺に差し出した紙にはデカデカと『薬草のカラシナ』と書かれていた。


「カラシナさんがよくやるのよ、さすが狸ってところね」


伏木さんの言葉にその場にいた一同がため息をついた。

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