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骨董屋ナナセの(非)日常  作者: &u-X
第参編-薬屋の、依頼
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捌 たぬき

「にしても、つい最近始めてアヤカシに会ったばかりのお前さんがもう式神持ちになるとはな」


店のカウンターから店内の品を整理するカザミを眺めながらカイが言った、本来俺の仕事だったはずだが、カザミが無理やり引き受けてやっている。

あの時のカザミの申し出は最初は断っていたのだが、その後二日間、日中夜間問わずに俺に付きまとい、隙さえあれば式神にしてくれと言ってきたため俺が折れた形になった。


「なんで俺なんかにこだわったんですかね」

「さぁな、アイツにしかわからんことだろ」


カイと話し込んでいると、いつの間にかカザミがカウンターの前に立っていた、どうやら作業を終えたようだ。


「あ、なんか色々やってもらってごめんね、カザミ」

「式神として当然の働きをしただけだ」

「カイも見習いなさーい」


奥から伏木さんのヤジが飛んだ、カイは苦々しく笑う。


「アイザワ、一つ頼みがある、先刻アイザワが留守にしていた時に池婆殿が訪れて「風の噂で西の山で右腕にアザを持つ霊力を持った女性が何者かの呪いで亡くなったと聞いた」と伝えにきてくれた、おそらくシキシマ様のことだ、弔いに行きたいから暫くの自由を貰いたい」


カザミはそう言うと深々と頭を下げた、池婆はカザミの前の主は呪いの影響であまりこの先長くはないだろうと言っていたが、一週間も経たずに亡くなるとは......


「明日一緒に行こう、伏木さんには休みもらっとくから」

「いや、私一人で行きたい、アイザワに手間をかけさせたくないとかいったのではなく私のワガママとして受け取ってもらいたい」


長く伸びた前髪の隙間から見える瞳でこちらをじっと見る、仮面をしていた時と変わらず表情は読みにくいがその瞳からは真剣な気持ちがひしひしと伝わってくる。


「……分かったよ、気を付けてね」

「感謝する」


カザミは再び頭を下げ、こちらに背を向けて店を出て行った。


「あくまでもあの子のご主人はあのシキシマちゃんだけなのねぇ」


店の奥の引き戸から伏木さんが顔を出しながら言った、右手に抱えた店の帳簿を棚に戻してカイの隣に置いてあった椅子にどかっと座り込む。


「カイ、あんたもあの子ぐらい優秀だったらよかったのにね」

「それはキヨの仕事だろ、俺はテキパキ働くのは柄じゃないんだよ」


伏木さんとカイのやり取りを見て、これはこれで相性がいいんじゃないかと思えてくる、実際カイ(こんなの)でも伏木さんの元で長く使役されているらしいから、要所要所でそれなりの働きはしているのだろうし、伏木さんもその点は認めているのかもしれない。


「こんちわ〜ナナミちゃんいる〜?」


店の引き戸をガラガラと開ける音とともにかなり呑気な感じの声が聞こえてきた、扉が開くのは見えたが入って来たお客さんが商品棚に隠れて見えない、見えるのは動く荷物の山だけだ。


「薬屋さん……私はナナミじゃなくて七瀬だって何回も言ってるでしょ?」

「ごめんごめん、ナナミちゃん、実は今日はまた頼みたい事があって来たんだよ」


荷物の山がカウンターの近くまで来た時に、お客さんの正体が見えたカウンターから見下ろすと俺の膝の高さほどの大きさの狸が愛想のいい笑顔を振りまいて立っていたのだ。


「おや、見ない顔だね」

「最近ウチで働き始めた逢沢 幽樹くんよ、逢沢くん、こちら薬の行商をやっている化け狸のカラシナさんよ」


カラシナと呼ばれた狸はその顔にかけた小さな眼鏡の奥からこちらをじっと見上げた。


「ユウヤくんだね、よろしくね」

「あの、ユウヤじゃなくて幽樹です、よろしくおねがいします」

「はっはっは! これは失礼したね、ユウヤくん」


訂正したそばから間違えられる、もう一度訂正しようと口を開きかけるが横からカイに肩を叩かれた。


「カラシナのおっちゃんは絶対に相手の名前を間違うんだ、ナナセも毎回訂正するんだが一回も正しく呼んでもらった事がない、諦めな」


カイが小声で言う、どうやらそういったご老人らしい。


「で、今日は何の御用ですか?」


伏木さんがため息混じりに切り出した、おそらくこの流れも毎回のことなのだろう。


「いや、西の山で珍しい薬草が見つかったと聞いてね、でもあの辺は最近獰猛な獣が住み着いたと噂が立っていてね、僕じゃ襲われたらたまったもんじゃないから誰かに採ってきてもらいたくて」


西の山、そういえばさっきカザミが向かって行った山も西の方の山だったな。


「それは大変ね、どんな薬草なの?」

「疲労をたちどころに取り去ってしまう、夢の薬草だよ、でも残念ながら人間には効かないようだけどね」


怪しい響きの効能の上に、人に効かないなんて……でもこの狸はこの世界で薬の行商人を名乗っているからには人間じゃないお客さんがほとんどなのだろう、人間に効かなくても充分商品として成り立つにちがいない。


「……逢沢くん、カイを護衛につけるから行ってくれるかしら? 私はちょっと忙しいのよ、月末だし」


そう言うと伏木さんはカラシナさんがカウンターに置き始めた薬草を一つ一つ手元の本と見比べながらカウンターに置かれたノートに鑑定額を書き込み始めた。


「クロくんが付いていってくれるなら安心だね、ユウヤくん、頼んだよ」


カイに至っては一文字も合っていない間違われかたをしていた、そして俺が獰猛な獣の住む山へ行くことになったのはどうやら完全に決定してしまったみたいだ。


「ユウヤくん、お近づきの印だよ、これをあげよう」


カラシナさんが支度をする俺の前に小さな葉っぱを差し出した。


「なんですかこれ」

「強力な傷薬になる薬草だよ、布に塗り込んで傷口に当てておけば半刻もあればどんな傷でも治ってしまう」

「……ありがとうございます」


そんな強力な傷薬、普通の人間が使っても何の影響もないのだろうか。

物騒な保険を貰い、俺の初めてのお使いが始まった。

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