善人、異世界に召喚される
相楽善人は善人である。
どれほど目つきが鋭かろうと、笑顔がどれだけ禍々しかろうと、財布が落ちていれば警察に届けるし、カツアゲされている人がいれば助ける善人なのだ。
ただ——逆に財布を盗んだと思われたり、カツアゲしていると思われたりしてしまうだけで。
最近では、周りの人の尽力もあり、なんとか善人だと認められてきた善人だが……そんな善人が、もしも誰も彼のことを知らない場所に来てしまったらどうだろうか。
例えば、異世界とか。
——ちなみに、こうなる。
子供たちはわんわんと声をあげて泣き叫び、母親がそれを抱きしめたまま腰を抜かし、誰かが警察代わりの兵士を呼んできて、善人の周りを取り囲む。
「手をあげろ!」
……そもそもどうしてこうなったのか。
善人は回想を始めた。
善人はその日、お婆さんの荷物をを持ち、迷子の子供を引き連れていた。
立派な善行であるのだが、はたから見れば、お婆さんの荷物を奪い子供をさらっているように見える。
なんとかお婆さんの家まで荷物を運び、子供の母親を見つけた時だった。
彼は歩道橋に落ちていた財布を見つけ、交番に届けるべく拾おうとして——
「え?」
階段から転げ落ちた。
そうして気づいてみれば、まるで見慣れない雰囲気である。
階段落ちた時に、痛みをあまり感じなかった時点で不思議には思ったが、まさかの異世界トリップとは。
……困ったものだ。
しかしよく考えてみると、今は普段慣れっこなシュチュエーションだ。
疑われる。怪しまれる。
子供の母親を見つけた時もそうだった。
「金ね? 金目当てなのね!?」と聞かれた時は正直、ちょっと泣きたくなった善人である。
とりあえず言われたとおり、両手を上げてみる。
「えっと、敵意はないです、害意もないです。どうぞお気になさらず」
武器も持ってないですよ、と手をひらひらさせてみる。
だが、向こうは納得いかなかったようだ。
「しかし、その黒髪は不吉の象徴であるし!」
「日本人ですから……?」
というか、その法則だと日本人含めアジアの人たちの大半は不吉になってしまうのだが。
「見慣れぬ服を着ておるし!」
「学生ですから」
「しかも黒だしっ!」
「学ランの学校ですから」
なんだかコメディーな会話だが、両者ともに真剣である。
「そもそもお前、何者だっ!?」
その質問に、ふと、善人は友人が考えてくれた自己紹介を思い出した。
お前は誤解されやすいんだから、こうやってちょっとふざけた方がいいんだって——。
そう言っていた友人は残念ながらこの場にはいないわけだが……善人は気合を入れて、恥ずかしいのを我慢しつつ、こう言った。
「さっ、相楽善人……名前の通り、善人です☆」
ご丁寧にも、ポーズと凶悪な笑顔を添えて。
異世界での一発目、善人渾身のそのギャグは——
「……は?」
盛大に滑ったらしかった。
玉座の間にて。
「おい、勇者はまだ現れぬのか」
「はい」
そこにいたのは、王と宰相だけだった。
「おかしいな。我が国の開発した勇者召喚魔法は、たとえ召喚座標や時期がズレやすいとは言え、必ず三日以内には王都に現れるのではなかったのか……?」
「そのはずですが」
「ふぅむ」
現在その召喚された男、善人が兵士たちに囲まれ、ヒューと風が吹きそうなほど冷めた空気に心が折れかけているのを……彼らは未だ知らない。