表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アゾットシリーズ  作者: 白笹 那智
アゾット ー女神創造計画ー
6/46

小休止と忍び寄る危機

 それから真斗は服を見て、靴を眺め、ファンシーグッズを()で、コスメを吟味し、迷っていた服をやはり買おうと服屋に戻り、売れてしまったという店員の言葉に泣きそうな声を上げたりと大忙しだった。その全てに幹耶(みきや)は付き合い、女性の買い物に費やされるエネルギーを電力に変換できれば世界は平和になるのではなかろうか、と大量の荷物を抱えながら半ば本気で思っていた。

 

 各店での待ち時間も長かった。真斗の可愛らしさにあてられた店員が、着せ替え人形で遊ぶような感覚で次々と衣服を持ってくるのである。

 そのたびに幹耶に向けられる視線も痛かった。どう勘違いされているのかはなんとなく察しがつくが、深く考える事を脳が拒否していた。


「ふーっ! 結構歩いたわねー。ちょっと休憩しましょうか」そう言って真斗が背伸びをする。

「その言葉を待ち望んでいましたよ……」精神的にも物理的にも重くなった身体を引きずって幹耶はそう答えた。


「何よ。随分とお疲れね? そんなんじゃ彼女が出来たら大変よー?」くすくすと真斗が笑う。「まぁ付き合ってくれたお礼もかねてお茶くらい奢らせてもらうわ。少し行った所に抹茶ラテが美味しい喫茶店があるのよ」

「……抹茶、ですか」幹耶は(せつ)(りん)から渡された激甘抹茶ラテを思い出す。その存在は胸やけと胃もたれという形で確かな存在感を発揮しつつ、いまだ幹耶の体内に鎮座(ちんざ)していた。


「あれ? 抹茶苦手かな?」

「いや、雪鱗さんから頂いた抹茶ラテが暴力的な代物でして、しばらくは良いかな、と」

「あぁ、なるほどねぇ。壊滅的(かいめつてき)に甘かったでしょう」真斗が仕方ないな、と言う風に苦笑いをする。「ま、紅茶とかコーヒーもあるし、心配することないわよ」


 ほどなくして喫茶店が見えてきた。和を基調とした落ち着いた雰囲気の店だった。メインの通りからは少し外れたところにあるため、光と音の洪水から逃れて一息つくには相応しい場所と思われた。

 フリルのついたエプロンを身に着けた女性店員に案内され席に着く。店内も外見と同じく和風で、どこか昭和の香りが漂っていた。幹耶がそう感じたのも古い漫画の知識からだが。

 注文を済ませ冷たい水を一口飲む。生き返ったような心地と言うのはこういう物だろうかと幹耶は心から思った。


 真斗は腰から吊り下げた長方形のケースは取らずにそのままソファー席に座っている。膝くらいまでの長さがあるケースなので左右に広がり、丁度〝八〟の字の様な形になっていた。


「ひとまずはお疲れ様、ね」真斗が水のグラスを掲げて言う。「お雪と()(れん)からはまだ連絡がないわね。そっちも何も来てない?」

「えぇと。はい、何も来ていないようですね」


バベルを確認しながら幹耶(みきや)が言う。基本の操作にはだいぶ慣れたようだった。


「うーん。まぁ仕事という事だし、こちらからの連絡は控えてのんびり待ちましょう」

「そうですね。邪魔になってしまっても良くないですし」


 しばらくして注文した品が運ばれてきた。真斗(まと)の前にはホットレモンティー。幹耶の前にはアイスコーヒーが置かれた。あの会話の流れから、なぜ真斗は抹茶ラテを頼まなかったのだろうと幹耶は思った。深い意味は無いのかも知れないが。


 二人はしばらく黙って飲み物を口にする。お互いに沈黙を気まずい空気という風には認識しないタイプの人間だった。


「ところでさ」と真斗が不意に切り出した。「幹耶くんはなんで清掃(スイー)部隊(パー)を選んだのかしら。他にも警備(ガー)部隊()とか調査(チェイ)部隊(サー)とか、まともそうなのが他にもあったでしょう?」

「選ぶ? 別に選んでなんていませんよ」幹耶は首をかしげる。「いつの間にかアイランドで働くことが決まっていて、それがスピネルの清掃部隊だったと言うだけの話です」


「えっ? という事は仕事の内容とか全然、少しも、まったく聞いてなかったり?」

「ええ、聞いていません」

「……本当に? うーん、そうかぁ」


 真斗は腕を組んで難しい顔をする。


「どうかしたのですか?」

居心地の悪さに耐えかねた幹耶が問いかける。

「……ううん、どうもしないわよ」そういって真斗は微笑む。「まぁ口で説明してどこかおかしい人って思われるのも困るし、実際にやってみるのが一番ね。(さいわ)いというか残念ながらというか、最近は仕事も多いし」


 それから二人は色々な雑談をした。雪鱗がやたら白に(こだわ)る事。真斗はピンクに拘るという事。()(れん)のチェーンスモーカーぶりが酷いとか、今年の桜は開花が遅れそうだ――などど、取り留めもなく会話を交わした。

 やがて幹耶のグラスの氷が原型を留めなくなった頃、真斗は立ち上がり「そろそろ行きましょうか」と言って二人は出口に向かう。


「真斗さん、会計は良いのですか」

 当たり前のように店外へ出て行く真斗の背中に幹耶が驚いたように声をかける。

「会計? とっくにこれで済ませているわよ」

 真斗はそういって頭を指で叩く。


「バベルの機能の一つ。まぁ電子マネーみたいなものね。コレのおかげで現金もクレジットカードも持ち歩く必要が無いし、お財布を落としたり盗られたりする心配もないから便利よ」歩きながら真斗が言う。「お金を使っているって実感が得にくいのが難点かしらね。ついつい使いすぎるのよ……」


 使いすぎると言う真斗(まと)の言葉は、幹耶(みきや)の両手に掛る重みが証明していた。言われてみればこれらを購入する際にも会計をしている姿を見ていなかったな、と幹耶は思う。


「しっかし、これからどうしようかしらね。一旦荷物をロッカーに預けてからまた歩き回るか、お雪と()(れん)を待たずに先に本部にい――」


 真斗が半端に会話をやめて立ち止まり、何かを探すように周囲に視線を這わせる。一瞬、幹耶は目の前に居るのが一体誰なのか解らなくなった。それほどまでに身に纏う空気が激変してしまった。それはまるで、獲物を狙う獣のような――。


「ま、真斗さん? どうかしましたか」

 異様な雰囲気にたまらず幹耶は声を掛ける。


「ねぇ、幹耶くん。君って運は悪い方だったりするのかしら。それとも、もしかしたら良い方なのかもね」

「は……?」


 突然その様な事を言い出す真斗に幹耶は首をかしげる。状況をまったく理解できなかった。


 突然。まさに突然に、幹耶は首筋にナイフを当てられたような強烈な悪寒(おかん)に襲われた。

 照明が暗くなったような気がした。空気が淀んだように重くなった。足もとのカーペットが泥沼になったような感触がした。

 嫌な予感では表しきれない。虫の知らせでは到底足りない。

形の無い。姿も見えない、しかし確実に迫りくる〝危機〟が、突然ぬるりと現れた。


 この感覚には覚えがある。真夜中に幹耶の暮らしていた施設に賊が侵入し、残虐(ざんぎゃく)の限りを尽くしたあの夜の始まりに感じた気配。


「――っ。真斗さん、何かが……。早く、ここを出ましょう」


 幹耶は声のトーンを落として真斗に脱出を、逃走を促す。危ない橋をわざわざ渡ろうとすることは無い。開きかけたパンドラの箱は閉じるに限る。


「いいえ幹耶くん。全くの逆よ」真斗が腰から下げた長方形の金属質なケースを(いつく)しむように指でなぞる。「さっそく初仕事ね、幹耶くん。こちらも飛び込みよ」


 真斗がそう言うと同時に、遠くで大きなものが倒れるような破壊的な音と共に、建物が軽く振動した。数瞬の後に、何かが焦げたような臭いに乗せて、不鮮明ながらも確実にそれと解る怒号と悲鳴が幹耶と真斗の耳に届く。


 その異常を胸いっぱいに吸い込み、心から楽しそうに

「お雪達を待つ間の暇つぶしくらいには、なると良いわねぇ」

 と、新しいおもちゃを見つけた子供の様な笑顔で、真斗はそんな言葉を呟くのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ