ショッピングモールと桃髪の少女
作り物めいた、まるでジオラマのような街を深緑の高機動装甲車が滑るように駆けていく。
ジオラマのようだと感じるのは、幅の広い道路の両脇に高さや外壁の色が白で統一された見分けのつかない建物がずらりと並んでいるからだ。おそらく、アイランドの外周部に集中して作られているというマザーアゾットにより増幅された電力を一時的に留めておく蓄電施設や、送電の為の施設。そしてアゾットやアンジュ、それとダストに関する研究施設などだろう、と幹耶はあたりをつけた。
更にしばらく進むと街の様子は一変し、様々な飲食店や商店に商業ビルなどのひしめき合う、曰く都会と呼べるような光景になる。
街には多くの人通りがあり、生活感に満ち溢れていた。
道行く人たちの姿は実に様々で、目や髪や肌の色、来ている服のデザインも多種多様だ。
「結構、活気がありますね。車も多いし。なんだか意外です」
「生活困窮者の街だから、もっと陰鬱な雰囲気だろう。だなんて思ってた?」
前を向いたまま雪鱗が言う。
「はい……。というか、もっとスラム的な所かと思っていました」
幹耶のその言葉に、火蓮が面白くもなさそうに笑う。
「酷い勘違いだな、それは。ここは多くの奴にとって地上の楽園みたいなところだ。とにかく物資は豊富にあるし、働かなくても最低限の生活は保障されているし、働く自由も保障されている。娯楽だってありとあらゆるものを完備している。世界中からいろんな人間が集まっているんだ。誰もが似たような境遇だから差別も……あまり無いな。バベルのおかげで言葉の壁もない。贅沢を言わなければ、およそ人間らしい生活ってやつができる。ダストの浄化という対価はあるが」
火蓮が二本目のたばこをくわえる。またも火はいつの間にかついていた。
アイランドには年齢や性別はもちろん、人種、宗教など一切の関係なく世界中から人が集められる。もちろんアイランドのある地域によって多少の片寄はあるものの、それはまるで小さな地球のようだ。
そのような無茶を可能としているのは、アイランドを管理する国際機関による差別も区別もない公平な統治と、バベルによる自動言語翻訳機能である。
「言葉が通じた所で、常識と言うか考え方と言うか、価値観までは解り合えるわけではないから細かいトラブルは絶えないけどね」そう雪鱗が言う。
それはそうだろうな、と幹耶は思う。たとえ同じ境遇の人間どうしてあっても理解しあえるとは言い難い。いや、おそらくは無理だろう。人間というのは一人一人が決定的に、絶望的に違う生き物なのだ。
不意に車内が薄暗くなる。何事かと幹耶が辺りを見渡すと、どうやらどこかの駐車場に入ったようだった。やがて火蓮が高機動装甲車を停車させる。エンジンはかかったままだ。
「あの、ここは?」
たまらず幹耶が問いかける。
「ショッピングモールだよ。色んなお店がたくさん集まった所……って言えば良いのかな? 本当はここでもう一人拾う予定だったんだけど、さっき急な仕事が入っちゃってねぇ」
幹耶は「はぁ」と曖昧な相槌を打つ。さっき、といえば火蓮からタブレットパソコンを渡され、真剣な顔で画面を見つめていた時だろうか、などとぼんやり考えていた。
「でさ、悪いんだけど先に合流して待っていてよ。片が付いたらすぐに迎えに来るからさ」
「えっ!?」急な話に幹耶があわてる。「いやでも、名前も顔も解りませんし。その、どうすれば?」
「ああ、それならもう情報をバベルに送っておいたよ。左端に何か表示がでてない?」
幹耶はバベルの表示を見るように意識しながら視線を左へ向ける。そこには新しいメールが送られている事を示すアイコンが点滅していた。その中身を表示するように意識を向けると、するりと視界に情報が展開される。今度は情けない声も出ない。
メールの中身は《秋織真斗》という名前、そしてどこかの立体マップだ。縮尺は解らないが、かなり広い。そのマップには桃色の点が表示されており、矢印で「ココ!」と示されている。そして離れた場所に青い点も見える。自分と秋織真斗の現在地を示していると思われた。
「顔の解る写真みたいなものはありませんかね?」
「必要? ていうかそんなの持ち歩いてないよ」
言われてみれば確かにそうだ、と幹耶は思った。特別な相手でもない限り誰かの写真を持ち歩いている人間などそうは居ないのではなかろうか。そもそも地図に現在地が表示されているのだ。写真などよりこちらの方がよほど確実で役に立つ。
では、と幹耶は高機動装甲車を降り、走り去る姿を見送った。
ほの暗い駐車場を歩く。右も左も同じような光景でどちらに進めば良いのかまるで見当がつかない。
雪鱗に渡されたマップを頼りに何とか店内に続く入り口を見つけ、やれやれとため息をつく。
駐車場までカバーしているマップで良かったと心から思った。空港でもそうだったが、自分は方向音痴ではないという認識を改めなければならないかも知れない。
自動ドアを通り、ショッピングモールの内部へ入る。
「これは……。また何とも」
幹耶に光と音の洪水が襲い掛かる。
ショッピングモールは横に長く、売り場は四階分ある。中心部分は吹き抜けになっており、開放感のある作りになっていた。
複数のにぎやかな音楽が入り混じり、空間を埋め尽くしている。立ち並ぶテナントは煌びやかに飾り立てられ、吹き抜けにはポーズを決めたモデルが空中投影されている。そして「セール中!」「お買い得!」「冬物売り切り!」「春物先取り!」などの売り文句が元気そうにあちこちを飛び回っていた。
何かの比喩表現と言う訳ではない。実際に空中を文字が飛び交っていた。
興味をひかれた幹耶はそのうちの一つに触れてみようと手を伸ばしてみたが、文字に指が触れる前に、その広告を提供しているのであろうテナントの情報がバベルのマップに表示され、そこまでのルートが示された。
つまりは、実際に空中に文字やモデルが映し出されているのではなく、バベルにそのような広告の情報が送られ、それを〝視ている〟と言うことらしかった。
種が割れれば何という事もない単純な話ではあるが、それでも朽ちた倉庫の様な建物と、荒んだ町並み、そして痩せた大地の匂いしか知らなかった幹耶にとっては、十分すぎるほどに魔法の世界だった。
雪鱗から送られた情報を頼りに幹耶は歩き出す。色々と興味を引かれる物が多いが、さしあたっての重要事項は秋織真斗との合流だ。
「しかし、人が多いな……。酔いそうだ」
右を見ても左を見ても人、人、人。しかも誰もが油断しきった緩い表情をしている。ここは本当に現実なのかと問われれば、幹耶には自信を持ってイエスと言えるだけの自信が無い。
色とりどりの商品を横目に眺めながら幹耶は歩く。石油から精製されるナフサも今となっては容易には得られないので、店頭に並んでいる化学繊維等の合成製品のほとんどは天然ガスから精製されたナフサの代替品であるエタンクラッカーから作られている。その価格はまだ石油資源が潤沢であった頃と比べると、数倍ではきかないらしい高級品だ。
「なんだあの靴……。AKが何丁買えるのやら……」
兵士数人を完全武装させてもまだおつりが出そうな価格の婦人靴に、幹耶は眩暈を覚える。
やがてマップ上に表示された二つの点がピタリと重なった。ふと見上げるとゲームセンターと書いてある看板が目に入る。そういえば秋織真斗というのは男性なのか女性なのかいまひとつ判断が付かない。どちらでもあり得そうな名前だ。
せめてもう少し詳細な位置が解れば……と幹耶が考えているとマップが拡大され、桃色の点は少し離れた場所に改めて表示された。
なるほど、と幹耶は桃色の点を目指しながら思う。バベルという物は、使用者が望むアクションを感知し、それが可能であればその通りに動作するという物らしい。これならばマニュアルも手ほどきも必要ないだろう。雪鱗に言われたとおりだ。
そしてその幹耶の予想は概ね正しい。
バベルとは元々〝最速で最大量の情報を共有できる、最少かつ最軽量の情報端末〟の開発を目指したプロジェクトのコードネームである。
星の数ほどの試作機が作られたが、どれも要求性能に届かず開発が頓挫しかけた。そこで目を付けられたのが、同時期に開発が進められていた生体ナノマシンだ。その技術を応用し、人間の脳そのものを情報端末とするという、時代が違えば異端審問にでもかけられそうな発想を元に作られたのが現在のブレインマシン・インタフェースである《バベル》だ。
バベルを操作するにあたって特別な操作は一切必要ない。バベルを操るために唯一必要な事は〝思考する事〟である。
バベルは最前線で武器を構え、敵と対峙したままで無駄な動作を一切必要とせずに情報を交換し、即座に戦況の変化を把握する事を目的に作られた物だ。そのため、バベルを操るには望む動作をただ思考すれば良い。もちろん、思考だけで自在に操るには相応の慣れが必要であるため、補助機能として視線や手指の動作を織り交ぜて操る事もできる。
では、バベルに対して実行不可能な要求をした場合はどうなるのだろう。その場合はもちろんエラーを吐き出す。しかしただエラーと表示するわけではなく、その情報は即座に共有され、さらなる改良のために蓄積される。そして反映されバベルは進化していく。それはまるで塔が高さを増していくように。
やがて目的地にたどり着いた幹耶の眼前には、セミロングの桃色の髪が目を引く一人の少女が居た。薄手の白いニットにピンクのフレアスカートを身に着けている。
そして一際目を引くのは、腰のベルトから左右一本ずつ吊り下げたとても頑丈そうな長方形の金属質なケースだ。ウエストポーチの類ではないだろう。もしそうならばあまりにも使いにくそうだ。
少女はピンク色をした大きな猫のぬいぐるみを、大きな箱から鉤爪のような物が付いた動くアームを使って何とか取り出そうと必死になっている。確かクレーンゲームと言うやつだ、と幹耶は思った。とにかく、マップの情報からも目の前の少女が《秋織真斗》で間違いなさそうだ。
桃髪の少女に声をかけて、無事にミッションクリア――と行きたかったが、幹耶はそれを躊躇った。少女があまりにも真剣にクレーンゲームに向き合っている為に、声をかけづらかったからだ。いや、真剣などと言う言葉では生ぬるい。その眼は獲物を狙うハンター、または標的に照準を合わせたスナイパーのそれだった。
それにしても、と幹耶は思う。眼前の少女があまりにも〝幼く〟見える。
どう見ても十二か十三か……下手をすればもっと下かも知れない。おそらくは清掃部隊の誰かの娘さんか、妹さんと言った所であろうか。
そしてそう、あの桃髪だ。およそ人類の髪色とは思えない。かといって染めている様子でもない。となれば可能性は一つ。あの少女もまたアンジュである、という事だ。
アンジュがその身に宿すアゾット結晶は色も形状も様々だ。しかし色に関しては一つ共通点がある、それは宿すアゾット結晶の色が、そのままアンジュの身体に現れるという事だ。大抵の場合は髪色に。幹耶のように、眼にその色が現れる者は少数派だ。
桃髪のアンジュ。幹耶はその存在を一人知っている。いや、正しく表現するなら〝知っていた〟だ。そしてその記憶は、幹耶の胸に深い傷となって刻まれている。すっかり乾いたと思っていた心の轍に鋭い痛みが走り、露わになった紅い肉から血が滴る幻想が脳裏を過る。
馬鹿な妄想だ、無意味な感傷だと頭振るう。
確かにアンジュは少ない。とはいえ、桃色のアゾットを持つアンジュが二人と居ない、などという事は無いであろう。どれだけ似ていようが、目の前の少女は別人だ。年齢も合わない。仮に生き延びていたとすれば、自分とそう年も変わらないはずだ。
魂を絞るように深い溜息を吐く。過去に足首を掴まれた気がして、つま先で床を蹴る。
「くだらない。ありえないんだ、そんな事……」
幹耶は一人呟き、目頭を揉んで意識を切り替える。今は余計な事を考えずに、無事に目標と合流する事だけを考えるべきであろう。
さて、問題はいつ話しかけるか、だ。相変わらず少女は手負いの獣のような近寄り難い雰囲気を醸し出している。少女が獲物を仕留めるのを待つか、あるいは諦めるのを待つか。
少女の大変可愛らしい外見も、行動を躊躇させる一因になっていた。
長いまつ毛、形の良い顎、桜色の柔らかそうな唇、大きく、そして少し気の強そうなアーモンド形の瞳。その可愛らしさが、少女の放つ謎の気迫によりかえって悪い方向に働いていた。まるで百年の時を超えたアンティーク人形のような、安易には触れがたい気配を漂わせている。
「右端を持ち上げて……いや、逆に押し込もうかしら。なんにせよ五千円もかけたのだから何としてでも持って帰らないと……。いっそ万まで投入も視野に……」
うん、これはまずい。今すぐ止めてあげるべきだ。傷は浅いほうが良い。そう幹耶は覚悟を決めた。
「あの、ちょっと良いですか」なおも戸惑い気味に幹耶が声を掛ける。「秋織真斗さん、でお間違いないでしょうか」
「うん……?」少女が振り返り、怪訝な目で幹耶を睨む。「そうだけど、何よあんた。ナンパ……って訳でもなさそうだけれど」
誰が十歳かそこらをナンパなどするか! と叫びそうになるのを幹耶はぐっと堪える。
「千寿幹耶と申します。雪鱗さんから合流するように言われたのですが、何か連絡はありませんでしたか?」
「お雪? あっ、本当だ、メール来てる」知り合いの名前が出たことで警戒心が緩んだのか、表情の柔らかくなった真斗がバベルを確認する。「へぇ、急な仕事ね……。最近多いわねぇ。今日は非番だけど、何かあれば私のところにも連絡が来そうだわ」
幹耶は首をかしげる。非番? 連絡? まるで関係者のような発言をする真斗に違和感を覚えた。
「念のためにお伺いしたいのですけれど、秋織さんは清掃部隊の誰かの娘さんや妹さん……という事であっていますか?」
「えぇ? なにそれ全然違うわよ」真斗が呆れた様な顔をする。「事情を知らない人は皆そういうことを言うのよね。私はね、隊長なの! アイランド管理機構スピネルの清掃部隊《ピンキー》隊長、秋織真斗よ。覚えておいてよね! あ、でも呼び方は真斗で良いわよ」
幹耶は困惑した。世の中には〝若く〟見えると言う人がごまんと居るという事は流石に幹耶も知っている。しかし〝幼く〟見えるとなると話はまるで違ってくる。
どんな人間であろうが十歳前後の、いわば〝子供〟のように見えるという事は流石に無いであろう。子供っぽいではなく子供に見える。であるならば、そっくりそのまま子供だという事だ。現実は漫画やアニメではない。
「えぇと……失礼を承知でお伺いしますが、ご年齢は?」
混乱する脳内を整理するために、幹耶が問いかける。
「私がいくつに見えているのは知らないけれど……。いや大体想像はつくけれど、十七歳よ」
「年上!?」幹耶は思わず声を上げる。現実は思っていた以上にファンタジーであった。
真斗が怒り半分、諦め半分に呆れ少々と言った視線を幹耶にぶつける。その苦くて辛い空気に幹耶は言葉を詰まらせる。
やがて真斗が「まぁ良いわ。慣れてるもの……」とまるで慣れてなどいない風に大きくため息を付き、クレーンゲームへ向き直る。ピンク色をした猫のぬいぐるみをまだ諦めてなどいなかったようだ。あの不思議生物のどこがそんなに気に入ったのだろう。
「……。ねぇあんた」
「はい。なんでしょうか」
「なんだかお堅いしゃべり方ね……。ってそれは今はいいわ。アレ、何とかできる?」
そういって真斗がピンク猫を指で示す。
「さて。やったことはありませんが」
「お金は出すからさ、ちょっとやってみてくれない? あぁ、ハナかお雪がいれば簡単な話なんだろうけどなぁ」
嘆息しながら真斗がクレーンゲームから離れ、幹耶が入れ替わりでその前に立つ。すでにお金は投入されているようだった。
幹耶は手元を確認した。横方向と縦方向にクレーンを移動させるボタンがついているタイプの、オーソドックスなクレーンゲームだった。漫画で見たものと同じだ。箱の中には二本のポールが渡され、その間にぬいぐるみが引っかけられているといった形だ。
さてどうするか。問題はぬいぐるみの大きさだ。一抱えくらいはある。こういうものは普通にアーム挟んで持ち上げようとしても、その重さのせいで思うようには行かないものだ。と、漫画で読んだ。
アームの挟む力はどの程度か、どれくらい開くのか、そしてアームがぬいぐるみに当ったときはその場で止まるのか、そのまま沈み込むのか……と前に漫画で読んだ知識を必死に頭の中らか引っ張り出すが、とりあえず一回やってみないことには、どの知識も役には立ちそうになかった。
まぁ失敗しても仕方がないか。真斗さんも期待などしていないだろう、と幹耶は軽い気持ちでボタンを押す。アームが動き、ぬいぐるみの真上から少しずれたところに止まる。そして開いたアームの片方の爪がぬいぐるみを押し込み、もう一方は下へもぐりこんだ。次にアームが閉じ、上昇するにつれてうまい具合に首輪の間に入り込んだアームの爪がぬいぐるみをわずかに持ち上げ、やがてポールから完全に浮いた。
「「おぉっ!?」」
二人の声が思わず揃う。
アームの爪がその重さに耐えかねて首輪から抜けてぬいぐるみを落とすが、ポールに当たり、はずみ――取り出し口へとぽとりと落ちた。
「わっ! うわわ! やった! すごいすごい!」
真斗が周りの眼など一切気にならないという風にはしゃいで飛び跳ねる。その笑顔はまるで太陽のように眩しかった。
幹耶はぬいぐるみを取り出すと「どうぞ」と言って真斗へと差し出した。
「えっ!?」真斗がきょとんと差し出されたぬいぐるみを見つめる。「いいの? くれるの? でも、あんたがとったのに」
「いやまぁ……」幹耶は困ったように首をかしげる。「真斗さんのお金でゲームをしたのですし、それにほら、私にはいくらなんでも似合わないでしょう」
幹耶がそういっても真斗はしばらく悩んでいたが、やがておずおずとぬいぐるみを手に取るとなぜか拗ねたような表情で「あ、ありがとう……」とだけ言った。真斗はぬいぐるみを大事そうに抱え直し、その頭をなでながら「にへへ」とだらしない笑いを漏らす。そうしていると見た目の年齢相応に見えるな、と幹耶その姿を見つめながら思った。
「ねぇ、あん……、み、幹耶くん」
「はっ、はい!?」結局ところは子供っぽいな、という考えを見抜かれてまた怒らせてしまったのかと勘違いした幹耶は素っ頓狂な声を出してしまった。
「なんて声出してるのよ」真斗が呆れたように半目で幹耶を睨む。「その、さ。邪険にして悪かったわよ。言い訳するわけじゃないけれど、アイランドは人を無警戒に信用できるほど平和な場所じゃないのよ」
「ああ、それは、まったく気にしていませんよ」幹耶は本心からそう言った。「〝外〟よりはいくらか平和そうには見えますけれど、雪鱗さんも細かいトラブルが絶えないって言っていましたしね」
本音を言えばもう少し警戒されるかと思っていた。女性、それに加えてこの外見の幼さと可愛らしさである。警戒どころか、声をかけただけで周囲にいらぬ誤解まで生みだして通報でもされてしまいかねないと幹耶は考えていた。アイランドではどうかは知らないが、〝外〟で女性の、それも子供の一人歩きとなればただでは戻ってこられないのが当たり前である。それを考えればこんな不思議生物のぬいぐるみ一つで警戒を解いてしまった真斗の危うさに一言でも言ってやりたいくらいだった。
「ちなみに、バベルで写真を撮って幹耶くんが本物なのか雪鱗と火蓮に確認を取ったのよ」と、真斗は右目を指さして、ひとつウィンクをして見せた。「ちなみに写真と言うか、目に見えている視覚情報ね。幹耶くんがどう考えているか知らないけれど、アイランドでもこれくらいの警戒心がなきゃ生きてなんていけないわ」
前言撤回。真斗は幹耶の思うよりもよほどしっかりしていた。いや、隊長であるならば、事前に新人の顔と名前くらいは確認しておくのが普通ではないだろうか。それを考えるとやはりどこか抜けている、と評価せざるを得ないかも知れないが。
「さーて。お雪と火蓮はいつ来るか解らないし、適当にぶらつきましょうよ。幹耶くんも色々と入り用でしょう?」
「私もそうだとは思うのですが、いかんせん本当にアイランドについたばかりなので、何が必要なのやら……。まだ自分の部屋すら見ていませんからね」
その言葉に真斗は「それもそうね」と肩を竦めた。
「じゃあせっかくだし、私の買い物に付き合って貰おうかしら」
「ええ、喜んで。女性のお供は男の本分です」
「ふふ。よろしくお願いするわね」可笑しそうに真斗が笑い、二人は連れ立って歩き出した。