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アゾットシリーズ  作者: 白笹 那智
アゾットⅡ -踊る水銀ー
42/46

己の正体と敵の正体

 ほんの数分前まで綺麗に晴れていた空には、いまや重い暗雲が覆いかぶさりつつあった。少し夏らしくなったと思ったらあっという間にこれである。梅雨明けにはまだ少し掛るらしい。


 幹耶の視線の先では火蓮とシャルムたちがナースホルンの巨大な機体によじ登り、コックピットをこじ開けようと奮闘している。しかしヨハンに「世界で一番安全な場所」と言わしめたその強度は凄まじく、手持ちの道具では歯が立たないようだった。


 不意にバベルに一報が入る。仄かに緊張が走り、次の瞬間には歓声に変わった。ベイビーリップ撃破の知らせであった。


「おぉ、やったわね! ふふーん。案外軽く勝っちゃったわねぇ」


 地面にハンカチを敷き、ネイルの分解清掃をしていた真斗が満足そうに鼻を鳴らしてそんな事を言う。つい先ほどまでの苦労を忘れたかのようだ。なんとも調子の良い事である。


「でも油断はできないですよ。ほら、まだ暴動は収まっていないし、無人機の暴走も続いています」

「あら、ほんとね」


 幹耶に倣い、真斗もバベルで現在の状況を確認する。二機の機械獣を打倒しても事態は改善されていないようだった。


「なによ。こう言うのって、大物を倒したら自然と事が収まる物なんじゃないの?」

「漫画やアニメじゃ無いんですから……」


 不満げに頬を膨らませる真斗に向け、幹耶は苦笑気味に言う。とはいえ、それでは困るのもまた事実だ。一刻も早くナースホルンのコックピットからパイロットを引きずり出し、事態を収める為の情報を聞きださなければならない。


「かれーん!! どんな様子―!?」


 突然真斗が顔を上げ、桃髪を揺らして叫ぶ。


「うっせぇチンチクリン! バベル使えよ、バベルを!」

「だぁって暇なんだもんー!!」

「体力有り余ってるなら、昇って来て手伝って頂けませんかね、隊長様!?」


 手でメガホンを作って火蓮が応える。バベルを使えと言いつつも真斗のノリに乗っかる辺り、やはり面倒見が良い。


『ハロハロ、ジャイアントキラーの皆さま。貴方の心のオアシス、雪鱗だよ』

『腐海か底無し沼の間違いだろ』

『すっごく惜しいけど、その名誉はともちーに譲ろうかな』


 幹耶たちのバベルへ雪鱗から通信が入る。すかさず飛んでくる火蓮の突っ込みをさらりと受け止め、満足そうに雪鱗が笑う。


『お雪お疲れー! 赤い方はどうだった?』

『んまぁ、期待外れって所だね。付け入る隙が多過ぎて、人間臭い奴だったよ』


 無邪気な真斗の言葉に、雪鱗はくつくつと喉を鳴らしながら答える。その様子だけで幹耶と火蓮は察したのだった。〝ロクな事をしていないな〟と。


『そっちの戦闘記録見たけど、やっぱシャルルンヤバいね。ゲリラ戦じゃ敵う気しないなぁ』

『ゲリラ戦〝なら〟な。お前なら自分ごと辺り一帯を吹き飛ばすくらいの真似は余裕でするだろ』

『まぁね』


 実に物騒な話題で雪鱗とシャルムが笑いあう。


『私も今お雪の戦闘記録見たよ。やっぱお雪のランスチャージは迫力あるわね!』

『今度一緒に突撃するかい? ピリオドの向こう側へ行こうぜ!』

『そのまま星の彼方まで行っちゃってください。あ、真斗さんは返してくださいね』

『わぁお、幹耶くんひどーい! 何? そういうキャラで行くことにしたの?』


 バベルに様々な笑い声が満ちる。幹耶としては割と本気なのだが。


『おいユキ。そっちのコックピットはこじ開けられそうか? こっちは硬くて敵わん』

『うーん、ハナが撃ち抜いちゃったからなぁ。遺体が原型留めていれば良いけれど』

『はぁ!? どうせお前の撃たせたんだろ。まーた無駄なオーバーキルを……!』

『まぁまぁ。眼球か手指の一本も残ってれば直ぐに身元は解るだろうから、そこから情報追えるでしょ。じゃあ私も宝箱を開けてくるから、また後でね』


 雪鱗はそれだけを言うと、繋げた時と同様にいきなり通信を切った。マイペースなお方である。


 不意に幹耶のバベルへ一対一の通信であるプライベートチャンネルの接続要請が入る。相手は雪鱗であった。


『……はい?』

『うっわ不機嫌! 私ってば嫌われちゃった?』

『貴方を好ましいと思える理由があるとでも?』

『あるじゃん。このキュートなお顔とか、ナイスなバディとか、ちょっぴりミステリアスな所とか』

『良い事を教えてあげます。それは〝妖しい〟って言うんですよ』


 HAHAHA、と雪鱗は芝居じみた笑い声を上げる。


『やっぱ毒舌キャラで行くの? 無個性よりは弄り甲斐があるってもんだけどねぇ』

『ただの本心ですよ。……特に要件が無いようでしたら切りますよ。輸送機のバッテリー限界まで時間が無いんですから』

『確かに時間はないけどさ。でも私たちにできる事なんてたかが知れてるでしょ? ちょっとお話しようよ』


 言われてみればまぁ、その通りだ。どれだけ気を揉んでも事態が柔らかく解れる訳ではない。

 幹耶は小さく溜息をつき、気になっていた事を聞くことにした。


『雪鱗さんの居る場所、南東エリアの避難地区ですよね。作戦にどんな変更が?』

『いやぁびっくりだね。結局同じような戦法で戦う事になってるんだもん。やっぱ真斗と私はシンクロしてるんだね! シンクロナイズドバトルだね!』

『質問の答えになっていません』


 まったく取り合わない幹耶に、雪鱗が『ぬぅー。ノリ悪いなぁもぅ』と不満を漏らす。


『別に。守られるしか能のない凡人共に、ちょっとばかし盾になって貰っただけだよ』

『はっ――。はぁ!?』


 思わず声が出た。何事かと視線を投げてくる真斗へ咄嗟に背を向ける。そして行われた作戦の全容を聞かされた幹耶の心には、明らかな怒りと嫌悪感が芽生えていた。


 何が〝同じような作戦〟だ。良くもまぁ言えたものである。


 確かに〝敵を市街地に誘い込み、他部隊の協力を得て戦闘能力を削ぎ、アーツにより止めを刺す〟という点では共通していると言えるだろう。しかし真斗の作戦を仮に正道とするなら、雪鱗の行ったそれは外道の所業である。


 仲間を頼り、共に戦った真斗。他人を巻き込み、矢面に立たせて美味しい所だけを掻っ攫った雪鱗。


 幹耶は思う。同じ地平線を見つめているはずなのに、どうしてこの二人はここまで真逆なのだろうと。真斗とシンクロしている、と雪鱗は言うが、それは平面上だけだ。根っこの部分では正反対と言って良い。


『貴方は人の命をなんだと思っているのですか』

『あれぇ。やっぱり怒るんだ?』

『当たり前です! 貴方の行ったことは立派な犯――』

『本当はどうでも良いくせに』


 ひっくり返ったように冷え込んだ雪鱗の声に、幹耶の喉が詰まった。


『顔も名前も知らない他人の命なんてどうでも良い。モニター越しの悲劇なんてフィクションと同じだ。幹耶くんもそう思っているはずだよね』

『……そ、そんな事、は』


 頭の中には大きく「違う」という言葉が響いている。しかし心は「そうかも知れない」と呟いていた。


『無関係の人を巻き込んできた元テロリストが、一体何をほざいているのさ。どうせ考えた事も無いんでしょ。身を置いた組織の正義を鏡のように我が身に映して、それを振りかざしていただけでしょう』


 目の前に幹耶の心が形をもって現れ、それを読み上げているだけだとでも言うように雪鱗は淀みなく言葉を紡ぐ。


『今もそうだ。無関係の人を積極的に巻き込むのは〝真斗が嫌がりそう〟だから否定しているだけだね? なんでかな。主従契約を結んでいるからかなー?』


 雪鱗は嬲るように言葉の刃で幹耶の心を刻む。その奥にあるものを無理やりに露出させようとするかのようだ。


 幹耶は混乱していた。実の所、雪鱗のいう事は的を射ていたからだ。


 雪鱗の行為はどう考えても許されるものでは無い。しかし苦言を呈するだけでそれを積極的に止めようと思わないのは、その事に意義を感じていないからだ。

 胸の奥から大切な何かが解け、糸を垂らすように抜け落ちていくのを感じた。


 今や頭の中に響く言葉は完全にすり替わっていた。

 雪鱗さんの言葉は正しい。私は他人の命などどうでも良い。


 思い返してみれば、目の前で起こる事柄を、自分の価値観で判断した事などあっただろうか。


 ……無い。


 世界の形は、いつも他所から与えられていた。

 その時々で一番大切な組織、大切な人物。その常識を無意識に分析し、自分の物として上書きしていた。そしてそれに反する事柄を敵として切り裂く。ただそれだけの人生だった。


 では、今の自分はなんだ?


 映した常識を揺らがされ、引き剥がされつつある、今の自分は、一体、何者だ。


『ふふーん』


 言葉を失い、黙して思いに耽る幹耶に満足したように雪鱗が薄い笑いを零す。


『良い感じに輝いてきたね、〝(デュラ)(ンダル)〟』


 昔の名を呼ばれ、幹耶の肩がびくりと震える。

 それは人間としてではなく、一つの兵器としての呼び名。眼前の敵を(ことごと)く切り裂く。それだけの為の名。決して消える事の無い、いつまでも心の底に残り続ける忌み名だ。


『雪鱗さん。貴方は――』

『おぉっとごめんよ、宝箱が開くみたいだ。じゃ、またねぇー』


 またも一方的に通信を切断し、雪鱗は遠くで呼ぶ声に手を振って応える。仰向けに倒れこんだベイビーリップの残骸をよじ登り、コックピットを確認する。開閉部に僅かな隙間ができていた。


「さーて、オープンセサミだね。どんな襲撃映像が待っているやら」


 開いた隙間にランス状に伸ばしたホワイトスケイルの先端を差し込み、テコを使って装甲を押し上げる。幾度か破壊的な金属音が鳴り響き、ついにコックピットの奥に(わだかま)る闇が姿を現した。


 さしもの雪鱗も生唾を飲み込み、そろりと覗き込む。その頬を悪臭を多分に含んだ空気が撫でた。しかしそれは覚悟していた血と臓物の匂いでは無く、焼けたゴムの様な刺激臭であった。


 予想外の展開に眉を顰めつつ闇を睨む。システムは完全には沈黙していない様で、小さな光がいくつも明滅している。


「……んん?」


 思わず雪鱗は唸った。淡い光に照らされたシートに、人影も肉塊の影も無かったのだ。


 ペンライトを取り出し、光を差し込む。パイロットシートの上――機体は仰向けなので正確には背もたれの部分だが――にキラキラと光る物体がある。

 雪鱗はコックピットを守る装甲を乱暴に引き剥がし、そのまま弾き飛ばした。そしてするりと入り込み、光る何かに手を伸ばす。指先にざらりとした感触。砕けた計器類の破片では無い。


「これは、砂……?」


 首を傾げ、シートの裏を覗き込む。しかしそこにも人影は無い。完全な無人である。


 ふと視線を横に向けると、そこには小さな液晶画面があった。どこかへ向けてメッセージを送ったようだ。雪鱗はその文面を読み上げる。


「どうか、私たち家族の悲願を……? なんだろ、これ」

「ユキー? 中は潰れたトマト祭りかいー?」

「いやそれが――ん? ごめんメロン、ちょっと待って」


 シートの裏に広がる闇の中にライトの光を反射する物体がある。雪鱗は手を伸ばし、掴み上げた。その手の中には黒い結晶体が握られている。


「えーと、粗製アゾット……? なんでまた」


 そう呟くと同時に、雪鱗は既に理解していた。なんで、では無い。焼けたゴムの様な悪臭を放つ砂と、粗製アゾットを残して消える敵。そんなもの、一つしか存在しない。


 あり得ない。そうは思う。だがそれ以外には考えられない。


 何故、などと理由を考えるのは後だ。今は一刻も早く真斗たちに事実のみを伝えなければならない。


 まだ、戦いは終わっていない。




 火蓮は苦戦していた。ナースホルンのコックピットが硬すぎるのだ。用意していた機材では埒が明かない。


「マジでどうしようもねぇな、コレ。火で炙ったら飛び出してこねぇかな、中の奴」

「中に火が通る前にお前が干からびるよ。まさか、時間切れまで籠城するつもりじゃねぇだろうな、こいつ」


 額に汗を浮かべ、調査部隊の隊員たちが激しい火花を上げてグラインダー回すのを眺めながら火蓮とシャルムが話し合う。周囲には刃の砕けた各種機材が放り出されて、スクラップ置き場の様な有様だ。


 火蓮は煙草を咥え、紫煙を燻らせる。ふと誰かの声を聴いた気がした。

 片眉を上げ、周囲を見回す。見ればシャルムも同じような様子だ。どうやら空耳という訳では無いらしい。



 ――オリガ――



 再び声が火蓮たちの耳に届く。隊員達も手を止め、異変に辺りを見回し始める。



 ――よくも――



 足裏に振動を感じ、火蓮は視線を下げた。そして、そこにあらぬものを見た。

 ナースホルンの黒い機体から、夜の闇が実体化したような黒い半透明の泥が湧き出して来たのだ。


 黒い機体が更なる漆黒に包まれるまで、そう時間はかからなかった。


「なんだ!? 一体何が――」

「シャル! 考えるのは後にしろ! 総員退避!!」


 火蓮の叫びと、ナースホルンから魂が砕ける様な咆哮が湧き上がるのはほぼ同時だった。爆発するように黒い粘体が吹き上がり、火蓮たちは放り出されるように機体から飛び降りた。


「ほわっ!?」


 突然の出来事に驚愕する真斗の目の前で、ナースホルンがその姿を変えていく。岩の塊のようだった武骨なシルエットを粘体が包み込み、生物の様な丸みを帯びていく。


 やがて現れたその姿は、憤怒の巨神と呼ぶに相応しい様相であった。声ともつかぬ雄叫びを上げ、大地を震わせる。


「さ、再起動した……? いや、これは、まさか……」


 幹耶はとある光景を思い出していた。初めて真斗と出会ったその日。ショッピングモールの中で戦ったとある存在の姿が脳裏に浮かぶ。


 あの黒い粘体。感情の塊が顕現したかのようなこの威圧感。畏怖にも似たこの恐怖。


『真斗! ちょっと面白、じゃなくて、困ったことになったかも!!』


 幹耶たちのバベルに突如通信が入り込む。声の主は雪鱗であった。


『あ、あぁお雪!? え、何? こっちも……、えっ!?』

『あぁんもう! 慌てふためく真斗も超キュートね! って、そうじゃなくて』


 一瞬気抜けしかけた幹耶であったが、続く雪鱗の言葉に表情を険しくせざるを得なかった。



『敵の正体はポリューションだ!』




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