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アゾットシリーズ  作者: 白笹 那智
アゾットⅡ -踊る水銀ー
40/46

ベイビーリップと純白の下衆 前編

 アイランドをぐるりと囲む環状高速道路を、一陣の白い風が駆け抜けていく。


 そのバイクには真っ白なフルカウルが装着されている。いわくスポーツバイクと呼ばれるタイプだ。カウルは金色の、うねった草の様な文様で縁取りされており、更には薄い銀色で描かれたファイアーパターンが時折きらりと輝く。持ち主の内面が透けて見えるような、実に悪趣味なデザインだった。


 久しぶりに感じるメットの重みに肩の凝りを感じ、ハンドルを握ったまま肩をぐり、と動かす。露出した首筋を弾力のある風が撫でた。


 取り繕った白い狂気に跨る天白雪鱗が、ヘルメットの奥で目を細めた。中央分離帯を挟んだ反対車線を疾走する、深紅のベイビーリップを睨みつけている。


 ベイビーリップが腰から下は真っ直ぐ前を向いたまま、上半身だけをこちらにぐるりと向ける。そして右腕を真っ直ぐ突きだした。

 腕部装甲が展開し、中から単砲身のチェーンガンが顔を出す。砲口が火を噴き、雪鱗の周囲でアスファルトが弾け飛ぶ。


 車体を左右に振り、加速と減速を繰り返して銃弾の直撃を避ける。その度にアスファルトが捲れあがり、跳ね上がる。これは補修作業が大変だろうなぁと雪鱗は思ったが、まぁ破壊しているのはあくまでもあちらだ。私のせいじゃない。たぶん。


『ちょこまかと……!』


 ベイビーリップは忌々しげにそう一つ呻くと右腕を下ろした。代わりとばかりに左腕を突出し、腕部装甲を展開させる。中から顔を出したのは九十㎜無反動砲。所謂バズーカと呼ばれる事もある兵器だ。およそ人に向けられる物ではない暗い砲口が、ずるりと雪鱗に向けられる。


 放たれた砲弾は、しかし球状に展開された雪鱗のホワイトスケイルに逸らされ、路肩に放置されていた乗用車を直撃した。


 目も眩むような閃光。真っ赤な炎が牡丹の様に咲き、道路を包んだ。


 炎の塊から白いバイクが飛び出してこない。転倒でもしたか、とベイビーリップは対向車線を見回すが、どこにも姿が見えない。

 それもそのはずだ。雪鱗の姿はベイビーリップの背後、やや上空にあった。爆炎に紛れて中央分離帯を飛び越え、回り込んだのだ。炎の残滓が尻尾のようにたなびいている。


 雪鱗はカウルの内側に仕込んだウェポンベイからサブマシンガンを取り出し、手元でくるりと回す。そしてベイビーリップの足元へ銃弾を放った。


 爆竹よりも軽い音と共に、銃弾がベイビーリップの足元に殺到する。確実に命中はしたはずであるが、しかし目立ったダメージは見受けられない。


「ちぇっ。流石に対策済みか」


 機動兵器は足回りが命だ。タイヤの一つも潰せればと思ったが、パンク対策は万全のようだった。いくら試作機といえど、そこまで甘くは無かったようである。


 バイクを着地させ、タイヤが甲高い悲鳴を上げると同時にサブマシンガンを投げ捨てる。効果のない武器など重いだけだ。


『曲芸師か何かですか、貴方は!』


 ベイビーリップ下半身は正面に向けたまま、上半身だけを背後へ向け、右腕を突き出す。装甲の内側から顔を出したチェーンガンの銃口が雪鱗に向けられ、火を放つ。

 雪鱗はゆるゆると後退しながら車体を左右に振り、銃弾を避け続ける。射撃は正確無比だが、それゆえに読み易い。


 右手の人差し指をクイ、と曲げ「もっと撃ってこい」とサインを出す。もちろん挑発だ。


『このっ……!!』 


 真っ赤なベイビーリップの機体が、更に赤く燃え上がったように思えた。いとも簡単に頭に血を登らせた搭乗者は引き金を引き続ける。もうずっとフルオート射撃だ。このまま撃たせ続ければ弾切れも狙えるだろう。あのか細い機体に、それほど弾薬が積んであるとは思えない。


 そんな攻防が繰り広げられる環状道路には、多数の放置車両がある。混乱の極みにある都市部へ入りあぐねた者たちの置き土産だ。しかしどれもが無人である。調査部隊の呼びかけで近くの区画へ避難しているはずだ。


 ベイビーリッピはそれらの車両を器用に避け続ける。高速で直進しながら小刻みに足を蠢かせるその姿は、もはや蟹と言うよりは昆虫を思わせた。


 聞いた話によれば、ベイビーリップは完全に一人乗りだそうだ。気配から察するに、今は攻撃に専念しているのだろう。しかし、それでもこの機体制御である。恐らくはオートパイロットなのだろうが、とんでもない技術だ。


 銃弾の嵐が一台の放置車両を巻き込んだ。

 一瞬で穴あきチーズに成り果てた車両から、炎がちらりと舌を出す。爆発する、と感じた雪鱗はスロットルを回し、その前に車両の脇を通り過ぎる。


 その時、風の音に混じって確かに聞こえた。


 それは子供の悲鳴だった。


 はっ、として振り返る。そして見た。フロントガラスの向こうに流れる、細く長い金髪。女の子だ。年は十を少し超えたくらいか。そして次の瞬間には炎に飲み込まれた。安否は明白である。レスキューの必要はない。


『っ……!?』


 攻撃の手がぴたり、と止んだ。可笑しな話だが、ベイビーリップは自分の仕出かした事に絶句しているようだった。


「ふぅん……?」


 やはりこのベイビーリップの搭乗者は、ナースホルンの搭乗者とは性格が少々異なるようだ。常識的と言うか、良心の欠片が垣間見える。

 これだけの事をやらかしておいて甘い事だ、と雪鱗は思うが、その甘さは実に僥倖でもある。


 雪鱗の口端が歪む。ハナたちと立てた作戦よりも、もっと面白い方法を思いついた。後から色々と叱られそうではあるが、そんな事はどうでも良い。


 楽しめればそれで良い。


 バキン、と金属を無理やりへし折った様な音が響いた。ベイビーリップがすれ違いざまに照明灯の一つをへし折ったのだ。そしてそれをくるりと回して剣のように構え、雪鱗に向かって振り下ろした。


「ちょ、わ、えぇぇ!?」


 予想外の攻撃に思わず声を上げる。ホワイトスケイルを掠めた照明灯がアスファルトを抉り、様々な破片が爆発したように跳ね上がる。


 破片の直撃を受けたホワイトスケイルが大きく削られる。相当の運動性能を秘めているとは思っていたが、まさか近接攻撃を仕掛けて来るとは思わなかった。


 攻撃は絶え間なく続く。ベイビーリップは羽虫でも追い払うかのように照明灯を突き、払い、振り下ろす。雪鱗は必死に直撃を避けているが、それでも確実にホワイトスケイルは削られていく。


 こめかみに一筋の冷汗が流れる。これは完全に計算外だ、長くは持たない。


 密着するか? そうすればあちらも攻撃できまい。


 ……否だ。停止状態のナースホルンに取り付くならともかく、このような高速戦闘状況ではあのベイビーリップの機体自体が凶器だ。仮に接触しただけでもこちらが吹っ飛ぶ。むしろ、あちらから体当たりを仕掛けてきかねない。


 このまま環状道路を降りるのも良いが、それも逃げたようで面白くない。


「ここは、一丁やってやりますか……」


 雪鱗はスロットルを全開にし、前輪を跳ねあげながらバイクを加速させる。そして路肩に放置されている車両と中央部履帯の間に、無理やりマシンを捻じ込んだ。抜ける瞬間、ホワイトスケイルに削られて生じた火花が鳳凰の翼のように広がった。


 大外から無理やりベイビーリップを追い抜き、前に出る。バックミラーで後方を確認すると、ベイビーリップの上半身はもうこちらを向いていた。呆れるほどに素晴らしい運動性能だ。


『逃がしはしませんよ!!』


 そう叫ぶとベイビーリップはまるで人間の様に照明灯をグルグルと回し、そして一閃、薙ぎ払うように振り抜いた。だがその暴風が雪鱗を捉える事は無かった。雪鱗の駆るバイクは地を這うような角度に倒れ込み、アスファルトをスライスでもするかのように車体が横滑りしている。


 転倒したのではない。わざと倒したのだ。


 激しく火花が上がり、アスファルトが断末魔の様な叫び声を上げる。ステップはガリガリと泣き叫び、ホワイトスケイルは激しいダメージに今にも消えそうに明滅している。


『なっ!?』


 ベイビーリップからそんな驚愕の声が溢れ出る間にも、彼我の距離は急速に縮まっていく。やがて雪鱗の頭部すれすれにベイビーリップの脚が迫る。


 高速移動するベイビーリップの急所である、脚の装甲裏を狙うのは並大抵の事ではない。しかし、有効打を与えるには何としても滑り込まなければならない。


 だから雪鱗は〝賭けた〟のだ。ベイビーリップの運動性能と機体制御の正確さに。


 開け。そう願う。このまま衝突すれば、ダメージが大きいのは間違いなく雪鱗の方だ。それはベイビーリップの搭乗者も解っているだろう。

 しかしオートパイロットはどうだ。障害物である雪鱗をどう扱うだろうか。それに、人とは往々にして障害物を反射的に避けてしまうものであるだろう。あって欲しい。


 残り数センチ。衝突を免れるギリギリのタイミング。それでも雪鱗は賭け続けた。車体を持ち上げず、代わりにウェポンベイから単発式グレネードランチャーを引き抜く。安全装置を外し、来たる一瞬のチャンスを待ち続けた。


 果たして、幸運の女神は雪鱗に微笑んだ。ベイビーリップは脚を開き、雪鱗をやり過ごす事を選択した。

 一瞬にも満たない刹那のすれ違い。雪鱗はそのチャンスを逃さずに脚部装甲の裏、脚の付け根へグレネードを叩き込んだ。


 機体よりも赤く吹き上がる爆炎にベイビーリップが大きく震える。関節を破壊された脚部が足かせになり、機体全体のバランスを奪う。


『くっ……。アンジュ如きに……!!』

「アンジュだから、でしょうが。……ふぅ、スリル満点ね」


 車体を立て直した雪鱗が小さく息をつく。そのすぐ隣を赤い鉄柱が転がり、後方で爆散した。パージされたベイビーリップの脚部の一つだ。


『こっのっ……! 楽には死なせませんよ!!』


 夏空を震わせる怒号に、雪鱗は肩を揺らしておどけて見せる。


「まぁ怖い! あんまり怖いから逃げちゃおうかしら……ねっ!」


 そう言うと、雪鱗は大きく車体を倒して進路変更する。目標は環状道路の出口だ。


『逃がさないと言ったはずですよ!』


 視界から消えた雪鱗を追って、ベイビーリップも環状道路の出口へ入った。


 雪鱗へバベルの通信が入る。相手は華村だった。


『おいユキ、どこに向かっている。何かトラブルか』

『ごめんハナ、作戦変更だよ。ランデブーポイントはここね』


 地図に赤い印を打ち、送る。返ってきたのはキャメロンの驚いたような声だった。


『ちょ、ここって……。正気かい!?』


 雪鱗は楽しそうに嗤い、唇を歪めて犬歯を剥き出しにする。


『それって、答える意味ある?』





 やがて白い狂風(きょうふう)と赤い悪魔が、とある都市区画に入り込む。


『……市街戦を挑もうと言うのですか』


 ベイビーリップは警戒をする事も無く、都市区画に入り込んだ。油断からではない。元よりベイビーリップは市街地戦闘を想定して設計された機体だからだ。つまり、この見通しの悪いコンクリートジャングルこそがベイビーリップの本領を発揮できる狩場であるのだ。


 どこからでも狙って来るが良い。細い路地裏? ビルの屋上? 意外性でマンホールの中から? どこだろうと同じ事だ。顔を出した瞬間にミンチにしてくれる。


 ほくそえみながら、ベイビーリップは各種センサーを最大展開させる。そして、驚愕に凍りついた。


 反応があまりに多すぎるのだ。


 あちこちのビルの中から。小さな商店の中から。大きなワンボックスカーの中から。

 屋外に出ている者は居ない様だが、あちこちの建物の中から無数の反応がある。


 待ち伏せか。……いや違う。そのような雰囲気ではない。あまりにも丸見え過ぎる。では、何だ?


 困惑するベイビーリップのコックピットに、何者かの接近を知らせる警報が鳴り響く。弾かれた様に上体を巡らし、反応のあった方向へ右腕のチェーンガンを展開して銃口を向けた。


 果たしてその先に居たのは腰を抜かしてへたり込む子供と、それを庇うようにして覆いかぶさる、母親と思われる若い女性の姿だった。


『っ、ぐっ……!?』


 息を詰まらせるベイビーリップへ通信が入る。送り主は他ならぬ雪鱗だった。


『あっれー、どうしたのかな? 一般人は撃てないとか、今更そんな甘い事を言わないよねぇ?』


 まさか……。


『避難区画……!?』


 くつくつと、いやらしい笑い声が響く。


『大正解。あんた達のせいで、予定外のキャンプをする羽目になった人たちの休憩所だよ』

『貴方って人は……』

『あんまり暴れない方が良いよぉ? アンジュ以外もミンチになっちゃうからね』


 つまりはこういう事だ。


 正面からベイビーリップに挑めば消耗が激しい。しかし華村たちが攻撃を加えるには大きな隙を作り出す必要がある。そのためにはどうにかしてベイビーリップの気を逸らし、大きな一撃を撃ち込んで動きを止めたい。


 そのために、雪鱗は一般人を〝デコイ〟として利用する事を思いつき、躊躇なく実行に移したのだ。


 果たして、効果はあったようだ。ベイビーリップは困惑し、まともに動けないでいる。環状道路で見せた少しの弱み。雪鱗は的確に、残虐にそこを突いた。


『このっ……下衆がぁぁぁぁぁ!!』


 地獄の底から響くようなその声に、雪鱗はついに声を上げて笑い出した。


『やぁんもう。褒めても何もでないよぉ? 金平糖食べる?』



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