ナースホルンとベイビーリップ
「ヘイボーイズ。小麦レンガを齧りながらでいいから聞いてくれ。状況は最悪だ」
アイランドの中心部にそびえ立つモノリスタワーの六三階にある、清掃部隊専用のコミュニティルームに華村の声が響く。
小麦を固めてレンガを作ったような、栄養と保存性だけを考えて作られた戦闘糧食を朝飯代わりにしていた幹耶とキャメロンが顔を上げ、真斗はまだ半分以上眠ったように船を漕いでいる。
「最悪なのはあたしの気分の方だ。あぁくそ、冗談じゃねぇ」
大抵の事に興味が無い火蓮が珍しく毒づく。無理もない。自慢の愛車が渋滞に巻き込まれ、どうにも動けない所に集合を掛けられたのだ。結果、火蓮は断腸の思いで愛車を放置する羽目になり、したくもない朝の散歩をする事になった。不機嫌も仕方ない。
「運が無かったとしか言いようが無ぇな。察するよ。ほら、ユキも冬眠前のリスみたいに菓子を詰め込んでないで話を聞け」
頬を膨らませた雪鱗が「んむ?」と言葉を返し、真斗を除いた四人の視線が華村へ集まる。
「隊長様の意識がネバーランドから帰ってこないので、代わりに俺が説明をする」
華村が指を払うと、幹耶たちの視界にアイランド全域の俯瞰地図と、監視カメラの映像と思わしき物が複数表示された。地図には戦闘状況を示すマークが至る所に示され、映像の中では人間と機械の激しい銃撃戦が繰り広げられている。硝煙の香りが鼻を掠めそうなほどであった。
「約三十分前、アイランド全域で無人兵器が暴走を始めた。現在はアイランドに駐留している各国の軍が、自国の無人兵器とお遊戯をしている」
「戦況は?」
キャメロンの言葉に華村は鼻を鳴らす。
「拮抗しているな。少なくとも楽しくはなさそうだ」
どの国もアイランドでの実行支配力を少しでも高めようと、人と物を大量に運び込んだ。そして、手軽で確実な戦力になる無人兵器同様に。
「まぁそれは良い。こちらに火の粉が来なければ興味も無い話だ。それより問題なのは交通システムの完全麻痺と、タイミングを謀った様にあちこちで沸き起こった暴動だ」
華村が再び指を振るい、バベルに表示された映像が切り替わる。
その瞳に映る市街監視カメラの映像を、幹耶は何と表現すれば良いのだろうと思った。
声を荒げて列をなす人々の群れは熱狂的で、荒ぶる主張が渦を巻いて立ち昇っていた。そこだけを見れば今までのデモ行進と同じだが、決定的に違っていたのは、人々が暴力というスパイスを持ち出したことだ。
いかなる燃料を使っているのか、いつの時代も変わらない民衆の武器、火炎瓶を放り投げる人々の列。眩い初夏の陽光の中にあって、怒りを具現したようなその炸裂は一際眩しかった。
更には、どこかから持ち出した拳大の石、割れたガラス片、誰かのスニーカー、手近な店から略奪したレジスター。そこらに転がっている物を、手あたり次第に盾を構える警備部隊や調査部隊に投げつけながら人々は行軍を続ける。
その光景に、幹耶は強烈な違和感を覚えていた。
誰も彼もが怒りに表情を歪め、声を荒げてはいるが、その瞳に意思と言うものを感じなかったのだ。言うなれば、したくも無い仕事を無理やりやらされているとでもいうべき気配だ。まるで鏡でも見ている様な気分だと幹耶は思う。
「見ての通りだ。交通整理と暴動の対応で警備部隊と調査部隊は目を回している。各地で怪我人が続出しているが、医療施設への搬送もままならねぇ」
「……酷い有様だ。これほど大規模な暴動、事前に察知できなかったの?」
キャメロンが苦い表情で言葉を吐き出す。
「今までのデモと同じだ。飴玉に群がる蟻のようにどこからか湧いてきて、あれよと言う間に虎になった。授業中の学生のように、袖の下でメモ紙でも回していたのかもな」
大げさに肩を竦めて華村が言うが、それに笑い声を返す者は一人も居なかった。
「〝何故それが起きたか〟を考えるのは後回しだ。〝今、何をするべきか〟を考えよう。暴動鎮圧か? それとも、ポリューションの発生を警戒して待機か?」
火蓮のいう事は至極正しい。物事には順序というものがある。無人兵器の暴走、交通システムの麻痺、兆候なしに巻き起こった大暴動。どれをとっても一大事だが、その根を掘り起こすのは嵐が過ぎ去った後に行うべき行為だ。
だが、清掃部隊に迫る嵐の巨大さは、彼女の予想をはるかに上回っていた。
『はぁい。じゃあ、ここからは説明を引き継ぎますねぇ。まずは清掃部隊宛にラブレターが届いているので、それを聞いてくださいー』
間延びした声は清掃部隊のオペレーター、萩村のものだった。のんびりした残響が消えるのを待たずに、音声メールが全員に送られる。ピンキーの面々は目配せをし、華村が代表して再生を開始させる。
『よぉ。聞いているか、ピンキーの人外ども。ハッピーか?』
脳内に響いてきたのは合成音声だ。口調は男性のそれだが、機械的なその声は男女の区別が付かず、年齢も判然としない。一つ言える事は、それが酷く胃もたれのする声だという事だけだ。
『アイランドは楽しいパーティの真っ最中だ。随分頑張って準備したんだぜ? 盛り上がってくれないと嘘ってもんだよなぁ。しかしだ、このパーティーには足りないものがある。解るか?』
声の主はもったいぶるように言葉を区切る。火蓮の指が煙草を求めて胸元をまさぐり始めた。
『そう、メインイベントだ。そしてそのゲストは――お前らだよ、人外ども』
〝メインイベント〟。その響きに幹耶の胸がざわつく。間違いなく、ロクでもない代物だろう。
『ルールは簡単だ。俺らとお前らがゲームをする。デス・ゲームだ。そして生き残ったほうが勝者。簡単だろう? 五歳児でも一発で理解できるってもんだ』
声の主は泥が泡立つような声を上げる。恐らくは笑っているのだろう。だが、その異質な笑い声よりも気になる事がある。
「俺――〝ら〟?」
雪鱗がぼそりと呟く。相手は複数という訳か。しかしそれも当然だろう。単独でこれほどの騒ぎを起こせる人間など、そうは居ない。
『しかしまぁ、なんだ。お前らは化物だ。しかし俺はそうじゃない。これじゃ不公平ってもんだよなぁ? だから、ちょっとした小道具を用意した』
視界の端に二つの映像が映し出される。片方には巨大な黒い戦車の車体に、適当に岩を削って人型にしたような機械人形の上半身が乗せられた機動兵器。
そしてもう片方には蜘蛛か蟹を思わせる鋭く細い六本の脚と、先鋭的なフォルムの上半身を持つ、半人型機動兵器が映し出されていた。こちらは真っ赤な塗装が印象的だ。
真っ黒な戦車タイプはキャタピラでアスファルトを削り取りながら、真っ赤な多脚タイプは脚の先端につけられたタイヤを回して、高速で移動をしている。
眉をしかめて幹耶がそれを見ていると、背後で雪鱗と火蓮が「これって……」と顔を見合わせた。どうやら見覚えがあるらしい。
『イカしたおもちゃだろう? これでお前らと遊べるってもんだ』
コミュニティルームの中に困惑したような空気が流れる。
「冗談じゃねぇ。こんなキチガイの相手をする必要は――」
『おぉっと、不参加なんて興醒めな真似はよしてくれよ? ちゃぁんと景品を用意してあるんだ。きっと気に入ると思うぜ』
こちらの思考を先読みしたような音声メールに、華村は苛立ちを隠さずに舌打ちをする。二つの悪趣味兵器の画像が消え、代わりに現れたのは白い輸送機だった。
『アイランド中の対空迎撃用無人兵器がこいつにお熱だ。こいつにはガキが二十人ばかり乗っている。お前らと同類の化物だよ。それと――』
「……ともちーと姫も、あれに乗ってる」
菓子を食う手を止め、雪鱗が言葉を零す。細められたその瞳には、隠しきれない怒りの炎が宿っていた。
『ショーの様子はアイランド中のカメラ映像を使って、世界中にネット中継してやる。最高にエンターテイメントだろう? 俺らがお前らをミンチにするか、お前らが臆病風に吹かれて尻尾撒いて逃げ出したりしたら輸送機を落とす。輸送機がアイランドの外に逃げても花火が咲く。その後はアイランドに寄生しているアンジュどもを一匹づつ潰していく。ノミのようになぁ』
イカレている。幹耶は何の含みも無く、素直にそう思った。しかも相当に性質が悪い。
気が違ってしまったとしか思えないような輩に絡まれる事はよくある。その場合は無視をするか、物理的にお黙り頂くかで解決するものだが、今回の奴は一味も二味も違う。
アンジュを殺す。その意思を強く感じる。痛いほどに。
しかも劇的に、悲劇的に、喜劇的に。世界の晒し者にするように殺そうとしている。
狙いは明白だ。アンジュは無力である。街どころか、子供たちの命すら守れないような弱者である。淘汰されるべき害虫だと、世に広く示したいのだ。
「見せしめにするつもりか……」
幹耶の言葉に反応を示す者は居ない。だが、誰の気配も鋭い刃のようだった。
再び菓子を頬に詰め込み始める者。ようやく起き出して、大きな欠伸をする者。まずそうに煙草を吹かす者。眼を瞑って銃弾を手の中で弄ぶ者。組んだ指を頭の後ろに回し、とぼけた様な姿勢を崩さない者。
そのあり様は様々だ。だが、誰もが剥き出しの殺意をまき散らしていた。イカレたマッド・パーティの主催者を〝我らが敵〟と認めたのだ。
幹耶は肌が泡立つのを感じた。その感覚は、おそらく恐怖だ。
普段から何があろうが飄々とした態度を崩さないピンキーの面々が、今、敵を喰らうためだけに牙をギラつかせている。その事実が、幹耶には果てし無く恐ろしかった。
『九時きっかりに、アイランドの北端と南端で同時に開演だ。努々(ゆめゆめ)遅刻などするなよ化物ども。今日の俺の昼飯は、お前らのミンチと堕ちた輸送機の炎で作ったハンバーグだ。カハハハ!!』
わざと相手の耳に残る様な笑い声を上げながら、メールの再生が終了した。
「上等だな。思い上がった阿保の肉でミートパテを作って、海にばら撒こう。昼飯前の一仕事だ」
こみ上げる怒りを抑えこむように、華村が低く唸る。
「落ち着けハナ、正面から行っても返り討ちが関の山だろ。あたしたちはコミック・ヒーローじゃぁないんだ」
火蓮は極めて冷静だ。憤怒の炎で温められて、ようやくクールと言った所なのだろう。
『ねぇ、はーちゃん。無人兵器も交通の麻痺も、さっきの奴が原因なんでしょ? 居場所解らないかな? 生身を直接叩いたほうが早いよ』
『いやぁ、それがですねぇー……。〝居ない〟んですよ』
キャメロンの言葉に、萩村が珍しく戸惑うような声を上げる。それを聞いたピンキーの面々も首を傾げた。
『どういう事? 解りやすく言って』
こちらも珍しい真面目な表情で雪鱗が言う。
『どこをどう辿ってもぉ、何も出てきませんー。ウィルスの類でもなさそうですし……。申し訳ないですぅ……』
ご丁寧にしょぼくれた顔文字までバベルに表示させて、萩村が謝罪の言葉を述べる。幹耶にはその丁寧さが逆効果としか思えないのだが。
『はーちゃんで駄目なら、世界の誰でも追えないわよ。……やるしかないわね』
真斗が背伸びをしながら声を上げる。
生身であの機動兵器に挑む。勝算は如何程だろうか。万に一つか、億に一つか。いずれにせよ、隊長様に手をこまねいて輸送機が落ちるのを見ていると言う選択肢が無いのは確かだ。
『引き続き無人兵器の奪還とぉ、システムの復旧を試みますー』
『うん。お願いね、はーちゃん。さて、あの冗談じみた兵器だけど……』
『それの説明は僕がしよう』
突然割り込んできた声に、華村が顔を跳ねあげる。
『はぁーい。特別ゲスト、ドイツ連邦国防省所属アイランド特別技術派遣班班長、ヨハン・アポロニアスさんですぅー。噛まないで言えましたぁ』
『ヨハン。お前、どうして』
一人嬉しそうな萩村を無視して、華村は驚愕の声を上げる。ぶすくれた萩村の声が尾を引いた。
『あれらは独・米・日の共同開発で造られた、試作機動〝有人〟兵器だ。無人兵器の指揮機としての役割を担う。重戦車タイプは僕の設計だよ。開発名は《ナースホルン》。見ての通り、重装甲、長射程、高火力がコンセプトだ。過去の同名戦車とは比べ物にならない性能さ。装甲はサードアーム鋼板を使用した複合多層装甲。それが三枚重ねだ。これを正面から撃破しようとしたら、バンカーバスターでも撃ち込まなきゃならない。あいつの動力は――』
『待てヨハン。お前、自分が何をやろうとしているのか、理解しているのか』
滔々と機密情報を垂れ流すヨハンを華村が制止する。
『解っているさ。アレが奪われたのは僕の責任だ。そして僕は、それを知らん振りできるほど恥知らずでもない』
『そう言う話じゃない。これ以上話せば技術者としては終わりだぞ。今までのキャリアを投げ捨てる気か』
機密を守れない技術者に価値は無い。特にドイツと言う国の厳格さは華村も良く知る所だ。いかにヨハンが優れた技術者だったとしても、機密漏洩を茶飲み話として笑って許してくれるような奴らではない。
『それも解っているさ。技術者としてあるまじき行為をしようとしている、という事も。だけど、正しい事だけが人の命を救うとは限らない。善次。君が教えてくれたことだ』
華村はたっぷりと息を呑み、やがて諦める様にゆっくりと吐き出した。
『お前は昔から頑固だからな。一度やると決めたら、神様に叱られようがそれを成す男だ』
『よく解ってるじゃないか』
二人は声を潜めて笑いあう。そこへ火蓮が口を挟む。
『男の友情物語は結構だが後にしてくれ。細かい情報は全部はーちゃんに送れ。出所を隠すくらいは問題なくやってくれる。あたしが聞きたいのは〝どこを狙えば奴らを鉄の棺桶にできるか〟。それだけだ』
にべも無い火蓮の言葉に、華村と善次はバツが悪そうに咳払いをする。キャメロンが『そーだそーだ。勝手に盛り上がんなー』と、つまらなそうに頬を膨らませていた。
『さっきアレを〝有人〟兵器と言ったな。コックピットを潰すのはどうだ』
『いや、流石にそれは不可能だろう。あそこは世界で一番安全な場所だ』
あっさりと案を否定された火蓮は、しかし「ふむ」と顎に指を当てて考え込む。
恐らくパーティの主催者は機動兵器のコックピットに居るのだろう。そして、そこで高みの見物と言う訳だ。
『勝機を見出すとすれば、アレが試作機である、と言う点だよ』
ヨハンが言うには、こうだ。
強力な指揮機が大量の無人兵器を率いて、単身で敵地に乗り込み制圧するという《ワンマン・アーミー》計画は、もう随分と昔からあったそうだ。いくつかの試作機が作られたが、石油資源の枯渇という大混乱の波に呑まれて計画が頓挫。半端に組み上げられた試作機だけが埃をかぶる事になった。
しかし最近になって、そこへ新たな光が差し込んだ。粗製アゾット結晶を使用した超容量バッテリーの誕生だ。
かくして古の巨人は蘇り、そしてアンジュの脅威となった。
『戦闘力だけを見ればナースホルンに敵う者は無い。ハッキリ言って、地上最強だよ』
ヨハンの言葉に、なぜか雪鱗が嬉しそうに口笛を吹く。
『だが、不具合が起きた際に修理、点検を用意にするために、あえて造りを甘くしている部分がある。動力部だ』
幹耶たちの視界に立体図面が表示される。ナースホルンの設計図だ。そして、車体の後部に赤い丸が書きこまれる。
『超容量バッテリーと電力増幅炉が、車体後部に三基搭載されている。ここを狙ってくれ』
車体側面の装甲も分厚い。携行兵器程度では貫徹は望めないだろう。しかし、ナースホルンもまた戦車の例に漏れず装甲の薄い部分がある。車体の上部だ。
『目標はそれぞれに設置された放熱ファンだ。ここからなら動力部を叩ける。それ以外はたとえアンジュだろうが、生身で何とかなるような装甲厚ではない』
『いくつ破壊すれば良い?』
声を上げたのはキャメロンだ。先ほどの膨らませた頬はどこへやら。プロらしい、緊張感に満ちた表情だった。
『三基全部さ』
ヨハンはあっさりと言い放つが、それは大変難しいオーダーだ。
何らかの策で動力部の一つを破壊しても、それ以降は警戒されて近づく事すらままならないだろう。破壊するなら、間髪入れずに三基同時だ。
『まぁ〝不可能〟が〝超難しい〟になっただけでも収穫だな。赤いカニ野郎はどうだ』
『あれは米国の機体だよ。開発名は《ベイビーリップ》。高機動性と高い運動性能にそれなりの装甲。そして必要十分な火力を備えている。米国らしいハイレベル・スタンダートな機体だ』
『お前が他国の兵器を褒めるなんて珍しいな』
『良い物は良いとしか言えない。仕方がないね』
華村とヨハンの会話は続く。真斗が大きく欠伸をした。
『こちらも撃破するなら、動力部を狙え。恐らくは六本の脚部に搭載されているはずだ。三つほど破壊すれば行動不能に陥る計算だよ』
『脚の赤い装甲板も、複合なんちゃらってやつか?』
そう質問を投げかけたのは火蓮だ。
『そうだね。破壊を狙うならセオリー通りに関節部分か、機体の真下から脚の内側を狙えば装甲が薄いはずだ。あるいは、ハナのサードアームであれば、ベイビーリップのコックピットなら直接叩けるかもしれない』
「だ、そうだよ。どうする? 真斗」
話は終わりとばかりに、雪鱗が真斗に水を向ける。
真斗は目を瞑り、頭の中で戦闘のイメージを重ねていく。が、正直に言ってかなり厳しい。流石に機動兵器相手の戦闘は初めてなので思うように想像ができない。
本当の本当に、出たとこ勝負だ。
『ちなみに、このゲームには時間制限がありますー』
割り込んできたのは萩村の間延びした声だった。
『時間制限、と言うと?』
『輸送機のバッテリーですー。旧型バッテリーなので、持っても後二時間ですねぇ。十時がデットラインですー』
真斗の眉間に皺が寄る。機動兵器を撃破し、無人兵器の脅威を取り除いて輸送機を無事に着陸させる。それを二時間足らずでこなさなければならない、と言う訳だ。
『ともちー達と話はできる?』
『バベルのアップデート中ですので、今は無理ですぅ。ミュータントプログラム対策でシステムの総入れ替えですからねぇ、時間かかると思いますよぉ』
小さく溜息をつきながら眉間のしわを指で揉み解し、真斗が声を上げる。
「隊を別けるわ。私、みーくん、火蓮は黒いデカブツを。お雪、ハナ、メロンはカニ野郎を茹で上げて食卓に並べなさい」
「えー。私は食べ応えのありそうな方とやりあいたいなぁ」
雪鱗が不満げな声を上げる。
「お雪はカニを食べるの得意でしょ? バイクを使いなよ。またアレを見たいなぁ」
「あぁ――。なるほど、良いね。楽しそうだ」
嬉しそうに唇を歪ませる雪鱗を見て、幹耶は胸の中で十字を切りたい気持ちになった。あの人が何をするつもりなのかは解らないが、ベイビーリップの搭乗者は起きながらにして悪夢を見る事になるだろう。
真斗が腰を上げるのを合図にして、各々がピクニックの準備をするべく動き出した。
『はーちゃん、車の用意をお願いできる?』
『既に準備済みですよぉ、真斗さんー。第七ガレージに向かってくださいー』
『こないだ鹵獲した無人戦闘ヘリがあるだろ。使えるか?』
『はいハナさんー。武装を全解除していたせいか、見逃されていますねぇ。二十分以内に用意しますー。でも、飛ばせるだけですよぉ?』
『十分だ。コントロールはこちらにくれ』
『ねぇはーちゃん、私のバイクってどこに停めてあるっけ?』
『ではぁ、ユキさんのバイクも第七ガレージに運ばせておきますねー』
次々に飛んでくる要望を流れる様に処理していく萩村に、幹耶は目を剥いた。
「もしかして、はーさんって有能だったりします?」
「ピンキー専属のオペレーターよ? 当然じゃない」
何でもないと言う様に真斗が声を返しながら去っていく、幹耶もまた着替える為に自室へ向かった。
黒いデカブツの動力部を斬るならば、真上から攻撃するほかない。さてどうした物か、と考えながら歩いていた幹耶の背中に声が掛けられる。
「おーっす幹耶くん。お元気?」
「……まぁ、それなりに」
声の主は雪鱗だった。幹耶の言葉に「そうかそうか」と微笑みながら頷く。
「一応聞いておきますけど、今回の件には関わっていないですよね?」
「あーっ! ひっどぉい! 品行方正なミラクル天使の私がそんな事するわけないじゃーん」
ケラケラと声を上げる雪鱗を幹耶は注意深く観察する。そして二秒で諦めた。そんな簡単に見透かせる人物ならば苦労はしない。
「それで、どんなご用件ですか?」
「あーうん、それなんだけどね。多分だけど幹耶くん、死ぬよ」
幹耶の表情に緊張が走る。
「それは、どういった」
「そのまんまだよ。君のアーツは強い。でも、それだけだ。今回みたいな規格外の相手には通用しない」
口元に微笑みを湛えながら、しかしその瞳は真っ直ぐだ。
アーツの強さは想いの強さで決まる。幹耶には〝想い〟が足りないと、雪鱗はそう言っているのだ。
「ずっと見てきたけどさ、やっぱり君は〝何者でもない〟んだよね。マザーアゾットの前で真斗に色々と不平不満をぶちまけてたけどさ、あれだって他人の話を自分に重ねただけで、全然本心じゃないんでしょ?」
「そ、んな事」
「嘘が下手だね」
ずい、と雪鱗は身を乗り出し、幹耶を顎下から覗きこむように上目づかいで見つめる。
「君が本当に信念を持ってテロ行為に加担していたのなら、真斗に負けたぐらいで組織を裏切れる訳ないじゃん。腰が軽すぎだよ。幹耶くんは、自身の生死にすら興味が無い。違う?」
幹耶は息を詰まらせる。肯定も否定できなかったからだ。
「君は〝何〟? 何者で、どうなりたいの? いい加減自覚しないと、そろそろ死ぬからね」
ま、本当は気が付いていないだけなんだろうけど。と言い残し、雪鱗は背中を見せて去っていく。
ふと、何かを思い出したような声を上げ、くるりと盾の魔女が振り返った。
「そうそう。火蓮は幹耶くんの事を〝刀〟のようだって言っていたよ」
「か、刀……?」
困惑する幹耶を、雪鱗は目を細めて見つめる。
「んふー。その様子じゃあ、まだまだっスねぇ」
んじゃ、と声を上げて今度こそ雪鱗は立ち去った。後には呆然と立ちすくむ幹耶の姿だけが残された。
時は八時五七分。デス・ゲームの開演三分前。真斗はアイランドの北端で小さな身体を思い切り反らせていた。
別に自身を大きく見せようという訳ではない。目の前にそびえ立つナースホルンの巨体を眺めていたのだ。
「はぇ~……。デッカイわねぇ。近くで見ると、まるで戦艦ね」
一体何十メートルあるのだろう。十? 二十? もしかして、三十? 映像ではさほど感じなかったが、間近で見るとその威容に圧倒されてしまう。
人型部分の腕部や肩部から伸びている煙突の様な物は砲身だろうか。どれもが必殺の威力を秘めて黒光りしている。よく見れば、車体のあちこちからも筒を束ねた様な砲身が覗いていた。設計図によれば、火の粉掃いの為の二十㎜バルカンだそうだ。他の物と比べれば頼りなく見えるが、まともに喰らえば当然無事では済まない。
もはや敵と戦うというよりは、要塞攻略にでも挑むような心境だった。
『……あぁ、来てたのか。小さすぎて蟻かと思ったぜ』
ナースホルンの巨体から小馬鹿にしたような合成音声が響いてくる。降伏勧告用の外部スピーカーでも搭載しているのだろうか。
「はん、余裕ぶって居られるのも今の内よ。あんたは今からその蟻に潰されるんですからね!」
『ほーう。面白いジョークだ。天国の門番にも聞かせてやれ。きっと扉を開いてくれると思うぜ』
グツグツとした笑い声が辺りに満ちる。吐き気と頭痛を引き起す、毒の様な音の響きだ。
一方アイランドの南端、バイクにまたがる雪鱗の眼前には、真っ赤な塗装が施されたベイビーリップの姿があった。鋭い六本の脚と先鋭的なフォルムの人型部分は前衛彫刻の様でもあるし、異星からやってきたエイリアンの様でもあった。
『時間通りですね。良い心掛けです』
「へぇ? あんたも喋るんだ」
赤い機体から響く声が大気を震わせる。声自体はメールと同じ合成音声であったが、こちらは口調が柔らかく、女性的な物を感じさせた。
『今のうちに遺言でも残しておいたら如何ですか? 死人に口なしとはよく言うでしょう』
「余計なお気遣いをありがとう。遺す言葉など何も無いし、必要もないよ」
『潔いって受け取っておいてあげるわ。〝ブシドー〟って奴かしら』
そう言ってベイビーリップは赤い肩を器用に竦めてみせる。異音も引っ掛かりもないその滑らかな動きに、運動性能の高さを感じさせる。
その脅威を目の当たりにして、しかし雪鱗の心は沸き立った。こちらもこちらで楽しめそうだ。
時刻は八時五九分、五十秒。
『時間だな』『そろそろですね』
北と南、アイランドの両端で同時に鉄の巨人が声を上げる。
「「さっさと始めなさいよ」」
その眼前で、小さな巨人たちもまた声を上げた。真斗はネイルのケースに指を掛け、雪鱗は髪を掻き上げてメットを被る。
時計の針が逆L字になり、秒針が頂点に達する。九時丁度。開演の時刻であった。
『『「「パーティを始めよう」」』』




