表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アゾットシリーズ  作者: 白笹 那智
アゾットⅡ -踊る水銀ー
32/46

焦げパン二人とアイランドの現状

「……ぷっ。くっ、ははは! なんだお前ら、煙突掃除でもしてきたのか? 焼きすぎたトーストみたいな有様だぞ」


 華村が腹を抱えて無遠慮な笑い声を上げる。まともにやりあう気力も残っていない真斗は、不機嫌そうに頬を膨らませるのみだった。

 火災現場の後処理を後からやってきた消防隊と調査部隊に任せ、モノリスタワーに帰ってきた幹耶たち四人。そこへ、時を同じく帰ってきた華村とばったり出くわしたのだった。


「真斗と幹耶くんがビル火災に巻き込まれてね」


 黒パンのような頬を指で突きながら雪鱗がそう言うと、華村は「あぁ」と言いながら一つ頷いた。


「例の連続機械火災か?」

「さぁな。とりあえず、焦げパン二人はさっさとシャワーでも浴びてこい」


 モノリスタワーの六十三階、幹耶たち清掃部隊の専用フロアにあるコミュニティルームのソファに身を投げ出しながら火蓮が言う。

 早く行け、と面倒そうに手を振る火蓮に従い、幹耶と真斗はそれぞれの部屋へ疲れた足取りで向かっていく。


「何それ。千歳飴?」


 華村の抱える長大な狙撃銃のサードアーム、デア・ドゥンケル・リッターを顎で示して雪鱗が言う。


「物騒な菓子もあったもんだ。俺が袴を着て七五三に行きそうな年に見えるか?」

「年齢的には三歳くらいの子供がいてもおかしくはないよな」


 火蓮の言葉に、華村は大げさに肩を竦める。

「一つの視点のみで物を語るな。家に芝刈り機が無ければホモだと言うような物だぞ。それにこんな仕事だからな、家庭を持つなんて考えた事も無い」

「ま、いつ死ぬか解らないからねぇ。私たち」

「そう言うこった。そこへ行くとやっぱダンナはすげぇよな」


 雪鱗の言葉に華村は頷く。

 華村の言う〝ダンナ〟とは、清掃部隊の元隊員である禿頭の大男の事だ。名を〝()()(うみ)〟と言う。結婚し、家庭を持ったことを切っ掛けに荒事を引退し、今はアンジュ歓迎の喫茶店兼バー〝左ききのクジラ〟を経営している。真斗たちはそこの常連客だ。


「おや、みんな揃ってるじゃん」


 コミュニティルームの入り口からキャメロンが顔を出す。緑色をしたシャツとハーフパンツと言う軽装だ。まさにオフ全開といった感じである。


「おー。メロンは今日、お休みだったっけー」


 ソファにうつ伏せに寝転がった雪鱗が身体を反らせ、顔を上げて言う。


「だらけてるねぇ。今日もアイランドは大騒ぎかい」

「目の前でビルが二棟、焼け落ちましたー」


 天気を聞くようにコーヒーを淹れながらキャメロンが問いかけ、気怠そうに雪鱗が応える。


「俺の方も結構大変だったぞ。試作タンクドローンが暴走して、多数の死者が出てな。その始末をする羽目になった」

「なんだそりゃ。結構大事じゃねぇか」


 その言葉に反応したのは火蓮だった。バベルを操作し、関連する情報を探す。


「……情報は上がってないな。隠蔽してんのか?」

「そりゃーそうでしょう。機密扱いで影から闇へ、って感じだと思うよ。割とよくある事なんじゃないかな」


 眉根を寄せる火蓮に雪鱗が言葉を掛ける。


「試作兵器に事故は付き物だ。問題点を洗い出す為に試作機を作るんだからな。それを一々、公に問題にはしないだろう」


 腕を組んで華村が言う。


「ま、何にせよ災難だったね」


 苦労話を茶菓子代わりに、終日非番と言う特権階級のキャメロンは優雅にコーヒーを啜る。


「アイランド全体で言えば――、日の出と共に見つかった死体が三つ。暴行八件、窃盗二七件、強姦二件……っておい、まだ昼だぞ。元々治安は良くねぇが、近頃は特に荒れてんな」


 バベルを操作しながら火蓮が表情を曇らせる。

 アゾット結晶による副産物であるダストを浄化する役割を負う代償として、アイランドに住まう人々は最低限の衣食住を保障されている。

 飢えと渇きと風雨の冷たさから解放された人々。だが、そんな彼らを脅かす存在がある。他ならぬダストそのものと、日夜を問わず巻き起こる犯罪の数々である。


 働かずとも生活を保障され、各種の娯楽も完備した地上の楽園と言うべきアイランド。さぞかし平和に満ちた優しい世界になるだろうと思われたが、現実はそう上手く運ばなかった。


 衣食住を保障され、更に幾ばくかの金銭を手にした人々。そうなると、次は〝欲〟が首をもたげる。


 獣も腹が減らずば喰らうまい。しかし、人はそうではない。

 もっと美味いものが食べたい。もっと綺麗な服が欲しい。もっと娯楽に溺れたい。


 そうなれば、当然必要になるものが出てくる。他でもない、金銭だ。


 それを得るための手段ならある。労働だ。アイランドには物資があり、需要があり、供給の担い手を必要としている。そしてその対価として人々は賃金を得る。それが社会と言うものだ。


 しかし、当然と言ってしまうのは悲しい事であるが、それを良しとせず、もっと短絡的な手段を取る者が現れる。その手段とは何か。一言でいえば、略奪である。


 元より奪い奪われる世界の住人の食い詰め者。人々の心は、簡単に犯罪のハードルを飛び越える。アイランドに救いを求め、次の週にはその平和を脅かす略奪者となる。そんな者が後を絶たない。救いの手が、すなわち人を救うとは限らない。


 そんな地獄の一丁目の様なアイランドだが、反アンジュ運動が激化したころから更に治安が悪化し始めた。それはアンジュを標的とした暴行や傷害、そして殺人事件が増加したためであったが、その報復的に行われる犯罪も同様に増加していた。

 それはもはや、アンジュとノーマルの内戦状態一歩手前と言った様子だった。


「この街がゴッサム・シティなら、俺たちがバットマンになるだけだ。何であれやる事は変わらねぇよ。しかしまぁ、調査部隊や警備部隊は大変だろうな」

「彼らが過労死しないように祈るばかりだね。このまま反アンジュ運動の激化が進んだら、どこかで耐えられなくなっちゃうかもねぇ」


 華村の言葉に、眠たそうに間延びした声で雪鱗が返す。


「ふーい。さっぱりぱりぱりー」


 謎の言葉を発しながら真斗がコミュニティルームに帰って来た。


「ぱーりぱりぱりパーリナーイ」

「「フゥー♪」」

「お前ら、病院なら下にあるぞ」


 真斗の声に雪鱗が不思議ソングを合わせ、二人で声を揃える。そして他の誰かが突っ込みを入れる。今回は火蓮だ。特に意味など無い、真斗と雪鱗が揃えば清掃部隊はいつもこんな調子なのである。


 真斗は自分の身体よりも大きいバスタオルを肩からぶら下げ、濡れ髪を拭っている。その薄くて小さい体に纏っているのはグレーのスポーツブラに、同じくグレーのボクサーショーツのみ。言うまでも無く、あられもない。


「まーた真斗はそんな恰好で……。はしたないよー」


 半目で腕を組みながらキャメロンが真斗に言葉を投げかける。しかし真斗は気にした様子も無く鼻を鳴らす。


「別に良いジャーン。あんた達に見られたって恥ずかしく無いもんねー」

「いや、多分そろそろ……」

「よっ! ゆーあーせーくしー」


 華村が言葉を言い終わる前に、雪鱗が声を被せる。調子づいた真斗はバスタオルを羽衣のように見立て、クルクルと回り出した。

 そこへ、新たな人影が現れた。


「ふぅ、さっぱりしました。生き返った心地で……」

「「「あっ」」」


 一人を除く全員が一斉に声を上げた。

 真斗と幹耶の目が合い、見る間に互いの顔が赤く染まっていく。


「あ、あの、えぇと、これは、あのっ」

「はっ、はわわわっ!?」


 羽衣は繭へ早変わり。バスタオルで身体を覆い隠した真斗は顔から火を吹き出しそうな勢いだった。雪鱗は声を押し殺しながら、腹を抱えてソファの上で一人悶えていた。


「やーいやーい。ラッキースケベ―」

「いや、まだ甘いぞユキ。全裸で鉢合わせくらいじゃないとな」


 笑いを噛み砕きながら雪鱗が手をメガホンのようにして二人を茶化し、火蓮が絶妙のコンビネーションでフォロー風味の追い討ちをかける。その声をBGMに、二人は恥ずかしそうに顔を朱に染めてモジモジしている。


「……なんだこれ」

「ま、微笑ましいってことで」


 華村がぼそりと呟き、キャメロンが大仰に肩を竦めた。




「さて、二人とも災難だったな」


 髪を乾かし服を着替えて人心地ついた真斗と幹耶を見ながら、華村がのんびりとコーヒーを傾ける。


「ね。どんな燃え方だった? 火元とか解らないかな」

「そうですねぇ……」


 雪鱗は少し身を乗り出し、上目づかいで興味深そうに問いかける。それを受けた幹耶は顎に手を当て、一つ呻いた。


「何もかもが燃えているって印象でしたね。気が付いたら炎に取り囲まれていました」

 それを聞いた雪鱗と火蓮が目を合わせて頷き、それを目の当たりにした幹耶と真斗は首を傾げる。


「火元はムービーボックスの四階。それと巻き込まれた隣のオフィスビルの三階。電気系統が纏めて火を噴いたようだ」

「それって……」


 火蓮の言葉に幹耶は言葉を詰まらせる。そんな事がありうるのだろうか。

 炎の広がり方は尋常ではなかった。だからこそ、二人はビル全体が燃えているのだと考えて階下へ降りる事を諦めた。

 しかし、燃えていたのは自分たちの居た場所だけ……? いや、それだけでは無い。


「オフィスビルの方が燃えた原因って、解りますか?」

「いや、今のところは原因不明だ。ムービーボックスの方と違って点検も定期的に行われていたし、燃える理由が無い」


 火蓮の言葉が幹耶の脳内に反響する。燃える理由が無い。

 しかし現実に火災は起きた。しかも幹耶をピンポイントで真斗と分断するような形で。


「幹耶くんの言いたい事、解るよ。意図的な物を感じるよねぇ」


 眼を細めて顎を引く幹耶も考えを雪鱗が代弁する。


「意図的……って可能なのか?」

「できない、とは言わない」


 ビッと立てられた雪鱗の親指に、華村は血濡れたナイフを見る様な視線を向ける。


「仮に意図的だったとして、目的は何さ? 真斗たちをグリルする事? 他の機械火災との関連性は?」


 キャメロンの言葉に一同は考え込むように視線を伏せる。


「もしも私が同じ手口を使うなら、こんな非効率的な事はしない。標的の行動を調べに調べて、逃げようも無く助けも入らない状況で確実に焼く」


 雪鱗のいう事はもっともだ。真斗たちがあのビルに立ち入ったのはあくまでも真斗の意志であり、偶然だ。そんな状況で仕掛けるだろうか。一度仕損じれば次からは警戒されてしまうのは明白である。

 確かに逃げ道は無かった。絶望的な状況だった。だがそれは幹耶たちが一般市民を見捨てなかったからだ。二人だけであれば脱出は容易だった。もしあれが計画的な物であるならば、穴だらけであると言わざるを得ない。


「ブリキの看板に銃弾を撃ち込む様な感じだな。何かのついでに〝狙えるから狙った〟って事だ。意図的にあらゆる電子機器を操ったり暴走させる事ができるなら、あたしならもっとデカい事をやる」

「つまり?」

「そう言われても、すぐには思いつかねぇよ……」


 真斗の言葉に火蓮が渋い顔を向ける。


「火蓮には言ったんだけどさ、意図的ってのが前提になりかけているけれど、それは凄く面倒なんだよねぇ。火事を起こす為だけにこんな労力をかけるとは思えない」

「じゃあ火蓮の言葉も踏まえて、こういうのはどうだ」


 華村が指を立て、皆の視線を集める。


「一連の不可解な機械火災は何か大きなことをやるための準備運動。真斗たちはその〝あおり〟をくって焼かれかけた」

「機械火災と私たちの調理未遂が繋がっているって前提が成り立つなら、それも一つの可能性かしらね」


 真斗はあまり興味が無さそうに桃色の毛先を指で弄っている。死に慣れているからだろうか、生きながらに火葬されかけていたことなどはもはや過去の出来事であるようだ。


「まぁ今回は運も無かったですね。消防隊があれほど遅れるだなんて」

「あぁ、デモ隊が大通りといくつもの交差点を塞いでいたんだっけ? 迷惑な話だね」


 肩を落とす幹耶に同情するような口調でキャメロンが言う。幹耶たちがあそこまで追い詰められた原因の一つは、間違いなくそれだ。


「反アンジュ運動に、犯罪率の増加、そして文字通りにキナ臭い連続火災……か。これにポリューションの大発生何かが絡んで来たら、マジでパンクしちまうな」


 火蓮は天気を占う様な気軽さでそう言うが、それに軽口で応える者は居ない。十分にありうる事態だからだ。


 ポリューションとはダストの穢れを限界までその身に溜め込み、理不尽な不幸に見舞われ、この世の全てを恨みながら死した者の成れの果てだ。目につく全てを破壊し、殺し、喰らう。人災の究極形、それがポリューションである。


 そして今のアイランドは、非常にポリューションが発生しやすい環境にある。


 数による理不尽の肯定。それに調子づいた愚か者の蛮行。そして安全を脅かす原因不明の連続火災。


 アイランドの現状を把握した幹耶の背筋に冷たいものが走る。足元で死と暴力がその牙をぎらつかせ、解き放たれる時を今か今かを手ぐすね引いて待ち構えている。そんな錯覚が脳裏に渦巻いて、離れない。


「はいはい、そこまで! 勤労は美徳だけど今はお昼よ! ごはん食べに行きましょ」


 小気味よく真斗が掌を打ち鳴らす。その音を合図に皆がのろのろと重たそうに腰を上げ、幹耶もそれにつられて立ち上がる。


「ごっはん~♪ イエー!!」


 雪鱗だけは弾かれたように飛び上がり、いち早く駐車場に向けて駆けていく。あの人が元気なのは戦闘中と食事の時だけだな、と幹耶は細く微笑んだ。


「そういえば、バベルとドローンのAIも機械だよね。そっちも操られたらヤバいんじゃない?」


 キャメロンが思い立ったようにそんな言葉を発する。


「まぁ、確かにそう……か? なんにせよ、それはあり得ねぇだろ」

「なんでさ?」


 火蓮が鼻で笑い、眉根を軽く寄せてキャメロンが言葉を返す。だが、それに応えたのは華村だった。


「エアコンの温度を遠隔操作するのとは訳が違うぞ。その二つを奪われたら冗談抜きでアイランドが沈む。そのセキュリティに穴を開けるとなると、そりゃもう雲雀や磯島レベルの天才がダース単位で必要だ。あるいはハリウッドに出てくるような人工知能の類でないと無理だな」

「はぁ? そんなの居るわけないじゃん。仮にそんな天才が居ても、とっくスピネルが押さえてるよ」

「だろ? 心配するだけ馬鹿馬鹿しい」


 小馬鹿にされたと感じたのだろうか、キャメロンは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、すたすたと早足で出口へ向かっていく。その様子に華村と火蓮は、小さく苦笑いを交わした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ