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アゾットシリーズ  作者: 白笹 那智
アゾットⅡ -踊る水銀ー
25/46

清掃部隊と立て籠もり 後編

 真斗の号令と同時に、校舎の外で轟音が轟く。それは聞き間違えようもなく、爆発音であった。


「チィッ!! 来やがっ……あ?」


 制圧部隊の突入が開始されたのだと考えた犯人の一人が、無防備にカーテンを開け放つ、そして口を大きく開けて硬直した。

 綺麗に磨かれたガラス窓の向こうには初夏の青空。そして、二両のひしゃげた黒いワンボックスカーが元気良く空を飛んでいた。


「……ここ、五階だぞ……」


 男がぼそりと呟く。やがて、車体の端々に小さな炎の飾りがついた二両の車両は仲良く降下を始めた。黒い影が視界を去り、次に舞い上がって来たのは、巨大な壺が砕けた様な破砕音だった。


『派手好きねぇ』


 周りから見られないように顔を俯かせ、真斗は口端を歪める。

 空飛ぶ車の正体。それは形状、性質、威力はもちろん、爆発による衝撃波の向かう方向すら自在に調整できる爆弾生成の能力(アーツ)、《ファニーボム》を持つキャメロンに打ち上げられたものだった。


 そして、無残な姿に変わり果てた車両の持主は――。


「ちくしょう! ここから逃がさねぇって訳かよ、上等だ!」


 頬のこけた犯人の一人が、目を血走らせてサブマシンガンの銃口を子供たちに向ける。だがその引き金が引かれる事は無かった。教室の外で別の異変が起きたからだ。


 遠くで断続的な炸裂音が響く。一種類ではない。雑多な小火器で武装した犯人たちによる銃撃だ。同時に金属がぶつかり合う様な、連続する甲高い音も耳に届いた。

 校舎を震わせるそれらの響きは一瞬たりとも途切れる事は無く、そして徐々に近づいてきているように思えた。


 一瞬の間すら惜しいと言うように、教室の扉が乱暴に開け放たれる。


「お、おい! 手伝えよ!! な、なんだか変なのが向かってくる!」

「命令してんじゃねぇ!! なんだ変なのって!」


 真斗は思わず噴き出した。頬のこけた男がそれを見咎めて鋭い視線を向けてくるが、大きく舌打ちをすると大股で教室の外へ出て行った。


『お雪、変なの呼ばわりされているわよ』


 真斗の楽しそうな声が脳内に響く。それを聞いた雪鱗もまた、楽しそうに微笑むのだった。


『あら、失礼な奴らだねぇ。こんなに真面目で常識人で、真人間の世界代表みたいな私に対して、そんな事を言うなんて』


 雪鱗の眼前には、様々な銃を構えた多数の男たち。それらの銃口は例外なく咆哮し、絶え間なく銃弾を吐き出し続ける。しかし、それらの一つとして少女の肌に触れる事は無かった。

 全ての銃弾は、少女の眼前一メートルほどの距離で甲高い金属音を上げ、弾かれていた。


 相手を挑発するように軽く両腕を広げ、少女がゆっくりと歩を進める。それに合わせ、男たちは後ずさる。


「くそ! なんだアイツは!? 撃て撃て撃て!!」

「うっせぇ! おめぇ何とかしろよ!」

「ファック! ハイランクのアンジュだ!! もっと撃てよ!!」


 口々に男たちが怒鳴りあいをしている。真斗の言う通り、そこには仲間意識の欠片も見えなかった。


「おぉー、ぞろぞろ出てくる。予定通りね」


 ほかの教室や別の階から男たちが集まり始め、弾幕の密度が跳ね上がった。

 跳弾が壁や床や天井を破壊していく。蛍光灯は割れ、ガラスは砕け、床材は弾けて舞い上がる。


 耳から侵入し脳を震わせる、途切れぬ銃撃音。攻撃の無意味を示す跳弾音。世界を砕かんばかりの破砕音。そして、迫りくる襲撃者。

 男たちの手元を狂わせるには、十分な要素が揃っていた。


 弾切れを起こし、男の一人が弾倉を交換する。しかし、その震える指は引き金に掛かったままだった。弾倉をセットした瞬間、強張った腕に力が籠る。次の瞬間、目の前の後頭部を吹き飛ばすことになった。


「――っあ……」

「てっ、てめぇ!? 何してんだ!」


 男たちの間に緊張が走る。事ここに至ってようやく〝この状況はまずい〟と気が付いたようだ。男たちは大いに動揺し、銃撃に一瞬の間を生み出した。


 その隙を見逃す雪鱗では無かった。少女を包み込むように展開していた不可視の防壁、《不貫白楯》の一部が槍のように鋭く伸び、男の一人に迫る。


 不可視の槍は男の頭部を穿ち、その中心に大穴をこじ開けながら更に突き進む。やがて、肉を引きちぎる様な音を上げ、頭部と胴体は分断された。

 首の断面から血液が激しく吹き上がる。赤い噴水は天井で跳ね返り、バタバタと音を立てて男たちに降り注ぐ。


 肉塊に変わり果てた胴体が痙攣しながら倒れこむ。その重い音を切っ掛けにして、男たちの戦意は完全に失われた。


「あっ! あぁぁぁああ! うわああぁぁぁ!!」


 それぞれに悲鳴を上げながら、男たちが蜘蛛の子を散らすように背を向けて逃走を始めた。中には腰を抜かしてへたり込む者まで居る始末だ。


「うーわ、何これ。何だか素人っぽいね」


 雪鱗が思わずと言った様子で呟く。


「面倒が無くて何よりだろ。さっさと仕上げるか」


 雪鱗の後ろに控えていた火蓮が顔を出して言う。

 火蓮の足元から、細い炎の筋が走る。炎は四つに分かれ、壁や天井を伝いながら蛇のように男たちに迫っていく。


 やがて炎の蛇は男たちに追いつき、そして追い越す。次に一つに纏まり、行く手を遮る火球となって男たちの眼前に立ちはだかる。


「包め」

「ほいさ!」


 火蓮の言葉に合わせて、雪鱗のホワイトスケイルが形を変える。先ほどの炎の蛇に追随するように壁や天井を走り、戸惑う男たちをぐるりと取り囲んだ。その行く手を塞ぐ火球も纏めて。


 一瞬だけ見えた盾の煌めきに意図を察したのだろう。男の一人が青ざめた表情で唇を震わせる。


「やっ、やめ――」


 パチン、と火蓮が指を鳴らす。瞬間、火球は炸裂し、男たちを飲み込んだ。

 獣の様な咆哮は一瞬。オーブンのように熱の循環する不可視の盾に閉じ込められた男たちの喉は、瞬く間にその機能を果たさなくなった。


 穂積火蓮の操る豪炎の能力、《火葬炉の魔女》。性質は炎。形状は自在。火力も思うまま。目の前で寒さに耐えるかのように身を縮こまらせて炭化していく男たちを包む炎は、ゆうに千度を超えていた。


 火蓮が再び指を鳴らす。猛り狂っていた炎が幻のように消え去った。

 雪鱗がホワイトスケイルを解除すると、肌が焼けつくような熱気と人の焼ける悪臭が周囲に立ち込める。


「うぷっ……。こればっかりは慣れないねぇ。酷い匂い」

「そうか?」


 額に汗を滲ませて青い顔をしている雪鱗の横で、火蓮は涼風に身を晒すように平然としている。


『敵主戦力の焼却完了。後は任せたぞ』


 火蓮がバベルを介して仲間たちに報告をする。


「あー、疲れた。火蓮の炎を抱え込むのって、かなり消耗するのよね」

「これが終わればすぐに昼飯だ。メシ食えば回復すんだろ」


 今にもへたり込みそうな雪鱗の肩を火蓮が叩く。


「お昼かぁ。そうだ、焼き肉ランチとかどう?」

「お前。何を見てそう思っ……いや、なんでも無い」


 不思議そうな顔で首を傾げる雪鱗を横目に、火蓮が再びバベルを介して連絡を取る。


『真斗。そっちの首尾はどうだ』

『今から始める所よ』


 真斗はスカートの裾に仕込んでいた剃刀(かみそり)を取り出し、手足を縛る結束バンドを切断する。

 雪鱗たちが起こした混乱で、真斗を含む人質を監視する犯人の数は二人にまで減っていた。しかも酷く狼狽している。真斗の拘束が解かれたことになど、まるで気が付いていない様子だった。


 真斗は耳から下げたイヤリングを外す。そこには小さなメロンの形をした飾りが揺れていた。

 メロンの飾りが見る間に膨張し、あっという間に野球ボール程の大きさになる。真斗はヘタに見立てた安全ピンを抜き取り、宙に放り投げる。


 メロンの飾りが炸裂し、強烈な閃光と耳を(つんざ)く炸裂音が溢れ出す。そして爆発による衝撃波と立ちこめる白煙が教室を満たした。

 放たれた小メロンの正体は、キャメロンのファニーボムにより作り出された閃光発煙弾であった。


 子供たちは目と耳を塞ぎ、大きく口を開けて悲鳴を上げる。犯人の二人は突然の出来事に圧倒され、身を硬直させて佇むのみ。耳鳴りの様な残響に沈む教室内で、行動を起こせるのは真斗一人だけだった。


 桃色の稲妻が走る。近くに居た男に肉迫し、鋭く踏み込み右の拳を突きだす。


「シッ!!」


 ろくに筋肉の付いていないだらしない男の腹部に、真斗の小さな手が突き破らんばかりにめり込む。


「おごぼぉぉ!?」


 妙な声を吐き出しながら、男の身体がたまらずくの字に折れる。真斗は突きだした右の拳を引き、腰を回し、背筋で力を増幅。肩から肘へ減退無く力を伝え、下がった男の顎を跳ね上げる様に掌底を叩き込む。


 顎骨が砕け散る感触が手のひらに伝わる。これからしばらく……もしかしたら一生の間、点滴と流動食での生活になるかもしれないが、生きながらに焼かれた他の犯人たちに比べればまだマシだろうと真斗は思った。


 真斗がその身に宿す《不滅の蝋燭》は不死と再生の能力だ。他の仲間たちの様に劇的な攻撃力は持たない。

 だが、無力が故に培われた、相手の隙や意表を突く技術は他の追随を許さない。それに加え、思い切りの良さと不可思議なカリスマ性が、真斗を異能者たちの隊長足らしめていた。


「なんだ! どうした!?」


 白煙の向こうで別の男が声を上げる。しかし、それに応える者は既に居ない。

 敵の配置は記憶している。声の位置からすると、少しも移動していない。


 男の目に、白煙の向こうで揺れる桃色が映り、一瞬のうちに接近してくる。それが一人の少女だと認識してもなお、男はその身に迫る危機を理解していなかった。


「あ? お前なん――」


 言葉を言い終わるより早く、真斗の上段回し蹴りが男の首を捉える。ぐらり、と揺れた男の腹に鋭く追撃の前蹴りを加え、吹き飛ばした。

 男が教室のドアを巻き込みながら外へ転がり出ていく。ぐったりと倒れ込んだまま、ピクリとも動かない。完全に気を失っていた。


 エネルギー増幅結晶体〝アゾット結晶〟をその身に宿した異能者〝アンジュ〟は、固有の特殊能力とは別に、アゾット結晶によりその身体能力を大きく増幅されている。それは真斗の様な少女でも、大人の男性を正面から打倒するのに十分な程だった。


『教室内の制圧完了。子供たちは全員無事よ』


 わっ、と遠くで歓声が上がる。固唾をのんで状況を見守っていた子供たちの保護者たちだろう。

 カーテンの隙間から正門の方を見遣ると、歓喜のあまりに泣き崩れる女性の姿が目に入った。たまにはこういう仕事も悪くないな、と真斗は静かに微笑む。


『残党が居るかも知れん。チェックが終わるまで油断するなよ』

『はいはい。解ってるわよ』


 シャルムの言葉に真斗が応え、振り向く。そして、目を剥いた。

 白煙の晴れた教室の入り口で、先ほどとは別の男が震えながら拳銃を真斗へ向けていた。


「お、おま、えが、やったのか。お前が――!!」

「しまっ――」


 見張りは教室内だけでは無かったのだ。外にもう一人、雪鱗たちの元へ向かわずに残っていた。

 拳銃から乾いた音が何度も上がり、真斗へ銃弾が殺到する。小口径の銃とはいえ、真斗の小さな身体には十分過ぎるほどのダメージだった。


「あぐっ――!!」


 銃弾の一つが真斗の胸へ命中する。左胸、やや中央。心臓にめり込む致命弾だった。

 子供たちの悲鳴が教室内に響き渡る。それが男の神経を更に逆撫でする結果になった。


「お、おぉぉまえら! 全員道連れぇぇだぁぁぁ!」


 気が触れたように薄ら笑いを浮かべ、男が肩から下げた短機関銃を子供達へ向けた。引き金に指が掛る。


 間に合わない――!! 


 その時、一つの銃声が轟いた。子供たちに向けられた短機関銃の物ではない。

 華村の構える対物ライフル、ヘカートⅡによるものだった。


 十二・七mmの弾丸が教室の壁、カーテンレールの上部を破砕する。コンクリートごとカーテンが落ち、開かれた華村の視界に、子供達へ凶弾を浴びせんとする男の姿が目に入った。


 突然の破壊に男が動きを止める。その間に華村はボルトを引き、薬莢の排出、弾丸の装填を行う。


『ハナ!』

『解ってるよ、隊長様』


 銃口から黒い輝きが放たれる。ろくに狙いも付けていない射撃だったが、黒く輝く弾丸は〝自ら軌道を修正〟し、短機関銃を持つ男の手首に命中し、消し飛ばした。

 華村の持つ必中必滅の狙撃能力、《黒輝魔弾》だ。


『やはりボルトアクションは面倒くせぇな。浪漫はあるんだが』


 今度はM82でも使うか、と銃身を指で弾きながら華村が呟く。


 手先を失った手首を抱えながら男が雄叫びを上げる。そこへ迫る一つの影があった。


「なっ!? お前、確かに心臓を――」

「お生憎! 天使は鉛玉なんかじゃ死なないの――よっ!!」


 真斗は手にしたコンクリートの破片で、男の顔を思い切り殴りつける。鼻が折れ、前歯の砕けた無残な姿を晒しながら男は昏倒して床に転がった。


『詰めが甘いぞ、天使様』

『うっさいハナ! ……あんがと』


 拗ねたように唇を尖らせ、真斗が言葉を零す。


 不意に遠くで炸裂音が上がる。方向からすると体育館の周辺か。その辺りは今頃、調査部隊が安全確認を行っているはずだった。


『どうしたんだい? シャルルン』


 キャメロンが双眼鏡で銃撃音のする方向を伺うが、何もない。どうやら死角、体育館の向こう側で起きた出来事のようだ。


『犯人の一人が教員の自動車を奪って裏口から逃走! すまん、取り逃がした!』


 シャルムの珍しく切迫した声が響く。


『裏口、か。学校周辺の封鎖は継続しているよな?』

『あ、あぁ。まだ継続している』

『なら大丈夫だ。うちのとっておきが控えている。仕事だルーキー!!』


 華村が景気よく声を上げる。


『りょ、了解』


 道路のど真ん中に佇む幹耶が応える。やがて、遠くの曲り角をドリフト気味に曲り、猛スピードでこちらに向かって来る乗用車が見えた。


『……本当に来た』

『な? カンも案外馬鹿に出来ないもんだろう。それに乗ってるのは犯人だけだ。構わんから〝やっちまえ〟』


 幹耶は腰を落とし、手にした刀型の専用(サード)武器(アーム)剥離(はくり)(びゃっ)()〟を構える。

 アンジュの血液を素材に混ぜ込んで生成された、その能力を強化、あるいは発現を補佐するサードアーム。そして千寿幹耶の能力は――。


 剥離白虎が蒼い光を放つ。現実を侵食するその能力が顔を覗かせた。


 迫りくる車。減速する気配はない。このままこちらを轢き殺すつもりか。


 迫る脅威を鋭く睨み、イメージを重ねていく。この刀を振りぬき、そして訪れる結末を強く、そして何度も重ねていく。

 幹耶の身体からも蒼い光が立ち昇り、剥離白虎のそれと重なる。一際大きくなった光は凝縮し、その全ては幹耶の手元に集まった。


 目標の車は未だ数十メートルは離れている。しかし、幹耶にはそれで十分だった。


「せぇぇぇあぁぁ!!」 


 左脇に構えた剥離白虎を居合気味に抜き放つ。そうして放たれた蒼い斬撃が地面を走り、車体を捕え――抜けた。

 次の瞬間、車体は斜めに切り分けられてバランスを失う。そして慣性のままに激しく転がり、幹耶の左右を通り抜け、爆散した。


 高速で走る車を二つに切り分けたのは、幹耶の保有する絶対切断の能力、《神剣(アンサラ―)》。そのアーツの前には、鉄の塊も豆腐も違いは無い。


『目標撃破。状況終了です』


 幹耶の言葉を聞き、アイランド・ワン清掃部隊、《ピンキー》の面々は『あー、終わった―』『チェックはもう良いのかしら?』『ごっはん♪ごっはん♪』『ダンナの店で良いか?』等と口々に言葉を発し、撤収を始める。


『ちょっと待ってくれ、お前ら』


 仕事は終わり、とばかりに帰ろうとする清掃部隊にシャルムが言葉を掛ける。


『これ……、まさか俺が掃除すんのか?』


 焼けこげた大量の遺体。破壊された教室。爆散した車両。

 シャルムの昼食は、星の彼方へ消え去る運命のようだった。


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