清掃部隊と立て籠もり 前編
『アイランド・ワン最強ペア、ですか』
とある平日の昼下がり。アイランド・ワン居住区、第二学区に走る道路のど真ん中に佇む黒い髪と蒼い瞳を持つ少年〝千寿幹耶〟が、生体ナノマシン技術を応用して作られたブレインマシン・インターフェイス《バベル》を介して呟く。
『そう。極東地区における対ポリューション最高戦力だ。圧倒的な制圧能力と殲滅能力を併せ持つ。普段はアイランドの〝外〟で、通常戦力では対処できないような強力なポリューションのクリーニングを担当している。そいつらが今週末に帰ってくるんだ』
バベルを通じて答えたのは必中必滅を誇る狙撃の能力《黒輝魔弾》持つ、黒髪黒目の美丈夫、〝華村善次〟だ。
『興味深いですね。どのような方たちなのですか?』
『金属支配の能力《舞踏水銀》を持つ〝秋織銀子〟と、腐食と猛毒の能力《湧出死地》の〝紫野友樹〟だ。銀子は、どういうわけか〝姫〟だなんて呼ばれているな。真斗以上に苛烈な性格の戦闘狂で、ピンキーメンバー以外からは〝クレイジーシルバー〟〝ジェノサイドフェアリー〟〝死銀狐〟等々、良くも悪くも異名の多い奴だ』
少々個性的に過ぎる面々の揃うアイランド・ワンの清掃部隊に置いても異質扱いされるとは、よほどな人物なのだろうな、と幹耶は思う。
ふと、ある事に気が付いた。
『ん? 秋織……って』
ほぉ、と華村が感心したように声を上げる。
『ご明察だルーキー。我らが隊長、《不滅の蝋燭》秋織真斗の妹だ。まぁ出身施設が一緒ってだけで、見た目は似ても似つかないけどな。スラリとしたナイスバディだよ』
『だぁーれが幼児体型ですってー?』
件の隊長様が通信に割り込んできた。桃色の髪と睨みつけるような半目が見えるような声音だった。
『おぉ怖い怖い。んで、紫野友樹だ。ふざけた様な言動が目立つが、その実は常識人で姫の女房役だな。基本的には〝毒使い〟だが、得意なのは大地を腐食させて沼地を作り出す事だ。およそ全ての地上戦力を単独で制圧できる』
地上に生きる全ての生物は、大地に根差している。鳥とて生涯飛び続ける訳ではない。人などは言わずもがな。人が作り出す地上兵器も同様だ。
地上を駆け抜ける機動力も、山を穿つ強力な火砲も、全ては大地に足を付けてこそ。その前提を覆せるのであれば、華村の言葉も過言ではない。
『とんでもない能力ですね。やはり、ランクは〝S〟ですか?』
『二人ともな。まぁしかし、どんな能力にも欠点はあるもんだが。で、姫の能力はあらゆる金属を自在に操るというものだ。血液中に含まれる鉄分まで奴の支配下っつーとんでも能力で、中近距離では呆れるほど強い。だが、これにも欠点があってだな――』
それに続く華村の言葉は、しかし横から割り込む不機嫌そうな声にかき消された。
『おしゃべりが過ぎるぞボーイズ。雪鱗と火蓮が配置についた。真斗は……とっくに待機済みだな』
少しくたびれた様な声の主は調査部隊の二七番隊隊長、〝シャルム〟だった。
『ねぇシャルルン。私、この配置にはちょーっと物申したいんですけれど』
『お前にしかできない仕事だ。よろしく頼むぜ隊長様』
不満を口にする真斗をシャルムが軽くいなす。
『メロン、ハナ。そっちの様子はどうだ』
『駄目だねー。カーテンをきっちり閉めていて何も見えないや』
広角視野の双眼鏡を覗き込んでそう言葉を発したのは、爆弾生成の能力、《ファニーボム》を持つ金髪緑眼、優男風のキャメロン・ホークだ。
『しかし落ち着きの無い奴らだ、動態センサーではバッチリ捉えてる。直視観測できないからフライクーゲルは使えないが、いざとなれば壁ごとぶち抜いてやるさ』
キャメロンの隣で、華村がライフルコレクションの一つ、ヘカートⅡを構えながら牙をむく。
二人が居るのは、とある六階建てのビルの屋上。その視線の先、少し見下ろすような位置にあるのは、カーテンを閉め切られた小学校の一室だった。そこには小銃で武装した男達と、人質にされた八歳から一二歳の子供達。そして――。
『ちょっと。ハナ達の役目は出てきた犯人の掃討でしょうが。目の前で頭吹き飛ばして、万一子供がポリューション化でもしたらどうするのよ』
不死と再生の能力《不滅の蝋燭》の代償により、十才前後の幼い子供の姿で成長の止まった清掃部隊の隊長、秋織真斗の姿があった。
逃げ遅れてトイレに隠れていた子供を装い、手足を結束バンドで拘束されて恐怖に震える子供たちに紛れ込み、犯人たちを監視しているのだ。
『小学生の真斗ちゃん。中の様子はどうですか?』
おどけた様にシャルムが言う。
『十七歳だっつーの! 覚えておきなさいよシャルルン。靴の中に腐ったイカを仕込んでやる』
『すいませんでした。地味にダメージデカいから止めてください』
『解ればよろしーい。視界データを送るわ』
真斗が満足そうに言うと、全員の視界の端に真斗の視覚映像が小さいウィンドウで現れた。そこには自由を奪われ、恐怖を押し付けられ、肩を振るわせてすすり泣く子供たちの姿が映し出されている。
『かわいそうに。こんなに怯えて……。どうしてこの世は子供達ばかりが狙われるんだ』
胃から込み上げる苦い物を抑え込むような表情で幹耶が呻く。子供たちの姿に、過去の自分を重ねていたのかも知れなかった。
『理由は様々だ。捕えやすく、反撃を受けにくく、かつ見捨てられにくい。人質としては最高だな。だが最大の理由は……子供たちが〝社会の急所〟だからだ』
そう答えたのはシャルムだった。
『子供とは未来だ。未来が失われれば全てが無意味化する。子供たちを守りきれない社会は死んだも当然なのさ。〝外〟での生活が長い幹耶なら、理解できるんじゃないか?』
『それは……』
幹耶は胸中に渦巻く思いを、巧く言葉にすることができなかった。思い当たる節が多すぎる。
アイランドの外では、子供は家畜当然に売買される。アンジュの子供は武装戦力の兵隊として、あるいはその身に宿すエネルギー結晶体〝アゾット結晶〟目当てで。普通の子供たちは労働力、あるいは愛玩動物として。
真斗や幹耶も、そう言った子供たちの一人だったのだ。
『まぁ驚いた。シャルルンがまともな事言ってるわ』
先ほどのお返しとばかりに、真斗がおどけた調子で言う。
『うっせーガキ大将!! 雑巾に牛乳浸みこませてクローゼットに仕込むぞ!』
シャルムが声を荒げて、しかしどこか楽しそうにそう返す。
『このご時世に食べ物を粗末にすんな。んで? あたしらはどうすりゃ良いんだ。寝てて良いか?』
まるで緊張感の無い二人の漫才を、面倒くさそうな声が遮る。声の主は灰色の髪と浅黒い肌の、豪炎の能力《火葬炉の魔女》を操る怠惰な二十二歳〝穂積火蓮〟。
『んもう、シャンとしてよ火蓮』
作戦中にも関わらず今にも煙草に手を伸ばしそうな火蓮を制するのは、薄氷を思わせる薄青の髪の、絶対防御の能力《不貫白楯》をその身に宿した少女〝天白雪鱗〟だった。
『とは言ってもなぁ。あたしら清掃部隊の仕事は殲滅と掃討だろうが。人質救出なんてデリケートな仕事はペイに入ってねぇだろ』
『仕方ないよ火蓮。相変わらずの人手不足だし、今回は相手の要求が要求だからね。頑張ろうぜいぜいぜーい』
雪鱗がピースサインを火蓮の眼前に突きだす。
『うわ、テンション高ぇ。面倒くせぇ』
雪鱗の手を嫌そうに除けて火蓮が言う。
野戦服に身を包んだ二人は小学校内部、階段の踊り場に身を潜めている。独特な匂いの漂う校舎内で、行動開始の時を藪に潜む蛇のように待ち続けていた。
『ねぇ、見た? 火蓮。恥ずかしそうに俯いて小学生に紛れ込む真斗の姿! 超可愛かったよね! 違和感ないわー。ラブリーだわー』
『お前ってホント真斗好きだよな。その妙なテンションの原因はそれか』
嬉しそうに身をよじらせる雪鱗に、火蓮が辟易したような視線を向ける。
『お雪―? 後でちょっと話あるから』
『もちろん良いよ! 真斗が相手してくれるなら何日でもお話しちゃう! ハナなら二分』
真斗の小さな溜息と、華村の『俺を巻き込むな』という声が重なる。
『んで、相手の要求は相変わらずなのか? シャルルン』
火蓮が言葉を発すると、シャルムが呻くように『ああ、変わらん』と答えた。
『アイランドに住まう全てのアンジュの〝処刑〟を要求しているんだっけ? ぶっ飛びだよねぇ。通るわけないじゃん』
最初に提示される犯人の要求が、とても実現不可能な代物であるのはよくある事だ。そしてそこから交渉を始め、真の目的を探り出し、妥協点を見つけ出す。もちろん此方に卑劣な犯人の要求を少しでも呑む気など毛頭ないが、交渉とは本来そういったものであるはずだ。
だが、今回の犯人は一味違った。提示してきた要求は一貫して〝全てのアンジュの処刑〟であり、交渉のチャンネルすら持たないというのだ。
『最初から突入されることを前提としているとしか思えん。だからお前らに協力を要請したんだ』
雪鱗の言葉に、痛む頭を抱えるようにしてシャルムが応える。
『飛び切りのおもてなしを用意しているか、あるいは飛び切りの阿保だな。後者ならローストヒューマンを拵えて終わりだが……さて、どうだか。真斗。調理待ちの食材はどんな奴らだ?』
『いや、それがさぁ……』
火蓮の言葉に続いて、困惑したような真斗の声が全員の脳内に響く。
『さっきからずっと見ているけど、リーダーらしき人間も居ないし、連絡を取り合っている様子もないんだよね。まるで〝一つの犯罪を大勢で別々に犯している〟って言うか』
むぅ、と唸る面々。重くなりかけた空気を払拭したのは、雪鱗の羽のように軽い声だった。
『解らない事考えても仕方ないよー。ちゃっちゃと片付けて、サクッとお昼ご飯を食べに行きましょ。シャルルンの奢りで』
『やめてくれ、破産する。ま、ユキの言う通りだな』
『そうだよ。おいらはもう待ちくたびれちゃったよ』
雪鱗の言葉に、シャルムとキャメロンが同意する。
『じゃあ行くわよ! 各自、手筈通りに宜しくね』
『ちょ、ちょっと待ってください』
真斗が号令を出そうとしたところで、幹耶が口を挟む。
『なんで私の配置だけ、こんなに校舎から外れた道路ど真ん中なんですか?』
戸惑う幹耶に答えたのは華村だった。
『お前は保険だよルーキー。常に不測の事態ってのは起こるもんだ。で、起こるとすれば、俺のカンではそこが戦場になる』
『カン……ですか』
『仲間と戦場でのカンってのは信じるもんだぜ、ルーキー。少なくとも、気まぐれな幸運の女神様よりはずっと信頼できる』
華村の低い笑い声が響く。
『じゃ、今度こそ良いかな? ハナ。メロン』
『さっさと始めようぜ』『まかせてよ』
『お雪。バ火蓮』
『どんとカモン!』『はいはい。っておい、今なんつった』
『みー君も良いかな?』
『はい。いつでもどうぞ』
真斗の言葉に、清掃部隊の隊員達が応える。
『では清掃作業を開始するわよ。……ピンキーGO!!』




