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アゾットシリーズ  作者: 白笹 那智
アゾット ー女神創造計画ー
19/46

カーチェイスと作戦G

 鉄の塊としか表現のしようのない装輪装甲車を、(せつ)(りん)が意外と手慣れた様子で軽快に走らせる。なぜ雪鱗の運転になったかというと、単純に幹耶(みきや)は免許を所持しておらず、真斗(まと)に至っては手足が届かなかったからだ。


『ところでお雪。マザーアゾットを持っていかれちゃったらどうなるのー?』

 これから空の猛獣の餌場に飛び込もうというのに、真斗には緊張感の欠片もなかった。これも不死であるがゆえ、だろうか。ちなみにバベルを使っているのは、車体上部で周囲の安全確認を行っている幹耶には騒音で会話が聞こえないから、仲間外れにしているみたいでいやだ! という真斗の意向からだ。


『解ってなかったんかいー! ま、まぁいいや。今世界が平和なのは、アゾットの研究を進めて世界経済を立て直すって大きな目標があるからだよ。まぁ実際は足並みを乱すような真似をしたら袋叩きにされるから、どこもうかつに動けないって訳だけど』雪鱗が苦笑いをしながら説明を続ける。『でももし、膨大なエネルギーを生み出すマザーアゾットがどこか一国の手に渡るような事になれば……、今度こそ取りかえしがつかないだろうね。残りのマザーアゾットを奪い合って戦いになるのは必至だよ。あれは夢の塊だもの。それに、電力の供給減を失ったアジア圏は衰退の一途を辿るだろうね。最悪、滅ぶかも』


『うーん、袋叩きになるのが解っていて、なんで手を出すのかな』

『子供の妄想じゃないんだから、世界大戦を望んでいる訳ではないだろうね』雪鱗がくつくつと笑う。『奪った後に隠し通す自信があるのか、世界を敵に回しても構わないと思えるほどアゾット兵器の実用化が進んでいるのか……。なんにせよ、結果が起こらなければ考える必要もない。動機に関しては茶飲み話のついでにでも考えれば良いさ』

 そう言って雪鱗はアクセルを深く踏み込む。鈍重(どんじゅう)そうな見た目に反して、装輪装甲車は矢のように街の中を突き進む。


 ふと幹耶が現在地を確認すると、地図上に表示されたポリューションの位置を示す赤い点のすぐ(そば)だった。軽い気持ちでそちらの方に視線を向け、そして後悔した。


 カマキリのような姿をしたポリューションが、逃げ惑う人々を横なぎに切り払う光景が目に飛び込んできた。雑草のように刈り倒された人々は、激しい()飛沫(しぶき)をあげながら崩れ落ちていく。

 切り離された小さい頭を抱えて女性が泣き叫んでいる。その細い身体をカマキリのポリューションは無造作に両断する。

 デミと思われる小さなカマキリに、男性が小さなナイフを片手に奇声をあげて挑みかかる。しかしあっという間に無数のデミにたかられ、細切れにされる。裂けた腹から飛び出した内臓が曇り空の下にぶちまけられる。


 きっとあの人たちは自分がこんな死に方をするなんて夢にも思わなかっただろう。明日を信じ、未来を夢見てこのアイランドで生きてきたはずだ。ここでならそれが許されると信じて。

 だが実際はどうだ。それを倒す時ですら〝除去〟などという言葉を使われ、生物扱いすらされていないポリューションに多くの人間が無残に蹂躙(じゅうりん)され、あげく喰われていく。


 そう、ポリューションは生命活動をしていない、故に生物ではない。ならば食事する必要もないのだが、奴らは人を喰う。それはきっと、喰われるということが生態系の頂点に立つ人間にとって最も恐ろしく、屈辱的な死だからだ。人の悪意や害意に絶望から生み出されたポリューションは、人類に最悪の死を振りまく公害だ。

 しかも、誰かがこれを仕組んだ。


 確認はされていない。しかしポリューションを人為的に生み出す技術はショッピングモールでの一件を見る限りでは、おそらく存在する。

 そして、このタイミングでのポリューションの大量発生。これを偶然の女神が仕組んだ悪戯だなどと思えるほど、幹耶は夢見る少年ではない。


 きつく目を(つむ)り、深呼吸をする。

大丈夫、大丈夫だ。全てが巧く行けば、きっともう少しまともな世界になる。それまでの辛抱だ――


『幹耶くーん。どう? 何か異常はあるー?』

 装輪装甲車の進行方向でも同じような光景が繰り広げられている。当然その様子を目の当たりにしているであろう(せつ)(りん)が、幹耶にそんな事を問う。


『……何も、ありません。異常なしです』

 異常はない。そう、この街にとっての異常は、きっと何も起きていない。

 ああ――

 

やっぱり、大嫌いだ――こんな街。




 特に妨害を受けることなく、幹耶達はモノリスタワーまで残り数分という所まで接近した。このまま行けるかとも思ったが、やはりそう甘くはない。幹耶の耳にヘリのプロペラが大気を激しく叩く音が届く。視線を上げると大空の猛獣がこちらに向かってくるのが見えた。


『来た! ヘリが一機まっすぐ向かってきます!』

『よっしゃー! ここからが本番だね!』


 攻撃ヘリ、ハヴォックが捻じり込むように幹耶達の後方に回り込む。同時に機首下部に取り付けられた機銃が火を噴いた。銃弾を受けたアスファルトが衝撃で高く跳ね上げられる。


『撃ってきた!』

『そりゃそうだよね! うひゃー超怖い! あっはははは!』

『何よ、お雪。そう言う割に楽しそうじゃない?』

『ヘリとのカーチェイス! 昔、映画で見て憧れてたんだよね!』


 憧れるなそんなもの。と幹耶は突っ込みたかったが、正直それどころではなかった。雪鱗は銃弾を避けるように車体を蛇行(だこう)させているが、それでもハリウッド映画のように射線を外し続けられる訳ではない。正確に言えば、かなり食らっている。普通であればとっくに車体は大破しているだろう。果たして雪鱗はどれほど耐えられるのか、と気が気ではない。


『流石に三〇ミリ機関砲は重い……! くーふふふ! こうでなくっちゃ!』

 いくら特殊な能力を持ち、身体能力を強化されたアンジュといえど普通の人間だ。銃弾に身体を打ち抜かれれば当然死ぬ。乗っている車が爆発炎上してもやはり死ぬ。それだと言うのに(せつ)(りん)のあの楽しそうな様子はどうだ。幹耶(みきや)にはとても正気とは思えない。

 

 後方についていたヘリの動きに変化が現れた。銃撃は続いているものの、徐々に距離が離れていく。こちらの速度に変化は無く、むしろ蛇行(だこう)のせいで落ちているくらいなのだが。


『雪鱗さん、後ろのヘリが離れて……』

 背後、つまり装輪装甲車の進行方向に嫌な気配を感じて幹耶が振り仰ぐ。そこにはもう一機のハヴォックがモノリスタワーの入り口上空に陣取り、機首をこちらに向けていた。


『挟み撃ちだ!』幹耶は思わず叫んだ。『この距離……ロケットの斉射!?』

『あちらも決める気だね! 真斗(まと)、こういう時はやっぱりアレかな?』

『だね! 作戦Gよ!』

『Gってなんですか!?』

『『Gは〝ごり押し〟のGだー!!』』


 真斗と雪鱗の声が重なり、車体と幹耶の脳を激しく揺らす。車体は蛇行を止め、速度を上げて一直線にモノリスタワーの正面エントランスを目指す。


 そこへ前後のヘリから八〇ミリロケット弾の斉射が降り注いだ。大地が(えぐ)れるほどの爆発の中を、前方円錐状に車体を包むホワイトスケイルで燃え盛る槍のようになった装輪装甲車が突き進む。


 しかしついに穴の開いた防壁に一発のロケットが滑り込み、車体後部の一部を吹き飛ばした。


『うぉわー!? やっっっっばい!?』

 雪鱗が目を丸くして叫ぶ。大破とまでは行かないまでも、大きくバランスを崩した車体は横転し、大回転をしながらモノリスタワーのエントランスに突っ込んだ。人気(ひとけ)のないエントランスに燃え盛るスクラップと大量のガラスが飛び込む。


『……。生きてる人―?』

 ややあって、雪鱗が嘆息(たんそく)するような、しかしどこか楽しそうな声でそう言った。


『死んだー。けど無事よー』

 事もなげに真斗が答える。


『自分で生きているのが不思議なくらいですよ……』

 大きくため息をつきながら幹耶が答える。アイランドに来てからというもの、すっかりため息が癖になってしまったような気がする。


 幹耶は持ってきた剣も無事だった事に胸を撫で下ろしながら、スクラップと化した車内から苦労して這い出る。既に真斗と雪鱗は何やら話し合いをしていた。


「さて、タワーに帰ってきたは良いけれど……どうやって上まで行こうか?」

「そうねぇ……。エレベーター?」

 形の良い顎に手を当てて真斗が言う。


「五十階まではまだ使えるみたいだね。そこから上は非常事態につき使用禁止、だってさ」

 雪鱗がバベルを確認しながら面倒そうにぼやく。


「最上階は八十八階ですか……。一階から八十階までは確保できているみたいですね」

 幹耶(みきや)がバベルの情報を確認しながら二人の会話に入り込む。


「八十から上は増電施設と管理区画だからね。本当は最上部こそが守るべき場所なのよ……」真斗(まと)が肩を(すく)めて言う。「ま、強行突破しかないかな。出たとこ勝負ね」


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