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アゾットシリーズ  作者: 白笹 那智
アゾット ー女神創造計画ー
10/46

影の獣とソニックショット

 歩く幹耶の耳に聞きなれた音が届いた。銃声だ。連絡通路に敷かれた防衛線が近いのだろう。


「銃声が近いわね、かなり押し込まれているって事かしら」

 そう言って真斗が疾風のように駆けだす。想像以上に速さに幹耶は必死で付いていく。


 連絡通路へはすぐに到達した。そこで幹耶が見たものは地獄の入り口だった。


「なん……だ、これは」

 防衛線は既に崩壊していた。防弾ベストにカービン銃を装備した施設警備隊を襲撃しているのは、立ち上る炎のように揺らめく不思議な躰を持つ狼の様な〝影〟だった。


 施設警備隊は銃撃により必死に応戦しているが、その弾丸はわずかに影を揺らす程度でほとんど効果が無いようだった。三重に敷かれた防衛線のうち、東館に近い二つは既に突破され、影の餌場と化していた。


 餌場。そう餌場だ。

 影が、人を喰っていた。


 喉を食いちぎられた隊員の死体に影が群がっている。腹を食い破りその中身を引きずり出すとさらに多くの影が殺到する。そんな光景が幾つも繰り広げられていた。


 血と硝煙と臓物の匂い。戦場の匂い。

 そのあまりにリアルな死の香りに幹耶は吐き気をおぼえる。


 銃弾の嵐を掻い潜り、積み上げられた土嚢(どのう)を飛び越えた影の一つが隊員の首筋に噛みつき、食いちぎる。次の瞬間、鮮血が天井まで届きそうな勢いで噴出した。スプラッタ映画の様な光景に周りにいた隊員の表情が凍りつく。明らかに戦意を喪失していた。


「あらら大変。突っ込むわよ!」

 いっそうスピードを上げた真斗が突撃する。防衛線を超えた影の首にネイルの湾曲した刃を引っかけ、胴体にかけて一気に切り払い、その形を散らしながらそのまま東館側へ土嚢を飛び越えた。


 殺到(さっとう)する影の間を踊るようにすり抜け、そしてすれ違いざまに突き刺し、掻き切り、分解していく。防衛線に押し寄せていた狼のような影たちは真斗によって霧散(むさん)させられ、見る間にその数を減少させる。


 壮麗(そうれい)かつ苛烈(かれつ)。その圧倒的な戦闘能力を前に、幹耶(みきや)は呆けたようにただ見入るのみだった。


「はっ……! あぶない!」

 幹耶は思わず声を上げる。真斗(まと)を挟み込むような形で多数の影が一斉に飛び掛かった。同時多重攻撃。その波に飲み込まれてしまえば真斗の小さな体躯(たいく)などたちまち細切れになってしまうだろう。


 しかし、真斗はどうという事はないと言う様に、ゆっくりとした動作で翼を広げるように両腕を水平に広げ、二つのネイルの引き金を同時に引いた。


 戦車砲の砲撃の様な轟音が鳴り響く。急激に押し出された空気の塊によって連絡通路のガラスというガラスが一斉に砕け散る。床材はめくれて飛び散り、天井は剥がれおちて配線がむき出しになった。その圧力をまともに受けた影たちは、蝋燭(ろうそく)の炎が吹き消されるように儚く掻き消えた。


 近接鎮圧用特殊空砲〝ソニックショット〟


 暴徒鎮圧用に試作された非殺傷兵器だが、周辺広範囲に思わぬ物理的損害をもたらすという問題点、更にそのあまりの反動に射手のほうが負傷してしまうという問題点に、破壊的な衝撃に銃そのものが耐えられないという問題点。そして何より非殺傷兵器を名乗りながら十分以上に人命を奪うに足る殺傷能力を備えているという矛盾を抱えており、現在では一部の鎮圧用特殊車両に装備されている程度である。この問題点だらけの欠陥兵器を生身で使用しているのは真斗だけだ。


「よっ……と。幹耶くん、ただいまー」

影を掃討し終えた真斗がひらりと積み上げられた土嚢の上に着地し、突然の暴風に腰を落とし目を細めていた幹耶に話しかける。


「凄いですね、その武器。ネイル……でしたっけ」

「ふふ。でしょう? 相棒よ」


「な……なんだ貴様!」

 言葉を交わす二人の間に割り込んで施設警備隊隊員の一人が真斗に罵声を浴びせる。しかしその姿は威勢の良い声とは裏腹に小刻みに震え、完全に怯えきっている様子だった。そんな男の様子を見て、しかし真斗は怒ることもなくただ呆れたような視線を投げかける。


「なによ、命の恩人にご挨拶ねぇ」

 真斗はバベルを操作し、隊員へ身分証を提示する。隊員のバベルには、剣の上に乗り三日月へ手を伸ばすピンク色の猫が描かれた部隊章と、真斗の氏名が表示された。


「この部隊章……。清掃(スイー)部隊(パー)の人外か!」隊員が真斗に怒鳴りかかる。「去れ! 貴様らアンジュの出番などはない! この人外の化け物め!」


「ふん、随分と威勢が良いわね」真斗が鼻を鳴らす。「それで、実際この後どうするつもりなのよ。見たところ通常兵装しかないようだし、さっきだって戦線崩壊しかけてたじゃないの」

「そ、それは……貴様には関係の無い事だ!」

「関係ないわけあるか!」真斗(まと)が一喝する。「西館にまだ民間人が残ってる。あんた達が突破されたらその人たちは誰が守るのよ!」


「ぐっ……!」

 返す言葉を失った隊員が一歩後ずさる。


「それに正式に出動命令を本部から受けているわ。後は任せて、ここはシャッターでもおろして閉鎖しなさいな」

「それは、それはダメだ! 調査(チェイ)部隊(サー)の彼らが戻るまでは……」


「なんで調査部隊が?」

「知らん。不審者がいると通報を受けて駆け付けた……と言ってはいたが」


「ふーん、ちなみに何番隊かしら」

「に、二十七だ」

「……。もし仮に彼らがまだ生きていたとしても、自力で退路が確保できないんじゃ同じことよ。こちらから救助に行く戦力もない」真斗が冷たく言い放つ。「それにここを開けていればまたデミが押しよせる。貴方たちがこれ以上死体を増やしたいって言うなら好きにすれば良いわ」


 なおも何かを言いたそうにしている隊員から興味を無くしたように視線を外し、真斗は幹耶(みきや)を手招きで呼び寄せる。

「さぁ幹耶くん、初仕事よ。せいぜい生き延びて見せなさいな」


「ま、まて! まってくれ!」東館へ向かって歩き出そうとしていた真斗の腕をつかんで隊員が懇願するように言う。「頼む、彼らの撤退を支援して……」

「嫌よ。冗談じゃないわ」真斗はその腕を心から煩わしそうに振り払う。「清掃(スイー)部隊(パー)は人助けなんてしない。それは貴方たちが一番よく知っているでしょう」


「し、しかし私たちは助けてくれたじゃないか」

「なに言ってるのよ。さっきは命の恩人だなんて言ったけど、こちらは助けたつもりなんて微塵もないわ。道が塞がっていたから掃除しただけよ。清掃部隊らしくね」


 それだけを言うと、立ちすくむ隊員をおいて真斗は早足で歩き出す。あわてて幹耶はその後を追いかけた。


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