誕生編~魂の巻~
遙か遠く、時と空間を遠く隔てた遠い遠いどこか。
ある時、ある星にカミサマがいました。
そう、ゴッド的な存在です。
神とは何ぞや、等と細かく議論するつもりは御座いません。
その星の知的生命が、絶対的な上位存在とあがめる彼女を、そう評するほか無いと言うだけです。
カミサマは、我々の価値観からすると見目麗しい女の子でした。
まだ小学校に通っていても良いくらい。
足首まで伸びた白髪は艶やかで、赤みを帯びた眼は大きくぱっちり。
1.5メートルも無いだろう小さくほっそりした体は、けれども生命たる躍動に満ちあふれているのがありありと。
全体的に色素が薄いのは、神秘的に見せて一部の層に媚びようとする意志の表れでしょうか。
それともメラニンの生成が億劫だったのか。
そして、基本全裸でした。
これまた、妙なところでものぐさなカミサマです。
それに、偶にオシャレをしたって、地上の霊長類共ときたら酷いのです。
いかにもカミサマらしい独創的で隔絶を感じるファッションだ、なんて思考が透けて見えるんですもの。
これでは真面目に着飾るのが馬鹿馬鹿しくなるのも仕方ありません。
お気に入りの留め袖だったのに。
もっとも、これをカミサマだけのせいにするのは、それこそ酷かもしれません。
カミサマと彼らの間には、とても大きな隔たりがあるのですから。
価値観も、外見だって似通わない。
ほらご覧なさい。
カミサマの座する、キラキラ光る霊峰にそびえ立つ円柱の塔。
その最上階の大きな窓から見下ろす先、有象無象の築く営み。
四角柱だったり、円錐だったり、妙に形の整った摩天楼が、けれども無秩序に並び立つ都会の喧噪。
群れなし生きる、彼らの外見にクローズアップ。
シルエットは、人間と近いものではあります。
でも、気味の悪いくらい細すぎる体に、不釣り合いなほど大きな頭。
ぎょろりと大きな黒一色の瞳が、その中でも一際映えています。
体表は全体的に銀色で、つるりとしていて不自然さを覚えるかもしれません。
何処のグレイだ。
ええ、カミサマとは、大違い。
光の国からやって来た宇宙人を見たって、『あいつ服着てないよなハァハァ』とか言ったりしないでしょう?
だからカミサマも、特に恥ずかしがったりしないんです。
彼らは、カミサマにとって、遠い存在なのだから。
***
その星では、いつも天上より白い陽光がさんさんと降り注ぎ、地上の荒野に点在する大きな水晶に乱反射しています。
様々な色の光が満ちる荒野は、彼のテニスコーチだって冷めて欲しいと願うくらいの酷暑続き。
水晶のかけらが流れる河は、透き通っていながらもキラキラ輝いていました。
そんな世界の片隅で、いつの間にかカミサマは自分の存在を認識していました。
当時のカミサマは、原子未満のミクロな粒子やエネルギーで構成された、肉体を持たない微かな情報の塊でした。
後にカミサマは、自身を構成する粒子を精神子、指向性を伴った集合体を魂と呼びます。
当時、微量の魂であったカミサマに、意識という者はありませんでした。
その星の重力に、偶然引かれてやってきただけの、小さな揺らめきでした。
けれどもカミサマは、空間に満ちる暗黒物質から精神子を取り出し拡大していきます。
やがて、意識を構築するまでに至りました。
もしくは、再構築なのかもしれません。
カミサマは、自分が目指すべき魂の形を知っていました。
偶然と言うには、あまりにも自然で、あまりにも不自然にその形を目指していました。
例えば、その意識と呼ぶべき物がもっと単純であって、様々な段階を経て複雑に変わっていくというなら、まだ分かります。
赤子が大人になっていく様に。
けれど、その魂は始めからカミサマの形を目指していました。
結果的に見れば、むしろ非常に迂遠な道のりですらありました。
足場を築かずに遥か高みを目指す様なものでした。
しかし、完成図があったからこそ、カミサマは途中で止まらずに成長できたのかも知れません。
結果論ですが。
後でカミサマがその辺を改めて考えると、遠くから成長を導く何かがおぼろげに在ったり無かったりとか。
後にそれを運命力場と名付けたり、その運命の正体に迫ったりもするのですが――閑話休題。
そしてカミサマが、意識ともいうべき自身を省みる性質を得た際に、その個性の輪郭が見えてきました。
自然の淘汰、その競争相手もいないのに、自らをより大きな存在へシフトしようとする欲求がハッキリと形を成したのです。
焦りすらありました。
強大な力を得て、何ものにも侵されないように願っています。
その星にカミサマを脅かす存在はいなかったけれど、既にカミサマは恐怖を知っていました。
滅びという物に対する恐怖を。
カミサマにとって、記憶という物は荒野を漂ってフワフワしているだけの日々の筈なのに。
けれども、思いが湧き出てくるのです。
自分がこの星にやってきた時から魂の片隅にあった、ノイズ、ジャンクとしか思えない情報。
それが、カミサマの意識を刺激し、新たなノイズが生まれてきます。
中には、たまに意識と妙に噛み合う物があり、記憶をかき乱すのです。
その後にふと浮かぶ情報が、カミサマの魂をよりあるべき姿へ近づけていきます。
しばらくして、それが『思い出す』という概念である事を、思い出しまし
た。
きっと、自分はこの星にやってくる前には、もっとハッキリとした自我のある存在だったのだろう。
そう推測しました。
もっと深く思い出そうとしても、記憶の中のジャンク達があまりにも断片的すぎました。
自問自答――自らを解析する日々の中で、カミサマは自らの魂を研ぎ澄まし、惑星を丸ごと飲み込む程の存在となっていました。
原子を含まないため、ヘタな科学ではその存在を直接観測する事すら困難です。
けれど、その星系中心でリングを形作る恒星たち――白い三連星を逆に引き寄せてしまいそうな大質量だったりするのです。
カミサマが自身の生み出す空間の歪みを何となく補正していなかったら、どんな大惨事が起きていたのやら。
そしてそこに至るまでに原子――つまり形ある存在にとって、悠久とも呼べる月日が経っています。
その星にとって、大いなる変化の起こる兆しがありました。
後に栄える生命の、元始存在が生まれたのです。
石が、意志を持ちました。
魂による情報の塊が、石英などを含んだ鉱物に宿り始めたのです。
正確には宿った、というよりはゴチャゴチャしていた精神子が整い始めた感じでした。
珪素系生命体の起こりです。
この時点では、生命体と定義するのは烏滸がましいかも知れませんが。
その石ころの存在を知ったとき、言い知れぬ違和感がカミサマの心中に過ぎりました。
しばらくして、独りごちました。
――なんか、ちがくね?
いやまあ、カミサマはその時点で肉体も何もあったものではないのですが、そんな感情が魂の中を駆け巡ったわけです。
なぜ、違和感を覚えたのか?
そこで、カミサマはおぼろげながら自分の元いた場所に栄えている存在が、全く異なるものだと思い出したのです。
もっとこう、アレだ、アレなんだ。
曖昧模糊でした。
思い出そうと、長年フンフン魂が唸っている間にも、星の生命が進化を遂げていきます。
単なる魂を宿した石に過ぎなかった存在同士が、おぼろげながら情報を何となく遣り取りするまでに至りました。
たくさんの意志が重なり合って、星にささやかな精神子の流れを生み出したりもしました。
運命力場です。
――運命は流体に宿りやすいんじゃなかったかなぁ。
カミサマに疑問が過ぎりました。
――あれ、巨大な水の流れが生命にとっては脅威であり恩恵でもある事実が結果として生み出した、信仰だか畏敬の念による影響が大きいんだっけ?
――というかそもそも魂は、生命という縛りが存在しつつも多様性のある器が合ってこそ形を成しやすい物であって、知性と相互に干渉するからこそ魂たるワケで、現状はハードも無しにソフトの概念が生まれたくらいにおかしいんじゃね?
あやふやな疑問が、次々溢れんばかりです。
知るかそんなん。
そんなツッコミをしてくれる存在は、この星にいません。
星の生命にとっても、存在規模の違いすぎるカミサマは大きな何かワケ分からん物としか認識されていませんでした。
カミサマが捻る頭もないままに頭を捻る間にも、カミサマという存在が星の運命力場に少しずつ影響を及ぼしている事を、カミサマは自覚していませんでした。
そもそもカミサマがいなければ、鉱物が意志を宿す可能性がグンと減っていたらしいと気付くのは、かなり先でした。
やがて生命は特殊な力場を生み出して、自身を加工する術を覚えました。
自立行動や、代謝だとか繁殖にも繋がる大きな進化です。
球体が重心をずらしながらゴロゴロ転がったり、細い紐状でピクピクのたうったりもしています。
カミサマはそれを歪だなぁと思いながらも、何処まで突き抜けるのかという興味で静観していました。
そしてカミサマは、在るとき思い立ちました。
体、作ろうか。
こんな石塊ではない、肉の体を。
その頃、カミサマは自身が炭素を主にした生命だったという考察に至っていました。
だからなのか、カミサマはこの星に産声を上げた生命をなんか軽んじていました。
それが、後に確執やら悲劇を生み出すとか生み出さないとか。
続くかな
大体、全3~4話くらいでまとまる予定です。