表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

 いつになく静かな夜、目の前に立つ波切旋はきり めぐるの薄い唇に浮かぶ笑みは、あまりにも穏やかすぎて、悪い夢でもみているようで不安に駆られる。

「夜遅くに突然呼び出してすまないね、こより。どうしても、君にお願いしたいことがあって」

 年の割には少し低く、ゆっくりと、語尾のはっきりとした耳障りの良い声。

 通信機越しに、毎日聞いていた愛おしい声だ。なのにどうしてか、今宵は肌がぴりぴりとして落ち着かない。

 風早こよりは小さく深呼吸をして、嫌な予感に震える心臓を宥めようと胸の前で両手を握りしめた。

 が、呼吸は荒くなるばかりでまったく治まらない。

 抑えきれない動揺を悟られたくなくて、だまってこよりの返事を待つ旋の琥珀色の目と、油の染みた軍靴を交互に見やった。

 言葉が、どうしてもでてこない。

 ふくれるばかりの嫌な予感が、喉に支えているのだ。

 不安、緊張もあるが、一番の原因は、先の戦いで死んでいった先輩たちのせいだろう。

 最期の別れを惜しむ先輩たちと、旋は同じ顔をしていた。

「どうしても、今じゃなきゃダメなの?」

 旋は「……うん」と子供っぽく頷いて、軍服のポケットから四角い箱を取り出した。掌に乗る、小型の録音機だ。

「君の歌を、録音させてほしいんだ」

 旋の動作はあくまで穏やかだったが、こよりは血管に冷たい水を流し込まれたような衝撃に、思わず後ずさっていた。

 同じ台詞。

 まったく同じ台詞だった。

 戻れない戦いに身を投じていった先輩たちが、愛おしい者に残して残していった最後のメッセージ。涙混じりの歌が、施設のあちこちで響いていたのをよく覚えている。

「いつでも、どこでも。大好きな君の歌を聞いてられるように。お願いだよ、こより」

「やめてよ、旋くん」

 差し出された録音機を見ていられなくて、おそらくは困り顔の旋を見たくなくて、こよりは小さな窓へ顔を向けた。

 タールのような黒い海、灰色の雲から僅かだが差し込む月光はギラギラと輝き、目をそらすこよりを責め立てているようだ。

「……まるで、死んじゃうみたい」

 顔を上げられなくなって、こよりは俯いた。スカートの裾をぎゅっと掴んで、涙が零れないように瞼を硬く閉じる。 

「お願い、やめてよ。歌なら、いつでも歌うから。忙しいなら、艦内通信でだっていいじゃない、なんなら、今みたいにベッドを抜け出したっていい。子守歌も歌ってあげられるよ? だから……」

「ごめんね、こより」

 驚いて、顔を上げる。

 意地の悪そうな、子供っぽい旋の顔。

 にやにやと歪む唇に、零れそうになった涙が慌てて引っ込んだ。

「嫌だな、本気にしたかい? 冗談だよ」

 ぴん、と。おでこを叩かれる。

「大仕事を終えて緩んでいた気が、少しは引き締まっ――」

「馬鹿!」

 少し首を傾けて微笑む旋の頬が弾け、誰もいない、寝静まった艦内に小型録音機が勢いよく転がる硬い音が響いた。

 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ