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07話:兎角とは戦乱が起こる兆し!

 朝になり、小鳥の鳴き声で目を覚ました。

 実にさわやかな一日の始まりだ。

 俺は伸びをすると、ベッドの隣で寝る愛おしい人を優しくゆすって起こそうとする。


 「スラ太君、朝だよ」


 声をかけると、起きたのかスラ太君の透明な青いボディがゆるゆると振るえる。

 だが、まだ寝ボケているようでその動きはゆったりとしていた。

 ずるずると這いながら床に降り立ったスラ太君に続いて、俺もベッドから離れる。

 窓の外に目をやると、宿の中庭に植えられた庭木に朝日が降り注いでいるのが見えた。先ほどから聞こえている小鳥の声もあそこから届いているのだろう。

 木は輝いた若緑で、空はスラ太君みたいな澄んだ水色で、すばらしい朝の景色だった。きっと今日はいい一日になるだろう。そんな予感がした。

 そうやって外を見ていると、ようやく覚醒して心なしかしゃっきりとしたスラ太君が隣に並んできた。


 「ん? おなかがすいたのか」


 てっきり朝食を早く食べようと誘いに来たと思ったのだが違うようで、静かに俺の肩に頭を乗せてきた。

 そのまま、穏かな朝の時間が流れていく。

 幸せだった。


 ほんの一か月前までどん底にいた。

 だけど、明けない夜はない。夜明け前が一番暗い。The darkest hour is always just before the daw.

 スラ太君と出会ってからは順調で平穏な日々が続いている。


 俺は現在、特に目的もない旅をスラ太君と一緒に満喫して過ごしている。美味しいごはんを食べたり、変わった民芸品を見たり、絶景を楽しんだり、毎日が楽しくて仕方がない。

 旅の途中でモンスターや盗賊などに遭遇することもあるが、スラ太君と俺ならばその程度は困難にもならなかった。

 ファンタジー定番のゴブリンやオーク、変わり種だとシカの角が生えたウサギのジャッカロープなんてのもいた。角付きウサギが牧柵に腰かけてギターを弾いているものだから、異世界に本当にいるんだと感動したものだ。夕陽が沈む中、スラ太君と一緒に牧草地に腰かけてのんびりと音楽に耳を傾けたことは、いい思い出となっている。

 スラ太君と出会った時は他のことでいっぱいいっぱいだったし、ゴブリンのような敵対モンスターと遭遇した時は感動よりも先に戦うことで頭が占められて感動とは程遠かった。その日の夜に初めて食べたウサギパイの美味しさにも感動したものだ。

 時々スラ太君と同じスライムに会うこともあった。そういう時はスラ太君が真っ先に飛び出して行き、交渉をしてくれるのだった。スライムがふにふにと仲良くお話合いをしている光景を見るたびにその愛らしさに頬が緩んでしまう。話し合いの結果、仲間になるスライムもいれば帰って行くスライムもいたが、立ち向かってくるのはいなかった。スラ太君と似た姿のスライムを殺すのは心が痛むので、スラ太君が交渉してくれるのは俺にとって喜ばしいことだった。

 そして、仲間となったスライムはスラ太君の下に付くのだった。文字通り。

 現在のスラ太君の姿は、スラ太君を頂点に、その下に仲間になったスライムが重なったスライムの塔となっていた。なんでもタワースライムというノーマルスライムよりも上級種だという。なので、スラ太君改めスラ太君towerに改名した。そのまんまやねん、とツッコんできた関西弁のおかっぱ活発系少女冒険者は、イラっときたのでスラ太君にmgmgしてもらった。

 その後も、夜這いをかけてきた年上の肉感系未亡人の宿のおかみとか、なにかと突っかかってきた金髪巻き髪のツンデレお嬢様とか、目障りだから潰した盗賊に捕えられてた片言の純朴系異国少女とかも、同じ様にスラ太君がmgmgした。

 みんな大好きスライムプレイだと思ってもらえればいい。ただちょっと跡形も残らないだけだ。そういえば雑談だが、3年続けば本物の性的嗜好という言葉がある。続かなければただ一時的にハマッたか、目新しさに興奮しただけということ。……ということは知人には到底言えない、作者の性的嗜好は本物だったらしい。死にたい。本棚とPC見られたら死ぬ。


 閑話休題。


 どんどんと大きくなっていくスラ太君は、ついに俺と肩を並べるほど大きくなっていた。そろそろ名前を変えた方がいいのかもしれないな。超スラ太君とスラ太君maximumのどちらがいいだろうか。悩む。

 そうして悩んでいると、腹の音が鳴った。そういえば朝食がまだだった。

 俺は着替えを手早くすませると、食堂に向かうため階段を下りていく。鎧が擦れる金属音の後にスラ太君が這い降りる粘着音が続く。昔は階段の上り下りは俺が抱きかかえて行っていたのだが、さすがにここまで大きくなってしまうと抱き上げるのは難しかった。俺にもっと力があればいいのだが。

 レベルが上がり、防御力は驚くほどに上昇したのだが、その他の能力値はレベル歩等だった。ちなみにステータスは教会で寄付金さえ払えば測ってくれる。

 始めから低い魔力は未だに底辺を這っているが、それでもとても弱い魔法を使えるようにはなった。やはり異世界といえば魔法だからな。例え指先にマッチ程度の火が灯る魔法であっても嬉しいものは嬉しい。前にいた……名前を忘れたが、魔術師の残していった魔道書をちょこちょこと読みながら魔法の勉強をしている。この世界にくる前は高校生だったから勉学に励むのは得意だ。魔力の籠る特殊な文字で書かれている本も、召喚の際に付加された自動翻訳能力のおかげで楽々読めるし、マジチートな読解術に、この能力を持したまま帰れたら英語の成績が大変美味しいことになりそうだ。

 帰れたらか、……はたして帰る手段はあるのだろうか。

 だが、かつてはともかく、今は帰ろうとはさして思っていない。スラ太君がいるからだ。

 どこでも生活できるスライムだが、やはり生まれ故郷と同じような森の中にいると、いつもよりも生き々々として喜んでいる。

 そんなスラ太君を自然のあまりない日本に連れて帰ることに戸惑いが生まれる。置いていくのは俺がさみしいし、なら俺がここに残るしかない。

 この糞みたいな世界から出ていきたいけど、スラ太君に我慢を強いてまですることではなし、もう少しだけ耐えることにした。もしかしたらこの世界に慣れるかもしれないし、なにかいいところもみつかるかもしれないし。言うならば、現在している旅はいいとこ探しの旅なのかもしれない。


 階下についたが静かなのが気になる。

 宿なんてのは、朝は出立や身支度をする客で世話しないのが常なのに。遅い時間に目覚めたからといって誰もいないというのはおかしい。昨日まではスライム勇者を怖いもの半分で見にくる野次馬だらけで、食堂で飯を食うのに難儀したものだが。この村ではまだなにもしでかしていないので、住民たちも噂に騒ぐ程度で、見た瞬間に逃げていくということはない。

 この前によった町のように、ぼったくり防具屋でスラ太君をけしかけて普通の半額以下の料金で装備品をせしめた時には、門番ですら俺たちが来た途端に逃げていったほどだ。あの時はいい鎧とけっこういい盾が手に入り、ほくほく顔で町を出たものだ。

 朝食をとったらそのまま出る予定なので、新調したばかりの鎧に身を包み荷物片手に食堂へ顔を出すが、ここにも誰もいない。

 料金は支払ったのだから、厨房をのぞいてどうやら朝食らしきものを持ち出して勝手に食べることにした。昨夜も堪能したのだが、ここの宿の料理はうまい。表面はカリッと中はもっちりの香ばしい丸パンを半分にちぎると、甘いバターをたっぷりと塗ってかぶりつく。沁み込んだ油が口の中でじゅわりと広がって堪らない。昨夜の牛肉煮込みシチューが残っていたので、残り半分のパンはそれにつけて食べる。ほとんど具はないが、それでも崩れた芋や肉片が濃い赤色の中に隠れていて、見つけた時には得した気分になった。

 よほど美味しいのかスラ太君は皿まで食べている。俺も皿に残ったシチューをちぎったパンで拭って一滴も残さずに完食した。美味しかった。

 相変わらず宿の人はいない。宿代は先払いなのでこのまま去ってもいいのだが、一応入口のカウンターを覗いてみたが無人だった。

 「いったいなにがあったんだろうな、スラ太君」

 訊いてみたがスラ太君もわからないようで、タワーを傾けて「?」の文字を作った。

 

 いつまでもここにいても仕方がないので玄関から外へ出た。

 宿は村の入口にあるため、中心部から外れてはいるがそれでもおかしいほど人がいない。昨日あれほどいた物見高い村人たちが誰も歩いてないというのは妙だった。だが、どこかには集まっているようで空気が騒がしい。

 吹いた風が一枚の紙を俺の足もとにまで運んできた。


 「まおう……?」


 ミミズが這った後の方がまだマシな子供の殴り書きで、世迷いごとが書かれていた。こんなひどい文字でも解読できる自動翻訳能力マジ有能。

 どうやら自称魔王様がこの村に攻めてくるので、村人は避難しろ、勇者は村の中心の丘で首を洗って待ってろ! というのが内容だった。王家を守りたければ逃げるなよ、って言われてもあんな社会のゴミ的な王家は滅ぼしたくてたまらないんですが、そこはどうなんですかね。敵前逃亡したら魔王()が滅ぼしてくれるのならば、手間が省けてこちらとしては万万歳なんだけど。

 滅べ。滅びれ。滅びれば。滅びるとき。滅ぶがよい。

 ただの落書きと判断し、紙をぐしゃぐしゃに潰して放り投げる。スラ太君に食べるかと聞いてみたが、いらないと首を振られた。確かにまずそうだもんな。

 実在するかもわからない魔王はともかく、次の町へいく準備をしなければ。前の町ではうっかりスラ太君で店を脅迫したので、恐れた他の店が閉店してしまい、保存食が買えずに残りがやや心もとなくなっている。別に野生の動物や果物を採って自給自足ができないわけじゃないが、備えあれば憂いなしって言うし、一日一食の極限生活のトラウマで常に食糧が手元にないと不安なのだ。

 食料品店や雑貨屋なんかを覗きながら歩いて行くが、どこも閉まっている。朝だといってもだいぶ日が高くなりそろそろ昼にかかる頃合いだ。今日は一斉休業の日か。ボイコットをするのならば前日までに教えておいてもらえないと困る。

 閉まっている店の一つに近づいていく。看板には服屋とあった。そこそこ繁盛しているのか手の込んだ装飾品がいろいろとディスプレイされていた。軒先の鎖飾りに、誕生日会で作った紙のわっかを思い浮かべながら、閉じられている扉の張り紙を読む。


 「また、魔王か」


 ここでも魔王、あそこでも魔王。村のいたるところに魔王襲来のお知らせが貼ってある。ムカつくので見つけ次第、破き捨てている。子供悪戯にしても度が過ぎている。犯人がわかったらお仕置きが必要だな。

 単調な作業に飽きて、スラ太君とどちらが多く張り紙が破れるか競争しながら歩いているうちに、村の中心にある広場まで来た。近づいただけでそこに人がいるだろう喧噪が大きくなってきているので、誰かしらはいるだろうと思っていたが、まさか村人全員がそこに集合しているとは想像もしていなかった。

 俺が現れたのに気が付いた一人が声を出すのを皮切りに、そろっている全員が一斉にこちらを振り向いたのには、正直背筋が冷えた。大量の目、怖い。

 口々に勇者さまだの、魔王を倒してくれだの好き勝手に言っている村人をなだめると、代表として村長が出てきた。どうでもいい話だが、「そんちょう」って呼ぶとのどかな感じするけど、「むらおさ」って呼ぶと偉そうな感じがする。

 白ひげの長老っぽい村長は、鬼気迫る口調で魔王について語り始めた。

 じじいの話なんて真面目に聞く気ないが、それでも耳半分に聞いただけでも魔王のヤバさが伝わってくる。何人もの勇者たちが挑んで負けたとか、遊びで街を一つ潰しただとか、すべての国の総力を合わせた連合軍でも傷一つ付けられなかっただとか。多少の誇張が混ざってはいるだろうが、さすがは【魔の王】と呼ばれるだけのことはある強さを持っているようだ。


 俺一人の力では勝てそうにない。


 だが、今の俺は独りではない。

 横に目をやれば頼もしい相棒のスラ太君と目が合う。スライムに目はないが。

 こちらの意図が伝わったのか、スラ太君が力強く頷いた。


 そうだ、スラ太君とならやれる!

 俺は覚悟を決めた。

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