05話:カミカゼ
さて、諸君。『カミカゼ』というカクテルを知っているだろうか、
味が神風特攻隊を思わせるとか、横須賀基地で作られたからとかの由来を持つウォッカベースのカクテルだ。
作り方はとっても簡単。
ここにレシピを載せるのでよければ皆も挑戦してみてくれ。
まずはグラスだ。
本来ならオールドファッショングラスを使うのだが、透明なグラスならなんでもいいぞ。
透明がいい理由としては美しい濁り色を味わうためだ。いいカクテルは色で決まるなんて言葉もある。まあ、今俺が考えたばっかの言葉だが。
あと、度数が高いので小さめがオススメだな。
今回は手ごろなのがないので、大ジョッキにしよう。
次にベースになる飲み物だ。
ロシアでおなじみのウォッカ。
度数の高さで知られる酒だが、割って使うのなら、癖もないし、かなり割安でオススメしたい酒だ。度数はかつて消毒につかわれていたほど高く、40%くらいある。
始めて買うのならば、スミノフの赤いやつをオススメしたい。小さいビンもあるので探してみて、どんなものか試すのもよいだろう。
自分はウヰルキンソンがまろやかで好きだ。
今回はその辺に転がっていたスピリタスを使おう。度数が高い酒は封を開けておくと、蒸発してどんどん減るから保管に気を付けろよ。
さて、ウォッカをコップに4分の3ほど注いだら、次にライムジュースとホワイトキュラソーを入れて混ぜれば完成だ。シェイクするとよいのだが、面倒ならかき混ぜるだけでもOKだ。
と、ここで問題発生。
材料が両方ともない。
……ライム酒ならあるのでこれで代用しよう。
ジュースも酒もあんまり変わらんだろうから、ライムジュースをライム酒に変更。
ホワイトキュラソーはぶっちゃけ柑橘類が入った酒だ。なのでライム酒でも大丈夫だろうから変更。
こうして黒崎鹿路印の特製カミカゼが完成しました☆
せっかくなので、最近仲間になった騎士のジョージくんに飲んでもらおうと思います。イエーイ!
はい、どうぞ。
おっ、一気にいきますね。
砂糖を溶かしてあるので口当たりはかなりいいでしょう。
元々ライムの入った酒は飲みやすいですしねー。
はいはい、おかわりですか? そんなに気に入ってくれたのなら何杯でも作りますよー。
はい、どうぞ。
おや、急に倒れて大丈夫ですかー?
……もう意識はないようだな。
ははっ、まあ80%の酒を一気のみしたらフツーそうなるよな。
せめて苦しまないようにしてやったのは、最期の情けだ感謝してくれよ。
安心して死ね。
さあ、スラ太くん。ご飯の時間だぞ~。
うん、うん。屑肉の酒漬けはそんなに美味いのか。スラ太くんが喜んでくれると、俺も嬉しいよ。
この前の魔術師は歳取ってるし、薬漬けだし、碌なもんじゃなかったからな。
え、俺におすそ分け? 全部食べていいのに、スラ太くんは本当に優しいなぁ。
でもスラ太くんがいれば、俺には他になにもいらないよ。
なにも。
***
スラ太君との出会いは、ほんの2日前まで遡る。
あの日、俺は夜の森にいた。
森の名前はライナスの森。ライナスという町のすぐ近くにあるから、ライナスの森。そのままだ。さほど大きくはないが、子供が迷子になる程度には広さのあるところだ。
町の灯りが届かないほど深くまでくると、逆に星や月で薄ら明るくなる。青みがかった暗がりの中、立ち止まると先ほどまでしていた足音が消えて、虫の鳴き声だけになった。
しばらく、そのまま静かな森の音を聞いていた。
まるで俺一人だけが、この世界に存在している気分になってくる。
だが、どんなに望んでも、そんなことにはならない。俺が心の底から人間の滅亡を願おうと、この世界にはクズとしかいえないものがのさばって、まるでゴキブリみたいにしぶとく蔓延んでいるのだ。
だいたい現在、俺は一人ではない。
後ろにはくすんだローブを着た壮年の男が立っている。間が抜けた表情をした男の目はうつろだ。だいだい大の大人が武装もせずに出会ったばかりの人間に誘われて夜の森にひょいひょい付いてくるなんてどうにかしている。町の近くの森といっても、モンスターが跋扈する夜の森にである。
夜は野生動物の狩りの時間であり、多くの肉食モンスターが動きまわっている。それに加え夜の視界の悪さと、昼でさえ足元の不安定さと遮蔽物の多さから、森に慣れた冒険者や狩人以外は碌に足を踏み入れることはない森。
なのに、ほいほいと男が夜の森についてくるには、彼のことを少しばかり語る必要がある……が、男について語る趣味はないので三行ですませる。
・男はマルクリウスという国属の魔術師
・かつては強かったが、それ故に押し付けられる激務に耐えかねてヤクに溺れた
・薬物中毒でまともに詠唱を唱えられなくなったので、厄介払いに押し付けられた
うむ、我ながら見事に三行ですんだ!
ほかにも勇者として旅立つ際に、騎士団の予算を使い込んだアル中のジョージ(騎士♂)と、博愛の精神を広めるという名目で信者たちと乱交を行ったテアラン(シスター♀)という、仲間と書いてお荷物と読む二人を押し付けられた。
もっとも、テアランの方は逆ナンに忙しく集合場所に来なかったのだが。
無視してもよかったんだが、それでも仲間がそろわずに旅に出た場合に、あの糞王に何をいわれるのかわからないので、これ以上クズ国家に関わりたくない俺はしかたなく男二人を放置し、ビッチシスターを一人で探しに行くことにした。
テアランは路地裏の古ぼけた宿の前でみつかった。狭い路地には直接日光が入らずどこもオレンジ色に染まっていて、その中に立つシスター姿の彼女はどこか神秘的に見えた。
テアランは熟れた唇で三日月の笑みを浮かべると、かすかにかすれた声で勇者さまぁ、と呼んできた。
「ふふ、よろしければ私が手取り足取り、サンパワー教の説く愛をお教えしますわぁ」
艶めいた声も、好色に濡れた蜂蜜色の瞳も、禁欲さを感じさせる厚手の聖職服も、彼女のすべてが誘ってきているように思えた。
そして、俺は(省略されました。素敵な体験を読みたい場合はわっふるわっふると書きこんでください)
そして、俺はマルクリウスをまず始末することにしたのだ。
怪しげな薬の影響で判断能力のないマルクリウスは、誘いに乗ってほいほいと簡単に森の奥へと連れ込めた。
だが、はたして俺に人が殺せるのだろうか……
これが馬鹿王や糞姫、クズ教官だったら、オーバーキルになる勢いで殺せるだろう。
目の前にいるぼんやりとした男は足手まといのゴミだ。だけど言いかえれば足手まといなだけだ。邪魔なら放置しておけばいい。支度金として渡された端た金を狙っているジョージならともかく、マルクリウスを殺すことにどうしてもためらいを覚えてしまう。
そして一度覚えたためらいは強く、実行に移すことが難しかった。
「殺しやすそうなやつから始末しようとしたんだが、失敗だったな」
ため息をひとつ吐く。
森の中はとても静かで、黙っていると本当に世界に一人きりのような気分になってくる。
だけど、一人きりになるためには、邪魔な人間が多すぎる。
また一つため息を吐く。
「座れ」
短く命令を下すと、なにも疑問に思わずマルクリウスは地面に座り込んだ。うつむくとフードが影を作り、顔が見えなくなる。
俺は背負いこんだ荷物から、古ぼけた毛布を取り出すと、逡巡した末にそれを男の上にかけた。そうすると、それがまるで人ではなくなったように少し思えた。ソレが「マルクリウス」という仲間であると示すのは、呼吸でかすかに揺れる布の動きだけだった。
そして、たったそれだけの動きで、ためらいが生まれる。
そのためらいを払うように、腰に佩いた鞘から剣を抜く。
勇者にしか使えない神聖剣に曇りはない。金の無垢剣は、暗がりの中でも月明かりを集めて輝いていた。
今ならまだ止められる。
このまま何気ない顔をして宿に帰れば、飲んだくれていたジョージは何があったのか気がつかないだろうし、テアランは別れた城下町でナンパしつづけているだろうし、マルクリウスに殺されかけたことがわかるはずはないし、前と同じようにシスターを除いた男三人で旅を続ければいい。なによりも冷たい暗がりで唯一ぬくもりを感じさせた毛布が血に汚れることもない。
それでも……
「それでも、俺はもう戻りたくないんだ」
無害なるものも、優しさも、切り捨てるつもりで剣を振りあげる。
歴代勇者たちの正義の想いが宿っているという黄金の刀身。
世界を見守る神の守護が与えられているという血涙の紅玉。
ならば何故、俺を助けてくれなかった?
平和な異世界で生きていた青年を無理矢理に呼び出し勇者と祀り上げ、期待外れだと知るとゴミ扱いをするのが正義なのか。
いるかもわからない魔王退治に、碌な装備も仲間も与えずに放りだすように旅立たせるのは神に許される道理なのか。
ならば、俺は、黒崎鹿路は、正義なんていらない。神なんていらない。ぬくもりなんていらない。同情なんていらない。世界なんていらない。道理なんていらない。称賛なんていらない。仲間なんていらない。愛なんていらない。助けなんていらない。
なにも、いらない。
なにもいらないはずなのに、振り下した剣は重かった。
***
改めて独りきりになった森の中、仰向けに寝転がると疲れがどっと押し寄せてきて体が重い。それでも心は重石が取り除かれたように軽々としていた。
強く柄を握っていたせいで、いまだにしびれている右手を開くと、手のひらは黒い液体で汚れていた。さっき殺したマルクリウスの血だ。きっと太陽の下で見れば赤いんだろう。
「異世界人の血も赤いんだな」
ぽつりと思ったままに呟いた。
辺りには血の錆臭い匂いが漂っていて、このまま死体と一緒に転がっていてれば、血に呼ばれた獣の手で死体の仲間に加わることだろう。
人を切っても、汚れることも曇ることもなかった剣は離れたところに転がっている。
必要なことをしたと思ってる。後悔はしていない。
さっさと立ち上がって、証拠を隠滅し、宿に帰るべきだと頭ではわかっている。なのに動こうとはしなかった。
ガサッ。
草をかき分ける音に頭を向けると、一匹のスライムが居た。
透明な青い液体が固まった姿は、召喚される前に買ったばかりのゲームに出てきたスライムそっくりだった。
液体が斜面を流れるようにするすると移動するスライムは、近い方のマルクリウスに近づいていくと、その体を飲み込み始めた。
透明な液体の中で、すべてが溶けていく。
肉も、金属も、布も、皮も。すべてが。
じっくりと溶けていく様子に、スライムがいたらゴミの分別をしなくていいな、と場違いなことを思った。
「で、次は俺の番か」
憐れな薬物中毒の魔術師を喰らったスライムは、どういう身体の仕組みをしているのか、成人男性を一人飲みこんだのにほとんど体面積が変わっていない。
透けた青の中に溶けて消えるというのは、役立たず勇者の死に方としてはマシな方だろうか。足手まといなゴミと役立たずなゴミの分別がいらないというのはいいことだ。ただ、できれば痛くないといいな。
スライムが右手を被っていくのを、寝転がったまま、目をそらさず見つめる。
痛くはなかった。そして、溶けることもなかった。
先ほどマルクリウスを飲み込んだ時には、すぐに消化吸収が始まったのに、いつまで経っても手が溶ける気配はない。それどころか右腕のしびれが取れていることに気が付いた。
スライムがどいた後には、血痕が消えて綺麗になった腕だけがあった。
軽くなった手をニ・三度閉じたり開いたりして調子を確かめると、おもむろに立ち上がり放ったままだった剣を手に取る。
俺が剥き身の剣を手にしても、スライムは構えることなく、じっと丸まっている。
「ぼくはわるいスライムじゃないよ」
スライムが喋ることはないので、勝手にアテレコを当ててみた。だいたい良いスライムは死体を食べたりしない。きっと。
「スライムを仲間にしますか。はい」
倒していないが、仲間になりたそうにこちらを見ているので、続きの言葉を口にする。
剣を鞘に戻して、空いた手でスライムを撫ぜると、やわらかくぷるぷるとして気持ち良かった。
なにもいらないとすべてを捨てたはずなのに、スライムを拾ってしまうなんてな。
だが、背負っていた重石をおろしてすっきりとしているが、少し寒い背中にスライムの軽さとあたたかみはちょうどよかった。
勇者なんて他人から背負わされたものより、自分から背負うスライム一匹の方がよほどいい。
「名前をつけなくちゃな……スラ太なんてどうだ?」
こうして、俺はスラ太君というかけがえのない存在と出会ったのだった。
ライナスのスライムを仲間にした▼ 毛布の人をライナスにするか、スライムをライナスにするか小一時間迷った。ライナスの毛布




