04話:三者三様
マリンカは自分が善人だと思ってるクズ。トリッタは表面上を取り繕うのがうまいクズ。ヒージはややマトモ。敬語だのなんだのは無視してください。間違ってる自信があるので
今日は珍しくスッキリと目覚めた。
なんだかずいぶん良い夢をみた気がするが、覚えてはいなかった。
くあっ。大きくあくびをして、もう一度ボロ毛布の中に潜り込む。
汗と埃で汚れきった毛布に包まり、わずかに忍び寄る秋の涼しさから逃れようと身体を丸めて目を閉じた。
静かで温かな暗闇の中で夢の残滓を探しつつまどろむ。
久しぶりに心が安らんでいた。
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マリンカは朝から憂鬱な気分だった。
(なんで私が当番の日に限って、こんな嫌な仕事が回ってくるのかしら?)
長いため息を吐きながら、トレーの上に昨日の余りのパンを載せる。
一日経ったパンは手に持っただけで、石のように硬くなっているのがわかった。
これを食べる「とある人物」のこれからを考えると、足が重くなって動く気力がだんだんと萎えてくる。
王城西館に配属されているメイドには「勇者当番」というのがある。大体一か月に一度のペースで回ってくるその当番の仕事内容は、勇者の食事の世話と部屋の掃除だ。
とは言っても、食事は朝に適当なのを放り込むだけ(だいたいは余りものだ。酷いと残飯なんてのもある)。掃除は手を抜いても何もいわないので、簡単に掃いたり水を撒くだけで終わる。人によってはサボることもある。それで朝の仕事が終わるのだから、当番の日はいつもよりも楽ができるとメイド間では認知されている。
では、なぜ憂鬱なのか。
それは噂好きのローズから聞いた話が原因だった。
勇者は今日、処刑される……と。
勇者当番は何回かはやっているが、勇者自体になにか思うところは特にない。仕事はパンを放りこんだり、勇者がいない間に部屋をざっと掃除するくらいで、彼と会話を交わしたことはないし。異世界からという経歴も親しみを感じない理由の一つだった。
世界を救わずに無料飯を食べるだけの存在と考えると、多少きびしい錬椴も必要なことだと思うが、ボロボロに傷ついている姿をみると、わずかな憐憫を覚えてしまう。
とは言っても、そんな思いは夕ごはんを食べる頃には忘れているほどの軽い気持ちだが。
マリンカにとって、勇者はいてもいなくても変わらない存在だった。
だが、そんなモノでも死ぬとわかると、不思議なことに可哀想だと同情してしまう。
マリンカはもう一度ため息を吐くと、硬いパンを戻して、代わりに焼いたばかりの軟らかいパンをトレーにのせた。そして少し悩んでから、スープも皿によそって隣に置くことにした。
(パンが足りなくなったら、私が硬いのを食べればいいわ)
一品増えて重くなったトレーを抱えると、さっきよりも軽くなっているように感じられた。
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トリッタは羽根が生えたかのように浮かれた気分だった。
なにしろ今日で教官の任を解かれ、クズ勇者の訓練なんていう実にならないつまらない仕事が終わるのだ。
まったく5年間もくだらないことに潰してしまった。
本来ならば、憲兵団支部の指揮官としての任期が終わり、大量の退職金を貰い悠々自適な軍人年金生活が待っているはずだったのに、隠しきれないオレ様の優秀さに目を留めた上役の命によって、勇者の教官なんていう仕事をすることになったのだ。愚痴の一つや二つこぼすくらい多めにみてほしいものだ。
だが、それも今日までのこと。
役に立たない勇者の処分が決まったのだ。
スキルもない。ステータスは1だらけ。ああ、魔力は0だったな。そんなクズみたいな人間が存在していることに驚いたが、それが勇者だなんてさらに驚きだ。
オレが命じられたのはソレを少しでも使いものにすること。まあゴミはいくら鍛えようとゴミでしかないので、わりとテキトーに働いてたんだけどな。あんな塵を相手にするよりも、訓練所にいる兵士たちを指導していたほうが有意義ってもんだ。
へっぴり腰だった新兵どもが訓練の度に立派になっていく姿をみると、胸にこみあげてくる熱いものがある。
いやいや命じられた仕事だったらが、自分の手で育った若者の笑顔を見れただけでも収穫はあったと胸を張って言えた。この退職後は道場を開いてみるのもいいかもしれないな。
暇さえあればサンドバッグをボコっていたおかげで剣の腕前も上がっているし、腕試しの旅に出るのも楽しそうだ。
ああ、第二の人生をどう生きるのか考えるだけでも、年甲斐もなくワクワクしてしまう。
お、ようやく能力を測るための儀式の準備が終わったようだ。
訓練の成果を確かめるためにと、無理やりに儀式に参加させられることになり、退屈さに眠くてたまらなかった。それでも正式な場であくびをするわけにはいかないので我慢しているのだが、正直いつ寝てもおかしくはないほど眠い。
眠気をごまかすために何度も瞬きをして、台座の上に立つ勇者に目を凝らす。
流石にあのボロ服のままでは体裁が悪いので、テキトーに訓練兵用の服を着せておいたのだが、仮にも勇者ということか。ずいぶんと精悍な男にみえる。まあ所詮は見た目だけだけどな。
皆が見つめる中、勇者が宝玉に手を置き、ステータスが空に表示されていく。せいぜいオレの評価を下げないように、そこそこはいい数値が出てくれよ。そう祈りながらそれを見ていく。
れべる:57
ちから:30
はやさ:26
まもり:100
まほう:10
すきる:【けん】【たて】【がまん】
ふん、それなりに育ってはいたのか。このオレ様が直々に相手をしてやってたんだから、これくらいになるのが当たり前か。まったく自分の指導力の高さが怖いな。
ステータスの内容だが、力と速さはどうでもいいレベルだが、守りの高さがいいな。スキルの【がまん】と併せれば立派な盾役になりそうだ。
勇者のステータスの分析をしていると、王からお言葉を戴いた。
「これならば勇者としての役目も果たせよう。トリッタよ、よくぞここまで鍛えてくれた」
「ははーっ、私の全ての力を費やし、勇者の育成に励まさせていただきました。これもこの国の平和を思えばこそです」
「トリッタこそ、我が国のことを真摯に思う、真の臣の中の臣よ。御苦労であった」
「勿体ないお言葉。ありがたく頂戴いたします」
頭を下げるが、これは感謝を示すためと、口元に思わず浮かんだにやけた笑みを隠すためだった。
王から直々に褒められることになるとは……ゴミだグズだと思っていたが、少しは役に立つじゃないか。勇者サマは。
トリッタは機嫌が浮ついていて、己の笑みがバレないようにするのに必死で気がつかなかった。
勇者が憎しみの目でこちらをみていることを。
*****
ビージはすっきりとした気持ちであった。
もし、それを他の訓練兵たちが知れば疑問に思うだろう。どうしてジャンケンに負けて掃除当番を押し付けられたのに、すっきりとしているのか? と。
だが現状、彼は鼻歌を歌いながら箒を担いで歩いていた。手に持ったバケツには波々と水が入っているのにその足取りは軽い。
やがて、ビージは一つの扉の前で止まった。
重厚な金属扉は手入れされておらず、赤く錆びが浮いている。
その扉が開いているということに対して、特に疑問を抱かずに部屋の中に入っていく。
窓のない部屋を廊下から差し込んだ明かりが照らしている。元々は物置だったというこの部屋は一目で見回せてしまうほど狭い。
「おや?」
その部屋の中に先客がいることに彼は気が付いた。その人物はビージの小さな驚きの声に気が付いて、箒を掃く手を止めるとこちらを振り返った。
埃が舞う中、振り返った白皙の顔を暮れだしたオレンジの夕日が照らしだす。それはまだうら若いメイドであった。肩口でそろえた茶がかった金髪がキラめいているようだ。
「ここの掃除をするように言われたんだけど……」
「あ、あの私、今日の勇者当番で、部屋の掃除も仕事に入っているんです」
「オレはビージ。あんたの名前は?」
「はい、マリンカと言います」
この部屋はいつも大体汚れていたから、掃除をしているとは思っていなかった。だけど汚れていたのは過去のことで、すでにマリンカが掃除を進めているからか、汚かった部屋がだいぶマシになりはなりつつあった。
ビージはバケツを床におろすと、彼女に微笑んだ。
「マリンカ、オレも一緒に掃除やるよ」
「そんな、私の仕事なのに手伝ってもらうなんて、悪いですよ」
「二人でやったらその分早く終わるだろ? そしたら空いた時間、デートしようぜ」
男世帯で過ごしている癖で思わず軽口を叩いてみたが、真っ赤になったマリンカを見たとたんに悪いことをしてしまったと、反省をする。
「ははっ、冗談冗談。それよりさっさと掃除しようぜ」
「もうっ、変な冗談はやめてくださいっ!」
「本気にした? ならマジでデート行く?」
「知りませんっ!!」
うん反省したといったが、それは嘘だ。だって可愛い子をみかけたら口説くしかないだろ。常識的に考えて。
そっぽを向くのにつられて、くるんとスカートが翻る。その様子がなによりも可愛らしく思えた。怒りながらも手際よく掃除をしていく様も好印象だ。思いもかけずにいい出会いがあったかもしれない。
彼女の名前を心に刻むために、もう一度小さく口にする。マリンカ。名前まで可愛いな。
ビージはしばらく色惚けていたが、ふと、この部屋にきた用事を思い出した。
「なあ、マリンカ」
「なんですか? デートならしませんよ」
「ああ、それは改めて誘うけど。それより勇者が使ってた毛布って片付けちまったか?」
「毛布? 私がこの部屋に来たときには何もなかったですよ。そういえば、勇者の荷物の中にボロ布がなぜかあったという話は聞きましたけど、それですかね? なんでもどうしても持っていくのだと、言ってたそうですよ」
「……そっか」
「それがどうしたんですか?」
わざわざあれを持っていったという事にビージは感慨深い思いをしていた。なにしろ勇者に毛布を与えたのは、ほかでもない自分であったからだった。
いつか見た石畳の床で丸まって寝る顔が、意外と幼くて、故郷の兄弟のことを思い出してしまったら、なにかしたい気持ちに駆られたのだった。そして宿舎で余っている毛布を持ってきて彼に与えたのだった。
それ以来、なにか機会があるごとに古着やおやつなんかを、ほかの兵士たちに邪魔されないようこっそりと勇者に与えていた。一度バレた時にはあんなのにやるぐらいなら俺らに食わせろと、クッキーの箱を持っていかれてしまい、それからは隠れてすることにしていた。
その始まりの毛布が大切にされているという事実は、会話を交わすことはほとんどない勇者と自分とのつながりが確かにあったということで、余計なお世話になっていなかったのだな、と嬉しくなった。
「ビージさん?」
急に黙りこんだことで不安になったのか、マリンカが名前を呼んできた。鼻を抜けるような調子で呼ばれると、新鮮な気持ちになれる。
「なんでもないよ。それより掃除を済ませよーぜ」
ビージは持参した箒を手に取ると、部屋の掃除を始めた。
そして、このすっきりとした気分のように、この部屋もキレイにしてみせると意気込むのだった。
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人々の往来で賑やかな城下町を一人の男が歩いている。
腰に剣を帯びているが、着ているのが軍服なため誰も不審に思うことはない。背負っている大きな荷物に、休暇を取って田舎に帰るのだと、そう思うぐらいが関の山だ。
男の顔は疲れているようだが、どこか晴々としていた。