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14話:エンデュランス

 左後のワンコが落ちて跳ねる。

 やはり素人揃えは碌なものにならない。


 急に足が軽くなったシロが嫌がるように嘶くが、取りに戻ったり着け直したりする時間がないので、そのままハイマツの中に落としたままにする。そのうち朽ちて埋まることだろう。

 岩稜帯はもう目と鼻の先にまで迫ってきている。


 「スラ太君、シロたちの足を守ってやってくれ」


 ワンコが着いたままでもここを進むのは難しかっただろう。スラ太君は馬上から体を伸ばすと、邪魔にならないようにできるだけ薄くした膜で馬の脚を覆う。それと同時に足元が荒れた岩肌に変わる。別れたカールを下に、先を目指して走り続ける。

 ダケカンバは遥か彼方だ。足手まといになるから置いてきた馬車とともに。

 碌に馬に乗ったことがないのに、エンデュランスを、それも猛スピードで行うなんて正気の沙汰ではない。馬が協力的なのと、体をスラ太君が固定してくれるからこそ可能なことだった。

 リッカを抱いた俺がシロに、食料や水などの最低限の必需品をクロに乗せて、ひた向きに魔王城へと走る。店でみかけて、彼女の銀髪に似あいそうだと貰った空色のワンピースは、吐血ですっかりと汚れている。


 遮るもののない黒い肌の岩稜の続く先に、おどろおどろしい城がある。

 下から見た時に、槍の一つだと思っていたソレは魔王城であった。それほど巨大な城だった。

 襲いかかってきたワイバーンを一刀のもとに切り捨てると、乗馬したまま城へと突入する。


 「もう少しだからな。あと、もう少し頑張ってくれ」




***




 よく磨かれた寄せ木の床も、重ねた月日の深さを感じさせるすり減った石階段も、傷付けることを恐れずに最高速で駆け抜けていく。

 魔王城だというのに、いままで敵の影を一人として見かけていない。

 てっきり、配下の魔物たちでも揃えて待ち構えているのかとおもっていたが、下働きとさえも遭遇しないでいた。

 

 「魔王、どこにいる!」


 張り上げた声は無駄に広い城内に虚しく響くだけだった。

 魔王は出てきやしないが、偉そうな敵は一番上にいると決まっている。だが無駄足を踏まないようにいなかった部屋を壊しながら、上へと向かう。


 塔の一番上の部屋だろう扉を、剣を振って発される衝撃波で壊す。先手必勝だ。

 そして、煙と馬鹿は高いところが好き。という言葉の通りに、魔王はここにいた。今まで登ってきた山道が見下ろせる一面のガラス窓を背景に、前と同じ黒ずくめの恰好で立っている。違いは長すぎて床についているマントがあるぐらいだろうか。ショタコンの気はないので記憶が薄い。というか本当にこいつが魔王だっただろうか。少年だったことは覚えているが、顔が朧げで本人かどうか確信が持てない。


 「よくきたね。おにいちゃん」

 「約束通りに来たぞ。薬を渡してもらおうか」


 青い影に顔が隠れているが、魔王の口元は笑みを浮かべているのだけはわかった。

 相変わらず人形のように作られた表情をする不気味なヤツだ。

 危なくないようにスラ太君にリッカとモノクロコンビを外に連れ出してもらって、一人、対峙する。


 「へへへ、ただじゃ渡せないよ」

 「ならば切り捨てて、奪わせてもらう」

 「そう、それこそがぼくの望みだよ」

 

 魔王を脅すつもりでおもむろに俺は神聖剣を抜くが、剣の輝きを見た魔王の笑みに感情がにじみ出る。心底嬉しそうに口元がゆるみ、目に光が宿る。


 「古来から勇者と魔王は戦うものって決まってるんだよ。ならすることは一つしかないでしょ」

 「戦えば、薬を渡してくれるんだな」

 「うん。でも本気で戦ってほしいから勝ったら、って条件だけどね」


 ガッ!


 芸なく先手必勝と斬りかかったが、魔王は手を上げると気負わない動きで防いだ。少年の手にはいつのまにか黒い剣が握られている。刃まで黒いブレードソードには銀の護拳が編まれている。その中で(フラー)が赤く光っていた。


 「やっぱし、面白いね。いままでの勇者にいろんな人がいたけど、おにいさんが一番楽しめそうだ……ぼくからもいくよっ!」


 頭二つ分ほど低い子供の細腕だが、振られた剣は重かった。剣の腹で受け止めると小さな火花が散る。力を受け流すと、右に抜ける。脇を通りながら魔王の足を蹴ろうとしたが避けられて距離を取られた。

 大人と子供。本来ならば戦いにならないだろうが、相手は魔王で、見た目に反して十分な力を持っていた。しかし、身長差がある相手というのは戦い難いな。動きを鈍らせようと足を狙おうとしても、だいぶ下の方にあって切りにくいし、全体的に的が小さくてやりづらい。

 自分の攻撃魔法には威力がほとんどないのは知っているが、隙をつくために魔法をいくつも打ちながら、暇なく剣で払うように休みなく斬りかかっていく。


 「ぼくが本当の魔法ってやつをみせてあげるよ」


 魔王が呪文を唱えるにつれ室内に風が吹き、長いマントが煽られてはためく。魔術の指導書によれば、魔力の流れを読めるようになれば一流の魔法使いと言えるらしい。一流どころか三流もいいとこな俺ではなにもわからないが、きっと見る者が視れば、魔王を中心に魔力が渦巻いているのがわかっただろう。


 きっとくらえば、ただではすまない。




 ……だが、チャンスだ。


 「いくよっ!」

 「くらえっ!」


 放たれた魔法と、振るう剣がぶつかる。

 飲み込まれそうな力の奔流に腕が振るえる。だが、ここで引くわけにはいかないんだ。汗が額を流れるが、拭う暇はない。

 ジリジリと押されて下がっている中、右足を踏み上げる。残された左に強い力が集中し痛むが、痛みを無視して踏ん張り続ける。ぎっ、と睨みつけた先では魔王が微笑んでいた。今にその余裕に満ちた顔を崩してやるからな。

 柄を握りしめると、俺は右足を振り下ろす。大きな破壊音が立ち、床が割れる。そして割れたところをカタパルトに、一気に蹴り捨てて前に跳ぶ!


 魔法を放ち、無防備な姿勢の魔王の目が驚愕に開かれる。


 「これで終いだ!!」


 振り下ろした剣は、魔王の頭上、わずか指一本分の隙間を残して止まった。剣は止まっても、かすかに残っていた勢いは風となり、少年の前髪をかすかに揺らした。

 腰が抜けたのか、魔王は後ろに倒れると、地面にへたりこんだ。下は草が生えているのでそう痛くはないだろう。


 「へへっ、やっぱりおにいちゃんは強いね」

 「勇者だからな」


 剣を鞘におさめると、首にかけていたタオルで流れ出る汗をふく。秋も深まり、朝晩は冷えるようになってきたが、まだまだ日中は暑い日が続く。見上げた太陽は、夏の欠片を残してギラギラと輝いていた。


 「勇者さまぁ、終わりましたのでしたら、お茶でもいかがですか?」

 「わーい、クッキーある?」


 復活した魔王がすばやく立ち上がると、エプロン姿のテアランの元へと走り出した。その姿のどこにも、出会ったばかりの時の人形じみた表情は見当たらない。魔王に足りなかったのは、暗闇を照らしだす強い光だった。それは導く大人の存在であり、頼り信頼できる仲間であり、温かく優しい親代わりだった。きっと、俺が暗がりでずっと求めていた光と同じ。

 魔王といっても所詮は血の通う人間だった。小さな子供を歪んだ魔王に変えたのは、強すぎる力故に遠ざけた大人たち。彼には見守り育んでくれる者がおらず、孤独だった。捨てられても死ななかったのは、皮肉にも捨てられる原因になった強い力だった。それから永い、長すぎる時間を独りで、子供のままで過ごしてきた魔王。

 だが、今の魔王はにこやかに笑いながら、焼きたての茶菓子に喜ぶ、ただの子供だ。


 かつての俺は一人ではなにもできないクズ勇者だった。

 だけど、頼れる仲間と出会い、守るべき人を見つけ、ゆっくりと、だが確かに成長してきた。


 木陰ではジョージとマルクリウスが賭け札をやっている。

 ジョージはイカサマで勝とうとするが、マルクリウスの頭脳相手ではなかなか役を覆せれないようで、いろいろと札を見比べては唸っている。


 その隣ではテアランと魔王が広げたシートに座ってお茶をしていた。

 魔王はテアランに母の面影を重ねているのか、よく懐いている。テアランもまんざらでもないのか、甘やかしているが、悪戯には厳しく、時にはゲンコツをも辞さなかった。


 「勇者さまー」


 遠くからリッカが手を振りながら走ってくる。

 髪をなびかせた髪が、空色のスカートをはためかせる。少女の隣では春に産まれたばかりの仔馬が寄り添って、たどたどしい足取りで駆けていた。シロとクロの子供はちょうど足して2で割ったかのように灰色で、名前は灰の音読みでカイと名付けた。


 誰もが笑顔だった。

 空は晴れて、世界は平和に満ちている。


 どこからどう見ても、文句のつけようがないハッピーエンドだ。




 「勇者さま!」


 胸に飛び込んできたリッカを、優しく抱きしめる。

 どこで遊んできたのか、草の匂いがかすかにした。彼女の香りを深く吸い込む。少女の背中にまわした腕には、温かくやわらかい感触が触れている。


 「ハッピーエンドか……」

 「勇者さま、痛いよー」


 をつけてはいたが、少し強く抱きしめすぎてしまったようで、リッカに怒られてしまった。膨らんだ頬を人差し指でつついて凹ませると、自然に二人から同時に笑いがこぼれた。

 健康的に赤く上気した頬を、今度こそ傷つけないように、そっと両手で挟んで固定する。


 「勇者さま?」


 マシュマロに似た弾力ある少女の頬を親指で撫ぜながら、俺は唇を寄せた。




挿絵(By みてみん)

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