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12話:勇者は高レベル

 人の途絶えた荒野を馬車が行く。

 先頭にはクロとシロが並んで馬車を曳き、御者台には俺が座って操縦する。後ろの荷台にはリッカとスラ太くんが乗っている。一時は街に匹敵するほど巨大になったスラ太君だったが、サイズを自在に操れるようになって、普段は初めて出会った時と同じくらいの小柄サイズでいることが多かった。淡い金色の体が圧縮されて色が濃くなり、まるで金属のような光沢を帯びて綺麗だった。


 草がまばらに生えている他は、遠くに細い木が数えるほどしか見えない貧しい土地に遮るものがなにもなく、遥か彼方の山が目視できる。空気が乾燥しているため、白い空にはっきりと浮かぶ蒼い山々はあまりにも遠すぎておもちゃサイズだが、実際には天を突くほど高く険しい。

 そして、俺達はその山に向っていた。とは言ってもそこが最終目的地ではない。

 俺はリッカの家を目指していた。

 年頃の子供にしてはしっかりとしている少女だが、8歳のリッカに正確な家の場所はわからないようで、虱潰しにそれらしい場所を回っているのだった。そして3つ目の候補地があの山だった。身を隠すために辺鄙な山奥に一家四人で暮らしていたのだが、それでも完全に隠れきることができるわけではなく、結局は見つかり連れていかれたのだが。

 そうそう、リッカたちの父親はごく普通の男で、人目を避けて逃げるように旅をしていた女性と偶然に出会い、匿う内に愛が芽生えて手に手を取って逃避行をした結果、僻地で二人の子供に恵まれたそうな。めでたしめでたし。で、終わればいい話だったんだけどな。現実は無情だ。


 ガタゴト。石に乗り上げた車輪が鳴る。山はまだ遠い。


 結局、今日のうちに着くことは出来ずに、荒野で一泊することになった。

 この辺りには危険なモンスターがいないので、特に警戒する必要はない。もっとも例えドラゴンが跋扈(ばっこ)する場所でも、スラ太君と俺がいれば大の字で寝てても問題はない。

 実際にドラゴンと戦ったことがあるが、俺の身長とほぼ同じくらい長さの爪で切りかかられても傷一つ受けなかった。大分前から教会でステータスを見ていないが、どれくらい上がっているんだろうな。最後に見たときにはバグとしか言えない桁が並んでいて、数え切れずに諦めた。兆の上は(がい)だったか?


 積んだ枯れ木に指を近づけると、短い呪文を唱える。しかし、火花が散るだけだった。何度か繰り返してようやく火が点いた。今日は調子が悪いみたいだ。

 何箇所かに火を点けて、ようやく焚き火は調子よく燃えだした。

 夜の帳がすっかりと下りた周囲が、揺れる明かりに照らさる。見上げれば、宇宙に通じていそうな藍色の夜空に宝石のような金銀の星が散りばめられていた。本当はまだ明るいうちに用意を終わらせるべきだったのだが、枯れ木がなかなか集まらなくて遅くなってしまった。同行者のリッカは盲目なので、暗くなって困るのは俺だけで、迷惑はかからない点はよかった。


 火に照らされて大地に伸びる影をなんとはなしに見ながら、串に刺した肉が焦げないように気を付けながら炙る。脂が焦げていい匂いが沸き立っているのに、鍋の中身はまだまだ沸きそうにない。野宿は飽きるほどしているが、どうにも手順よくこなすことができない。今までは一人とスライム一匹の男旅だったからよかったが、これは今後の課題だな。

 

 「熱いから気をつけろよ」


 脂が沸騰しては肉汁が垂れて、火にかかりジュウジュウと音を立てているままでは、火傷をしてしまうので、吹いて冷ます。

 さて、どうしようか。

 いつもは口にまで持っていってやるが、ほかの串を焼きながらだと少し難しいな。鍋も見ていなければいけないし。

 鳥の雛のように口を大きく開けて、食べ物を入れてもらうのをじっと待っているリッカの方をちらりと見る。うむ、可愛いな。

 次に俺の膝の上で就寝中のスラ太君を見る。すやすやと心地よさそうに穏やかに寝ている。うむ、さらに可愛いな。

 クロとシロは二頭で連れだって暗がりに消えていき、ここにはいない。お前らいつの間にそんな関係に……。


 意味もなく辺りを見回してみたが、スラ太君の可愛らしさを再確認できたくらいで、妙案は閃かなかった。

 しかたがない。

 俺の分の肉は焦げるだろうが諦めることにして、いつも通りに食べさせてやることにした。手掴みだから片手でもあげられるしな。悩んでいるうちにほどよく冷めた肉を与えながら、時折焚き火の様子も見る。

 どこか遠くの方から角兎のジャッカロープの歌声が風にのって途切れ途切れに聞こえる。いつもは賑やかな曲が多いのだが、荒野だからか寂しげな響きを帯びていた。

 

 ほかのことに気を取られているうちに、肉を食べ終えたリッカに指を噛まれてしまった。とは言ってもドラゴンの攻撃でも傷を負わないほど頑丈な体のため、痛くはない。

 リッカは自分が何を食べているのがわかっていないようで、一生懸命に噛み千切ろうとはむはむ指を噛んでいる。

 小さな前歯が、指の関節のあたりを何度も繰り返し刺激する。そっと添えられている唇の柔らかさと口内のしめった温かさが指全体を包み込んでいる。

 諦めて無理矢理に飲み込んでしまおうと思ったのか、舌で押さえながら吸ってきたので、いい加減に彼女の口から指を引き抜いてやる。


 「リッカ、それ串だよ」

 「みぃ!」


 自分が串を一生懸命に食べようとしていたと思いこんだリッカは、恥ずかしいのか子猫のような妙な悲鳴をあげた。

 実際には串ではなく俺の指なのだが、可哀想なので黙っておくことにした。もちろん少女の顔が赤いのも火に照らされたからだと、大人なのでスルーしてあげた。


***


 すべてを食べ終えたリッカはいつものようにスラ太君を抱きながら眠りに落ちた。その手には彼女と出会うきっかけになった飾り玉が握られている。馬車の中は暇だろうと手遊びように与えたら、彫りの優美さが気に入ったようで、よく触っている姿を見かけた。

 

 夜も更けたからかジャッカロープの鳴き声も聞こえなくなっていて、辺りには夜の静けさが満ちていた。

 馬車の荷台から小さな布袋を持ってくると、紐をほどいて口を開ける。

 途端に薬独特のにおいが鼻を突く。

 俺は袋の中から薬草を練りこんだ湿布を取り出すと、リッカの足に貼った。そして無駄だとは知っているが、横になっている身体のあちらこちらに手をかざしては回復魔法を唱える。ぼんやりとした黄緑の優しげな光が掌から溢れて、少女の血色の悪い肌を照らす。


 かなり悪質な薬を使われていたリッカの体は、回復魔法を受け付けらないくらいボロボロで、いつ命が尽きてもおかしくないと、大きな都で診せた医者に言われた。他にも何人もの医者や薬師に診せたが、同じ様な答えばかりだった。

 それでも、手を尽くすのを止めることはできなかった。

 どうしてだろうな。

 こんなちっぽけな小娘なのに見捨てられないなんて。

 うるさい人間が嫌いだったのに、騒がしい彼女を好ましく思っているなんて。


 本当に、どうしてだろうな。


7話でも出てきたジャッカロープはアメリカ原産の角兎。歌うような鳴き声が特徴。

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