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10話:脱兎の如く

 警戒はしていた。

 かつてこの国が召喚した勇者は、魔王の手先に堕ち、町を襲い金品を強奪するようになっていた。遭えば死あるのみ。黒い勇者の起こす事件の数々はここ王都にも届いていたが、被害は遠くの町ばかりで対岸の家事だとばかりに人々はニュースを面白半分に話題にするぐらいだった。

 命からがら逃れてきた目撃者の証言から、二頭引きの馬車に乗った黒髪の男性は関所で厳しく取り調べるようにしていたし、冒険者を集めて辺り一帯のスライムを全滅させた。

 これで大丈夫だと思っていた。

 油断していた。


 気が付いた時には、手遅れだった。




***




 いともたやすく王都の門をくぐることが出来、正直肩すかしをくらった気分だ。これならばまだその辺の町村の方が警戒していた。いつか通った大通りを堂々と歩いているのに誰も気がついている様子はない。

 民衆は勇者の顔を知らないし、トレードマークとなっているスラ太君が隣にいないので仕方がないことなのかもしれないが、それでも呑気に歩いているマヌケたちを見ていると笑いがこみあげてくる。今日ばかりは耳に()く喧騒も気に障らない。


 「先生、ありがとうございました」

 「ああ、さようなら」


 街道沿いにある建物の扉が開いて、中から5・6人の子供たちが飛び出してきた。看板にはトリッタ剣術教室とある。たしかに子供たちは手に手に木刀や模擬刀を持っていた。賑やかに小走りに駆けていく生徒たちを教室の入口から見送る先生と呼ばれた中年の男の眼は優しい。

 くすんだ金髪を後ろで縛ったきつそうな顔つきをしているが、今は緩んでいた。腰には高そうな剣を帯びていて、体付きはそれにふさわしくよく鍛えられていた。

 教室へと足を向けると、気が付いた男がこちらを向いた。怪訝そうな顔色が心の(おり)をどろどろと混ぜる。


 「久し振りです。教官(・・)

 「君か、元気でやっているのか」


 声をかければ、誰かと勘違いしたのか、目が懐かしそうに細められる。キンキンと響く声が不快だ。ダメだ。我慢をしようと思っていたのに、耐えられそうにない。

 苦しめて、苦しめて、殺そうとずっと思っていたのに……。


 「スラ太君」


 街中の石畳の間からスライムが滲むようにして湧き出てくる。そして手当たり次第に近くにいた者から飲み込んでは溶かしていく。生きながらにして己の身が溶けていく様をみせられた男が絶望の声をあげようとするが、大きく開いた口からもスライムが入り込み喉がふさがれるだけだった。

 黄金に輝く琥珀色のスラ太君の中で、溶ける痛みに男がもがき苦しみながら溺れている。愉快だった。

 その恐怖に歪む顔が見たかったんだ。お前に殴られている間、ずっと。


 暗闇の5年間、苦しめてきていた原因の一人は始末した。

 本当はもっと苦しめて、産まれてきたことを後悔させてやろうと思っていたけど、あの顔をみていたら我慢することができなかった。


 次はもっと苦しめないと。


 黄昏にも似た金色に覆われる大通りの中心を城に向かって、悠々と歩く。

 右手にもスラ太君。左手にもスラ太君。

 俺が想像する限りの最高の状況だ。勢いでハーレムタグをつけても後悔しない。スライムだから好きなんじゃない。スラ太君だから最高なんだ。


 王都で動いているのがスライムだけになった頃、俺はようやく城へと着いた。

 門は開け放たれている。本来ならば、警備の兵が詰めていたのだろうが、一人も残さずに仲良くスラ太君の腹の中だ。

 ガランとした城は薄暗く静かで、冷え冷えとした空気が溜まっていた。冷たい空気を蹴りながら奥へと歩いて行く。赤い絨毯の廊下を通って、大理石の階段を昇って、スラ太君に導かれて彼らのいる部屋へと向かう。

 窓の外から見た空にはいつか見た入道雲が浮かんでいた。


 彼らは城の一番奥の部屋にいた。皮肉なことにそこは俺が召喚された部屋だった。かつて両脇に並んでいた兵士たちはいないし、部屋のあちらこちらは荒れてみるも無残なことになっているが、王座に座る王と姫は変わりがなかった。


 「はろーはろー、こんにちはー」


 挨拶をしたというのに、無視をされた。せっかく俺がフレンドリーさをアピールしてやったというのに、ひどい人たちだ。

 顔を青くしてブルブルと震えてるのにつれて、王様の顎下の贅肉がぷるぷる揺れている。


 「き、貴様なんのつもりだっ!」


 上から目線で偉そうなことを言っているが、声が裏返って震えているのを隠せていないのが笑える。怖いなら怖いって言えばいいのに。

 

 「勇者のくせに魔王の手下になんぞ、成り下がりおって。恥をしれ」

 「えー? 別にぼくちん、魔王の下についてませんよー。ただあんたが嫌いで殺したいだけですよー」

 

 惨めな有様が可笑しくて、腹の底から笑いがこみあげてくる。

 クスクスと笑いながら、腰の剣を抜くと、より一層血の気が引いて顔が紙のように白くなった。このまま殺してもいいのだが、先に聞かなければいけないことがある。


 「俺を召喚した『門の巫女』はどこだ?」

 「どこでそれを知った。だが無駄だ。門を開いて帰ろうにも、すでに巫女はいないのだからな」

 「いない?」

 「見目がよいからこの私の愛人にしてやろうとしたのに、夫のもとへ戻るからと断りおって。王に逆らうとどうなるか、その身によく教えてやったわ」

 「黙れ」


 憐れな最期を嬉しげに語る豚を椅子から蹴り落とす。落ちたはずみでまさに豚のような悲鳴をあげた。腐った国のトップが豚だなんて、本当にこの王国はダメだな。

 仰向けになった腹に足を乗せて、逃げられないようにすると、剣を大きく振りかぶる。


 「助けてくれっ、助けてくれたらなんでもやる。金でも女でも。そうじゃ、姫をおぬしの嫁にとらせよう」

 「そんなに嫌か?」

 「頼む、助けてくれ」

 「わかった。斬るのは止めてやろう」


 足を退けると、両手まで使って必死な形相で這いずって遠ざかっていく。部屋の四方をスラ太君が固めているのに、どこに逃げるつもりなんだか。案の定、スラ太君の壁に隙間がないかと部屋中を右往左往している。どたどた豚が走る回る音が不快だ。

 スラ太君に合図を送ると、すぐにその触椀を伸ばして男の体を捕えてくれた。

 スライムに飲み込まれた途端に、絶望のあまり無表情に固まる王の形相に、さきほどまであった希望を求める色は欠片も残っていない。


 「斬るのは止めるといったが、殺すのをやめるといた覚えはない」


 鏡がここにあったら、きっと満面の笑みを浮かべた俺の姿が映っていたことだろう。

 (つた)い詭弁だったが、見事に騙されてくれたようで、からっぽなお前の頭に感謝するよ。では、最期の悪あがきでもしてくれ。

 ゆっくりと味わうようにスラ太君にお願いすると、王座にいた二人のうちの残り、人を痛めつけるのがなによりも好きなお姫さまの方を見る。


 実の父が殊更ゆっくりと溶かされて、長びく苦痛に悲鳴をあげているのに、優美に微笑みを堪えて堂々としていた。前よりもその美には磨きがかかり、月が恥じて雲に隠れるほどの輝かしい美しさだった。

 だけど、その綺麗な顔の下に流れている醜い血を俺は知っている。隠された棘をこの身で知っている。

 薄桃色のふっくらとした唇がほころぶように開く。


 言葉が発される前に、床を強く蹴ると、一気に距離を詰めて抜き身の剣を、真珠の歯が並ぶ口へと突き入れた。

 肉と骨を砕く感触が腕に伝わり、ぶつりと音を立てて金の刀身が喉の向こうに通り抜けた。


 「お前の豚にも劣る腐った声を、聞く気はない」


 姫は目を見開いて、必死に剣を抜こうと手をかけるが、白く細い手に力はすでに入らず、ただ添えるだけになっていた。

 首に足をかけて、後ろに蹴り倒すと、剣が抜けるのと同じくしてその身は椅子ごと後ろにひっくり返った。蹴って仰向けにすると先ほど王にしたように、胸を踏んで体を固定する。


 「お前だけは俺の手で殺そうと思っていたんだ」


 剣を振り下ろすと、淡い黄色のドレスに紅い薔薇が咲く。振り下ろす度に体が跳ねて、辺りに赤をまきちらすが、床に敷かれている絨毯の赤にまぎれてすぐにわからなくなった。

 動かなくなった女の首を最後に刎ねてしまうと、スラ太君の方へと放り投げる。もう王の方は消化したようで、次の餌に喜んで食らいつく旺盛な食欲が微笑ましい。

 

 すでに城下の生き物はすべて呑みこまれ、これで王都で生きているのは俺とスラ太君だけになった。


 「リッカが待ってる。クロとシロもさみしがってるだろうし、帰ろうか」


 俺達が去れば完全に無人になる街を後に歩きだした。

 リッカと馬たち、それにスラ太君の分身体が待っている隣町に向けて。

 いつの間にか陽がだいぶ傾いていたようで、王都の外に広がっている草原は、まるでスラ太君のように黄金色に輝いていて、とても美しい光景だった。


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