01話:「は っ ぴ ー え ん ど」 目指して
三百三十三分の一さんの「やっぱり異世界な俺達のあらすじ」を元に書いた二次創作です
「おい、黒崎。おまえはどうすんだ?」
「フツーに帰るよ」
これから遊びに行くという集団の中から、友人の田中が声をかけてきた。久しぶりにカラオケにいくというのもストレスの発散によさそうだったが、今は昨日買ったばかりの新作RPGをやるほうが優先だ。
「じゃあ、また今度な」
「ああ、じゃあな」
教室の片隅でわいわいと騒いでいるクラスメイトたちを片目に、俺はぺったんこな学生鞄を手に一人帰るのだった。。
いつも通る高校前の長い坂道。きつい斜面に毎朝ひーこら言っているが、帰り路は下りなので軽い気持ちで悠々と歩く。
右手のガードレール越しにみえる夕陽がいつもよりも赤くみえ、眩しさに目を細める。
後から来た男女二人乗りの自転車が、歩く俺の隣を追い越していった。後ろの荷物台に座るセーラー服のはためきを眺めながら、リア充爆発しろと心の中で呟く。
なぜそんなことをしたのか、後になってみればわからない。
追い抜いていった自転車の速さに煽られたからか、
青春の胸の高ぶりを発散させたかったからなのか、
楽しみにしているゲームを早くやりたかったからか、
理由はともかく、俺はただ走り出した。
たっ……たっ……。飛び跳ねるように駆けていく。アスファルトに触れた足が軽快な音を立て、景色がどんどんと後ろに流れていった。
顔に当たる風が心地よくて、さらにスピードをあげていく。
なんだが霧消に楽しかった。
だからだろう、いつのまにか辺りに人影がいなくなっていたのに気がつかなかったのは、
次に踏み込む地面に不気味に光る魔法陣が浮かんだのに気が付くのが遅れたのは、
俺、黒崎鹿路はこうして異世界へと落ちていった。
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ゲームや漫画にありがちな魔法陣を踏んだ途端、光に包まれ、気がつくと別の場所に立っていた。
視界に焼き付いた光が晴れるにつれ、辺りが徐々に見えてくる。
俺は確かに通学路にいたはずなのに、今いるのは「城」としか言えない立派な建物の中だった。
体育館よりも遥かにでかい部屋の天井にはシャンデリアが下がっており、部屋の両脇にはずらりと武装した兵士が整列していて、赤絨毯の敷かれた雛壇の上にはTHE王座みたいなトコがあり、豪奢な服を纏った男が椅子に座りこちらを見下ろしていた。
だが俺が注目しているのは、王冠をかぶった小太りの中年でも、その後ろに控えるいかにも魔法使いのような格好をした老人でもなく、雛壇の一つ下に座る淡いピンクのドレスを着た金髪の美少女だった。
腰まである輝く金色の髪に宝石のように澄んだ青の瞳。小さな肩は俺の片腕にすっぽりと入るほどで、膝の上に揃っている手もこれまたちっちゃい。同級生たちとは比べものにならないほど白い肌に雪みたいだと月並みなことを思う。こちらの視線に気が付いてにこりと笑うと、花がほころんだようで、心に春が来たとはこのことかと思うほど温かい心地になれた。
俺はこの少女に一目で魅かれ。笑われた瞬間、心を射抜かれた。
「おお、勇者よ。よくぞ我がものとへ来てくれた」
美少女に夢中になっていると、王様っぽいやつが声をかけてきた。
うるせぇ、俺はお姫さま(仮)をみるのに忙しいんだよ。
だが、無視をしなかったのは、王様(仮)の中年オヤジがどことなく姫(仮)に似ていたからだ。金髪で青い目のあたりとか。
もし彼女の父親ならば、将来の義父になるからな。ひと先ず、俺は男の話を聞くことにした。
「我が王国は現在魔王の脅威にさらされておる。故に勇者であるそなたにこの世界を救ってもらいたいのだ」
そういえば、先ほども勇者だと言われたような気がする。
おっさんの話なんて碌に聞く気はないが、勇者だなんて言葉には心が踊る。
というか、この世界は魔王もいるのか。
まるでゲームのようでワクワクしてきた。
異世界から召喚された勇者が、仲間と協力して魔王を倒す。いいねぇ……。やりつくされた王道のストーリーだが、王道故に心が惹かれるな。
「勇者さま、よろしければ名前を教えてもらえませぬか?」
鈴が振るえるような声で問いかけてきたのは姫(仮)だった。美少女は声まで美しいとは、まことに素晴らしい。
「俺の名前は黒崎鹿路だ」
「クロサキさま、……クロサキさまとおっしゃいますのね」
俺の名前を口で転がしながら、彼女はまた花のように笑った。
胸がきゅんきゅんしすぎてそろそろ死にそうだ。
「クロサキさま、先ほど父が言いましたように、この国に魔王の脅威が近付いてきています」
あの王様(仮)は本当に父親だった。
妙な態度をとらなくてよかった。出会ったばかりで印象を悪くすると、後々好感度を上げにくいからな。
「どうか魔王を打ち滅ぼし世界に平和をもたらしてください。貴方にはその力があります」
祈るように胸の前で手を合わせる姿はまるで聖女のようで、それを見た俺の中から断るという選択肢は消えた。
ただの高校生に力があるのかという疑問とか、突然連れてこられたことに対する不満とか、異世界で戦うことへの不安とか、買ったばかりのゲームへの未練とか、そんなことはすべて頭の片隅に追いやられ、俺は強く頷いた。
「はい、必ずや」
俺の返事に満足した王様(仮)は臣下に命じて、剣を持ってこさせた。
というか、さっきから(仮)をつけまくっているが、このおっさんは王様らしい。命令された兵士が「はっ、王よ。かしこまりました」とか答えてたし。
屈強な男が二人掛りで恭しく目の前に持ってきたのは、白銀の鞘に収まった一振りの剣だった。
鞘だけでもすごく高そうで、金や宝石に飾られてキラキラと輝いていた。
「抜いてみよ」
剣を受け取ると、柄頭に大きな赤い宝石が嵌ったその剣をゆっくりと抜く。
金で出来た刀身はそれ自体が光っているようで、辺りを照りかざす剣を見た人々から嘆声が洩れる。
「さすがは勇者よ」
王様曰く、この剣は『神聖剣日之気之棒』といい、勇者にしか装備ができないらしい。
これを抜けたこと自体が、俺が勇者であるなによりの証拠だという。
そして、この神聖剣が無くば魔王を倒すことができない。
俺にとっては修学旅行で買った木刀よりも軽い剣だが、これを持ってきた兵士たちが額に汗をかき必死な形相で運んできたことから、あれが演技でなければ、王の言っていることは真実なのだろう。
「勇者よ、頼んだぞ」
「クロサキさま、私からもお願いします」
「はい、必ずやこの世界に平穏な未来をもたらしてみせましょう!」
手に持った剣を頭上に掲げると、まるでその言葉を暗示するかのように光が辺りを照らしだした。
その時は、心の底からそう思っていた。
自分の未来が、その光のように光輝いているのだとも。
平らで穏やかな世界はすぐソコだ!