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姫星ミルキーウェイ  作者: さめもちもち
一、都会から来た少女
2/2

第一話:神社の少女

「――っ!?」


 牛飼鈴姫うしかいすずひめは跳びはねるようにして眠りから目を覚ました。震える体を抱いて息を整える。悪夢を見ていたのだろう、滝のように冷や汗をかき、汗で体に張り付くパジャマが不快感をかき立てた。朝から最低の気分だった。

 鈴姫は、ベッドの上で髪をかき上げるようにして頭を抱えると、うんざりしたように呻いた。


「あー、もう」


 夢の内容はよく覚えてはいなかったが、なんとなく途中まではとても幸せな夢を見ていたような気はしていた。にも拘らず、最後には生々しい嫌な感覚だけが残った。それは、よくよく覚えのある感覚だった。現実感の乖離と全身に襲い掛かる強烈無比な衝撃、それから意識の消失。そして、喪失感だった。まるで、自分の半分、心も体も関係なく消えてしまうような喪失感だ。そこから、鈴姫はたとえ覚えていなくとも、自分の見た夢がどんな夢だったのかは容易に想像できた。それは何度となく見たものだったからだ。

 しばらく、あーとか、うーとか呻いた後、頭を振り、髪をかき毟ると、よろけながら立ち上がり、部屋のカーテンを開いた。太陽が部屋をまぶしく照らし、鈴姫は目を細めて太陽を見上げた。

 よたよたと二階にある自分の部屋から出て、一階のリビングに降りてくると、リビングのソファーの上で、弟の武彦たけひこが寝そべって携帯ゲームに興じていた。ピコピコと電子音がリビングに響いていた。時計を見ると十一時十一分だ。鈴姫はいぶかしげに眉をひそめた。今は春休みだが、剣道部に所属している武彦はたとえ休みであっても部活があることがほとんどだ。二人の通う県立日星高等学校の剣道部は県内でも強豪校と知られていて、練習はそれなりに厳しく、休日なら午前から始まって午後四時くらいまで稽古、ということがほとんどだった。そのため、こんな時間に武彦がリビングでだれていることなどそうそうあることではなかったし、冷蔵庫に貼ってある練習スケジュールを見ても休みとはなっていなかった。

 起きてきた鈴姫に気付いた武彦は姉に目を向け、時計を見やると、


「おそよう」


と、気の抜けた調子で、厭味ったらしい朝のあいさつをした。


「――おはよう」


 鈴姫は顔をしかめたが、遅い時間に起きたことは紛れもないことだったために特に言い返したりせずにあいさつを返した。鈴姫は、しっし、と虫でも除けるようなしぐさで武彦の足を退けさせ、どさり、とソファーにもたれながら、


「部活は?」


と、家にいる理由を尋ねた。


「休み。なんか、先生に用事ができたとか何とか」


 勝利か何かのファンファーレを鳴らして答えられた理由に、珍しいこともあるもんだ、と思いながら、ふーん、と興味なさ気に相槌を打った。テレビをつけると、普段見ることのないお昼の情報番組が流れた。そのことに鈴姫は、役得感と寂しさを感じて、なんだか妙な気分になるのだった。リビングの大きな窓の向こうからは鳥の鳴き声や走り回る子どもたちの楽しげな声が聞こえ、程よくなってきた温かさはどこか眠気を誘った。


(嗚呼、春休みだなあ……)


 予習や復習はしているが、宿題がないために何一つ焦ったりする必要はなかった。春休み、実にいい、と知らずにつぶやき、鈴姫は口角をうっすらと緩ませた。

 ふと、鈴姫は空腹感を覚えた。正午も間近まで寝ていたのだ、腹も減るだろうと思い、辺りを見まわし、そこで母親がいないことに気付いた。キョロキョロと周囲を見回す姉の姿に、すぐにその訳を思い至った武彦は、


「母さんなら買い物だよ。そろそろ戻ってくるんじゃないか?」


と、教えた。そっか、とうなずき、特に動くことなく鈴姫は、ぼうっ、とテレビを眺めた。

 少しの間そうしていると、武彦が携帯ゲーム機の電源を落として、ソファーに座りなおすと、小さくよし、とつぶやき、


「あー、今日、さ、姉ちゃん、暇?」


と、今日の予定を尋ねた。いきなりのことに鈴姫は首をかしげた。


「予定はないけど……。なんで?」

「いやその、なんというかまあ、買い物に付き合ってもらおっかなあ……、なんて思ってさ」


 武彦は照れ臭そうに鼻先をかいた。鈴姫はくすり、と笑い、久しぶりに姉弟(きょうだい)水入らずで遊ぶのも悪くないと思い、


「いいよ」


と、快諾した。


「――ん、サンキュ」

「かまわんよ」


 おどけるように言い、鈴姫は立ち上がり、出かけるならば今のうちにシャワーでも浴びようと風呂場へと向かった。寝汗もひどかったため、ちょうど良いだろうとも思った。

 洗面所でパジャマを脱ぎ、洗濯機の中に放り込みながら鈴姫は、それにしても、と先ほどの武彦を思い出して笑みを浮かべた。いいよ、と言われた瞬間の武彦のうれしいような恥ずかしいようなほっとしたようなはにかんだ笑顔は、自分の弟のことながらずいぶんとかわいいじゃないか、と鈴姫は思った。あの瞬間、鈴姫の目にはぴくぴくと動く犬耳とぶんぶんと揺れる犬の尻尾が見えた。さわやかスポーツ少年のあれはずるい、と一人ごちた。ショーツも脱ぎ、浴室に入ったところで鈴姫は我に返った。


(我がことながら、どうしようもない……)


 自分のブラコンぶりに肩を落として追いだきのボタンを押した。

 鈴姫は、弟が可愛くて仕方がなかった。ひいき目に見ても、武彦は相当なイケメンなのだと信じて疑っていなかったし、性格の良さ、剣道に打ち込んでいる姿、どれもこれも、本気で目に入れても痛くないと思っていた。そんな武彦はもてて当たり前だし、事実、武彦は女子からの人気がとても高く、引く手あまただった。『弟が選んだ女なら涙をのんで認めてやる。そのかわり、裏切ったら容赦しない』と鈴姫は公言してはばからない。武彦はとてもとても大事な存在だが、束縛はしないように努める、が鈴姫のスタンスだ。

 そんな鈴姫だが、武彦との仲は非常に良好だった。うざがられたりだとかは一切してなかった。休日、部活が休みの時は、今回のようによく二人で遊んでいたし、同じクラスだった一年時では鈴姫の友人と武彦の友人の計五人で毎日のように昼食を食べていた。学内でも屈指の仲良し姉弟だった。もう結婚しろよ、は誰の言だったか。

 とはいえ、鈴姫も、武彦についての悩みはあった。過保護なのだ。何かにつけて、姉を守ろうと動く。重いものを運ぶ時、誰か男と一緒にいる時、ラブレターをもらった時、思い返すときりはないがとにかく過保護だ。いつだったか、『ぼくは、武彦のものでもなければ、子どもでもないんだよ』とたしなめるように武彦の頭を小突いたのは仕方のないことでもあった(自分に返ってくる言葉ではあったが、そこは『姉』を免罪符にした)。その時は、ひどく落ち込み、謝る武彦だったが、それで改善されたか、と言えば言葉は濁すしかなかった。


(ま、そうなるのも仕方のないことなんだけどさ)


 髪を洗いながら、内心でため息をついた。



~~~~~~~~~~



「姉ちゃん、早く!」


 玄関から自分を呼ぶ弟の声に、今行くと、苦笑気味に鈴姫は答えた。服選びにそれなりの時間をかけている自分を棚上げして、鈴姫ははしゃぎ過ぎだろう、とため息をついた。

 姿見の前に立った。そこには、黒いTシャツに無地のコットンシャツ、その上に、バイク用でカーキー色のリネンプロテクトモッズジャケットを羽織り、下はデニムのライディングパンツをはいたボブヘアのメガネをかけた少女がいた。


「うん」


 満足気にうなずいた鈴姫はメガネを外してケースに入れると、ウエストポーチに財布や携帯電話、外したメガネなどの小物を詰め、腰に巻き、ジャケットの前を締めて、度入りのゴーグルと黒のハーフヘルメットを手に取った。特に何かを買う予定もなかったため、バックパックは持っていかないことにした。何か買っても、武彦のリュックに入れさせてもらえばいいだろうと考えてのことだ。それに、鈴姫自身はあまり両手をふさぐことを好まなかった。再び姿見の前に立ち、再チェックを済ませると武彦の待つ玄関に向かった。

 玄関まで来ると母親がいた。武彦の姿はなく、どうやら先に外に出たらしかった。鈴姫の手のヘルメットに一瞬、母親は顔をしかめる。


「大丈夫だよ」


 言い聞かせるように母親に言うと、黒革のライディングブーツをはいた。そんな鈴姫に、母親はため息を一つついた。


「気をつけていってらっしゃい」

「うん、行ってきます」


 安心させるように、ヘルメットを振り、玄関を出た。車庫まで来ると、武彦がそわそわと落ち着きなくバイクの前で待っていた。そんな武彦の様子に、鈴姫は微苦笑を浮かべて、バイクにまたがった。ヘルメットをかぶり、ゴーグルを装着すると、エンジンをかけた。そして、武彦に乗るよう指示し、注意を促した。

っぴんぐ「乗って。あと、毎度言ってるけど、勢いよく乗らないでよ」

「わかってる……よっと」

「いっ!?」


 腰を襲った衝撃に、思わず腰を押さえてタンクに突っ伏した。エンジンの振動が、じんじんと腰に響く。


「――っの、おバカ!」


 武彦のヘルメット越しにガツンと一発殴った。

 ごめんごめんと謝る武彦に盛大にため息をつき、鈴姫は手袋をはめた。


「ちゃんとつかまっててね」

「おう」


 武彦が鈴姫の腰に手をまわしたのを確認すると、バイクは発進した。

 最初に向かったのは市内でただ一つの武道具店だった。店主は武彦とは知り合いだった。店主は剣道の段位を持っており、時折、日星高校剣道部に稽古をつけに訪れるのだ。二人が剣道談議に花咲かせている間に、鈴姫は、珍しそうに竹刀や木刀、高価な防具を眺めるのだった。

 竹刀の鍔と弦を購入し、武道具店を後にした二人は、日星市市内にあるショッピングセンター『日星アセット』に向かった。

 日星アセットは日星市郊外にあるショッピングモールであり、大手デパートを中心として建設された県内でも最大級の商業施設だった。そのため、市内の駅から無料のシャトルバスが三十分に一本の間隔で日星アセットとの間を往復していた。その上、今は春休みであり、親子連れやカップル、学生のグループなど多くの人でにぎわっていた。

 鈴姫と武彦は、ペットショップで犬猫に散々に癒され、ゲームセンターで対戦音楽ゲームやネット対戦のロボットアクションゲームで白熱し、服を物色し、小説や漫画を買った後、フードコートで一息ついた。そこでアイスクリームをつつきながら、二人は姉弟デートに満足そうにしていた。武彦は、携帯で時間を確認した。四時五十分、帰るにしてはほんの少し早いように感じられた。


「姉ちゃん、この後どうする?」

「うーん、なら、星見山に行こう」

「――好きだね、姉ちゃんも」

「うん」


 嬉しそうにうなずいた鈴姫に、武彦はそっか、と寂しそうに呟いたが、すぐに笑い、そっか、と再び言った。


(いざというときは……)


 心の内で改めて固い決意をして、アイスをぱくつく姉を見つめた。


「どうしたの?」


 首をかしげた鈴姫に、


「なんでも」


と、答えた武彦は、アイスを食べる手を早めようとして、目の前に差し出されたオレンジ色のアイスが乗ったスプーンに目をしばたたかせた。姉の方を見ると、にこにこと笑う鈴姫がいた。その顔は、『もう、食いしん坊だなあ』、と言わんばかりで、子どもを見守る保母さんのごとき微笑みぶりだった。武彦は動けず、アイスはさらにずいっと出された。鈴姫からの悪意のかけらもない無言の圧力と、衆人環視の中でのいわゆる『あーん』に武彦は葛藤した。


(ど、どうする、俺!?)


 正直なところ、鈴姫からのあーんは飛び上るほどにうれしいのだが、人の目が問題だった。ここ、日星アセットは日星市で一番の遊びのスポットでありデートスポットなのだ。その上、今は春休みである。鈴姫や武彦の友人知人がいる可能性は限りなく高かった。嬉しいからと言って、姉からあーんされるのはとても恥ずかしいのだ。実際のところ、二人の友人知人はいたが、二人の仲の良さ、ブラコンシスコンぶりは周知の事実であり、あーん程度ではいつものことだと驚きもしなかった。からかいのネタにはされるだろうが。

 はたと武彦は気づいた。このままの体勢では、姉も十分に恥ずかしいことになっていたのだ。武彦は決意を固めた。

 頭を動かしてスプーンを口に含んだ。舌の上でオレンジの匂いが香った。そして、すぐに、スプーンから離れた。顔を真っ赤にする武彦に、鈴姫は口元が緩みそうになるのを必死に抑え、にこにこと微笑んだ。

 目をつむり、口を開いた。

 ぎょっとする武彦。弟いじりは姉の特権なのだ。



~~~~~~~~~~



 食べさせあいをして、鈴姫は楽しみ、武彦が羞恥に悶えたあと、アイスを食べ終えた二人は、星見山に向けてバイクを走らせていた。もう三、四十分もすれば日も沈む時間だ。

 星見山は、日星アセットから東に十五分ほど車を走らせたところにある小高い山だ。そこの山頂付近に、鈴姫の目的地である星見八幡神社があった。星見八幡神社は県内でもなかなかの大きさを誇る神社だった。正月にもなれば近隣の市町村からも人が集まるし、八月に行われる星見祭は市内を山車が練り歩いたりと、市でも一大イベントだ。とは言え、普段からにぎわいがある、ということもなく、郊外・山中というその立地条件から訪れる者はそう多くはなかった。来るのは暇を持て余す老人や神前婚の打ち合わせのために訪れるカップルくらいだ。

 駐車場に、この町でめったに見かけない外車が止まっており、その中には夫婦が談笑しているのが見て取れた。それを珍しく思いながら、駐車場の隅にバイクを止めた鈴姫は、そこから境内に直接続く石段を通らずに正面の大鳥居の方へ向かった。見上げるほどの大鳥居からはじまる、傾斜のついた石灯籠と玉砂利の参道を二人は歩いた。日が沈みかけており、あたりは薄闇に包まれ、ぽつ、ぽつ、と石灯籠が灯りだしていた。

 武彦は、前を歩く鈴姫を見た。どこか上の空で、それでいて懐かしそうにあたりを見ていた。武彦自身は久しぶりにこの神社に来たが、鈴姫はそうではなく、懐かしむほどこの神社に来ていなかったわけではないのだ。だというのに、鈴姫はここに来ると、決まって正面大鳥居から入り、必ず何かを懐かしみながら参道を歩くのだ。ずいぶん前にその理由を聞いたことがあったのだが、返ってきた言葉は、なんとなく、と何とも頼りにならないあいまいなものだった。

 だから、武彦は姉がそんな風になるここがひどく嫌だった。確かに姉の、しっかりものに見えてどこか抜けている鈴姫のはずなのに、別人になってしまったような、どこかに飛んで消えてしまうような、そんな気がしてしまうのだった。それが、武彦の胸に言いようのない不安を抱かせた。

 そんな弟の視線に気付かずに、鈴姫は参道をどんどん進んでいた。

 参道を抜けて、手水舎(ちょうずや)で手と口を清め、二人は広い境内を通って本殿の賽銭箱の前に並んで立った。鈴姫は財布の中から四十五円を取出し、武彦はポケットの中に入っていた十三円を取り出すと賽銭箱に投げ入れた。賽銭がぶつかり合う音が響き、鈴姫は鈴紐を手にして、がらんがらんと振り鳴らした。

 二礼二拍手一礼。

 作法に合わせて神に祈った。

 参拝を終えて、姉弟は顔を見合わせた。


「…………」

「…………」


 何か言いたげな武彦に、鈴姫はじとっとした目線を送り、踵を返すと、


「教えないよ」


と、東屋の脇にある小道の方へと歩き出した。


「なんだよ、ケチ」


 そう文句を言いながら、武彦は小道に向かう鈴姫を呼び止めた。


「姉ちゃん、なんか飲み物買ってかないか?」


 武彦の提案に、鈴姫は少し考えて、いいね、とうなずいた。

 東屋には丸太のベンチと木製の長テーブルがいくつか置かれ、自動販売機が二台置かれていた。鈴姫は缶コーヒー、武彦がスポーツドリンクを買い、今度は二人並んで小道に向かった。

 小道の入り口は雑木がうっそうと茂り、立ち入りを躊躇させた。実際、武彦は嫌そうな顔をしたが鈴姫は気にすることなく、小道に立ち入っていった。春が来て、足元にはつくしやふきのとうがちらほらと見ることができるだけで、あまり雑草が茂ってはいなかった。思いのほか快適な小道を進んでいると、向かいから人影が歩いてくるのがわかった。この小道は利用者が少ないせいか、神社のほかの場所ほどには手入れされてはいない上に、外灯も二つほどしかなく、そんな暗い道から人影が歩いてくるというのはかなり不気味だった。

 歩いてきたのは、自分たちと同じ年頃の少女だった。それも、とびきりの美少女だった。癖のある長髪をポニーテイルにまとめた少女の身体はメリハリがきいて、とてもスタイルが良かった。目は大きく、瞳には星が散らばって光り輝いており、驚くほどの小顔だった。見れば、少女の方も、二人を見て驚いていた。お互いに思ってもみなかったのだろう。

 軽い会釈をしてすれ違おうとした瞬間、三者三様の反応を見せた。鈴姫は少女を見て首をかしげ、武彦は少女を見て呆け、少女は武彦を見て目を見開いた。鈴姫は少女を見て、どこかで会ったような気がした。しかし、それを思い出すことはできなかった。少なくとも、十七年間、この日星市で生きてきて、こんな美少女がいたら少なからず見聞きしたことくらいあるはずだ。日星市はそんなに大きな市ではないのだ。つまりは、知っているはずはないのだ。にもかかわらずこの少女に対する既視感は何なのか、それがさっぱりわからなかった。

 それに対して、武彦は少女の姿に雷を打たれたような衝撃を受けていた。少女は、武彦の好み、そのものだった。ポニーテイルも、気の強そうな瞳も、背の高さもだ。しかも、彼女が今、自分を見つめているのだ。彼女のためなら一生捧げてもいい(姉は別枠)と思わず思ってしまったくらいだった。

 武彦をまじまじと見つめる少女に、鈴姫はいぶかしんだ。


「あの、弟に何か……?」


 鈴姫の言葉に、少女ははっとすると、鈴姫に目を向け、今度は首をかしげた。それもすぐやめると、少女は、


「――あ、すみません」


と、謝り、一礼すると、そそくさと小道を歩いて行った。それを見送ると、鈴姫は武彦に目を向けた。すっかり参っている弟は、もう少女が消えてしまった方をボケっと見つめたいた。


「……武彦」


 ぱん、と手を叩いて、武彦を正気に戻させた。


「はっ、……姉ちゃん」


 正気に戻った武彦は、呆然と姉を見て、つぶやいた。


「すごい、美人、だった、な」


 衝撃のあまり、片言になった武彦に鈴姫は、呆れながら同意したのだった。


「ほら、行くよ」

「あ、ああ」


 武彦の手をひっぱり、鈴姫は小道を歩きだした。

 武彦がこんな風になるのを、鈴姫は、理解することは、できた。今までで一番武彦の好みの少女だったのだ。武彦は、姉に引っ張られながら、自分のほおをつねったり、叩いたりして現実かどうかを確かめていた。呆れともつかないため息がこぼれる。


(……まいったなあ)


 そんなため息が出たことに、もう一度ため息をついたのだった。

 小道を抜けると、その先は、大きな平たい岩が鎮座しているのが特徴の、ちょっとした広場だった。この広場は市街地側の視界が開けていて、時間が合えば、町に沈む夕日を見ることもできた。残念ながら日はほとんど沈み、空を紫に染める程度でしかなかったが、その空の下で、町明かりが灯っている光景は悪くなかった。

 鈴姫は、武彦を叩いて正気に戻し、二人で岩の上に腰かけ、町を眺めた。

 話題は、やはりさっきの少女のことだった。鈴姫は、にやにや笑って、少女が武彦の好みなんじゃないか、とからかった。やめろ、と武彦は言うが、その表情はまんざらでもなさそうだ。からかいながら、鈴姫も少女について考えた。結局、あの既視感は何だったのか、答えはまるで出てこなかった。かといって少女に対して、不審を思うことはなかった。好印象の方がずっと勝っていた。考えても、全然わからなかった。


(……はあ、結局、気のせいなのかな?)


 もしかしたら、テレビか何かで、似たような美人を見た、というだけの既視感なのかもしれない。そう結論付けたのだった。


「はあぁーー、また、会えないだろうか……」


 とりあえず、鈴姫は武彦の肩にパンチを入れたのだった。



~~~~~~~~~~



 少女は小道を抜け、駐車場直通の石段を通ることなく、参道経由で駐車場へと戻った。そんな少女に、母親は呆れた様子だった。


「まったく、いきなり神社に行きたいなんて言って。来たら来たでわざわざ正面回るなんて、何を考えてるのよ」


 意味がわからない、と娘に言い放つ。父親も、それには同意なのか、何も言わないが苦笑していた。


「ふふん、ポリスィーってやつだよ、ポリシー」


 自慢げにそんなことを言い放った少女に、ばか、と母親は小突き、二人は笑った。そんな仲の良い母娘に父親は微笑み、声をかける。


「ほら、もうこんな時間だ。早く乗りなさい」

「はーい」

「はーい」


 二人仲好く声を上げ、車に乗り込む。少女は、扉を開けてタラップ足をかけたところで、神社の奥、小道の先の広場へと目を向けた。


「――他人の空似、ってレベルじゃないよね」

「どうしたの?」


 動きの止まった娘に、いぶかしんで母親が呼びかけた。


「なんでもないよ」


 さっきよりもうれしそうに笑った少女は、首を振り、車に乗り込むのだった。

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