四
六と十は、イノシシの洞穴へと歩いていた。
六の話によると、六以外の八人のヒトは、既に死んでしまったそうだ。ただし十は、その話を理解できなかったが。
六と十の他のヒトは、みな灰色で動かない。しかしそもそも、ヒトは灰色だったのだ。十は今一度自分の手を眺めた。決して灰色などではない。
そして洞穴のところへと着いた。……十が驚きの声を上げる。洞穴のあったところへと駆けた。手を触れてみても、穴があった痕跡は消滅している。塞がったというよりも、まるでもとから存在しなかったように。
空は灰色で、地面は灰色で、路上のヒトはみな灰色で、六と十だけに色彩があった。十はその場にしゃがみ込んだ。六が「大丈夫?」と言って十の背中をさするが、十はなにも言わずそれを振り払う。
近くの店に入って、置き忘れていた刃物を掴んだ。そしてそれを思いきり路上のヒトへと投げつける。刃物はなんの迷いもなく空気を切り、ヒトの腹を貫いた。
六が悲鳴を上げる。ヒトから血液が流れ出た。しかし、その血液はヒトの着ていた服と全く同じ色をしていた。十は刃物の突き刺さったヒトへと走り寄り、今度は思いきり蹴り上げる。しかしヒトは佇んだままで、倒れることはない。作用している間しか動かない、空気と同じように。
「やめて!」
突き刺さった刃物を掴もうとしたとき、六はそう叫んだ。透明な涙を流している。言葉の意味は理解できなかったようだが、それでも男は動作をやめた。
血液が出ているヒトは、顔色ひとつ変えずに佇んでいる。他のヒトも、その光景に反応することはない。
空は果てしなく灰色だった。
――地球はふたつの世界で出来ていた。色の「ある」世界と、「ない」世界で。六は「ある」世界のヒトだった。
しかしある日、六は「ない」世界に迷い込んでしまった。六の他に、八人のヒトが迷い込んでいた。彼らは「ある」世界に帰ろうとしたが、迷ってしまったのだから、そう容易に帰ることはできなかった。
「ない」世界に住んでいたヒトたちは、その九人を見て――想像を超越する物体を見て――死んでしまった。脳がフリーズでもしたのだろう。それを見て九人は、この世界のヒトにはなるべく遭遇しないように努力した。しかし、九人のうちの一人がある日、不慮の事態で命を落としてしまった。八人はそのヒトを埋葬することにした。「ない」世界の住人の目から隠すためだ。しかしそれは、色を広げてしまうことの要因となってしまった。死んでも色が落ちることはない。その体が地面に馴染んでいくことで、その場所だけ色彩をもつようになってしまったのだ。それがあの、水池の一帯である。
一帯の色彩によってこの世界の住人は、集団的に色を目撃することになってしまった。そして止まったのである。集団の目から物体が切り離されてしまったのだ。
それから八人は、より一層力を入れて「ある」世界へ帰ろうと努めた。しかし一向に帰り口は見つからなかった。そして一人、また一人と死んでいってしまった。六は九人の中で最も幼かった。「ない」世界に迷い込んだときは物心ついてなかったほどだ。
そんな六には、よく自分の状態が理解できなかった。説明されても、その実感はなかった。だからたまに、「ない」世界のヒトに話しかけ、「なんで灰色なの?」「なんであのお婆さんは止まってるの?」などと訊くのだった。ことごとく、質問を受けたヒトは動かなくなったが。
「ある」世界から迷い込んだヒトたちは、十人目の出現を待ち侘びた。もはや自分たちが通ってきた道は塞がっていて、探しても無駄だと判断したのだ。もう一人訪れれば、その新しく出来た道から帰ることができる。そう期待をかけたのだ。
十は、色の「ある」世界の最後の一人だった。十が「ない」世界に来たことによって、「ある」世界に住むヒトは皆無となったのだ。つまり、十の後にまたヒトが「ない」世界に迷い込んでくることはない。十のいた世界は、「ない」世界とはまた別の理由で止まっていたのだ。なにもかも人工の世界――人類が滅んだ後の、ただ生き永らえている人造の飾り。ケーキを飾る、練り飴のようにそれは動かないものなのだ。
地球の終末は決して訪れない。
なぜなら、終末が訪れる前に止まってしまったから。途中でやめてしまったから。これより先に滅亡が訪れようとも、地球は既に止まっているのだから。
水池の近くで、六はドングリを埋めた。池の水をかけて、育つように願う。六の髪留めの白い花が、仄かに色彩を放つ。この花は、「ない」世界にやってきてからずっと枯れていない。そもそもこの花は、人工のものであった。「ある」世界の人工物。
六の傍に、十の体が横たわっていた。
十は太陽光電池で動いていたので、陽光の降り注がないこの世界ではもう動かない。
本作は「とある男のせつない物語」という作品及び、そのリメイク作品群のリメイク作です。
◆「とある男のせつない物語」のリメイク作一覧◆
・「実に愉快な物語」
・「ひとり笑って、他分からん」
・「孤独死」
・「地球の終末は決して訪れない」←new!
(以上の一覧は2012年4月時点のもの)