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第32話 代理告白

作者: 山中幸盛

 名倉憲也は中学三年生だ。夏休みに入ってまもない金曜日の午後、自宅で寝転がって週刊漫画雑誌を読んでいると、携帯に見知らぬ番号から電話がかかってきた。

「名倉君? B組の宇佐美桜だけど、いまヒマ?」

 ガールフレンドいない歴十四年の憲也は驚いた。宇佐美桜はAKB48の大島優子に似ていて男子生徒に人気がある女の子だが、クラスも部活もちがうので一度も口をきいたことがない。どうして携帯の番号を知っているのだろう?

「少年ジャンプを読んでいるんだけど」

「邪魔してごめんね。ちょっと話したいことがあるんだ。戸田川緑地の噴水池まで来てくれる?」

「今から?」

「何分で来られる?」

「自転車で飛ばせば五分かな」

「お願い。待ってるから」

 もしかして、告白? などと大いに期待しながら、でもそんなわけないわな、などと興奮する自分を抑えつつ、憲也は生まれて初めての体験に期待九十パーセントで出かけて行った。残り十パーセントはもちろん保険だ。

 宇佐美は憲也の顔を見ると近くのベンチに誘い、ベンチの片端に腰かけるなり唐突に言った。

「坂本牧子って覚えてるわよね」

「うん」

 憲也とは一年のときに同じクラスで、父親が宮城県のどこかに転勤になったので三学期が終わると転校して行った女の子だ。芸人の山田花子と体型も顔も雰囲気も似ていたので一部の男子生徒から花ちゃんと呼ばれていた。東日本大震災の後、坂本を知っている誰もが津波に遭ったとか遭わないとかと噂していたものだ。 

「私、マコとは親友で、ずっとメールを交換していたの。それが、震災の後はぷっつり途絶えちゃって」

「やっぱり津波に遭ったんだ?」

「つい先ほど実家のおばあちゃんに電話で確かめてみたんだけど、まだ遺体も上がっていないんだって」

「そうか」

 憲也は同情するが、それにしてもなぜ宇佐美が自分にそんな話をするのかがわからない。

「マコ、名倉君が大好きだったんだよ」

「へ?」

 と、思いがけない展開に、憲也は間抜けな声を発した。

「体育大会の時に、名倉君がマコに何気なく優しくしたことがあったでしょ」

「体育大会? オレ、何かしたっけ?」

「恋は盲目、蓼食う虫も好き好き。マコにとって名倉君はタイプで、初恋だったの。だから体操マットを運んでいたときにちょっと手伝ってもらっただけで恋に落ちちゃったわけ。でね、名倉君のために一生懸命ダイエットしてね、背も十センチ以上高くなって、髪の毛を伸ばして小顔になったから写真を見た限りでは今はまったくの別人よ。それに高校は名古屋の高校を受験しておばあちゃんの家から通うつもりだったんだよ。名倉君の携帯の番号とか志望校を調べろってしつこかったんだから。勉強が大嫌いだったのに、成績もずいぶん上がったみたいだよ、恋の力は偉大だね」

 憲也は戸惑いを隠せなかった。女の子に好かれたことなんか一度もないし、ましてや相手が死んでいるかもしれないのでどう返事していいかわからない。それにしてもなぜ今頃になってそんな話を聞かせるんだろ。憲也が首を傾げていると、しばらく黙り込んでいた宇佐美がおもむろに口を開いた。

「マコ、まだこの世に未練があるみたいなんだ。名倉君に自分の思いを伝えてからじゃないと、どうしても天国に行けないみたい」

「はあ?」

 憲也が再び間の抜けた顔をすると、宇佐美は憲也の顔を見据えて淡々と説明した。

「昨日の夜からおかしなことばかり起きているの。部屋の蛍光灯が突然消えたり、机の上の物がバサッと落ちたり、私の部屋は二階なんだけど、窓の外で何かがすーっと横切ったような気がしたり。決定的だったのは、今からちょうど一時間くらい前なんだけど、アルバムにはさんであったはずの写真が三枚机の上に並べてあったの。ぜんぶ、名倉君が写っている写真なのよ」

 憲也は背筋がゾッとした。

「だから、マコが、名倉君にマコの気持ちを私から伝えて欲しいって言っているような気がして、電話したの」

「まさか」

「きっと近くから私たちのことを見ているはずよ」

「そんなばかな話──」

 と言いながら顔を動かすと、目の前に一人の女の子が立っている。宇佐美が目をまん丸に見開いて叫んだ。

「マコ!」

 女の子は悲しげに微笑み、右手を胸の前まで持ち上げてサヨウナラと手を振ると、スゥーッと透明になって消えた。山田花子とは似ても似つかぬ、松下奈緒に似たスタイル抜群の女の子だった。嗚呼、もったいない。



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