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May I get angry for the hustle and bustle in the castle ?

作者: 暮音孤


 横なぶりの雨がいつまでも降り続いていた。怪しく立ち込める黒い雲からは、雷が空を引き裂いては海面を騒ぎたてた。

 そして、ついに稲光はそれを闇夜に浮かび上がらせる。

 断崖絶壁に建つ、小さな城。小さいとはいえ、二つの尖塔を構えるその城は石を煉瓦を積んで造られていた。

 永く人の手入れが行われなかったらしく、その跡はまるで見当たらない。ずっと放置されていたのだろう。

 その上、壁面を蔦が根を張りめぐらせている。窓には格子は無く、風が雨がその中に吸い込まれていた。 ――そんな城に何の前振れなく、明かりが灯った。ぽう、ぽう……、と並びにならって燭が城内を照らし始めた。そして、何やら話し声まで。

「お帰りなさいませ、旦那様」

「うむ。私の留守中に変わったことは?」

「ございません」

「……ほお?」

 声は二つ。言葉の節々から、そうと容易に伺える城の主と丁寧に受け答えする遣える者のものだ。

「如何なさいましたか、旦那様?」

「『如何』も『旦那様?』でもない」

「はあ?」

「『はあ?』でもない! 何だ、この雨漏りは」

 漆黒の外套を纏った男は天井から落ちる雨垂れを指差しながら、とぼける男を問い詰める。

 しかし男は主人の指先を見た上で堂々と答えた。

「はい。水分を取り入れることで、城内の湿度を適当にしているのです」

「イアルトゥンクよ。セメントをかき混ぜるだけの力が無かったとは言えないのか?」

「言えません」

「……。その頑固で強情なところはセバスチャンだな」

「セバスチャン……? ああっ、私の前の執事ですか」

「そうだ。今は亡きエルンケイプ博士が特許料を収め、合法的にフランケンシュタインを創造した際に材料となった、な」

「言ってて恥ずかしくありませんか、旦那様?」

「貴様の生い立ちを話してやっているのに、黙ってきけないのか」

「しかしエルンケイプ様。ドラキュラの真祖として、ご自分は存命では?」

「真祖は博士か? 違うであろう。博士は死んだのだ」

「ならば休みを頂きたく――」

「それは借金完済後と契約済みのはずだが」

「では、『旦那様』をやめましょう」

 執事は名案を思いついたとばかりに言う。

「では、これから何と呼ばれるのだ?」

「奥様もいらっしゃらないのに、『旦那様』は失礼でした」

 カツコツと靴音を挟み、イアルトゥンクは恭しく話す。エルンケイプは訝しむ。

「だから?」

「『独り身様』」

「却下だ。第一、妻なら居るわ」

「――!?」

 イアルトゥンクは驚きのあまり、執事の立場を忘却の彼方へ投げ捨てた。

「妻子がいたのかよ、貴様!」

「ほぅ。それが内心か」

「内心などと。本心ですよ。当然でしょうが?」

「余計に駄目だろう。だが」エルンケイプは恐る恐る執事に問う。

「おかしいか、妻がいては? 真祖としてはどうあるべきであろうか?」

 イアルトゥンクはそれをあえて無視。執事の分際で主に訊いた。

「それで、どうなのですか? 鈍感な旦那様ゆえ、ストレートにお訊ねしますが、『愛しているのでしょうね』」

「……あ、愛しておるよ。当たり前だ!」

 エルンケイプは途端に顔色を青白くさせて、語気強く断言した。

「それでは、旦那様は浮気を!?」

「しておらんわ! 大体、貴様も知っておろう、生き血のすすりようがないことくらいは」

 エルンケイプは不機嫌に言い放つ。それもそのはず、彼は前歯の欠けた真祖。吸血鬼のくせに犬歯が鋭くないのだ。

「ですが、処女の生き血は飲んでいらっしゃるのでしょう?」

「それも心配ない」

 よくぞ訊いてくれた、とばかりにエルンケイプは真祖に重ねがちな厳かな雰囲気を一笑に臥した上で、弾丸トークいや目を見開いて語った。

「イアルトゥンクよ。その前に、真祖が一汁一妻だと誰が決めた? 多妻に決まっておろう。ま、まあ正妻への愛に偽りはないがな。いえ、愛しています! 貴女がいなくば、この生も無意味! 貴女と出会って、真祖になったのだ!」

 執事は主の形相に圧倒されつつも、一言だけ返した。「どんな愛妻を恐れているのです?」

 目が語る、「そげん恐ろしかこと、きくでねえ」と。出身がバレそうな勢いだ。

 城の主は漆黒の外套より女を抱え出すや、誰ともなく言う。

「今宵は宴だ! 主の帰りを態度で示すがいい! 正妻を器に盛りつけよ!」

 そして、なおも傍らにいる執事に答えた。

「彼女こそ正妻だ」

「女……の子? 人間?」

 エルンケイプが抱えていたのは、そう言うにふさわしい背格好をした少女だった。

イアルトゥンクは思わず泣いた。

「まさかロリコンだったなんて!」

「非力なデカブツ執事は洞察力すらないのか。セバスチャンなら、看破していたぞ」

「私はイアルトゥンクです!」

「脳筋に指摘されんでも分かっているわ!」

 とにもかくも、エルンケイプは抱えた少女の素性を教えてやる。

「名前はマドカ。旅先の街道ですれ違って、だな。その……」

「?」

「一目惚れだった、」

 それは真祖たる一角の人物が吐く言葉ではなかった。さらに、ごにょごにょと続く一部を耳にしたイアルトゥンクは猛然と怒った。

「人さらい、あるいは人身売買はロリコン趣味からか!」

 対するエルンケイプは大いに憤った。

「何を言うか! 従者を妻にすることくらい、前例が山とあるだろうが。そもそも――」

「うるさ〜〜〜〜〜い!」

 突然、エルンケイプの脇辺りから大声量。

 ぼてっ。

 彼は思わず耳を塞ぐと、弾力のあるものが落ちる音が鈍く響いた。

「……ぃたたたたた」

 音の方に目を向けたイアルトゥンクは見た。

「首が変な方向に!?」

「南無!」

 エルンケイプは見もせず、合掌。旅先の仕草と言葉を真似する。

「いや、死んでないから」

 首の捻りを自力で治しながら、少女マドカは覗き込んでいた執事に突っ込む。

「グハッ」

 苦笑いを浮かべる主人に、執事は金的を蹴られて悶絶。

「あんた! ダーリンに失礼なことを言い過ぎよ」

「ダーリン?」

「そう。あたしの一目惚れを自由吸血権と引き換えに受け入れてくれたダーリンよ!」

「お、お前……の、……かよ」

 イアルトゥンクは恐らく潰れたであろう下腹部よりも下部を押さえて頑張る。

 エルンケイプは小声で弁明する。

「だから、宴の主菜として食べようと眠らせていたのだ、それを」

 そして、ようやくイアルトゥンクは主人の弱腰の理由を理解した。

 しかし、理解した時には後の祭りになっているのはよくあることだ。

「ところで、今は何時?」

 内股に立ち上がる執事に、少女が偉そうに訊く。

「深夜2時くらいですが」

「大変! 早く寝なきゃ! あたしの寝室は?」

「は?」

「無いなら、ここで寝るわよ! 騒いだら、二度とうるさく出来ないように口を縫いつけるからね! いい? 返事は?」

 どうやら、主人の弾丸トークがこの少女の影響であることを理解しながら、執事は言う。

「客室に案内致しましょう」

「早くしてよ」

 少女は歩き出す執事の後を追う。一方的に話すが、内容に遠慮は皆無だった。そもそも、遠慮という言葉を知っているのかどうか。

「でも、騒いだら犯人に制裁を加えるからね。返事は?」

 イアルトゥンクにしては笑うほかなかった。彼女は少女の皮を被った人間なのだ。

「イエス、マスター!」

「マスターはダーリン! 返事は真面目に言いなさい!」

「し、失礼致しました、マダム!」

「『若奥様』とお言い!」

「若奥様! こちらが寝室で御座います」

「うん。よろしいでしょう」

「お休みなさいませ、若奥様!」

 そして、少女の言葉を聞かないで、イアルトゥンクはその場を跡にした。




 その晩、宴は盛大に行われた。だが、主と従者の姿はなかったという。




「くぉらっ! 夜更かしはお肌の大敵だって、何度言えば分かるの! うるさい口はこの口か、ラッパのようなけたたましい口は縫ってやる、ここに並ぶ全部の口を縫ってやるんだから!」




 微睡みの中、エルンケイプとイアルトゥンクは口を縫われるものたちの阿鼻叫喚を幾度となく聞いたとか。


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