あなたの基本的人権を停止します
その日、高部祐一は豚になった。
首輪を嵌められ、ご主人様の側でブヒブヒ鳴くだけの下品な豚。
この場所に足を踏み入れた瞬間から、もう人間ではなくなっていた。
「あなたの基本的人権を停止します」
深紅の瞳がうっとりと祐一を見つめる。唇の奥に、ギラリと光る牙を尖らせている。
床に転がっている祐一は、状況を飲み込めずにいた。埠頭にいたと思ったら、次の瞬間には見知らぬ場所で目を覚ました。
十数メートルはある高い天井。絢爛な装飾が施された巨大なシャンデリア。体育館ほどの広い空間。大理石の床。壁際に並ぶ槍持ちの兵隊。
そして、祐一を見下ろす赤いドレスの少女。
声が出ない。身体が動かない。
今の祐一に許された自由は、眼球運動で、観察、することだけだった。
「あなたは今日から私のお人形さん、わかった?」
「……」
ドレスの少女は、靴を脱いで素足を露出させる。
肌白く華奢な右足を祐一の頭上に運び、そこで静止させた。
「返事」
「……ァ……ガ……」
喉が焼ける。首の中が燃えて、言葉が押し止められる。
ひり出そうとするたびに熱量は増し、息をするのもままならなくなっていく。
少女は一瞬だけ顔を緩め、それから僅かに頬をつり上げた。愉悦の表情。
状況を満喫している。祐一の苦しみを理解してなお、自分の欲望を優先させた、そんな顔だ。
「躾のなっていない悪い子はお仕置きだぞ」
少女の生足が、祐一の顔面に落ちる。
指で目をこちょこちょとくすぐり、踵で唇を弄くり回す。土踏まずが鼻っ柱を圧迫して、もげてしまいそうになる。
「ほーら、ほーら、返事はまーだ?」
恍惚としながら愉快に笑う少女。自分の顎に指を当てて、声に合わせて顔を振る。
楽しそうに足を擦りつける少女。漏れ出た涎に踵をべっちょり濡らしてもまだ止めようとしない。
何分間そうしていただろうか、祐一の感覚が麻痺してきた頃、ようやく足が止まる。
いつの間にか、少女の隣にメイド服を着た侍女が立っていた。
「フランシェーヌ様、その男は首輪の影響で鳴くことが出来ないのかと」
少女――フランシェーヌは、わざとらしく手をぽんと叩く。
「あらいけない、わたしったらどうしましょ。ごめんなさい、大事なことを忘れていたわ」
そう言ってフランシェーヌは足を離す。
すぐさま侍女が屈み、足の汚れを拭き取ってから靴を履かせた。
その間、白々しい笑みを浮かべながら、祐一を見下ろしていた。
「フランシェーヌ様、よろしいですか?」
「ええ、楽しませてもらったわ」
侍女が祐一の喉に触れる。指先が淡い光を放ち、ぼわっと首全体を包み込む。
光のほのかな熱を感じていると、すぅっと風通しがよくなる感触がした。
詰まっていた泥が取り除かれ、爽やかな清風が吹き抜ける。
徐々に光は弱まっていき、フッと消える。
同時に手が離れ、侍女はフランシェーヌの背後へと戻っていった。
「ご苦労様」
侍女は無言で頭を下げる。
フランシェーヌは彼女の元に行き、優しく頬に口づけをした。それから、何事もなかったかのように視線を祐一に戻した。
「発言を許可するわ」
息を荒げ、目を気持ち悪いくらいに見開きながら祐一は言った。
「もっと踏んでくださいフランシェーヌ様!」
ドMの快楽に彼は目覚めていた。
「……フランシェーヌ様、その男は殺しましょう」
侍女が腰からナイフを取り出し構える。フランシェーヌはそんな彼女を制した。
「ま、待ちなさい、勝手は許さないわ」
フランシェーヌは目を輝かせた。
「ねえあなた、踏まれたいの?」
赤い目が見開き、口元が半開きになる。涎が垂れて、侍女が口元を拭う。
息を荒げ、頬が赤く染まる。酷く興奮したフランシェーヌは、前屈みになって何度も瞬きをした。
「踏んでください!」
祐一の渾身の叫びが、ホールにこだました。
侍女は殺気をむんむんに滾らせ、フランシェーヌは妖艶に笑った。




