それは、間違いです。
手慰み第数弾であります。
お楽しみいただければ、幸いであります。
平民だった姉が、侯爵家に嫁ぐことが、正式に決まってしまった。
公爵である父が若い頃恋に落ち、伯爵令嬢だった母との縁談によって別れた平民女が密かに産み落とし、その女の死後公爵家に引き取られた、二歳上の姉だ。
父の意思により、正妻である自分の母が、手取り足取り淑女教育を施したので、社交の場でボロは出ないが、二つ下だが生まれた時から貴族として、小公爵としての教育を受けた令息からすると、付け焼き刃にしか感じない。
このまま嫁がせては家の恥になると、再三父に抗議していたのに、姉が今年学園を卒業して成人するのを機に、かねてから婚約していた侯爵令息と、結婚することが決まった。
この国では、血が繋がらなくても、家長が届出れば実子として戸籍に入れるが、貴族の中には、高貴な家の血筋を目当てに、縁を繋ごうと考える者がいる。
姉が嫁ぐ侯爵家も、そのクチだ。
願望ではなく、そのきらいがあると、侯爵令息も認めていた。
この辺りが、狙い所だった。
両家の安寧の為、公爵令息は動くことにした。
結婚式の期日を間近に控えた両家が、公爵家の応接室で顔を突き合わせ、婚姻届の署名をする段になって、公爵令息が静かに言い出したのだ。
「正式に決定する前に、侯爵家の方々には、知っていただきたい事があります」
姉と侯爵令息が署名した後、両家の両親が署名する前に応接室に押し入った公爵令息は、開口一番に言った。
顔を上げた姉が表情をなくし、両親がギョッとして嗜める前に、はっきりと告白した。
「姉は、この家と養子縁組しただけの、平民です」
目を丸くした侯爵が、公爵令息を見つめる。
そして言った。
「承知していますが……」
「血の繋がりは、全くない事も、ご存じですか?」
「? お前、何を言って……」
低い声で呼ぶ父を、令息は真っ向から見つめ返した。
「平民の女の間には、子などいなかったでしょう? この女は、血の繋がりのない、ただの旧知の平民の娘です」
空気が固まる中、姉は呆然と自分を見上げ、侯爵令息は無言で公爵令息を見上げた。
その目には、呆れがある。
それを見返す公爵令息は、目出度い頭だなと笑いそうになりながら、更に言い募ろうとしたが、その前に低い声が答えた。
「何処から、そんな話が湧いたのだ? この子は、間違いなく私の血を引く娘だと言うのに」
「っ。そんな筈ありません。大体、父上と全く似ていないではないですかっ」
「血縁が全員、似ている訳ではない。それに、気づかなかったか? 先代公爵と、そっくりだ」
更に反論しそうな息子に、公爵は言った。
「本日は、正式な証明書も、用意している。些細な憂いもなく、嫁がせたいのでな」
公爵の合図で家令が近づき、書簡を乗せた盆を掲げる。
王城の印が押されたそれを、侯爵家の面々の前に差し出し、公爵は言った。
「念の為、娘と私の血縁関係が確かなものなのかの検査を、然るべき機関に依頼しました。結果は、ご覧の通りです」
「は、はあ? う、嘘だっっ」
公爵令息の悲鳴のような叫びが、応接室に響いた。
危なかった。
冷静な表情の内側で、公爵は安堵を噛み締めていた。
ここで、娘との血縁を証明出来なかったら、家が地に落ちていた。
そう公爵は、この会合を一度経験していた。
その時は、無事に娘を相思相愛の侯爵令息の元に嫁がせる事を、夫人と共に手放しで喜んでいて、その後の不幸など、思いつきもしなかった。
まさか嫡男が、背後から墓穴に蹴り落として来るとは、思ってもいなかった。
息子が二歳の頃、二つ年上の娘を引き取り、夫人とともに分け隔てなく養ったつもりだったし、姉弟仲も良好だったと思っていた。
娘に縁談が来た時、息子は反対していたが、それは姉を慕う気持ちだろうと、思い込んでいた。
違うと知ったのは、この日署名を見送り、血縁を証明する検査を国に依頼した後だった。
息子は、正式な婚姻を見送られ、消沈している姉の部屋を訪ね、思いを打ち明けた。
いや、打ち明けるだけでなく、部屋に押し入ろうとして、使用人たちに止められる騒ぎを起こした。
ここまでは、家内での騒ぎで収まったが、血縁検査の結果が出るまでの数日、自宅謹慎させた息子は、見舞いに来た己の婚約者に思いを告白し、婚約破棄を申し出てしまった。
何やらかしてんだあっ。
と、盛大に怒り狂ったが、後の祭りだった。
同じ公爵家の令嬢だった息子の婚約者は、当主に報告し、こちら有責で婚約解消となった。
事情を説明して、それなりに穏便な解消だったのだが、いつの間にかあらぬ噂が出回っていた。
その出所が、自分の息子だと知った時、これは、血縁証明が出来ても、火に油だと判断し、爵位の返上を決めた。
侯爵家とも、縁を切らざるを得なかった。
低位の貴族となり細々と生活し、体が動かなくなるまでは、息子の動向に目を光らせていたが、それが出来なくなってからは、どうなったかは知らない。
娘が逃げ切っていればいいと、切実に思いながら、妻に看取られて息を引き取った、と思ったら、生き返っていた。
侯爵家が婚姻手続きにやって来る、前日だ。
遅すぎるっ。
が、諦める気はなかった。
事情を告げぬまま、使用人に娘の髪を集めさせると、速攻で王城に向かい、爵位にものを言わせて明日までに検査結果を出すよう依頼する。
それでも、ギリギリだった。
和やかに婚姻届への署名が終わると、侯爵家は公爵家を辞した。
愛おしげに見つめ合いながら、しばしの別れを惜しむ娘と侯爵令息を見ながら、公爵は後の展開を思った。
半分血が繋がっていると知っても、前の人生では止まらなかった息子の事だ、既に事実を知った現在でも、告白を考えているかも知れない。
今回は、娘の部屋に向かわせるつもりもないし、自宅謹慎だけで済ますつもりもない。
大体、家令以外人払いしていた応接室に、無断で入ったのも正気の沙汰ではなかったのだ。
他の兄弟たちは、経過を気にしながらも、部屋で待機していたと言うのに。
公爵はもう長男には期待せず、次男以下が育つまで、爵位にしがみ付く事に決めた。
血が繋がらないとはいえ、幼い頃から姉弟として育って、恋愛対象になり得るか?
ある作品を読んで、不思議に思ったので、書いてみたんですが、実の兄弟しかいないため、答えは出ませんでした。
あ、多分、父親の死後は、下の兄弟たちが長兄を牽制していたと思います。




