第一章『街の切り札は二つ』
1
――意趣返し、という言葉がある。
他者が原因で何らかの不利益を被ったとき、聖人君主でもない限り人間であればだれでもそれを思いつくだろう。
そしてそれは、規模が小さかろうが大きかろうが関係ない。――あの核戦争も、きっと意趣返しが原因で、このような最悪の結果となったのだろう。
互いの領地問題で発生したあの戦争、いや、これまでの戦争の根本的原因がそれでなかった時なぞない。例外はない。言ってしまえば互いに異なる考えを持っているから、戦争は起きるのだ。
まだ第二次世界大戦の中期までのように、重火器や戦闘機を使うだけであれば、まだ、まだ被害は抑えられたかも知れない。だが、あの戦争で他国に囲まれ、追い詰められたアジアの大国は報復として核弾頭ミサイルをヨーロッパのとある国に撃ち込んだ。だが、それに対して彼らはその報復に対する報復として、同じような核弾頭ミサイルをアジアの大国に撃ち込んだ。――そこからは繰り返しだった。互いに意趣返しの繰り返し。止まることを知らず、ついに地球は濃度の放射能に包まれ、かろうじて人々が住める場所は南極の地下だけになったのだ。
――第三次世界大戦は避けられない、そう危惧していた我々《MEMORY》は、世界大戦の被害を被る確率が少ないと予見していた南極の地下にドーム型都市、『s2』を建設した。
予見しておいてなんだが、私個人としても第三の世界大戦が起きないことは願っていた。しかし、『s2』建設から一年も経たずに、あの核戦争は起きてしまった。
現在『s2』では、あの核戦争を生き残った人々――地上から保護できた人数は、核戦争が怒り、終結という名の世界崩壊が起きてから五年が経った今では三十万五千三百二十二人が暮らしている。来月にはさらに三百六十六人が『s2』の住民として加わることになっている。
人類含む、地球の生命を生き長らえさせるために設立したため、人種や国は問わず基本的には誰でも『s2』に迎え入れた。無論、犯罪者やその類は六層あるエリアのうち、第五層に送らせていただいたが。他にも先の戦争が原因でアジアと欧米の間で亀裂が走っているため、各層の中でも指定したエリアに住んでもらっている。
――ただ、このままではまたあの戦争のように人々の争いが起きることは間違いないだろう。故に、私もいち早く計画を進める必要がある。
2
――『s2』。深夜三時。第二層第八居住区。
彼女たち三人の攻撃を受けた異形の怪物は、都市の建物をいくつか巻き込む形で爆発を上げた。
街灯の灯りと爆炎の鮮やかな光が辺りを包む中、三人は都市の大通りに降り立った。
一人は褐色肌に麦わら帽子が似合う少女で、着地と同時に『EXCELLENT!』の文字が足元に浮かび上がり、ふぅっと軽く息を吐いた。
一人はしなやかなで長い黒髪と、出るところは出る女性らしいボディが強調されるようなラバースーツ性のバトルスーツが特徴的な大人びた女性。先の戦闘は想像以上に激しいものだったが、彼女はなんてことないと言わんばかりの笑みを浮かべる。
そして最後の一人は、皺や汚れが一つも見当たらない白のYシャツを着こなしており、腰まで伸びた黄金色の髪と、その強気な笑みが張り付いた顔にまるで飾られたかのような蒼玉の瞳が特徴的な少女だ。その周りを囲むように浮かんでいたのは、三十を超える長身銃の数々。そんな彼女――リリス=ブリマスは、爆発を上げた異形の怪物が動かなくなったのを見るとライフルを霧状に分解し、心臓部に吸収するように取り込んだ。
リリスは爆炎から浮かび上がってきた球体――神秘的な白い光を発するそれを見て、何度目かになるかわからない嫌気を覚えた。
「いいかげんに、壊れてほしいわね!」
苛立ちを隠すこともなく、リリスは掌の内に作り出したライフルをそれに向け、躊躇うことなく引き金を引いた。だが、弾丸が直撃したそれが砕け散るどころか、傷の一つも付けられることはなかった。いつもの結果に、リリス以外の二人はため息をついた。
いつからだろうか――この都市に現れるようになったあの怪物、その重要器官と思われる『コア』は、どうやっても破壊することができない。
《MEMORY》からは、『コア』になった怪物はそれ以上悪影響を周囲に脅かすことはないから見逃してよい、とは言われているが――、
「街の人たちも『コア』になったら安全だって思ってるけど……仮になにか起こったら、起こってからじゃ遅いのに……」
そう言いながらもリリスも、怪物の『コア』を破壊することはできない。急速に加速し、どこかに飛び去る『コア』が見えなくなるまで睨みつけることしかできなかった。
――第三層、【アンダーリンク】。労働者地区二十七。
この地区のどこかでは常に機械修理と陽気づけのために音楽が同時に鳴っている。油や煤で汚れた煉瓦造りの道路、錆びたパイプ、スチーム音、鉄骨橋が入り組むまるで迷路のような街。
《MEMORY》の説明によると、一番労働者が多いのはこの層とのことで、何度か行ったことのある二層よりも活気に満ちているとも言える。
また、この層の建物の壁には必ずと言ってもいいほどとあるポスターが張られている。それは、《JOKERS》というヒーローチームのポスター。
それは決して架空のヒーローとかではなく、本当にこの『s2』内で活動するヒーローたちだ。
《MEMORY》曰く、彼らは人体に潜む《適性》と呼ばれるその確率『一千万分の一の確率』を持つ者にしかなれない、言ってしまえば『天才』のそれだそう。今は奇跡的にその確率を持つ者が何人かいて、彼らは《MEMORY》の技術によって常に《適性》を覚醒状態にすることで、大幅に身体能力を向上させるだけではなく、『敵』に対抗するための《能力》も開花することができたそうだ。
では彼らの役割は何か。――『何者か』、という正体不明の怪人および怪物を倒すことが役割だ。『何者か』の姿や造形はそれぞれで、どうやって現れるのかは分からない。
今わかっているのは、上層に現れる個体ほどその凶暴性や能力が高いことと、《JOKER》の攻撃でしか肉体に損傷を与えれないこと。不意打ち的に、所かまわずどの層にも現れること。さらには『何者か』にはコアなるものがあり、それを破壊できないと、破壊された肉体をそのままにコアはどこかに逃げ去ってしまうこと。
――そして、《JOKER》は『何者か』のコアを破壊できない。
だが少なくとも、コアだけになった『何者か』はそれ以上の破壊活動はできないらしい。《JOKER》が『何か』を倒せば――というより、『何者か』の肉体を破壊して無力化すればいいだけの話ではある。
核戦争で地上が崩壊した今、『s2』は人類にとって最後の希望。その『s2』を脅かす『何者か』は、『s2』に住む人々にとっては『恐怖』そのものであり、『s2』を『何か』から守り抜いてくれる《JOKER》は、人々にとってはもはや『神』や子供の頃見た戦隊ヒーローや少女戦士に感じた『憧れ』そのものと言えよう。むしろそれらを感じない人たちは『異端』とも言える。
少なくとも、この層に住む彼も、《JOKER》に対しては『頑張れ』と応援していた。というよりも、彼の場合『頑張れ』と応援する理由があった。それは他の人と同じような『憧れ』や『尊敬』から来るものではなく――。
「……今日もいつも通りだな」
二階建ての事務所。一階はプライベートな空間となっており、彼が主に業務をするのは二階の事務室。
その部屋の左右端には、ライトノベルが所狭しと詰め込まれた本棚が一つずつ置かれており、緑のカーペットが敷き詰められた床には、スリッパの足跡が目立っていた。なお、その足跡のほとんどは彼自身がつけたものだ。部屋にはダイニングチェアやデスクチェア、またはイージーチェアなどと言った種類がバラバラな椅子が並べられており、黒い中折れ帽と黒いセットアップを着こなした彼――坂間心翔は、お粗末な部屋に似合わぬ高級ボスチェアに腰かけたまま、暇つぶしにと今日の配給食材の一つであるレーズンパンのレーズンを、執拗にむしっていた。
「なんだって《MEMORY》様はレーズンパンばかりを主食で出すのかなぁ。コッペパンでいいっての」
人類の救世主とも言える《MEMORY》にいつも通り悪態をつき、レーズンパンのレーズンをむしり続ける。
さっき心翔が言った『いつも通り』とは、暇つぶしをしてしまうほど、彼に仕事がやってこない日々のことだ。
この『s2』で、『『s2』私立警察署』を営む彼に依頼を持ち込んでくる住民なんて、そうそういない。そもそも『s2』が直接的に管理する公的な警察部隊は存在するし、心翔に彼らを上回るほどの技量や技術があるわけでもない。
――無論、その警察部隊に代わって『何か』を退ける、《JOKER》と同じような《能力》を持っているわけでもない。
万一で彼の元を訪ねてくる人たちの依頼はだいたい、『飼育用改良ネズミを一緒に探してほしい』とか、『今度祭りをやるから屋台を手伝え』だとか、アルバイトでも雇えば済む話ばかりだ。
配給のおかげで人並みの生活はできてる彼だが、決して裕福とは言えない。心翔のように実質フリーターとして生きる人はこの第三層にはいない。全員が何らかの職についている。
ではなぜ彼が人並みに生活できているのか。それは先の配給制度があるからと言うこともあるが、第一の理由は――、
カランカランと、来客が来たことを告げる軽いベルの音が鳴り、心翔は背もたれに深々と預けていた上半身を起こす。そして嬉々とした表情と声調で、
「いらっしゃい! うちは『s2』私立警察署で、俺はその長官! その名も――」
「――おにぃまだそれ言ってんの? 正直恥ずかしいからやめてくれない?」
事務室に入ってきた少女、白のワンピースとは対照的に褐色肌に合わせた麦わら帽子が似合うその姿を見て心翔は苦笑を浮かべる。
「ジュング。今日も差し入れしに来てくれたのか? サンキュー」
「……おにぃ、妹に差し入れしてもらうなんて情けないと思うの?」
「全然?」
悪びれる様子のない心翔の姿を見て、彼女――ジュングは呆れながらもどこか安心したといった笑みを浮かべた。
ジュングから受け取った封筒の中身を確認した心翔は、卑しい笑みを露わにしながら雑に机の引き出しにしまう。ジュングはさっき、自身のことを妹と言ったが正式には違う。言えば、義妹の関係である。
「おにぃ、最初に会った時らしくないよ?」
呆れでも、軽蔑でもない、純粋な心配から出たジュングの言葉を聞いて、一瞬心翔の動きが止まった。
「……もう、おにぃには関係ないことだからさ」
話を茶化すためにニヤリと笑みを作り、心翔は報告書を作るふりをするのだった。
「ほんと助かるよ。《JOKER》だからやっぱり収入って良いんだろ?」
「まぁ、確かに最近またお給料が増えたけどさぁ……おにぃはいいご身分だよね。妹は命を懸けて戦ってるのに、おにぃときたら……」
「そういえば配信の方はどう? 登録者は増えた?」
また話を逸らす心翔に、ついにジュングはため息をついてしまった。いつも明るい姿を見ている人たちからすれば、そんな姿、想像もできないだろう。
「最近は私たちの戦いを見て楽しむ人が増えたから、自然と登録者は増えてるよ」
「人が命懸けて戦ってるのにそれ見て楽しむなんて、人の心がないなぁ」
「その妹のお金を頼りに生きてるおにぃは人のこと言えないからね?」
それを聞いて、心翔は心外だと言わんばかりにムッと顔つきを変える。
「失礼だなジュング。確かに最近お仕事は来ないけど、仕事が充分に来た月ぐらいは自分で……」
「そういうけどおにぃ、この前来てたはずの猫の捜索依頼はちゃんと引き受けたの?」
「あんなのはおにぃにふさわしくないからさ」
悪びれる様子もなく、心翔はジュングから顔を逸らしたのだった。
ジュングが帰った後のその日の夜、心翔はジュングから受け取った仕送りで早速奮発して、市場で食材を買い込んできたのだった。自然の肉や野菜が一般的に流通にしてる第一層とは違い、この第三層では基本的に流通しているのは人工的に栽培されたやさいや培養された肉、または缶詰であり、自然品は高級品。
しかし心翔が買い込んできたのは全て自然品であり、それらをふんだんに使ったすき焼きを作り、酒を飲みながらニュースを見ていた。
「未だお外は放射能濃度が致死量レベル、ね。『s2』が仮に崩壊しようものなら、俺らは一瞬で死ぬ運命か」
かき混ぜた卵に焼いた肉をくぐらせ、口に頬張りながら心翔はニュースを見続ける。先日、《MEMORY》の社長であり『s2』の大統領も兼任している袴坂社長の手回しによって、第三次世界大戦を引き起こした某アジアの大国が無条件降伏を受理し、正式に第三次世界大戦は終わったと言うが、市民たちは不安を拭えていないだろう。
仕方ないとはいえ、異なる国々の人たちが同じ場所で暮らすことになっているのだ。文化や考え方の違いでまた争いが起こるかもしれないから。
なにかお笑い番組はやってないかと、心翔がリモコンに手を伸ばしたその時だった。ニュース番組の画面が勝手に移り変わり、『緊急速報』のテロップと共に映像――ジュングが、『何者か』と思われる怪人と戦っている様子が映し出された。見慣れない街の背景や、第三層の天井――夜空と月の映像を映す人口パネル型の丸天井から振動が微かに響いてくるのを考えるに、戦場は第二層らしい。
きっと今回も無事に《JOKER》――ジュングが『何者か』を倒すに違いないと、この緊急ニュースを見る人たちはそう思っただろう。しかし、心翔はいち早くその変化に気が付けた。
「ジュング……もしかしてコアの場所が分からないのか?」
《JOKER》たちは『何者か』のコアを破壊できないが、『何か』の肉体を破壊してコアだけにするには、コアに一定以上のダメージを与えるほかはなく、肉体に攻撃を叩き込んでも大したダメージを与えるほかない。
ジュングの能力は、攻撃を叩き込むと同時に『HIT!』や『EXCELLENT!』などの効果が表れ、それに応じて攻撃力が飛躍的に上がるというもの。同時に、それを応用すれば敵の急所を探せれるのだが、さっきからジュングの攻撃に表示されるのは『HIT!』の文字のみ。――コア付近やコアに直接攻撃を叩き込んだ際に出てくる『GREAT!』や『EXCELLENT!』の文字が一切出てこない。
「――行かなきゃ」
忘れていたはずの使命感に駆られ、心翔はすき焼きをそのままにして事務所から飛び出した。
3
「――きゃぁあ⁉」
第二層、カジノ英国地区。その大通り。
『何者か』が放った横薙ぎをもろに食らい、ジュングは十階建てのビルの壁に叩きつけられた。会社用のデスクやチェアを巻きこんで、ジュングはそのままビルの壁を突き破って街の大通りに転がった。
最近は三人で『何者か』討伐に当たることが多くて忘れていたが本来『何者か』は、たとえ『JOKER』でもたった一人では、死闘を余儀なくされるほどに強力なのだ。
「援軍……早く来てほしいけど――」
間に合わないかな、そう言おうとした直前にジュングの前に『何者か』が降り立った。
三メートルは超える巨躯――頭部には錆びたヘルメットのようなものがかぶされており、その人面のような顔の半分は焼けただれている。体全体には朽ちかけた金属繊維の装甲が包み込んでおり、胸の中心にはエンブレムのようなものが埋め込まれていて、背にはまるで焼け焦げたような翼の残骸が付けられていた。
『何者か』に睨まれながら、地面に寝そべり息も絶え絶えなジュングは、《JOKER》になった際に支給されたメッセージのやり取り付きの腕時計を確認する。『あと三分で到着するわ! 持ちこたえなさい!』というリリスからのメッセージが届いていた。
「三分どころか十秒も無理だよ……」
諦めたようにつぶやいたジュングは、『何者か』がジュングの頭部に狙いを定めて拳を振り上げるのを見た。
――『何者か』と戦って殉職したという《JOKER》は、何人かいるという話はジュングも聞いていた。なんだったら一緒に戦っていた際に頭を潰されて絶命した《JOKER》を見たこともあった。だが、自分にそういった番が回ってくるとは思ってもみなかった。否、思いたくなかったが正しいか。
そして、『何者か』がジュングの頭を潰そうと拳を放ったその時――『何者か』の頭部に弾丸が連続で直撃し、金属がぶつかり合う音が瞬間的に甲高く響く。
起き上がることも精一杯のジュングが振り向いた先には、『何者か』に拳銃の銃口を向ける心翔がいた。
「お、おにぃ⁉」
「ジュング! 援軍ってあとどれぐらいでくるんだ⁉」
球切れになり、拳銃に弾丸を込めながらそう問いかける心翔。あまりにも無茶だとジュングは逃げるように促す。しかし、それを聞かずに心翔は再び『何者か』の頭部に向けて弾丸を放つ。
「おいジュング! あと何分で来るって聞いてるんだおにぃは‼」
「……だ、だいたいあと二分。……ってそうじゃなくて、早く逃げてよおにぃ!」
「よし二分だな! その時間はおにぃが――グえっ⁉」
五秒も持たず、距離を詰められた心翔は電柱ごと握りつぶされるように、電柱に叩きつけられた。と同時に心翔の手元から拳銃が零れ落ちる。
「や、やべぇ……!」
心翔の胴を押しつぶそうと『何者か』は自身の体重を、心翔の体を抑える右手に込めていく。凄惨死を予感し、義妹の前でそれはやめろと心翔は、右手に押しつぶされながらも足掻いて抵抗する。右手が殴られ続けるのも気にせず、『何者か』は心翔をそのまま――、
「おにぃ‼」
メキッ、とまるで硬いものを無理矢理引き裂いたような、叩き切られたかのような音が一瞬、辺りに鳴り響いた。発生源は『何者か』の右手――心翔の拳を受けた、人差し指に亀裂が走ったのだ。
「えっ」
何が起きたのか、ジュングだけでなく亀裂が刻まれた『何者か』、そして心翔も理解できてない様子だった。
直後、人差し指の亀裂が一瞬で右肩にまで走り、先の音に似た爆発音を轟かせて『何者か』の右腕が砕け散った。
右腕を失ったことで『何者か』は、心翔を離して離れるようにのたうち回り、その場から立ち去ろうとする。だが、右肩の断面に残っていた亀裂が徐々に全身に広がっていき――ガラス状に体が打ち砕かれると同時に、内側から発生した爆発によって、『何者か』の肉体が爆炎に呑まれて消滅した。
突如として『何者か』が崩壊し、爆散したことに心翔は唖然としていたがその動揺を振り払い、同じく唖然とするジュングの元に駆けよった。
「ジュング! 体は⁉」
「お、おにぃこそ……」
ジュングはまだ動揺を拭いきれてない様子だが、義兄の身を案じつつ、『何者か』の爆発地を見る。しばらくすると、爆炎から浮かび上がった『何者か』のコアが、大通りから飛び去ろうとした。
――コアに亀裂が入った直後、パリンと音を立てて砕け散った。
4
第一層、《S2》直属超法規的武装組織、《JOKER》本部。更衣室。第二層でも戦闘から一時間も経ってない。
「――『何者か』のコアが砕けた? ……それは本当ですか? ジュングちゃん」
しなやかな黒い髪が特徴的な女性――陽菜陽子は、戦闘用のスーツから私服の青ジャケットと蒼いスカートに着替えなおしながら、ジュングの話を聞いていた。彼女もジュングの手助けをするために出動準備に入っていたそうだが、『『何者か』が倒された』と聞いたため、出動の必要がなくなったのだ。
「う、うん」
「すごいですよジュングちゃん! 《JOKER》でコアを破壊できた人なんていませんから、ジュングちゃんは特別な『適正』があったのでしょうか?」
「違うの。あの『何者か』は、おにぃの攻撃を受けて」
「――あの戦い。見させてもらったわよ」
更衣室に入ってきた少女――リリスはどこか不満げな表情を浮かべながら言い切る。
「あの攻撃は間違いなくジュング、貴女の攻撃で砕いたのよ」
「え? でもわたしはほとんどあの『何者か』に攻撃なんて……」
「一見そう見えるけど、おそらくあなたの攻撃でコアにヒビが入って、その状態で動き回って損傷が広がったんでしょうね。――おめでとうジュング。今まであたしたちはあいつらにとどめを刺せなかった『不完全』だったけれども、これからはそうもいかなくなるわ」
『あたしもあんたに追いついて見せるわよ』、と今度は誇らしげな笑みを浮かべたリリスは、それだけ言って更衣室を出ていった。
「……リリスちゃん。なんだか焦ってたような気がしますね」
「陽子ねぇもそう思った?」
「うん。でも、あまり気にしなくてもいいかもしれませんね」
『ジュングが生きて帰ってこられた祝いをしに、レストランに行こうか』と陽子からお誘いを受けたジュングは、喜びながら陽子の手を引っ張り、更衣室を出たのだった。
「大統領。先の戦闘で第五軍部の司令官であった中沢少佐が戦死したとのことです」
「……そうですか。仕方がありません。たとえ《JOKER》でも、誰も犠牲を出さずに任務を終えるのは至難の業……というよりも不可能でしょうからね」
《S2》第一層。その中心には《MEMORY》の本部であり《S2》の象徴ともいえる建物、《S2》タワーがある。主にそこで行われるのは、《S2》内の政治議論や統治、および《MEMORY》としての業務のすべてがここに集中して行われている。
その最上階にいるのはただ二人。整えられた黒スーツとは対照的に、伸ばし放題な跳ね毛の黒い髪が特徴的な女性――《MEMORY》の社長、その秘書を務める佐田茶羅と、同じく黒のスーツを着こなし、マッシュで整えられた髪の毛と黒いメガネが特徴的な男性――《MEMORY》の社長であり、《S2》の大統領、袴坂だった。
「彼はそれなりに役に立つ存在だったのですが……戦死したのでは仕方ありません」
「……大統領。ひとつ、言っておくことが」
怪訝そうな表情を浮かべる袴坂に、茶羅は一息溜めてから。
「『何者か』のコアが破壊された、と報告が先ほど」
「――」
報告を聞いた袴坂は一瞬目を見開いたが、すぐにその瞳に宿っていた感情を興味に変え、パソコンを立ち上げる。電源をつけながら袴坂は、
「『何者か』のコアを倒したのはジュングですか? 彼女が先に交戦していたと司令部からは伝言が届いていましたが……」
「実際に見られた方が早いかと」
そしてパソコンの画面に映し出されたのは、心翔とジュングが交戦していた『何者か』が撃破されたシーン。
「……なるほど。確かにジュングが倒した、とは考えにくいですね」
「はい。いかがなさいますか?」
「……とはいえまだ確信は得られません。しばらく様子を見ることにしましょうか」
「はっ、……無論、この戦いも人民たちには知られわけですが、その件については――」
「ここは正直に、『現在調査中』と報道するように、放送局に伝達をしておいてください」




