第三十六話 新たな力
「くっくっくっ……やはり俺たちの方が圧倒的に有利だなぁ人間。今回の目的はお前を始末することじゃねぇから、兄弟の仇は後で取ろう。先ずはあのガキを連れて行く……なんだ!?」
冷静になり目的を思い出した魔族は、こちらを相手にせずイリスのところへ飛んで行こうと浮上するも、何かが当ったのか落下してきた。
ここで決めなければ逃げられる。相手は落ちてはきているが気を失っている訳ではない。先ほどと違い不意打ちでヘッドロックは無理だし、得物もあるので組み付くのも不可能だ。どうする!?
―例えばイリスを助けるには直ぐに行かなければいけないのに、相手は負けを認めない。その場合はどうする?
リックさんの言葉が蘇る。
ー前回はお前を甘く見た上に得意な距離では無かったが、仮にそうでなかった場合、今のお前には気絶させる技術も力もない。となると……。
剣を握る手が冷たい汗を掻く。選択の時なのか。いや、イリスを助ける為には選択肢は残っていない。駄目だ彼女のせいにするな。命を奪うのであれば俺の責任であり誰のせいでもないんだ。
―うわぁ死んだぞ終わりだ康市のやつ。かわいそー。
死にかけて病院に運ばれる前の、いじめっ子の声が突然再生される。思えばこの世界に来て命を奪うことに躊躇いがあるのも、自分が同級生のいじめっ子に殺されかけたことが、原因としてある気がしていた。
命を奪う立場ではなく、常に奪われる立場として今も見ている。相手の方が上であってもそう見てしまうのは、やはり一度死に近づいたからなのかもしれない。死にたくない、もっと色々なことを体験したい遊びたい、家族と一緒にいたいという思いに寄ってしまう。
前に来た魔族にも言ったが、生きる為に必要な殺生は止むを得ず断腸の思いでするが、必要のない命を奪うのはあいつらと同じになってしまう。そんな人間に成り下がるくらいなら死んだ方がましだ。
異世界に転生したとしても、生きる為に必要だとしても、相手が悪だとしても、出来る範囲内で命を奪いたくなかった。そのために辛い稽古も鍛錬も授業もこなして来たのに、これが俺の限界なのか……!
―康市さん、息を止めて下さい。
突然頭の中に生命変換を教えてくれた時と同じ声が響く。指示通り息を止めると落ちてくる相手がスローモーションになる。
―本当に短時間ですが、呼吸を止めることで早く動くことが可能です。動体視力を上げる必要がなく、相手がゆっくり動くように見えるも自分は普通に動ける、という状態に移行します。
試しに動いてみると相手の落下はゆっくりなのに、こちらは普通に移動して真下まで来れた。徐々に驚愕の表情が顔に現れ、手斧を振り上げるモーションを取り始める。
―普通は一分止められればいい方です。激しく動く場合はより短くなります。そして息を吸い込んだ瞬間、高速での動きが止まり相手との速度は個々の能力のままになります。
今のところまだ苦しくないので堪えながら右の剣を鞘に戻し、落ちてくる相手の顎先を手刀で薙いでみる。こちらの動きを目で追いながら手刀が直撃し顔が揺れると、相手の目がゆっくりと白目のみとなり口が開き手斧が手から離れた。
―冥府渡りは古代魔法で、生物の細胞を呼吸を絶つことにより追い込み能力を向上させるものです。今の魔法である、倍速とは比べ物にならない速度が出ますが、生命変換と同じで使い方を誤ったり連続して多用すると、死ぬかもしれませんので気をつけて使ってくださいね。
「ぶはっ……」
相変わらず恐ろしいことを言うなと思いつつ、丁度息止めも限界に来ていたので、落ちてくる相手をさけながら息を吸う。棒を持ち合わせていなかったので手刀でやってみたが、威力が強かったらしく気絶させてしまった。
取りあえずこれで脅威は去ったし、急いでイリスたちの後を追おうと走り出すも足がよろけて転ぶ。思った以上に体力も消耗するなと考えながら深呼吸をする。
何度か繰り返してからゆっくり立ち上がり、軽く走ってみると行ける気がしたので走り出した。町へ向けて走っていると町から馬車が走ってくる。見ると町の兵士でこちらを見つけて止まってくれたので、事情を説明すると後片付けをしておくという。
出来れば殺さないよう頼むも、なぜか笑って走り去ってしまった。自分の主義ではあるが複雑な気持ちのまま町へ向かう。
「おかえり!」
小屋の辺りまで来るとイリスとサジーが待ってくれており、二人にただいまと挨拶しながら駆け寄りサジーを撫で、イリスは手を伸ばしてきたので抱きかかえる。
しばらく互いの無事を祝った後で、サジーは小屋で預かってもらい俺たちはギルドへ向かった。
冒険者ランク:ブロンズ初級
職業:二刀流剣士(初級)
魔法:生命力変換
冥府渡り(デッド・オア・ダイブ)
仲間:イリス(護衛対象のエルフ族の子ども)
サジー(白毛で小さめの馬)
所持品
メイン武器:銅の剣(初心者講習修了記念品)
サブ武器:ショートソード(リックさんから頂いた初級講習完了記念品)
防具:布の服・ズボン・革の靴(初期装備)
アイテム:エリナから貰ったリュック(非常食、水、依頼書、身分証、支援金)
水晶の荒粒
所持金:三十三ゴールド三十八シルバー




